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第十二話 ー月下と闇の中でー

 月明かりと遠方で光る結晶の山が草原を照らしている。そこを駆け抜ける馬車の中では、スティリアがルエインに口付けをしていた。

 目に涙を浮かべ、その顔は真剣そのものだ。


「いや、やっぱ絵面的にここでレナードさんがキスしてたらダメっスよね……」


 御者台からその様子をチラリと見ていたマルクがぼそりと呟いた。マルクの声に、ビルが苦笑を浮かべて頷く。


「ポーションの効果を高めて口内でも効力発揮させる為に、魔力を含ませた体液が必要だからって、ここでレナードさん接吻せっぷんしてたらオレ……次の日からレナードさんの顔まともに見られなかっただろうなあ……。薔薇の花束送るくらいしかできないや」


 御者台に座りながらにして、チラリとルエインとスティリアへと視線を送るマルクとビルの表情は、やはりと言うべきか。引きつった笑顔で、その心の内の複雑な心情を物語っていた。

 レナードは申し訳なさそうな表情で冷や汗を掻き、荷台で腕を組んで目を瞑りながら胡座をかいている。


「見世物じゃないんだから見るんじゃないっての!」


 首を僅かに傾けて熱視線を送っていたマルクとビルの顔を、キャロルが押しのけて前へと向けさせる。


「グッ……」


 ポーションが効果を発揮したのか。ようやくルエインは息を漏らし、口内の液体を飲み込んだ。口を離したスティリアは、驚いた表情から一転して、涙を浮かべながら、笑った。


「気が、ついた……?」

「…………ああ」


 真っ先に周囲の様子を伺ったルエインは、しばらくしてスティリアの顔を見て、返事をした。


「良かった……! ごめんね、わたし……何もできなくて…………」

「……ヤツは、どうなった?」


 ルエインが尋ねると、スティリアは首を横に振る。


「瀕死だったけど……シンが戻ってきて。そのまま一緒に帰って行ったの」

「…………そうか」


 ルエインは安心したかのように目を閉じた。スティリアはそっとルエインの頰を撫でる。

 するとルエインは再び、目を開いた。


「テレシアは無事か? かなり無茶をさせてしまった」

「…………無事だけど、衰弱してるみたい」


 スティリアが隣で眠るテレシアに視線を落とすと、ルエインも視線を向けた。


「そうか。仕留めるつもりで放ったが……結局無駄になってしまったな」

「そんな事、ないよ……」


 ルエインの言葉に、スティリアが暗い表情で俯いた。頰を伝った涙がポタポタと荷台の床を叩いた時、ルエインは手先を動かした。しかし、その手が持ち上がる事はなかった。


「……スティア」

「……なに、どうしたの?」


 手を動かす事を諦めたかのように目を閉じたルエインは、そう呼びかけた。スティリアはルエインの胸元に手を添え、訊ね返した。


「……俺は、もっと強くなる。お前を泣かせる事がないくらいに、強くなる」

「わたしも……強くなりたい。あなた達が……あなたが、傷付かないように…………」


 二人がそう言った後、しばらく車輪の音だけが響いていた。だが──


『二人とも一丁前な事……言えるようになったやん』

「テレシア⁉︎」


 声のする方へ、全員が一斉に振り返った。見ればググッと蹌踉よろめきながらも、テレシアが立ち上がっている。


「テレシアは大丈夫なの……?」

『心配いらへんよ。ウチは負荷に耐え切れんでちっとのぁ眠ってただけやしな』


 フッ。と優雅に立ち姿を見せたテレシアに、スティリアは目を伏せて肩を震わせた。


『まあ、そこのアホは一時的に生身の人間になっとるでウチ以上に反動が──』

「テレシアッ!」

『──わふっ……!』


 テレシアが語り終えるより先に。スティリアがテレシアの体を抱き上げ、頬擦りをした。その顔は涙で濡れながらも、喜びで溢れている。


「良かった……わたし…………‼︎」

『おーっ! これがおっぱいタイムやな⁉︎』

「うん、そうだよ……ほんとに、良かった……」

『認めるんかい⁉︎ なんやのん、まったく……! スティアは甘えんぼさんやなあ』

「うん……そうだよ」


 ヌフフ……。と笑いながららテレシアはその瞳と同じ桜色の肉球で、頷くスティリアの頭を撫でる。

 感極まっているスティリアは、その後に「おっぱい?」だとか「いっぱい?」だとか言っても「うん」と返すものだったので、テレシアは悪人の顔をした。


『ルエイン大好き?』

「うん……って、テレシアっ⁉︎」

「……何故そこで俺が出てくる」


 ヌッハッハッハッハ! と高らかに笑うテレシアと、呆れてため息をつくルエイン。

 対してスティリアはと言えば、顔を真っ赤にして俯いてしまった。


(どうなんだろ? わたし、ルエインのこと好き……なのかな? 頼りにしてる。でもわたし……善意で助けてくれたルエインにそんなこと思っちゃっていいのかな? さっきのキスだって、わたし……って、あれ? さっきのってキスに入るの⁉︎ いやいや! あ、あれはルエインの体の負担を和らげる為にしたものだしそんな変な捉え方しちゃったらルエインに失れ──!)

「…………どうしたんだ?」


 顔を赤らめ、自分の世界に入り込んでいたスティリアの視線は、ルエインの碧色の瞳とガッツリ合ってしまった。

 スティリアは、反射的に赤面した顔を逸らした。耳まで真っ赤にして背を向けたその様子に、ルエインは不思議そうに眉をひそめる。


「テレシア。俺はスティアに何か言ったのだろうか……って、なんだ? お前のその顔は」

『ンププ、ぶぇーつぬぃー?』


 ルエインが頼りにした相棒を見れば、その目は三日月状に曲がり、笑いを堪え切れないと言わんばかりに口を押さえている。そんなテレシアの様子に、ルエインの眉間のしわは更に濃さを増すばかりだ。


「もういい。……少し眠らせてもらう」

不貞寝ふてね不貞寝ふてね! ンッフフフフフぅー』

「て、テレシア……! 寝かせてあげて?」


 ややぶっきら棒に言い捨てたルエインに、テレシアはせせら笑い、未だ赤面するスティリアがあせあせと手を動かし抗議する。

 そのやり取りを聞き入っていたマルク、ビル、キャロル、そしてレナードが、フッと笑みをこぼした情景を乗せ、馬車はいよいよ大結晶都市の目前まで差し迫っていた。






 ……その一方で、同じ時刻。月光ではなく、松明の薄明かりのみが照らす中、前腕と腹部まで再生を果たしたガディウスは、水が頭に落ちた事を感じ取ってか、そっとその瞼を持ち上げた。


「…………趣味の悪い事だ」


 自身の目の前に広がる光景に対して、ガディウスは開口一番に悪態をつく。影でできた枷が自身の体を縛りあげている事も不快だったのだろうが、言葉の真意としてはその視線の先の事だろう。

 松明たいまつのみの照明。薄暗い洞窟、骨で作られた牢屋、骨でできた椅子、骨でできたテーブル。そこでシンはカップに入った湯立つ赤い液体をクイっと傾けて、一息ついていた。

 スーツ姿で紅茶を飲むかのような優雅さすらあるが、口紅でも塗ったのかという程に唇を赤黒く染めたシンのその隣では、ゴリュゴリュと音を鳴らしながら、巨大な狼が肉塊の山へと喰らい付いている。

 残念ながら、どこかの上流貴族なのかと疑いたくなる美しい容姿と仕草も、この環境下では品性の欠片も感じられない程に形無かたなしだった。


「お目覚めになられましたか」


 どろりと粘性のある赤黒い血が飛び散る中シンは、満面の笑みでニコリとガディウスへと笑いかけた。

 その様子を不快に思ったのか、ガディウスは眉間にしわを寄せ、鼻を鳴らして顔を背ける。


「そんなに嫌わなくても良いのではありませんか? 貴方とわたくしは似た者同士なのですから」

「だとするならば同族嫌悪というヤツだろう。私はお前を好かんし、これからもそれはない」


 バッサリと切り捨てたガディウスに、シンは「それはそれは……」とさもどうでも良さそうに返し、カップを傾ける。


「でも厳密に言えば全く同族という訳でもないので可能性はあるかもしれませんね?」

「万に一つもない」

「では、億分の一に賭けるとしましょう。フフフ……」

「…………」


 何を言っても無駄だと悟ったのか、ガディウスは口を閉ざした。閉口するガディウスに、シンは「そうだそうだ」と思い出したかのように声を上げる。


「それはそうと、本当に大事にしてくださいね? その黒石は全属性の魔法を扱えるだけでなく、周囲の魔法すら喰らう黒曜の魔法喰らいマギアイーターの核でもあるのですから……」

「マギア……イーター…………?」


 語る気などないと言わんばかりに顔を背けていたガディウスが、その単語に反応してシンを見た。

 シンはと言えば、ガディウスが視線を向けた事に対して、さぞ嬉しそうにニコニコと笑いかける。


「そのままの意味ですよ。周囲の魔法を喰らう者……それが、黒曜の魔法喰らいマギアイーターです。その黒石と比べたら他の天宝族ジェンマーなど有象無象でしかないですからねっ!」


 語り終えると同時にウィンクしたシンに、ガディウスは一瞬目を見開いた。そして、再度顔をしかめる。


「…………お前の仕草はいちいちしゃくさわるが、たまにはいい情報をくれる」


 眉間に寄るしわと、ギリっと歯が鳴る歯が、憤懣ふんまんやるかたない心のうちの全てを物語っているかのようだった。そんなガディウスの言葉に、シンは「ちっ、ちっ、ちっ」と舌を鳴らす。


「冗談のお好きな人だ……たまに、ではなく、いつも、ですよっ!」


 優美な男から送られたウィンクに、ガディウスは心底不快そうに顔を背けた。……だが、ふと思い出したかのように、忌々しげな表情を浮かべながら、シンを一瞥いちべつする。


「そういえば……ここはどこだ?」


 悪趣味を絵に描いたような空間を見回しているガディウスの質問に、シンは人差し指を口元に当てながら「フフフ……」と笑う。


「そのうち分かりますよ。まずは体を治す事に専念してください。不死に近いとは言え、怪我は無理をすれば治りが遅いものです」


 言い終えると同時にカップを傾けようとしたシンだったが、底が見えるほどになっていた事に気付くと、少量残った中身を狼の喰らう肉塊へとぶちまけた。ガディウスは、呆れたように目を伏せる。

 その際に肉塊から逸れた飛沫ひまつが、小さな赤い斑点を地面に作っていた。それは……まさに血痕だった。

 シンがそのまま席を立った直後──


「シン様、レイ様がお呼びです」

「今から向かおうと思っていたんですよ、えーっと……グレハム? グラハム? どちらか分からないのでどっちでもいいですけど」


 闇の中から響いてきたしわがれた声に、シンはその者の名がどちらか悩んだ挙句……興味もなさげに、吐き捨てるようにしてそう告げた。


 相も変わらずに、仮面を取って貼り付けたように不自然な笑みを浮かべているシンは、そのままの表情でカップを岩壁へと投げ捨てる。

 通常なら派手な音を立てて割れるはずのカップは、影に触れた途端にその壁の中へと吸い込まれていった。


 それと同時に、狼の咀嚼音そしゃくおんも途絶え、松明の明かりはフッと消え去る。世界は闇へと染め上げられた。


「それでは、またお会い致しましょう」


 何も見えない世界。二つの白が飲み込まれてしまった世界で、誰も応じる事のなかったその言葉は、誰が為に放たれたのか定かではない。くして、シンの明るく優しい声は、深淵の中へ取り残されたのだった。

第一章、無事に完結致しました。私自身がカメラを回しているような構想で描いているので、読者の方々に伝わらない表現などが無かったか一抹の不安は胸中に残っておりますが、楽しんで読んで頂けた方々がいれば幸いです。現状読みづらい、分かりにくいなどのお声は頂いていないので、この調子で書き進めて行こうと思います。

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