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第十六話 ー砂上の巨艦①ー

『ギュアッ! ギュアッ!』


 時刻は朝方。昨日中年の如く振る舞っていた童顔のハーピィは、元気な子どものように叫びながら羽ばたき、洞窟の前にいた怪鳥……グリフォンの頭上をグルグルと回っている。


『……この借りは必ず返そう』

「別に構わない、お互い様だ。……なんて、言いやしないが──」


 言いかけて、ルエインは空を舞うハーピィへと視線を向ける。


「俺たちが言うのもなんだが警戒心が薄い。生きていけるのか?」


 ルエインの言葉に、グリフォンは頭を傾けて地面を見つめる。


『……年若いゆえ、だろう。子らも初めから熟成した知恵を持つワケではない」

「そういうものか」


 話している内容を理解できていないのか、ハーピィは無邪気な顔で未だにグリフォンの頭上で旋回をしている。


「その、見逃して下さってありがとうございます」

『良い。我々は、風と共にある者。その心もまた、風である』


 スティリアの言葉にそう返したグリフォンは、巨翼を広げて羽ばたきだした。

 ……その場に、一枚の大きな羽が落ちる。


『助けが欲しくばその羽で、風を切れ。世界のどこにいようとも、風が便りを伝えてくれる』

「……ありがとうございます!」


 羽音に負けないように、スティリアは声を張ってグリフォンへと告げる。グリフォンは、聞こえたのか聞こえていないのか、そのままハーピィと共に空高く舞い上がり、彼方へと消え去った。


 それを見守っていた一同は、肩の荷が降りたと言わんばかりにため息をついた。


「馬が無事で良かったっスけど……あんな目覚ましは二度とご免っス」


 真っ先に口を開いたのはマルク。そして、マルクの言葉に賛同するかのように、一同は苦笑を浮かべた。


「まさか、その……し、失き──」

『まさかウンコ漏らすなんて思わんやんな。鳥のウンコやけど』


 言いづらそうに間を開けたが、スティリアが言い切るよりも早く、テレシアが恥ずかしげもなく言い切った。


「ハーピィとは、元よりそういうものだ。貪り、汚物を撒き散らす。野生化しているものならもっとひどい」

「……うげぇ」


 マルクは、気持ち悪いと言わんばかりに舌を目一杯出した。


「さて、長居は無用だ。行くぞ」

「食料もだいぶ減ったっスからね……」


 ルエインの言葉に、マルクはくら手綱たづなを馬へ取り付けながらそう返す。


「最悪、肉はある」

「……え? なんで馬を見ながら言うんスか?」


 鬼でも見たかのような視線でマルクが見つめたが、ルエインはそれ以上何も言わなかった。


 ……くして、一行は山を登り出した。マルクも馬車での旅に手慣れているようで、峠を越えてからはブレーキを駆使して山を降りていく。

 時折落石などの危機は訪れたが、レイチェルがそれを制した事で、一同は無事に下山し終えた。


「フルス砂漠っス。オアシスが点々としてるっスから水の心配はいらないっス」


 今、彼らの目の前に広がるのは砂漠だ。山脈から続く道のまま真っ直ぐに、やや風化した石畳が真っ直ぐに敷き詰められており、それが遥か彼方まで続いている。

 時折風に攫われた砂が舞い飛ぶ生命の姿など微塵も見せやしない砂の大地に、一同は目を丸くしていた。


「初めて、見た……」

「俺も見るのは初めてだな」

『ウチもや……』

『…………』


 マルクを除く一同がジッと砂漠を見ていたが、ここでテレシアが思い出したかのように、ルエインの裾元すそもとつつく。


『ルエイン、刀にならせて』

やぶから棒になんだ?」


 テレシアの唐突なお願いに、ルエインはそう言いながらも刀に変化へんげさせ、鞘に納めた。


『いや、砂絡みついたら嫌やなって』

「…………そうだな」


 さもどうでも良さそうにルエインは同意の言葉を述べると、マルクが「行くっスよー」と馬車を走らせた。


 時たま、ガタンッと大きな音と振動に揺さぶられながらも、馬車はやや歪みのある石畳を渡っていく。


「昨日の地震のせいっスかね? いつもより、ゆがみがひどいっス……」

「そういえばこの辺は地震が多いのか?」


 ルエインの質問にマルクは「そんな事はないはずなんスけど……」と、思うように進めないこともあってか、歯痒はがゆそうに返事をする。


「そういえば……二つ名を持つ魔獣も出て来なかったね」

「そう、だな……」


 スティリアの言葉に、ルエインが物憂げな顔で必死な形相をしているマルクへと視線を向ける。


「んぐッ……馬の負担もすごいっス。歩いて行く方が早そうっスけど……アンリエッタとジョセフィーヌを置いて行くなんてオイラにはできないっス!」

『いよいよ名前付けよったな……』


 熱い口調でそう述べたマルクに、テレシアのドン引きした口調と眼差しが突き刺さった時──


「──ンァっ⁉︎」

「きゃっ⁉︎」

「グッ……!」


 昨夜より規模の大きな地震が発生する。地の揺れと、石畳の狭間とで揺れる馬車とが二つの振動を生み出し、複雑な振動が荷台の中へと襲いかかる。

 危うく荷台の柵で頭を打ちかけたスティリアを、手を伸ばしたレイチェルよりも早くルエインが抱き寄せた。


 地震は治まりを見せるどころか、更に勢いを増して馬車の中を襲う。


「様子がおかしい……スティア、外に出るぞ!」

「う、ん……レイチェル、マルクをお願い!」


 手持ち無沙汰になっていたレイチェルは無表情のまま頷き、揺れに抗いながらマルクを抱えて御者台を蹴って外へと出た。


「な、なんスかレイチェル⁉︎」

『……黙ってください』


 ガタガタと、ガチャガチャと音を響かせる馬車から、ルエインとスティリアもが飛び出た時──


「何、あれッ⁉︎」

「どうやら……正しい判断だったようだな」


 驚くスティリアをかたわらに抱いたルエインの表情は、苦々しい。その視線の先には、砂を巻き上げて進む、何か。……その巻き上げられている砂は、遥か彼方まで続いている。


 そして……それは馬車へと衝突し、いななく馬の悲鳴を、一瞬で止めた。


「アンリエッタ……ジョセフィーヌゥゥゥウウッ‼︎」


 悲痛なマルクの声が響く。荷馬車と石畳を突き上げ、喰らい上げたその巨体は、その全貌ぜんぼうを露わにする。


 頭部は、小さな家ほどの大きさを持つ蜘蛛。頭から連なった胴部からは八本の脚が生えており、腹部の縦に裂けた巨大な口が馬を馬車もろとも喰らい付く。そして、その馬車を六本の脚をたくみに使って押し込んでいき、口から血飛沫を吹き出す。

 そのトゲトゲしい黒い甲殻の蜘蛛の……尻尾の部分に当たる巨大なムカデの体が、蜘蛛の肉体を持ち上げていた。その大きくも相対的に細長い体は、霞む砂丘の奥まで伸びており、その背から生えた桃色の軟毛が、桜色の道を作っている。


「やだ……」

「虫が嫌い、だったか……」

『スティアやなくてウチでも嫌やわ、あんなん』


 スティリアは青ざめた顔で、吐き気を抑える為か、口元に手を押し当てていた。そして、ルエインはそう言いながらにして、さやに納めていた刀を抜きはなった。

 ルエイン達は、もう一度その全容を眺める。

 青い腹部という、およそ砂漠に住まう者とは思えない極彩色ごくさいしきの巨大な昆虫は、腹部の巨大な歯をカチカチと鳴らして、その牙から垂れた血の雫を、ポタリと砂の海へ落とした。


 そして、その巨大な昆虫は、ムカデの体から伸びる足を身動みじろぎさせ、口から廃材へと姿を変えた馬車を吐き出す。血にまみれた木材は、砂の海へと頭を突っ込む。


「アンリエッタ、ジョセフィーヌ……」

『…………』


 汚物を見るような視線で、落ち込むマルクへと視線を送ったレイチェルだったが、砂地の上の足を取られそうになると、その表情を引き締める。


「しかし……これは、討伐するだとかそれ以前の問題だろう」

『デカすぎやわ、コイツ……』


 まるで背の低い山脈のように伸びる桁外れな体長に、ルエインもテレシアもウンザリだと言わんばかりの声を上げる。

 

 巨大樹が天を貫くように空へと伸びたムカデの体が、蜘蛛の体を持ち上げており、それを支えるムカデの体は砂丘の奥へ隠れており、蜘蛛の体が上へ上へと行ったところで、いくらこちらに身を寄せても、ルエイン達がその全貌を見ることは叶わない。


 最早異色でありながらも、砂漠の背景の一部のようなその巨大な虫へ向けて、ルエインは刀を振るう。刃先から青白い三日月……飛剣の神薙かんなぎが放たれた。


『うん、問題あらへんで』

「……そうか」


 すると、本体がムカデとも思える昆虫は、すかさずその三日月へと喰らい付いた。鉄すら裂くはずの小さな青い剣閃けんせんは、蜘蛛の牙に触れると同時に消えた。


「──! 無傷、か……」

「うそ……⁉︎」


 ルエインは忌々いまいましげに呟く。傷を付けるどころか、苦痛すら与えられなかったからだ。一方で、スティリアも不安げに瞳を揺らす。しかし、その巨虫はそのまま動かずに、不思議そうに頭をもたげて、地平の彼方へと視線を送った。


 レイチェルはと言えば……そのあまりの迫力に思わず動きを止めていた。規格外な生ける天災を前に、行動の正解を導き出せない……そんな、驚愕きょうがくの表情を浮かべている。


「コイツが鋼殻桃虫こうかくとうちゅうヲンビルス……⁉︎ はっ、ははっ……。巨大なんて付けたところでそんな生易しい大きさじゃないっスよ、こんなの……」


 そして、それはレイチェルに抱えられていたマルクも同じだ。冷静さを取り戻したマルクは、冗談じゃない……──そんな言葉を顔だけで完璧な表現するような凄まじい表情で、その後の言葉を失っていた。


 くして、その規格外な大きさと身を覆う鋼殻を持つ昆虫……ヲンビルスは、退屈そうに空を飛ぶ鳥を見上げた後に、その巨大な蜘蛛の頭を砂の海へとゆっくり落とし、潜り込もうとした。


「きゃっ⁉︎」

「スティアッ!」


 ……そして、連動するかのように発生した大きな揺れに、スティリアは尻餅をつく。慌てて抱き留めようとしたルエインの持つ刀の切っ先のみねが、石畳を叩いて音を鳴らした。

 ──途端。地中へ潜行しようとしていたはずの巨虫きょちゅう、ヲンビルスは突如としてその行動を中断し、ルエイン達へとその進行方向を変えた。


「──ッ! スティア、逃げろ!」

「でもッ……!」

「俺なら問題ない、早く行け!」

「……ッ! お願い、死なないで」

「……心得た」


 スティリアは、その瞳を涙で濡らしながら駆け出す。ルエインがムカデへと向き直ると、ヲンビルスはわずかに方向を変えて、石畳の上を走るスティリアへと進行する。あまりに巨大故に分かりづらいが、石畳の上へ乗り上げた事でそれが明らかになる。


「──ッ⁉︎ ヤツは何に反応している?」

『たぶん音や! 今は石畳を走る音、さっきは刀が石畳を叩いた音や!』

「……なるほどな」


 テレシアの言葉を受け、ルエインはポケットからスティリアが小さくした、肉類の入っていた小瓶を石畳に叩きつける事で大きな音を上げさせる。


 注意がルエインに逸れたせいなのか、一瞬ビクリとその巨体を跳ね上げたヲンビルスは、ルエインの元へと差し迫ってきた。


伍式ごしき──」


 揺れる石畳の上で足を踏ん張り、ルエインは左の親指に刀の峰を乗せて、刺突の構えを取る。


神無突かんなづき


 一歩踏み出し、足、腰、肩、肘、手首と。捻りを移動させ、全体重を乗せて回転を加えた突きが、虚空を貫いてみせる。

 ──刹那、切っ先から青白い竜巻が発生し、まさに目前まで差し迫ったヲンビルスの頭部を捉えた。

 ヲンビルスはそれに気付いたのか、気付いていないのか。……頭部を持ち上げ、喰らい付かんとする為か、腹部の口をグァッと開き、これを迎え撃った。

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