第十一話 ー奇術師の置き土産②ー
「殺して……やる…………」
その声に加えて、バチバチと音を鳴らし、破壊箇所を修繕して皮膚を取り戻した頭部の正体は、ガディウスだった。短いながらも髪が生えてくると、シンはそのまま髪の毛を握って頭部をぶら下げた。
粗雑な扱いを受けて事によってガディウスの眉間に深い皺が寄った時。シンは心底楽しげにクスクスと笑った。
「命を助けた私を、ではないですよね?」
「魔法さえ使えれば……お前など今すぐに殺してやるッ!」
そう豪語して見せるガディウスに、シンは「やれやれ」とため息をついた。
「せっかく助けた命……もっと有意義に使いませんか? 貴方に与えた魔人族の血……強くなって魔法も喰らえる、ほら! 万々歳じゃないですか!」
ニコリと笑いながら語るシンに、ガディウスは目を見開き、その瞳の憎悪の色がより色濃くなった。
「……やはり、貴様が原因か。殺してやる、という決意が更に固まった気がする」
「またまたぁ! 私たちは仲間になったんですから、仲良くしましょうよ!」
巫山戯るな! と口だけで凄むガディウスを他所に、シンはスティリア達へ向き直る。
スティリアは、思った。
(隙が、ない……)
ここまで、動き自体には隙がある。しかし、ゆるりとした動きをしているシンから放たれる威圧感に、スティリアの呼吸は浅くなり、喉元に刃を突き立てられてるような。断頭台を前にした時のような死の気配を感じ取っていた。
しかし、そんな事を考えてるスティリアの事など他所に。シンは掲げた右手首を二回ほどくるくる回したかと思えば、それを腹部に持ってきて、深いお辞儀をした。
その姿はさながら芸を披露した奇術師のようだ。
「では……私はこの辺で。この人に死んでもらっても困りますし、私の事を大層嫌っておいでなようなので……二人で愛を語らいに戻る事とします」
「貴様ァッ‼︎」
「おお、怖い怖い。ですがぁ……! これは格言! 愛さえあれば! 世界は! 救われるのです!」
シンは、憤るガディウスを振り回しながら左腕を広げ、右手を優しく胸に当てた。
「ああっ……カタルシス!」
『フッ‼︎』
大きな動きを見せた為、レイチェルが飛びかかったが、シンは満面の笑みを浮かべたまま、影の中へトプンと沈んで消えた。
「お元気そうですね! 私からの細やかなプレゼントを差し上げましょう!」
声だけを残して。崖上からは何かが一塊投げ捨てられた。それをどこからともなく現れた巨大な蝙蝠が口で受け止め、地上へと舞い降りてくる。
「私のペットです! かわいいですよー!」
シンの澄んだ声だけが響いたかと思うと、蝙蝠が口にしていたモノ──灰色の左手は、瞬く間に傷口から肉を膨張させ、蝙蝠の体を包み込んでいった。
「趣味も、性格も……お世辞言っても悪過ぎっスね」
姿の見えない男に悪態をついたマルクだったが、返事などはなかった。
言葉通り、素直に帰ったのかもしれない。ようやく落ち着いた呼吸ができるようになったスティリアは、そう思った。
「ふぅ……レイチェル、お願い!」
『了解です、マスター』
傷ついて動けないルエインとテレシアを守るべく、スティリアはレイチェルへ攻撃の合図を送る。
レイチェルは肉の塊へと変貌を遂げた蝙蝠へと両の腕を突き出した。
すると前腕部が開き、機竜兵の口元にあった銃よりやや小型の三連連結銃が姿を見せる。
『イグニースス・トロペトム』
レイチェルの髪と目が赤く染まる。そして、マズルフラッシュと共にモーター音が響き、一気に最高速に達した銃口は、緋色の弾丸を無数に放った。
弾丸は肉に当たったと同時にぺたりと貼り付き、蒸気と炎を上げて燃やしていく。同一箇所に次々と着弾する弾丸は、肉を押し広げて奥へ奥へとめり込んでいく。
『ギュッ、ギュッ!』
肉の繭の中からそんな声が響いたかと思った時──肉の塊は肉片となって弾け飛んだ。
「おわっ⁉︎」
「キャッ⁉︎」
熱を帯びた肉片が爆散し、マルクとスティリアへ向かって飛んで行った。
レイチェルはその破裂と同時に射撃をやめ、その脚で以ってして、向かってきた肉片を蹴り落とした。それによってレイチェルの白い装甲が傷付く事はなかったが、その脚からドロリと緋色の液体が、シューシューと空気を焼く音を立てながら流れていく。
「…………アイツはッ⁉︎」
来るべき衝撃に対し、無意味に反射的な防御姿勢をしていたマルクだったが、レイチェルが蹴る音を聞いて目を向けた時、それはそこにいた。
大きな翼が風を扇ぎ、その翼に対して不釣り合いなほど細い体には、青く大きな甲殻が貼り付いている。
目は琥珀色で蛇のように丸く、白い腹が続いた先の尾が、翼の風を受けてヒラヒラと揺れている。
「あ、あれワイバーンっスよ……! アイツはレイチェルじゃダメっス! スティリアさん、魔法で落とすっス!」
「わ、分かったわ!」
バサバサと滞空しながらあくびを一つしてみせたワイバーン。そこへレイチェルは再び前腕部の銃口を向けた。
『イグニースス・トロペトム』
放たれた銃弾がワイバーンへ襲いかかる。しかし瞬間。目の色を変えたワイバーンは、凄まじい速度で空を駆けた。
緋色の弾丸がワイバーンの後を追うが、空という三次元的な動き方を最大限に活かせる環境が、それを追いつかせない。
ワイバーンは次第に空高く舞い上がり、直上に昇った月の周りでぐるぐると円を描いた。
射程圏外に行ったからか、レイチェルは射撃をやめ、前腕部を戻した。
「アレが外に出たら出たで大変っスよ……ここで見逃したくないっス。というか見逃したら始末書もんっス……‼︎」
「──八人の賢者、天翔ける鎖で彼の者を打ち果たせ……フルニ・クトゥルス!」
スティリアの言葉に応じるかの如く。ワイバーンを八つの黒い球体が囲んだ。
ワイバーンがギョッとして動きを止めた途端、雷が球体の対角上に繋がる。
「はや、い……!」
「油断しちゃダメっス!」
スティリアが繋げた電流に掠ったワイバーンだったが、甲殻の上を滑らせただけで、自身を囲う球体から抜け出すように急降下を始めた。
「んっ……くっ…………!」
その速さは凄まじく、スティリアが急いで球体を追わせるが、追いつく事が叶わない。
小さな螺旋を描いて降りてきたワイバーンは地上へ近づくと、ほぼ直角にその進行方向を変えて、スティリアへと向かった。
『グレイシフル・カノン』
突如ワイバーンとの間に立ち、青白い髪となったレイチェルが、砲口から白い霧を吹き出す。ふわふわと漂う怪しい霧を視認したワイバーンは、確認するなりその大きな口をパカっと開いた。
……すると、その口から激しい突風が巻き起こり、レイチェルの霧を押し戻していく。
「ま、まずいっス! 魔獣ですら氷漬けになる霧とかオイラ達なんてあっという間に氷漬けの化石っスよ⁉︎」
レイチェルが霧を放つのをやめたがもう遅い。風に押された霧はレイチェルの体の動きを静止させた。
「レイチェルッ‼︎」
『マス、ター……』
放った霧の量が少なかったからか、辛うじて喋る事が出来たレイチェル。その横をワイバーンが過ぎ去り、霧と共に一目散にスティリア目掛けて飛来してきた。
「ルエイン……!」
「もうダメっスぅううう‼︎」
横になって眠るルエインにスティリアとマルクが飛びついて身を固めた時──
「サイクロンッ!」
張り上げるように、掠れた声が響いた。三日月上に欠けた断崖の中心に竜巻が発生し、霧もワイバーンも吸い込まれていく。
「マルクさん、しっかりしてくれよ……」
「ビルさん⁉︎」
呆れるような声に、スティリアとマルクは顔を上げた。そこにいたのは筋骨隆々な男……ビルだった。
「えー! なにスティアまだ着替えてないの⁉︎」
「キャロル……‼︎」
そう言うのはビルの隣にいるキャロル。大弓を構える緑衣の女性は、スティリアにそう言い放つ。
スティリアが声を上げようとした時、駆け寄ってくる影に気付く。それはこの竜巻を起こした長身の老人、レナードだ。
「レナードさんまで⁉︎ どうしてここに……?」
スティリアの言葉に、レナードは虚を突かれたような表情を一瞬浮かべた。
「……それはこちらのセリフです。何やら怪しい光が発生したと思い馳せ参じたら、こうして巡り会えた次第です。まさかこのような場所でお会いできるとは……。とっくに亡命を果たしていると思っておりました」
「むぐっ……」
レナードの言葉に、マルクがどこか申し訳さなそうに顔を背ける。
「危ないところを助けられて良かった。ルエイン殿も、よく頑張ってくれたようだ」
土埃に塗れて横たわるルエインへと視線を送ったレナード。安心感からか、スティリアが目にジワリと涙を溜め込んだ時、レナードは「さて……」と振り返った。
「キャロル、行けるな?」
「とーぜん! 瀕死の敵打つ事ほど簡単な事ないですって!」
腰の矢筒から一本の矢を抜き取って、軽快に笑いかけたキャロルに微笑を浮かべたレナードが、その腕を上げてワイバーンへ向けて掌握する。
すると、その竜巻は細く身を窶していき、中央で巻き上げられていたワイバーンの体はズタズタに引き裂かれた。
『ギィーーーーッ‼︎』
ボロ雑巾のように翼膜、翼と体を切り刻まれていく青き飛竜は、苦しみの声を上げながら空から急降下を始める。
そして竜巻がなくなると同時に、キャロルは弓から矢を放った。
『グギッ…………』
矢は寸分の狂いもなくワイバーンの目を貫き、短い断末魔を上げさせたかと思うと、飛竜の姿は灰の塊となり、風の抵抗を受けてボソボソと崩れ去った。
「や、やったっスぁー……!」
「空の敵となるとオレの出番がないなぁ」
気の抜けたマルクは、奇妙な語尾を残して尻をつき、両手で自分の体を支えた。頭をポリポリと掻くビルと共に、ワイバーンの最後を見届けたレナードは、スティリアへと向き直った。
「……終わりましたな。近くにワシの馬車が止めてあります。ルエイン殿とテレシア殿を運びましょう」
「……お願い、します」
安心感からか、目に涙を浮かべたスティリア。それを拭ったスティリアは、レナードに頭を下げた。
「スティア手伝うよ! そこの腰抜け商人も頼りにならなさそうだし」
「なっ……⁉︎ オイラはね! 戦闘は苦手なんっスよ⁉︎」
キャロルの言葉に対して自信満々にそう言うマルクに、レナードが静かに「よさないか」と言うと、マルクはしばらく黙った。そして、思い出したかのようにポーチを漁った。
「これ、ポーションっス。飲まないよりはマシだと思うっス」
「えッ⁉︎」
「ゲゲッ⁉︎」
マルクの言葉に、ビルとキャロルは驚いた顔で振り返った。
「あの業突く張りが……?」
「……ひどい言われようっス。ま、採算はあっての事っスけどね!」
えっへん、と胸を張るマルクとビルの頭に、レナードの手が置かれた。
「そこまでだ。積もる話はあるだろうが今は先へ急ぐ事を先決とする。……スティリア王女、あの機兵族もご一緒に?」
「はい、あの子も一緒です」
「……承知致しました。ではキャロル、馬車を持って来なさい」
はーい! と元気よく返事をしたキャロルは、ビルの背中をバンバン叩いて急かす。
レナードが小さく「風よ」と呟くと、ルエインとテレシア、そして霜に覆われているレイチェルの体は、ふわりと宙へと浮かんだ。
「長旅、お疲れだったでしょう。ここから結晶都市アイオライトまでは、我々が責任を持ってお送り致します。ポーションは馬車に乗せてから飲ませましょう」
「──! ありがとうございます……!」
爽やかに笑う老人に、スティリアは笑顔で返す。
その後、ビルが連れてきた馬車に乗り、一同は草原へ抜けた。馬車が進む軌道上には、半透明で白に青が混じったような……巨大な大結晶の山があった。




