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第十四話 ー神の悪戯②ー

「……ゲーム、だと? そんな事をしている暇があるのか?」

「それがあるんスよ……後ろを見るっス」


 マルクの言葉に対して痺れを切らしたかのように、ルエインは御者台から飛び降りて、背後へと視線を向け……目を大きく見開いた。


「なんだ? これは……」

「それが……ミノタウルスの能力なんスよ」


 ルエインの瞳に映ったのは歪んだ背景と、その眼下には底無しの崖が左右に広がる。マス目に合わせたところでこの空間一帯をぐるりと囲んでいる。


「テレシア……こっちへ──」

「無駄っスよ」


 ルエインが言いかけた時、マルクがその言葉を遮る。御者台に飛び降りたテレシアは、ムッとした表情でマルクを睨んだ。


『なんやねん、さっきから。はよ説明しぃや』

「……急かさないで欲しいっス。よく聞くっスよ──」


 マルクは説明した。その内容はこうだ。


 其の一、空間は隔離されている。

 其の二、自分達が動けるのは草原の上のみ、荒野の上は空中すら渡る事ができない見えない壁が存在する。

 其の三、全ての能力が使用できない。

 其の四、白いサイコロが自分達のもの、黒いサイコロがミノタウルスのもの。自分達の出目だけ草原・荒野を塗り潰せ、相手の出目だけ移動できる。

 其の五、サイコロは同時に振る事。

 其の六、ミノタウルスに接触されたら敗北。

 其の七、ミノタウルスの可動範囲を、九マスの草原で囲ったら勝利。

 其の八、三マス揃えた先からを塗る事ができる。

 其の九、塗り潰された九つの纏まったマスは塗り替えせるが、三マス揃えられず、十字にしか塗り潰せなくなる。

 其の十、これが全てミノタウルスの能力である。


「────と、まあこんな事っス。あと加えるなら、お互いの現在地は奪えないっス。あと九つの中心は荒野のマスに見えるっスけど中心は石床、どっちでもない陣地っスね」

「討伐できる訳ではないのか。…………これはこの国ではよくある事なのか?」


 ルエインの問いかけにマルクは「まさか」と首を横に振る。


「オイラも文献でしか知らないし、お伽話だと思ってたっス。悪戯好きな子どもに言うような、ね。ボードゲーム以外で実際この目にしたのは初めてっスよ……」


 言いながらにして、不動のまま赤い眼光を送り続ける巨人を、マルクは見つめる。冷や汗の流れるその頰は、焦りのせいか固いしわを寄せている。


「要約するとそのサイコロを振ればいいのね?」

「す、スティリアさん⁉︎」

「スティア! すぐ忘れるんですねマルクさん。それに……振らなきゃどのみち終わらないわ」


 どこかぶっきら棒にそう言ったスティリアは、まさにさいを投げた。

 地面を転がるサイコロ。出た目は……六と、三。六が白、三が黒だ。


「これは……──ッ⁉︎」


 スティリアが言いかけた時、ミノタウルスは動いた。

 見ればミノタウルスの周囲九つのマスの手前にある六つのマスが、全て荒野に変わり、ミノタウルスは右側に一歩、その後最前線まで移動した後、左手へと二歩前進した。


幸先さいさきはいい感じっスね。塗りと移動はミノタウルスが先攻っスよ。ただしミノタウルスは自分の周囲に三マスないと前進できないから変な動き方したみたいっスけど。こっちも向こうも三マス揃った周囲のどこかを塗り潰せるっス。ミノタウルスは今六つ埋めたっスから、あと二つで九つ揃うっス。阻止しないとしんどいっスよ」

「えっと、それじゃあ……」


 スティリアは、ミノタウルスのいる直線上、自陣手前の荒野を指差す。すると、その指差しさされた三つの荒野からは草が生え、草原となっていく。スティリアが驚いた表情を浮かべていると、


「元々草原だったとこもあるからあと五マス残ってるっス」

「えっと、それじゃあ……」


 マルクの言葉に、スティリアは馬車から右側を指差す。すると、その荒野も草原へと変わる。右九マスを全てを草原にした。


「よし、これで盤石っス。出だしはいいっスね。ミノタウルスのサイコロが三なんで、三マス移動ができるっス」

「それじゃあ……右の今開けたところに向かって移動しましょ」


 まず、左へと向かったミノタウルスに対して右手へと逃げる形でスティリア達は荷馬車を置いて移動した。


「それじゃあ、次のサイコロを──ッ! つぅッ……⁉︎」

「スティアさん⁉︎」

『マスター‼︎』


 スティリアがマルクの手のひらに乗っていたサイコロに触れた途端、バチバチと電流が走り、スティリアを拒絶した。痛そうに電撃を受けた手を握りしめていたスティリアに、マルクとレイチェルが声を上げる。


「だいじょうぶ……。ちょっと、痛かっただけ」

「……もしかするとオイラが持ってるからか……いや、たぶん複数人なら一人ずつ振るまで持てないのかもしれないっス」

「そういう事か……」


 ルエインが納得する。しかしその隣で、


『え? ウチも勘定に入ってるん?』

「それは分からないっス。文献にはそこまで書いてなかったと思うっスよ……」


 テレシアの呟きに対して自信なさげに、申し訳なさそうにマルクは小さくそう言った。


「まあ、どちらにしても無理して痛い思いする必要もないっスよ。オイラが投げるっス」


 そう言って、マルクはサイコロを地面へと投げた。コロコロと転がるサイコロは、動きを止めた。


『うわぁ……』

「最悪っス……」


 テレシアが冷めた声を上げ、マルクは頭を抱え込む。出目は白が一で、黒が六。

 ミノタウルスは右側九枚を荒野で埋め、更にその下の一マスを埋めて、右へ一歩だけ動いた。


『今のはルールあんま知らんウチでも分かるわ。アンタ、ゲーム向いてないやろ』

「なんでオイラってこういう運がないんスか……?」


 嘆きながらも、マルクはミノタウルスが進行してきた一マスを草原で塗り返した。

 そして一同はマルクを筆頭に角に到達、そこから上に行ったところから踵を返して後ろに戻ろうとしたマルクは──


「痛いっスッ⁉︎」

「何をしているんだ……」


 後ろのマスへ戻ろうとしたが、パントマイムをするかのようにマスの境目に手のひらを向けている。


「戻れないんス!」

「……もしかすると、移動中に同じマス目は踏めない、とか?」

「そんな……踏んだり蹴ったりっスよ⁉︎」

「そういうゲーム、か……」


 見えない壁に手をつくマルクは涙目だった。

 項垂れるマルクを他所に、皆ルエインに続いて移動を開始した。そこから上に一マス、左に一マス、下に一マス、更に左へ一マス。最終的に到着した場所は、マルクが踵を返そうとした角の上から一つ開けて左のマスだった。


「振るぞ」

「うん」


 手の内に握っていたサイコロを、スティリアの相槌を聞いたルエインが芝生の上に、振るう。サイコロは転がっていき、止まった。出目は白が五、黒が一だった。


「よし」


 まずミノタウルスが動く。先ほどマルクが塗り返した草原を、更に塗り潰したそのマスまで移動した。

 対してルエインは初期位置の九マスから左にある格子模様を全て草原に変えた。

 


「移動はひとマス、左へ行くぞ」


 目前まで迫った威圧感のある牛頭の巨人から少しでも距離を離す為、一同は左へと戻る。初期位置である置いてあった馬車の右斜め前だ。

 そして、そこでサイコロをくわえていたテレシアが、尻尾をブンブンと振っている。


『ひふへっ!』

「黙って振れ」


 行くで、と言おうとしたのか。テレシアが石のサイコロを振るう。唾液まみれでベトベトになったサイコロの出目は白が四、黒が三。

 ………………しかし。


『ウチは関係ないんかーいッ‼︎』

「そらそうっスよね……」


 ミノタウルスは微動だにしなかった。虚空を見つめるミノタウルスの様子から察するに、テレシアは人数に含まれていなかったようだ。当然、最後の一人であるレイチェルへと視線が集まる。


「レイチェル、このサイコロを握って投げて?」

『……? こうですか?』


 相手のいないキャッチボールをするかのように。遥か彼方へ消え去る勢いで投げ捨てようとするレイチェルに、スティリアは慌てて手を振り「違うの! レイチェル!」と訂正の言葉を言いながら、レイチェルの手前に飛び出る事でその投石をやめさせた。


「えっとね、白いサイコロに大きい数字出ろー! って思いながら。黒いサイコロに小さい数字出ろー! って思いながら同時に地面に落とすの……」

『…………? 白石を大きい数字、黒石を小さい数字で出せば良いのですね?』

「……うん」


 スティリアが一考の後にそう言うと、レイチェルは二つの石を両手で持ち、しばらくサイコロを眺めた。

 ──そして、レイチェルはサイコロを振る。……両腕で、同時に。すると、


「これは……!」


 マルクは思わず声を上げる。二つのサイコロは芝生の上で一点立ちして回転しながら回り出す。


「いいんスかね? これ」

「知らん」


 マルクの質問をルエインが一蹴した時、サイコロは回転の勢いを弱め、虚像の球形を崩す。

 固唾かたずを飲んで全員が注視する中、やがてサイコロはパタリと倒れて転がった。


「す……」


 スティリアが小さく声を上げる。一同は目を丸くした。


「すごいわレイチェルぅー!」

『マ、マスター……⁉︎』


 感極まったのか、スティリアはレイチェルへと抱きついた。レイチェルも目を丸くしてスティリアを抱き止める。


「最初っから振ってもらえば良かったっス……」

「俺も……そう、思う」


 マルクとルエインは小さくため息をつく。出た目は……白が六、黒が一。

 ミノタウルスは目の前のマスを一つ潰し、最終的に移動開始地点の二つ上の場所まで移動して、止まった。

 対して、レイチェルは中心九つ全てを草原で塗り潰し、更に移動前にミノタウルスが塗り潰したマスを塗り返した。


 ────そしてそこで全員が一周した。右の九マスの中心に、ミノタウルスは追い込まれている形となっている。


『見てみぃアイツ! 心無しか、どっか悔しそうやで!』

「そんなに変わっていない気がするが……」


 立ち尽くすミノタウルスを、テレシアが小馬鹿にしたように笑うが、ルエインが冷静にツッコミを入れる。そして、ルエインとテレシアは、無表情のまま斧を手に立ち尽くしている牛の怪人から、視線をスティリアへと戻す。


「振っても、大丈夫?」

「ああ」

「白が六で黒が一なら勝ちっスね。ただそうでなくてもレイチェルのお陰でだいぶ楽になったっスから気軽に行くっスよ。オイラは二度と振りたくないっスけど」


 明後日の方向を寂しげに見つめるマルクに、スティリアは苦笑を浮かべた。


「気にせず投げるといい。マルクが失敗しても俺やレイチェルがいる」

『イエス、マスター』

「うん、二人ともありがと! それじゃあ……行くねっ!」


 レイチェルと同じ投げ方ではなかったが、果たしてスティリアはサイコロを振るった。サイコロは投げられ、くるくると回転しながら回る。


「んぁ⁉︎」


 マルクが変な声をあげる。地面に落ちたと同時に接触し合った二つのサイコロは、弾け飛んだ。ゴロゴロと転がる白と黒。大きく飛び出した黒い石自然と視線が集まる。やがて、一同の視線が追いつくと共に、黒石は動きを止めた。出目は、黒が一。


「これで、白が六なら……」


 マルクが思わず呟き、一同白い石へと視線を向けた。既に動きを止めている石の出目は……。


『六や!』

「六、だな」

「ヒャッホーウッ!」

「や…………」


 スティリアが小さく呟き、レイチェルへと向き直る。


「やったぁ! やったよ、レイチェルッ!」

『マスター……⁉︎』


 子どものようにはしゃぐスティリアを抱きとめ、驚いたかのように目を丸くしたレイチェルだったが……フッと。

 小さく、レイチェルは優しげに微笑んだ。


「──! 笑った、のか……」


 誰も見ていない中、ルエインだけが確かに見ていた。レイチェルは少しだけ口角を上げて、確かに笑っていたのだ。そんな中、


『あーっ! アイツ最後までやらへんのかい! ダッサいやっちゃで!』

「おととい来るっスよォー‼︎」


 テレシアとマルクがそう叫ぶ。ミノタウルスは骨だけを残して肉が溶解していき、液状化した肉は地面へと吸い込まれていく。やがて、骨のみを残していたが、それも風化して灰になって風と共に消えていった。


 ……直後。唐突に地震が発生する。地面はパネルパズルのように動き出し、ある程度纏まった時、草原と荒野とが周囲と一体化して、きっちり前後で分かれた。

 周囲を取り囲んでいた裂け目は浮き上がってきた地面で繋ぎとめられ、何事もなかったかのように周囲の景色は戻る。


 そして、サイコロは閃光を放ちながらどんどん大きくなり、やがて馬の姿を取り戻した。


「おお! マイスウィートハニィ……かわいいっス……!」


 マルクは馬に再度頬ずりをした。レイチェルまでもが苦笑を浮かべていたが、さすがのルエインも今度ばかりは見逃していた。


***


 その夜のこと。荒野の中腹に差し掛かった辺りで日は暮れてしまい、マルクは小太りした商人と話していた。ルエイン、スティリア、レイチェル、テレシアは既に荷台の中で眠っている。


「それにしてもマルクさん、ほんと久々じゃないか。どうだい? ここは一つ、久々にあのボードゲーム……『タウルスの迷宮』でも──」


 言いかけて大荷物を漁りだした中年に、マルクは、


「二度と! その話を! しないで欲しいっスッ‼︎」

「え、えらい剣幕だね……。なんだか、すまないな」


 述べられた名に、マルクが鬼神の如き顔と怒号で突っぱねたのは、皆が幸せそうな寝顔で夢の中にいた頃の話だった。

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