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第十八話 ー強くなる為に①ー

「……代理か?」


 寸秒の後、ルエインはそう尋ねる。スティリアも同意見なのか、冷や汗を掻きながら口を真一文字に結びながら、微笑を浮かべた。


「いいや、我輩がギルドマスターだ」

『……えっ! どう見ても一二歳くらいの子どもやん』


 こらえ切れないと言わんばかりのテレシアの発言に、レオニールは「チッチッチッ」と舌を鳴らして指を振る。


「何を言うかアルマのご婦人よ。どこをどう見ても我輩は三六歳の立派な青年だろう?」

『ノー。三六歳は青年ではありません』


 それまで口数の少なかったレイチェルですら思わず口を挟む。しかし──


「突然の来訪というご無礼、お許しください」

「ご無沙汰してるっス、大統領閣下」


 頭を深々と下げるレナードに、膝をついてかしずくマルク。そんな二人の言動に、ルエインやスティリア、テレシアは目を丸くした。


「コイツが……この国のトップだと⁉︎」

「ふっはっはっはっはっ! これがあるからナメられたとて愉快に過ごせるのだ!」


 声高らかに笑い飛ばす獅子顔の少年に、ヴァレリがツカツカと歩み寄ると、机の上を手のひらで叩いた。書類の山が更に崩れて、床に散らばっていく。


「今回は談笑しに来た訳じゃないわい。ほれ証人じゃ、はよ金を用意せんか」

「守銭奴なところは相変わらずだね、ヴァレリくん」


 ニコリと犬歯を輝かせて笑う少年は、文句なしのスマイルでヴァレリへ微笑みかける。だがそこから一転して、鋭い目つきに変わった。


「我輩も払いたくない訳ではないのだよ。だが……そう。規則は、規則だ。君がいかに優秀な……一騎当千の実力を保持しているとは言えどもルールとは皆が守って初めて効力を発揮する。そうは思わんかね?」

「口だけは上手く回るのう? そこまで言うのならわっちと同格程度の実力を持つオヌシが虫ケラを退治すれば良かったのではないか?」


 語りながらにして、たてがみから連なる顎元の毛をさすっていたレオニールは、ヴァレリにそう返されると、虚を衝かれたようなキョトンとした表情を浮かべると、


「んっはっはっは! 無理だ! 我輩は大統領。君が今まさに、この床にゴミのように散らした書類の山は一枚一枚がこの国の民の未来を背負っている! これを必要かどうかを見極めて是非を決めていくのが我輩の仕事なのだッ」

「やっぱり詭弁ではないかッ! 知っておるぞ! 夜な夜なコソコソと、仕事を代理に任せて地下都市の飲み屋で女子おなご如何いかがわしい事をしておる事を!」

「ンゥウンッ‼︎ あれは……そう! 英気を養っておるのだ! やはり民の手本たる者、物の使い方だとか休養の大事さとか、そういうものをだな……」

「ほーれ、言葉が詰まってきておるぞ? 蛙の子は蛙かえ? オヌシ、初代を追い出したはいいが興味津々でムッツリタイプじゃな?」

「ち、ちがう! 断じて違うぞ!」


 美女と少年が言い争うなんとも奇天烈な光景を、一同冷ややかな視線で見守っていた。そんな中、部屋の入り口付近で待機していた、マルコじぃと呼ばれた老人が、咳払いをする。


「レオニール大統領閣下、休憩時間は残り五分となります」


 静かに、刻限が差し迫っている事を宣言した。ヴァレリとレオニールは言い争いをピタリとやめて、マルコへ送っていた視線をゆっくりと戻し、静かに顔を見合わせた。


「む……まあオヌシのムッツリ嗜好しこうはこの際どうでもいいわい」

「なに⁉︎ 違う! 我輩はムッツリではない!」


 もはや手遅れと言えるレオニールの弁明を、ヴァレリはどうでも良いと言わんばかりに手をヒラヒラと振る。


「わっちは金さえ貰えればどうでも良い。オヌシのムッツリも黙っておいてやる」

「なぬっ⁉︎ それは誠か!」


 これまた手遅れと言える禁秘きんぴの約束に、レオニールは食いつくようにヴァレリへと身を乗り出した。


「よし! 君達、ここに来ると良い」


 そして……ルエイン達へ手招きをする。苦笑を浮かべながら、ルエインとスティリアは歩み寄った。


「頭を下げて……そうそう。では、失礼ッ!」


 ガシッと二人の頭を鷲掴みにしたレオニールは瞳を閉じて、その指に嵌められた指輪を輝かせる。


『マスター⁉︎ ──!』

「やめとくっス。すぐ済むっスよ」

『……一号』

「それ、どうにかならないっス?」


 飛び出ていこうとしたレイチェルを手で制したマルクは、自身の呼称に冷や汗を掻いて項垂れる。


「ふむ、ふむ。ほう……なるほど」


 やがて、指輪の光は収束していくと、そのままフッと灯火が消えるかのように消えた。


「よし、マルコじぃ。ここへ六ティムナ用意したまえ。きっかり、二袋に分けてだ」

かしこまりました、レオニール大統領閣下」


 物腰柔らかな老人は、隣の部屋の扉へ鍵を差し込んで回すと、そのまま中へと入っていった。

 ヴァレリは見届けながらにして小首を傾げる。


「白金貨三枚でなかったかや? 太っ腹じゃなのう! しかし……わっちは一袋で構わんぞ?」

「良い良い。我輩に任せておけ」


 ガッハッハッハッ! と、豪快にアルトボイスで笑うレオニール。ヴァレリは「まあ、良いか」と笑い、ウキウキとしながら待っている。やった、やったと両腕揃えて地団駄を踏む様など、もはや美女のやる事ではなく、体だけ大きな子どもだった。


「大変お待たせしました」


 やがて小袋をトレイの上に並べて、マルコはレオニールの机の上に置いて、また入り口付近へと戻った。


「うむ。では……これをヴァレリくんに」

「うむうむ」


 レオニールはヴァレリは満面の笑みで小袋を受け取り、


「そして……これは君達にだ」

「ほ?」


 もう一つを、ルエイン達へ。差し出されたヴァレリの手は、虚しく漂っていた。


「……いいのか?」

「これはドレヴァンの分と……魔獣出現に関する情報量だ」

「待て待て、わっちに六枚ではないのか?」

「いつそんな事を言ったのだ?」


 レオニールは大袈裟に両手を広げて小首を傾げて見せる。ヴァレリはリスのようにほっぺたを膨らませ、遠足に行けなかった子どものように唇を尖らせた。


「やじゃやじゃ! 早ぐおがねほじぃーッ!」

「駄々を捏ねるな! いい大人だろう!」


 先ほどと打って変わった、荒々しい地団駄を踏んで見せるヴァレリはビシッと指先をレオニールに突きつけた。


「オヌシの趣味嗜好を言いふらしてやる!」

「ああ、アレならウソだ。本当はあの店の店主のお子さんが病気になったと言うのでお見舞いに果物を持って行ったのだ」


 しれっと……大胆不敵にレオニールは笑う。ヴァレリは「むむっ⁉︎」と不思議そうに声を上げると、差し向けた指先を震えさせた。


「で、では何故なぜ先ほど動揺した⁉︎」

「少しでも気持ちよくなれただろう? 愉快な事は結構な事だッ。 ふっはっはっはっは!」

「グヌヌゥー……ンンッ!」


 ルエイン達は……呆れていた。受け取った小袋を懐にしまい込み、この部屋を後にしようとマルコに挨拶をしていた。


「待てーいっ! わっちにその小袋を寄越さんか!」

「断る。対等に喋れる者がいて良かったな、沢山話してもらうといい」

「わっちを愛してはくれぬのか……?」


 白い頬を染め、上目遣いでルエインを見つめてか細い声で語りかけるヴァレリとの間に、スティリアが割って入る。


「ごゆっくり」


 満面の笑みで。黒と赤は対立し、藍色と金の瞳を交差させ、バチバチと火花を散らす。


「行くぞ、スティア」

「はーい」


 瞼をヒクつかせながら、その額には青筋が浮かんでいる。しかしその笑顔を崩す事なく、ルエインに付いて昇降機に乗り込んだ。


「それでは」

「またのーん」


 どうでもいいと言わんばかりに手をヒラヒラと。ヴァレリが手を振っている間に扉は閉まり、マルコが宝石の装置に手を触れる。昇降機は起動したらしく、階層を示すランプを次へ次へと照らしていった。


「……さて。これ見よがしに金をチラつかせたという事は、まだなんかあるんじゃろ?」


 肩をすくめるレオニールは「はて、なんの事やら」ととぼけてみせる。


「フォルキマノフ帝国関連か」

「ふーむ、これは独り言なのだが……。最近我が国の国境と君の国の国境近辺の西の森で何やら怪しい動きが目立っていてだね。……我輩、夜しか眠れない程にほとほと困り果てているのだよ」


 饒舌じょうぜつに語り出したレオニールは、やれやれと言わんばかりに片手を持ち上げて、椅子に腰掛け窓の外を見つめていた。

 ヴァレリは不愉快そうに鼻を鳴らす。


「なーにが独り言じゃ、この古狸め。それにオヌシは元々夜しか寝とらんじゃろ」


 ヴァレリの言葉に、レオニールはたてがみをひょこひょこと左右に小さく揺さぶった。


「おやおや、酷い言われようだ。我輩、実に泣きそうである……。マルコ、資料を」


 使用人でも呼ぶかのように。パンパン、とレオニールは手を叩く。マルコはいつ用意したのか、資料の束をヴァレリに手渡す。


「こちらになります」

「ふむ……。む、あの古代生物か」


 受け取った紙に目を通していたヴァレリは、チラリとレオニールへ視線を遣る。果たして、その獅子頭の少年は振り返るや否や、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「そう……闇膜王えんまくおうヴォルトプス。文献通りであれば……あんなものが蘇れば生態系が大きく狂うだけでなく、我が国も、ただでさえ痩せ細った君の国も大混乱だ。レナードくんにも後で話を通しておこう。……引き受けてくれるね?」

「わっち一人で良い……と、言う訳にはいかんのじゃろうなあ」


 ヴァレリは不機嫌そうに腕を組み、貧乏揺すりを始めた。レオニールは幼さの残る顔でニコリと笑いかける。


「君一人だと問答無用で怪しそうだ……と、いう理由だけで見境なく命を奪いそうだ。なるべく穏便に済ませたい。調査の末に何もなければそれで構わないからね」

「ファーッ……わっちで無ければならん理由は?」


 一気に肺の中の空気を吐き切るようなため息をした後、ヴァレリは問いかける。


「それはもちろん……災害級の敵も相手取れて極寒地帯で過ごすイロハを心得ている君が適任だと思ったからだよ」

「一応理には適っておるな……ええじゃろう」


 言いながらにして、ヴァレリは指を鳴らし、


「引き受けた! 白金貨一〇〇枚くらい用意して待っておれ」


 踵を返したヴァレリは、エレベーターへと向かう。レオニールは「ふっはっはっはっ!」と高らかに笑った。


「無茶を言うな。君の言葉を真に受けては国庫が尽きてしまう! レナードくんの溜まった仕事が片付くのが半月後くらいだろう。それまで自由に過ごすと良い」

「何をしてもええんじゃな?」


 ヴァレリがピタリと止まってそう言うと、レオニールもピタリと止まった。そして、


「ギルドメンバーに手当たり次第喧嘩を売るのはやめてくれたまえ。シラフでもタチの悪い酔っ払いのようなのだからギルド内での飲酒行為も君だけは厳禁だ」

「ぶーっ、つまらん」


 ニコリと笑うレオニールに、頬を膨らませたヴァレリは、レオニールへと送っていた視線を再び昇降機へと戻す。その際レオニールに「かわいくないよ」と言われたヴァレリは、額に青筋を浮かべた。


「オヌシなんか嫌いじゃ……!」

「光栄だよ。帝国の懐刀に意識してもらえるとは」


 深く帽子をかぶり直したヴァレリは、マルコによって開けられた昇降機に乗り込み、くるりと振り返ると、ヘラヘラ笑うレオニールを睨みつけた。


「やい古狸。オヌシ、友達おらんじゃろ? 」

「権力者とは孤独なものだよ、女狐くん」


 クフフとヴァレリが笑ったところで、昇降機の扉は閉まり、レオニールと共に二人の笑みは同時に消えた。


「さて、大仕事だ」


 タヌキとキツネは、ため息混じりに……冷めた声でそう呟いた。

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