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第一話 ー旅立ち②ー

 必死の形相で、スティリアは眼下に広がる赤煉瓦の海へ手を差し向け、小さく呟いた。


「風よ。私たちを助けて……!」


 スティリアが不安げにそう言った時……一陣の風がふわりと吹き抜けたかと思うと、突風が吹き、二人と一刀を壁上まで彼らを運んだ。


 着地と同時にぺたりと地面に座り混むスティリア。対して、手から着地したルエインは、曲芸師さながらな動きでくるりと回転して華麗に着地をする。


「すまない、助かった」


 ルエインがそう言った時、ふわりと白い毛玉が舞い降りた。


『ウチも頑張ったんやけど堪忍ねー。神力(しんりょく)食べてへんとウチもただの刀やし、かと言って神力纏ってたら石なんて豆腐みたいに切れてまうしなあ……』


 にゃっはっはっは。と、テレシアの声で明るく笑っているのは先ほど折れた刀ではなく、白く長毛な動物。

 大きさは拳大。栗鼠のような顔をしており、ほぼ全身毛むくじゃらなその動物は額に青水晶のような角、兎のように長く垂れ下がった耳を持つ。


 猫のような体で、長い尾をひらひらと振っており、桜色の瞳をスティリアへ向けて、小さく微笑んだ。

 その不思議な愛らしい生物に思い当たる節があったのか、スティリアは数度目をぱちくりと(まばた)きをして、口を開く。


「幻獣種の……アルマ?」


 スティリアがそう言うと「はっはぁ」とテレシアは感心した声を上げる。


『なんや、お嬢ちゃんえらい物知りなんやなあ。ようお勉強しとるね』


 そう言いつつ、テレシアは後ろ脚で首元を掻きだす。直後、顔と全身をぶるぶると振るテレシアにルエインは歩み寄ると、屈んでその手を差し伸べた。


「戻れ、まだ油断できない」


 ルエインがそう言うと、テレシアはポンッと小さく跳んでその手に飛び乗る。


『なんやのんせっかちやなあ。欲しがり屋さんの男の子は嫌われるで?』


 ぶつくさと小言を呟くその愛らしい小動物はルエインが身を起こすと、額で輝く青い角の中に吸い込まれた。


「わっ……!?」


 スティリアは驚く。ルエインの手の上に浮きだしたその小さな青水晶は、内側から鉄を生み出す。さほど時間が掛かる事なく、柄から透かし(つば)(はばき)までを作り上げる。

 そして、先ほどまでの美しい毛が縁頭(ふちがしら)の間を両方からタシタシと巻いていき、柄巻(つかまき)の役割を果たした。

 そして、余った毛がだらしなく垂れ下がっている。


 肝心の刀身が生まれぬまま出来上がった刃のない刀をルエインはその手に取り、空を切る。


神力しんりょくちょーうっだいっ」

「いま流す」


 愛情たっぷりな甘え声でおねだりするテレシアに、ルエインは抑揚(よくよう)のない声でそう返す。そして手元から青白い光を出すと、その光……神力を移動させて刀化したテレシアの体を(おお)った。


『ん、ええ調子』

「頼むぞ」


 ルエインがそう言った直後。瞬き程の時間をかけずに(はばき)の隙間から黒と白の刀身が伸び、立派な太刀が出来上がった。ルエインはスティリアへと視線を向ける。


「よし。休んでいる暇はない、一先(ひとま)ず下の森に身を(ひそ)めるぞ」


 ルエインは告げるや否や、壁外へと向きなおる。それをスティリアが止めようと手を出し、声をかけた。


「ま、待って! この街の壁上は結界が張られてて──」

参式(さんしき)神威(かむい)


 言い切るよりも早く。ルエインは先ほど魔法の火球を叩き落とした時と同様に、神力を刀身に纏わせた。

そして、半球状に城壁全体を覆う半透明なガラスのようなドーム。バチバチと電気を纏って威嚇をする結界へ躊躇いもなく一歩踏み出すと、手にした刀を思いっきり振り下ろす。


 その結界は、パキンと音を立てて割れた。そして大気へと還っていく結界の穴からは、風が吹き抜け、スティリアは顔を背ける。バタバタと揺れ動く髪が落ち着いた時、スティリアは正面へ向き直った。


「行こう」


 差し伸べられた、大きな手。スティリアは、じわりとその瞳を(にじ)ませた。そして、スティリアはその手を取ってしっかり掴むと、左指で目を擦って涙を拭う。


「うん……!」


 上擦ってはいたが、力強く返事をして、立ち上がる。スティリアの瞳には多種多様な景色が映っていた。


左手には広大な荒野。右手には広い森。その森と荒野の中央にかけて、分断するかのような巨大な裂け目。そして森の右手から遥か彼方まで延びて荒野まで囲う青き山脈。その中心に立つルエインが、力強い眼差しで彼女を見返していたのだった。

 ──そんな中。


『湿っぽいところ、悪いんやけど……来とるで』

「えっ? あっ……」


 テレシアの警告に、スティリアが振り返る。この壁以上の高さを誇る塔が聳えるその城から、鈍色(にびいろ)の鉄でできた飛竜が、緑色(りょくしょく)の光の羽を羽ばたかせてルエイン達の元へ迫っていた。


 その背には断頭台近辺にいたような格好をした殺気立つ兵士達。そして無感情な顔をした、人間そっくりな容姿をした(くろがね)で全身を装甲で覆う戦士達がいる。


 先ほどの兵士の言葉を借りるならば、飛竜は機竜兵(フェルムドラコ)、機械人形は機兵族(マキナ)だ。


 そして、壁より高くまで到達した一機の機竜兵(フェルムドラコ)がその口を開いたかと思うと、環状(かんじょう)に六つほどくっ付いた銃身がくるくると回り出し、橙色(とうしょく)混じりの白色の閃光……マズルフラッシュを()きだす。


 ルエインは、小さく舌打ちをするとスティリアの体を引き寄せて、背面から腹部に手を回して抱え上げた。


「きゃあっ!?」


 そしてルエインが駆け出すと、スティリアがいた場所には間もなくして鉛の弾丸が無数に降り注いだ。

 そのままガリガリと石床を傷付け削り取っていく弾丸の雨は、ゆっくりと軌道修正をしながらルエイン達へ差し迫った。

 スティリアは抱え上げられながら不安げに尋ねる。


「そういえばここからどうやって降り──」

「先ほどの風、頼んだぞ」

「──え?」


 彼女が言い終えるよりも先の事。そう言ったルエインは、先ほどの機竜兵(フェルムドラコ)に続いて始まった一斉射撃に、蛇行しながら駆け抜けていたが、大きく跳躍して壁の向こうへと跳んだ。


「えっ……」

『ンフフ、ド派手やねえ……』

「……」


 その下に階段などあるはずもない。サッと顔を青ざめさせたスティリア。奇妙な笑い声で余裕な態度をとるテレシア。無表情のルエイン。


 それぞれが空中散歩を堪能(たんのう)した頃、ふわりと吹き抜ける風が勢いを止めたかと思うと、彼ら彼女らの瞳に映る眼下の世界は、一気に加速して迫ってきた。


「イヤァァアアアァァァアアッ!」


 黒いドレスがバタバタと音を立てて風に(はた)かれる中、断末魔にも似た細く甲高いスティリアの悲鳴が響き渡る。


 耳元で強く吹きつけられたホイッスルのような声で叫ばれていても、ルエインがその顔色を変える事はない。

スティリアを抱えたまま身じろぎ、体勢を整えて空を仰ぎ見ると、手に持つ刀を構えた。


壱式(いちしき)神薙(かんなぎ)──二連」


 小さくそう呟いたルエインは、そのまま虚空を刀で薙ぎ払った。すると、その刃先からは高圧縮された三日月状の神力が解き放たれ、天空へと駆け上っていく。そこから一息の後、もう一度振り払うと、地上へと向きなおる。


 スティリアは叫ぶ事をグッと(こら)えると、気になったのか上空を見る。すると、放たれた青き(やいば)の先に、機竜兵(フェルムドラコ)が現れた。


 完璧なタイミングで放たれた三日月状の神力は、間の悪いタイミングで追撃しようとしていた鈍色の飛竜に食らいつくと、まるで野菜を切るかのように、鋼の巨体をいとも容易く断ち切った。


 機竜兵(フェルムドラコ)は飛行のバランスを崩してフラフラと森へと落下を始めた。次いで現れた機械仕掛けの飛竜も異変に気づいて減速を始めたものの、同様に切り裂かれてその場で墜落を始める。


「……下を見てくれ」

「えっ……ヒッ」


 スティリアはゾッとする。見ているうちにもうすぐ地面だ。このまま落ちれば全員肉の塊になるどころか、その肉すらも血液と一緒に飛散させるだろう。


「先ほどの魔法を頼む」


 スティリアが恐怖で震えていると、ルエインが落ち着いた声でそう呟く。スティリアの顔には少しの迷いがあったが、何かを振り払うように首を左右に振ると、祈るように胸元で手を握りしめた。そして、差し迫る地上へ向けて、握った拳を解き、その掌を向けた。


「風よ、お願い……もう一度だけ、わたし達を助けて…………!」


 申し訳なさそうに。だが、その瞳は力強く。スティリアの言葉に呼応してか、優しく網に包まれたかのように、落下する一同は失速を始めた。


 しかし、慣性を殺すまでには至らず、このまま行けば骨折で済めば(おん)の字。まだまだ落下速度は(おとろ)えを見せない。


「……ごめん、なさい」


 力不足を感じてか、スティリアはその瞳を潤ませ、ギュッと目を閉じた。しかし。


「問題ない、十分だ」

『あとはウチらのお仕事や!』


 相も変わらず、不安を吹き飛ばしてくれるような落ち着いた声。そして、お姉さんのように優しい声。

 その声にスティリアがハッと目を開くと、ルエインは刀を真横に構えた。


壱式(いちしき)神薙(かんなぎ)──薄月(うすづき)


 (ゆる)やかに振り放れた刀身から飛び去った青き三日月は先ほどよりもやや分厚く、二人の落下速度よりも早くに地上へと到達し、その身を潜らせる。

 そして、二人が着地するかしないかという絶妙な位置で亀裂(きれつ)からは爆風が生じ、二人の体をふわりと持ち上げた。


 ルエインがそのまま着地して森へと駆け出すと、その後方では鉄くずと化した飛竜と機兵族(マキナ)がガシャンと音を立てながら墜落し、その身の部品をばら撒いた。


『大成功やーん! この子が魔法使えんかったらどうするつもりやったん?』


 テレシアの純粋な疑問。ルエインは間を置いて答える。


「……その時は、その時だ」


 アホかーい! とルエインに怒鳴り付けるテレシア。そのやり取りを、微笑ましげに見ているスティリアの瞳には、涙とはまた別の輝きを見せている。

 そして、そこへ降り注ぐ鉛玉の嵐を、蛇行しながら駆け抜けるルエイン。一行(いっこう)は狭い平野を抜けて、背高く深い森へと向かうのだった。

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