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第十三話 ー結晶都市アイオライト②ー

「しかし……人が多いな」


 ルエインが、不意にそうこぼす。往来する人の波に堪えかねて、一同は大通りの近くにある路地へと入り込んでいた。


「ハァ、ハァ…………そう……だね……ハァ、ハァ」


 スティリアは肩で呼吸をしながら、ルエインに同意する。その隣でレイチェルが不思議そうに小首を傾げた。


『排除すればよろし──』

「やめて。ほんと……ハァ、ハァ……だめッ……はふッ……」


 穏やかでない発言をするレイチェルの手を握り、スティリアはハァハァと息を整えつつもそう言った。


 レイチェルはどこか困ったような顔をしながら、「わかりました」と素直に言葉を返す。


『ルエイン、前々から思っとったけどあのレイチェルって子……』

「……なんだ?」


 コソッと手を添えて耳打ちするテレシアに、ルエインは小さく返す。


『おっぱいちょっと膨らんでるけど柔らかいんかな?』

「……真面目に聞き返した自分の事を、ここまで愚かだと思った事はない」


 テレシアの視線はレイチェルの胸部に向いていた。気付きたくもなかった事実をテレシアの口から突きつけられたルエインは、心底呆れたようなため息をつく。


 そんな事とはつゆ知らず、スティリアは呼吸をしっかり整えると、掴んだレイチェルの手に自分の手を重ねて、目を合わせた。


「あのね、レイチェル……。もし、守って欲しかったらちゃんと言うから、あんまり見境なく攻撃しなくてもいいの」

「イエス、この命令を承諾します」


 単調に答えたレイチェルに、スティリアは困ったように眉をひそめる。


「えっと……命令じゃないの。お願いと、約束をしてほしいの」

『……? お願いと命令は違うのですか?』


 レイチェルの言葉に、スティリアは「うーん……」と小さく唸りながら、その額に手を当てる。


「お願いはあなたが考えてできるかどうか、っていう事。わたしからの命令だけだとわたしがもしいなくなっちゃったら……あなた何もできなくなっちゃうわ」

『そのような事態にならぬよう、尽力致します』

「うーん、と。そうじゃなくて……」


 成り立たない会話にスティリアが肩を落としてみせた時、ルエインが歩み寄る。


「お願いというのは達成できてもできなくても良い、可能ならそうしてほしいという事だ」


 突如会話に割って入ったルエインに、レイチェルは無表情のまま小さな口を開いた。


「ナンバーツー……」

「……その呼び方はどうにかならないのか」


 ルエインが呆れてため息をつくと、スティリアが慌ててレイチェルの肩を抱き、ルエインへと指を指す。


「レイチェル! この人はルエイン! ルエイン!」

『ナンバーツーはルエイン? そうなのですか? ナンバーツー、ルエインとはなんですか? 病気ですか?』

『……これはちょっと同情してまうわ』


 テレシアが引き気味な表情で、そう言った。するとレイチェルはテレシアへと視線を向ける。その瞬間、テレシアの桜色の瞳は揺れた。


『ナンバースリー、同情とはなんですか?』

『ウチ、泣いてまう……』


 ナンバースリーと呼ばれたテレシアは、涙声になりながらその愛らしい顔をルエインの背後へと隠した。

 その後、スティリアが何度も繰り返したが、結局レイチェルからの呼び名が、ナンバリングされた固有名詞から変わる事はなかった。


「……行こう。飲食料に衣類にと買うものはいっぱいある」

「水は最悪わたしの魔法でなんとかなるけど……」


 どこか鬱屈な雰囲気のまま、スティリアがそう答えると、ルエインは冷や汗を流しながら小さく「気にしなくていい」とその華奢な肩を優しく叩いた。


「スティアは他に欲しいものはあるか?」

「え? わたしは……その…………」


 恥ずかしげに目を逸らしたスティリアに、ルエインは小首を傾げる。


「ドレスはあるんだけど……着付けが一人じゃできないし、最近馬車もよく使うから、少し大きめの着替え用のテントが欲しいなって……」

「……? 着付けが一人でできないのだろう?」

「それは、レイチェルに手伝ってもらおうかなって」


 言いながらにして、チラリと後ろで手を引くレイチェルへと視線を向けたスティリア。


『イエス、やってみせます』

『フッ……残念やったな』

「何がだ」


 レイチェルの言葉に、テレシアがそっとルエインの首裏に小さな手を添えながら、そう言った。ルエインが鬱陶うっとうしそうに不快感を露わにした声で返すと、テレシアは「え!」と続ける。


『そらアンタ……ドレスの着替えなんて手伝ったら、うなじとか首筋とか見放題な上に肩とか腰とか触れるし、やりたい放だ──』

「生憎お前以上にやりたい放題な思考のやつは見たことがないがな」


 ルエインがピシャリとそう言い放つと、テレシアは「言うようになったやん」などと、よく分からない褒め言葉をルエインに投げかける。

 そんな中……ルエインのように受け流せなかったスティリアは、顔を耳まで真っ赤にしていた。


『マスター? 熱が──』

「な、ない! ないから! だ、大丈夫!」

『──? ですが体温が……』

「これは違うやつなの!」

『マスターは原因不明の奇病に……』

「……それも違うの」

『……? 熱が下がりましたね』


 レイチェルの的外れな言葉に、スティリアはややげんなりしてしまう。結果的にレイチェルは腑に落ちたらしく、スティリアはどこか納得したような面持ちになった。


 その後、ルエイン達は近くの出店の人に情報を尋ね、路地裏を歩いていた。人通りは少なく、犬や猫などの方が多い。


「かわいいなぁ……」

『捕獲しますか?』

「…………それは違うと思うの」

『そうですか』


 スティリアとレイチェルがそんなやり取りをしていると、テレシアがそっと耳打ちをする。


『……後で慰めたりや』

「分かっている」


 人混みで人酔いする事のなくなったスティリアが、違う意味で疲れた表情を浮かべてしばらく。一同歩いている中、ルエインが到達に立ち止まり、上を見上げる。


「……着いたようだ」

「ここが、そうなの?」


 ルエインの言葉にスティリアも顔を見上げる。小さな看板がぶら下がっている。


「ああ、入るぞ」

「あ、待って!」


 とてとてと少し足早に、少しペースの遅れていたスティリアは、背後に控えていたレイチェルの手を取ってルエインの後を追う。


「やや埃っぽいな……」


 ルエインがそんな事を言った時──


「この雑貨屋はモノの価値がわかるヤツしかいらないよ。埃っぽくて悪かったねぇ」


 しわがれた女性の声が響く。一同声のする方へ向くと、茶色い外套がいとうを見に纏った怪しい老婆がいた。


「……失言だった、すまない」

「フンッ、どうだか」


 老婆は不快そうに鼻を鳴らす。スティリアは思わずペコリと頭を下げ、レイチェルもスティリアの顔を覗き込みながら頭を下げた。


「…………まあ、いいさね。そんで……買うなら買う、冷やかしなら血を抜く。好きにしな」

「物騒極まりない発言だが……ブーツ、着替え用のテント、保存食はないか?」

「ブーツは靴屋にでも行きな! テントと保存食はある。それも保存食はとっておきだ」


 老婆は、吐き捨てるように突っぱねたかと思いきや、あるものに関しては自信があるようで、先程までのぶっきら棒な感じとは違ってどこか嬉々とした声をあげた。


「アタシも若い頃に旅をした。その時に使ってたテントならある。価格はきっかり一〇アルゲンだ」

「銀貨が一〇枚か……。年代物だが品薄だ、いいだろう。保存食は?」

「フンッ、いちいち余計な一言を足す。これだから若僧は……。保存食はこれだよ」


 ルエインが尋ねると、老婆はドンっとカウンターに大きめのビンを置く。

 中には乾燥した果実が大量に詰まっている。


「この保存食はただ干したもんじゃない。魔力が詰まってる。これ一粒で一食分になる優れもんさ」

『なぁ、ルエイン。魔力って事はアンタはまたちゃうのいるで』

「分かっている……。それで、他には?」


 耳打ちしてきたテレシアに、ルエインが小さく返事を返して老婆に尋ねると、老婆は「がっつくんじゃないよ」と呆れ半分、いきどおり半分にそう返す。


「これなんかどうだい? ネズミの肉、カエルの肉、ウサギの肉、イノシシの肉、シカの肉、ヤギの肉、クマの肉……この辺りなら干し肉も燻製もあるさ」

「浄化はしてあるか?」

「してなきゃ売らんさね」

「では、全て頂こう」


 老婆が並び立てた言葉に、スティリアの顔をは歪むばかりだった。そしてそれをルエインが購入の意思を示した時、スティリアは待ってと言わんばかりに手を出したものの、結局項垂れて何かを飲み込んだ。


『マスター?』

「なんでもないの……」


 一人落ち込むスティリアを他所に、買い物は進んでいった。


「お前さん気前がいいね。それじゃあコイツを十五ブルムで譲ってやろう」

「……なんだこれは?」

「知らないのかい? これは『姫と騎士』って絵本だよ」

「──!」


 その言葉を聞いた途端、スティリアは静かにカウンターに近付いた。


「今は販売されてなくてね。ちょっと年代物だがファンの多い作品だよ」

「銅貨なら安い。しかし生憎だが絵本は必要な……ん?」


 袖を引っ張られる感覚にルエインが違和感を感じて振り返ると、そこではスティリアがルエインの袖を引いていた。


「あの……欲しい、の」

「…………」


 申し訳なさげに上目遣いでそう言うスティリアに、ルエインはしばらく黙っていたが、数秒の後、老婆へと振り返る。


「ではそれも頂こう」

「あいよ。全部で五〇アルゲンだ」

「ああ。──! 店主、これは?」


 支払いを済ませようとしたルエインは、カウンターに並んでいる髪飾りに気付く。三日月の形を模した形をしており、精巧な作りをしている。


「アタシが趣味で作ったモンだよ。魔法の力が込められてる。何があるかはお楽しみ、さ」

「…………いくらだ?」

「二五アルゲンだよ」

「ふむ……これと、これを二つ頂こう」


 ルエインが手にしたのは先ほどの月の髪留めと、二匹の魚が象られたかわいらしい髪留めだ。


 老婆は「まいどあり」とほくそ笑むように小さく笑った。


「これもいるかい? 根が張るがいちアウルで買える魔法のポーチだ。収縮と拡大の魔法がかかっている」


 老婆が出したのは革製のポーチ。かぶった埃のせいか、どこか小汚く見える。


「……役立ちそうだ。隠していたのか?」

「人聞きの悪い。売る相手を見定めているだけさ」

「買おう」

「全部でさんアウルだ。また来た時は寄っておくれ、ヒッヒッヒ」


 瓶詰めの乾物などの大きなものだけをポーチに詰めた老婆。怪しく笑う老婆を背に、ポーチと小物を手にした一同は、雑貨屋を後にした。


「ありがと、ルエイン」

「構わない」


 店先で、ルエインは買った絵本をスティリアに手渡した。スティリアの表情は、何処か懐かしむようであり、悲しさと嬉しさと、色々と混ざった複雑な顔をしていた。


「それと……」


 ルエインは、先ほど購入したアクセサリーを手にしてスティリアへと手渡す。


「好みは知らないが好きな方を使うといい」

「えっ……⁉︎」


 突然の贈り物に、スティリアは口元に手を添えて驚く。寸秒の後、ルエインの手から髪留めをもらうと、スティリアは嬉しそうに微笑んだ。

 そしてその場で、三日月の髪留めを前髪に付けた。藍色に浮かぶ三日月は、さながら夜空に浮かぶ月のようだった。


「似合う、かな……?」

「……ああ」


 どこか不安げに尋ねたスティリアに、ルエインは間を置きつつも、頷いた。


『ルエインたまにはやるやん』

「口うるさいお前がいるからな」


 茶化すテレシアに、ルエインが小さな皮肉を言って言い争っていると、スティリアがとある人物の視線に気付いた。


『…………』

「レイチェル?」


 その視線はレイチェルのものだった。無表情ながらも、その目はスティリアの前髪と、手に持つ髪留めとの間を交互に動いている。

 その視線の先にあるものを理解したスティリアは、レイチェルへと優しげな笑みを浮かべた。


「ほら、おいで? 付けてあげる」

『……マスター?』


 スティリアは小首を傾げたレイチェルへと歩み寄ると、その前髪に二匹の魚の髪留めを付けた。


「似合ってる、かわいいよ!」

『……? ありがとう、ございます?』


 笑いかけるスティリアに、レイチェルは不思議そうに……困ったような表情を浮かべた。その光景を、ルエインとテレシアは微笑を浮かべながら眺めていた。

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