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第十七話 ーギルドマスター②ー

『なんでお前がおんねん!』

「照れるでない照れるでない。わっちは──」


 言いかけたところで、ルエインの肩に乗っていたテレシアの体を鷲掴みにして引き寄せたヴァレリは、


「オヌシの事が大好きじゃぞ?」

『ウチは嫌いや!』


 盛大にフラれる。だがそんな事を気にする素振りなど見せず、「クッカッカッ」と笑って見せた。


「知っておるぞー? 最近若い者に流行りの〝つんでれ〟というヤツじゃろ?」

『なんかよう知らんけどちゃうわ‼︎』


 場所は街中だ。一行は先ほどルエインが窓から見たような石造りの街並みを歩いている。

 テレシアが目覚めてからは、ヴァレリの相手をテレシアがずっと務めているようで、他の面々は肩の荷が降りたと言わんばかりに疲れ気味の顔で、小さくため息を付いていた。


 ……そんな彼らがいる街の造りはコンクリートの質感を持つ石を削ってできた石の街だ。ガラスの管が格子状に伸びており、その中では先ほどの部屋同様、丸フラスコのように膨らんだ薄膜のガラス玉の中ので、複数の光の球体が街全体を照らし上げてい?。

 その更に上の部分。ガラスでもあるのか……天井を一面砂が覆っている状態で、下から見上げる砂がなんとも奇妙な光景となっている。


「ここはどこだ?」


 唐突に切り出すルエイン。背後で言い争うテレシアとヴァレリを度外視する事にしたようだ。尋ねられたレナードは小さく咳払いをする。


「フルース=レグヴェル共和国の首都の地下都市だ。ゴホンッ……夜のお店や──病人が出たら隔離できるように地下に医療施設が設けられている。……ワシが加入してからはそのような事はない。いや、あって欲しくもないが……そういう場所だ」

「そうか。……レナードが運んでくれたそうだな、感謝する」


 ルエインがそう言うと、レナードは「よせよせ」と気恥ずかしそうに少しばかり顔をしかめて首を振る。


「礼ならヴァレリウス殿に、だな……。ワシの魔法ではあの怪虫かいちゅうを倒す事などできんかっただろう」

「それは……気が向いたら、だな」


 チラリとルエインは後ろへ視線を遣り、足蹴にされているヴァレリと、怒り狂った表情のテレシアを見て、前へ向き直った。

 スティリアも苦笑を浮かべ、レナードも「そう、だな」と小さく同意した。


「おっ! ルエインさん起きたっスか⁉︎」

『マスター!』

「ちょ、レイチェ──ンアァッ⁉︎」


 パリンッ。と瓶が割れる音が響く。中に入っていたであろう液体は、石畳が手早く吸い取り、マルクは両手と膝をついて項垂うなだれた。

 レイチェルはそれを気にする事もなく笑顔でスティリアへと駆け寄ってきた。


『そこのルエインは生き返りましたか?』

「そもそも死んでいない」


 どこかおかしい言葉遣いなど歯牙にもかけず、ルエインはあっさりとレイチェルの発言を一蹴いっしゅうした。


「えっと……うん。ルエインは死んでないし、ちゃんと生き返ったよ?」

「その言い方もおかしいだろう」


 ルエインは頭を抱えて呆れるようにため息をついた。そこで……ある事に気付いたようで、レイチェルへと再び視線を送り返した。


「名を、読んだのか?」


 心底意外そうに。目をパチクリとさせながら、ルエインは尋ねた。


『イエス。ルエインの名を覚えました』


 その言葉と共に……どこからか効果音が響き、レイチェルはどうだと言わんばかりに無表情のまま胸を張った。


「いやいやいや、大切な商売道具割っちゃって何してんスか……?」


 ゆらゆらと歩み寄ってきたマルクが、レイチェルへとそう声をかける。くるりと振り返った黒髪の少女は淀みない瞳でマルクへと向き直る。


『申し訳ありません、一号』

「なんでオイラはその扱い続行なんスか⁉︎」


 血涙を流して憤慨ふんがいするマルクに、レイチェルは小首をかしげた。

 ……その後、大所帯となった一同は、街の四方にある南手の階段を登る。石をそのままくり抜いた作りで、左右には松明たいまつが地上までのしるべとなっている。


「テレシア、こっちに来ぬのか?」

『絶対嫌や……死んでも嫌や』

「なーんじゃ、つまらんつまらーん」


 ヴァレリは駄々をこねる口ぶりのまま、後頭部で腕を組んだ。

 そんなやり取りをしていると、すぐに階段を登り切る。時刻は夜らしい。空一面に星の海原が広がっており、藍と水色の水に、光る砂を撒いて浮かせたかのように輝いている。それを、広く間を開けて等間隔に並ぶ石造りの白いアーチが、まるでフレームのように夜空を切り取っていた。


「綺麗……」

「……そうだな」


 思わずスティリアがそう呟く。ルエインが賛同し、レナードは微笑を浮かべ、マルクは鼻の下を擦り、テレシアは尻尾を一振り。

 レイチェルはそう言うスティリアを見ており、ヴァレリはつまらなさそうに小指で耳をほじくり出した。


「早くゆくぞ、わっちも暇じゃない。次の金が待っておる」

「…………」


 無粋に。水を差すヴァレリに、一同は何も言わずに冷ややかな視線を送ったが、そんな事で挫けるヴァレリではない。絶世の美女像が一瞬で台無しになるような……見たくもないであろう耳垢を息で吹き飛ばす様に、皆一様に呆れ顔となった。


「あの石橋の根元へ行けぃ」


 ヴァレリに急かされるまま、一同は足取りを重くしてアーチの根元へと向かった。

 地上都市は地下と違って活気に満ちている。夜だが、棒同士を結んだ紐に吊るされたランタンが等間隔に並び、市街を照らし上げていた。

 商店もまだまだ働くつもりなのか、絶えず呼び込む声が響いてくる。そんな雑踏を掻き分けながら、ルエイン達はドーナツ型の低い壁の穴を潜りながら、アーチの根元へと向かう。


「あの裏手が階段になっておる。そこを登って行ったらいよいよあの小憎こにくたらしいギルドマスターとご対面じゃ」


 私怨しえんたっぷりなヴァレリの発言を気にするだけ無駄だと思ったのか。もはやなんの反応も示さずにアーチの根元へと着き、そこにあった緩やかな階段を登りだす。

 階段と石橋は、ガラスの細やかでありながら花などの綺麗な模様の壁と、透明なガラスの天井に包まれていた。

 透けた先から見えるのはこの都市の全体像だ。この都市の規模と比べるとやや小さな建物が中央に浮かんでおりそれを王様の王冠の外枠のように。八つのアーチと、建物の下部から伸びた……同じく八本の岩の柱が直線ながら渦のように斜めに建物から飛び出して、壁まで伸びている。

 その下は全て砂の海。それを囲うようにしてできた石壁の外側に、ドーナツ状にぐるりと囲まれた壁が複数存在し、その間が市街や商店の役割を果たしていたようだ。

 その様子を見たヴァレリは不愉快そうに鼻から息を漏らす。


「いつ見ても実用性のない変な街じゃ。こんなんが首都なんじゃから世も末じゃわい」


 ヴァレリは理解できないと言わんばかりに悪態をついている。これも恐らくは私怨の為に機嫌が悪いのだと、マルクとレイチェルを除く全員が苦笑を浮かべた。


「他国に対する技術力の誇示の為でもあるんじゃないっスかねぇ。初代様もアレでいてなかなかキレ者ではあったっスから」

「フンッ、どうじゃろな。ただの助平じゃろ」


 マルクの擁護ようごも大した効力を発揮しなかった。縁があるのか……ヴァレリは今日一番不快そうに鼻を鳴らして、吐き捨てた。


「昔、なんかされたんスか?」

「戦ってる最中にいきなり乳やら尻を触られたから思いっきり顔面をブン殴ってやったわい」

「……ああ、はい」


 珍しく敬語になったマルクはどこか遠い目だ。苦笑を浮かべてから申し訳なさそうにその目を伏せた。


 一方でスティリアは、何故かマルクへ向けて軽蔑の眼差しを向けていたが、顔を背けていたマルクがそんな事に気付くはずもなかった。


 ……しばらくそのまま進んでいくと、街全体と比較すれば小さく見えた建物も、次第にその実寸を露わにする。思わずルエインは立ち止まって見上げた。


「意外と大きいな」

「この国のトップの住まいっスからね。加えて言えば国営ギルドの本部でもあるっス」

「これが……?」


 その建物の構造自体は、至ってシンプルだ。巨大な大理石の円柱の上下に、柱より一回りか二回りほど大きな円錐の青い屋根がついている。下で支える八本の柱と反対の上部には窪みと、その中に窓が取り付けられており、それらが複数存在している。

 アーチの接続部に当たる部分では、黒色の金属扉が待ち構えている。黄金を用いたレリーフが象られており、|金(かね』の力を誇示しているようにも見える。


「悪趣味じゃ。あの金はわっちが貰っても──」

「ダメっスよ」

「いかんに決まっとるだろう」

「──むう……」


 マルクとレナードに同時にそう言われて、ヴァレリは不機嫌そうにぷっくらと頰を膨らませた。

 〝かわいい〟よりは〝美しい〟という言葉が似合う美女のその表情は、なんともミスマッチな絵面だった。


 しかしそれを誰が言う訳でもなく、ヴァレリは不機嫌そうな表情のまま、その扉を蹴り飛ばした。


「邪魔するぞ」


 ゴーンッ。そんな鈍く低い金属音を響かせた為か、中にいる人々の視線が一斉に集まる。しかし、そんな事を意にも介さずに、ヴァレリは威風堂々と歩いていき、その絶世の美女を見つけた人々は、サッと一斉に顔を逸らした。


 内部構造は青に金の刺繍の入った大きな絨毯が一面に敷かれており、左右の木製の壁付近には一枚板のカウンター席。右手が張り紙や書類の山、左手が酒瓶や料理の絵が描いた紙などがあり、それらの奥手には無数の小さな円卓の机が立ち並び、そこで、皆一様に飲み食いをしていた。


「うむうむ。皆わっちに照れて顔を逸らしておるな」

「…………」


 誰も、何も言わなかった。ヴァレリは気持ち良さそうに下手くそな鼻歌を歌いながら、奥に並ぶ席を通り抜けていく。


『…………まあ、そらそうやろな』


 席に座る男の顔を覗き込んだテレシアが、小さくそう呟いた。男達の表情は分かりやすかった。それは「関わらないでくれ」と言わんばかりに。目の伏せ方でその感情が、ありありと見て取れる様である。

 誰の耳にも届かないほど小さな声で、テレシアはご機嫌に先行くヴァレリを見て「幸せなやっちゃなぁ」と、小さくこぼした。


「最上階にゆく! さっさと出さんか!」

「…………」


 アイオライトにあった昇降機の類の管理者だろうか。小さな宝石の埋まったポールに、顔を逸らして無言のまま手を当てた女性に、一同苦笑を浮かべた。


 やがて昇降機が到着したのか、銅色にこれまた金のレリーフが彫られた豪華な扉が開いて、狭い空間が出迎える。


「はよ乗れはよ乗れ!」

「あ、ああ」

「え、ええ」

「う、うむ」

「う、うっす」

『イエス』

『…………』


 一同それぞれの反応を示す中、テレシアだけは無言を貫いた。

 一同が乗り込み扉が閉まると、床は微細な振動と共に動き出す。そんな中、ヴァレリがウズウズしていたかと思うと、


「しかし銅の扉とはなあ……どうかと思うぞ、銅だけにッ。くふ、クフフフフフッ」


 そう、呟いてしまった。


「…………」

『アチャー……』


 テレシアだけが、小さくそう呟く。その他の者達は、皆一様に「早く着いてくれ」と言わんばかりに疲れた顔をしてながら、上から床に飲み込まれていく銅、次いで銀の扉を数枚見送っていた。

 程なくして、床の振動が弱まり、停止する。正面には黄金に、白金で象られた獅子の顔から翼へ向けて風が吹いたような……精巧なレリーフの彫られている扉が、ゆっくりと上に持ち上がった。


 入り口と同じ青を基調とした絨毯が出迎える。周囲には動物や、明らかに魔獣と見られる不可思議な生命体の剥製が並んでおり、奥手には不釣り合いな程に巨大な窓。

 その手前に書類を山積みにしたテーブルが置いてある。


「ギルドマスターに何か御用でございますか? もしそうであれば、わたくしめがお取り次ぎしますが……」


 レナードよりも高齢そうな、物腰柔らかな年寄りが、室内に入った一同に語りかけてきた。ヴァレリが口を開こうとした時──


「なんだ? 客人か、マルコじぃ

「レオニール大統領閣下、お仕事は──」

「休憩だッ!」


 やや野太いアルトボイスの主……レオニールと呼ばれた者が、叫ぶように声を荒げた時。ガサッと音を立てがら、書類の山が崩れだした。バサバサと空気を包み込みながら、紙は床に落ちていく。


 ……しかし、机の下に隠れているのかしゃがんでいるのか。ルエインとスティリアがいくら探せども、声の主は見つからない。白石に金のフレーム、赤い布を取り付けたフカフカの椅子には誰も座っていない。


「……まあ、いいだろう」


 果たして、声の主は数枚の書類を抱えて姿を現した。緋色と黄金色に輝く獅子のたてがみ。青と金刺繍をあしらえた裏地の赤いマント。

 下に着込む服は緑色の軍服。その男は犬歯を輝かせながらニヤリと笑って、机の上に飛び乗ると、腰に手を当て胸を張って言い放つ。


「我輩こそが、ここ国営ギルド『世界を駆ける風フレース・ヴェルグ』のギルドマスター兼、この国の大統領を務めている……レオニール・ハルマインだッ!」


 くして……その少年は容姿にそぐわない美声で、声高らかに宣言したのだった。

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