第十三話 ー結晶都市アイオライト①ー
半透明の山。日光を受け、結晶が複雑に光を乱反射している蟻の巣状の小部屋群。
そしてそれらを覆っている、血管のごとく内部を広がる水が、内部を青く染め上げ、時には光を奪い去っていた。
結晶の中というよりは水の中にいるような、そんな錯覚を覚えられそうな場所だ。
『なんやとぅー⁉︎ ほななんや! ウチらは今まで通り思うように旅とかでけへんのかいな⁉︎』
「話を最後まで聞いてやれ、テレシア」
『ルエイン! これが落ち着いていられるか⁉︎』
水に囲まれたとある小部屋の一室で怒号が響く。日光を乱反射した光で輝く、長毛の白く愛らしい動物……テレシアの桜色の瞳は、怒りの為か不機嫌そうに揺れていた。
兎のような耳を忙しくぴょこぴょこと跳ねている。それを鎮めるかのようにベッドから上体を起こした金髪碧眼の青年、ルエインはその頭に手を置いた。
「もう一度……。分かりやすく、お話を教えていただけますか? マルクさん」
深い藍色の髪の少女がそう言うと、マルクと呼ばれた三十路ほどの見た目の男性は、「スティリア王女……」と言った。
「スティア……とは呼んでくれないんですね」
「いつの間にかスティアさんって呼んでたっスけど、今は公的な意見を述べてるっスからね」
スティリアと呼ばれた少女は、その頰を少し膨らませて不満を露わにするが、マルクは両手で拒絶の態度を取り、その小さな反発に対して首を横に振る。
「オイラはスティリア王女の亡命は手助けしたっスけどそれを匿い続けるとなると共和国としてもタダでって訳にはいかないっスよね。まだこの国のトップに当たるギルドマスターにすら一報もできてないっス」
息つく間もなくマルクは「それに……」と続ける。
「この国……フルース=レグヴェル共和国ではあっちの国、アレクサンドル王国と違って穀物だとか兵役だとかに加えてお金払うって税制じゃないっス。全てが金で解決……シンプルな税制っスよ。この国ではお金さえあればなんでもできる。逆にお金がなければなんもできないっス」
「まるで無法地帯のようだな」
ルエインがそう言うと、マルクは「ところがどっこい」と返す。テレシアは不満げに鼻を鳴らした。
『何がやねん』
「そうならない仕組みもあるんスよ。それが国営機関のギルドシステムっスね。民営にもあるっスけど基本としては最大級の規模を誇る国営ギルド『世界を駆ける風』が法の管理、執行、治安と秩序の維持……って、まああっちの国で言えば国の王様と騎士と商人が合わさった感じっスね」
それはさておき……と、マルクは言い直す。
「お金は何に変えても大事っス。いやいや、別にいいっスよ?」
言いながらにしてマルクは部屋の片隅で、無言のまま立ち尽くしていた黒髪の寡黙な少女へと目を向けた。
「彼女の……レイチェルの解析機能と調合機能と、スティリア王女の魔力を使って作成した魔道具を売り払って、日銭稼いでもらう。そんなジゴロにルエインさんがなりたいってんなら、オイラはもう何も言わないっス」
白色の装甲を纏う少女……レイチェルは、スティリアに見られた事で、小首を傾げた。
その直後、テレシアが「うっわ……」と幻滅したと言わんばかりの声を上げる。
『ルエインそれはダサいわ、ダサすぎるわ。ありえへんやろ』
「……何を言っているんだお前は」
ドン引きするテレシアに、ルエインは呆れてため息をつく。スティリアはと言えばキョトンとした顔をしていた。
「ねえ、テレシア。ジゴロって何?」
ちょっと気まずそうに、申し訳なさそうに尋ねると、テレシアはスティリアの肩に飛び乗り、その愛らしい耳に口元を近付けた。
「それはやな……男が女に──んぎゃ!」
「余計な事は言わなくていい。コイツが嬉々として喋る事なんて、大抵ロクでもない事だ」
『なにすんねん⁉︎』
ルエインはテレシアのその尻尾を掴み上げて、その耳打ちを阻止した。掴み上げられたテレシアは、手足をバタバタと慌ただしく動かしている。
「だが……マルクの言いたい事は分かった。要するにそのギルドとやらが、あちらの国でいう兵役に当たるものだ。義務ではないが、加入しなければ日銭を稼いで生きていけない。そういう認識でいいのだろう?」
テレシアの尻尾を離したルエインがそう尋ねると、マルクは「そっスね」とこれを肯定する。
「ただ貴族ってだけで得する事なんてなーんもないっス。ギルドマスターが自由を目指して独立を宣言した国っスからね。魔獣の撃退だとかもしてるんで周辺諸国にも多大な影響力を持ってるんスよ。多種多様な種族、多種多様な文化も受け入れてるっス。悪い事だけじゃないっスよ」
「ふむ、なるほど……」
ルエインは頷く。そこへ、ベッド下から飛び乗ったテレシアが、ルエインの頰へグイッと肉球を押し付けてきた。
『なんやねん、ほな行くんか?』
「行こう、首都に」
テレシアの手を払い除け、ルエインは掛け布団を捲り、表面の溶けたブーツを履く。
「ルエイン、もう大丈夫なの?」
「問題ない」
スティリアの言葉に、ルエインは流し以ってベッドから足を下ろした。
「レナードさん達も先に行ってるんだよね?」
「そっスね。ビルとキャロルは元々ギルドメンバーっスから。ああ見えてギルド内でもなかなかの実力パーティーなんスから忙しいんスよ」
マルクは目を閉じ先刻までと同様に饒舌に語っていたが、その目を開けた時に集まる視線に気付いた。
「…………な、なんスか」
「い、いえ……」
『マスター、心拍数が上がっています。いかがなされましたか?』
「特には」
『………………暇なんやな』
テレシアがそうこぼした途端、ルエインとレイチェルはマルクから顔を背けた。その反応を見たマルクは「いやいやいやいやいや!」と必死にルエインの肩を交互に掴みながら揺さぶる。
「えっ⁉︎ 待ってほしいんスけど⁉︎ オイラそんな風に思われてるんスか‼︎ ねぇ⁉︎」
「……今回の亡命の助力、感謝している」
「いまそれ関係ないっスよねェ⁉︎ スティアさん、これどうおも──!」
音もなく忍び寄ったレイチェルが、スティリアの肩に掴みかかろうとしたマルクの体を、羽交い締めにした。
『今……マスターに危害を加えようとしましたか?』
「い、いえ……。滅相もないっス。調子乗ってすんませんっス」
冷や汗を流しながら、マルクは涙目になって謝罪をした。
解放されたマルクはため息をついた。
「やっぱ荷台に毛布ぐるぐる巻きで放置したの怒ってるんスかね……」
「どうだろ? レイチェルにも心があるのかな?」
スティリアの発言に、マルクは目を丸くした。
「どうっスかね? そもそも喋れる機兵族ってのが珍しいっスからね。ただ時たま疑問に思ったりするって事はレイチェルも何か考えたりしてはいるんじゃないっスか?」
言いながら、マルクはレイチェルの隣を通り抜けて、部屋の外へ向かう。
「オイラは馬車の調達をしてくるっス。準備が整うまで気軽にアイオライトの中を散策してみるといいっスよ」
そいじゃ。と言い残して、マルクは立ち去った。ルエインはテレシアを肩に乗せると、スティリアと顔を見合わせた。
『ま、ほな……』
「行こうか」
「うん。レイチェルもほら、おいで?」
『イエス、マスター』
一行もマルクに続くようにして、部屋から立ち去った。
……アイオライトはその全てが結晶でできている。都市というよりは透明な洞窟と言った方が近い。また、張り巡らされた水路がほぼ全面に広がり、さながら魚のいない水の中を歩いているような、そんな街だった。
そんな光景を、ルエイン達は物珍しそうに周囲を見回している。
「不思議なとこだね」
「ああ、見たことがない」
『けったいなとこやで』
レイチェルを除く、各々がそれぞれの反応を見せる。
レイチェルはと言えばスティリアを見ているばかりだ。その視線に気付いたスティリアは、笑って手を振った。
『…………?』
レイチェルは、やはり小首を傾げた。スティリアはその様子を見て、寂しげに肩を落とす。
「……どうした?」
「えっ⁉︎ ううん、なんでもないの」
ルエインの問いかけに、スティリアは手を忙しなく振って反応した。さすがのルエインも、不思議そうに眉を顰めた。
しばらく歩くと洞窟を出る。そこは、石を削ってできた小部屋だった。外からの光に一同はやや目を細める。
「ああ、アンタ達かい。宿泊代は貰ってるよ、もう出るのかい?」
「えっと、はい! お世話になりました!」
「あいよ、また利用しとくれ」
宿屋だったらしく、女将らしき人物の言葉に、スティリアが笑顔で対応する。
そして木製のドアを開き、一同は外へ出た。
「これは……」
「わたしも初めて見た時は驚いちゃった。ルエインは寝てたから初めて見るんだよね」
『ちなみにウチは見たから驚かへんで』
すり鉢状の窪みの中に、この街はあった。大理石でできた建物が立ち並び、自然も豊かで、宿屋前の大通りはマルクの言っていた通り、多種多様な種族の人々で賑わっていた。
獣人や人間、ルエインは少し物珍しそうに辺りを見渡した。
「……洞窟だらけの都市なのだと思っていた」
「うふふ。話だけ聞くとそうだよね」
どこか得意げに話すスティリアに、ルエインは顔を向けた。
「首都はここから遠いのだろう? 旅に出る前に色々と揃えておきたい」
「えっと……そうみたい。でもマルクさんお店の場所までは教えてくれなくって……」
申し訳なさそうに顔を俯けるスティリアに、ルエインの肩に乗るテレシアが顔を乗り出した。
『気にせんでええの! 散策しろ言うたんマルクやしな。ちょっとの間でものんびりして欲しかったんやろ』
「そう、なのかな?」
『せや! そうやなかったらウチが八つ裂きにしたるで安心しとき!』
物騒な物言いに、スティリアは苦笑を浮かべる。そんな時、ルエインがスティリアの手を握った。
「えっ……⁉︎」
「人が多い。逸れる可能性もある」
「えっ、あっ……う、うん」
スティリアは顔を思わず逸らした。その顔は、やや熱を帯びてか赤い。
そんな中──
「──⁉︎ え、レイチェル?」
『…………』
レイチェルがどこか困ったように眉を困ったような顔をしてスティリアのブラウスの袖を握っていた。
「レイチェルも、行こ?」
『…………はい、マスター』
イエス、とは言わなかったレイチェル。スティリアが少し不思議に小首を傾げたが、その手を掴んで笑いかけた。
「ほら、行きましょ!」
『……はい』
どこか素っ気ない返事だったレイチェル。ルエインに付いて先を行くスティリアの後ろで、黒髪の少女は確かにその口角を上げて、笑ったのだった。




