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第十話 ー闇を引き連れし亡者②ー

 地底湖を過ぎ去ってからは、一同の足取りはやや軽やかになっていた。重い足を引きずるような感じもなく、一歩一歩に力が入っている。

 そして、程なく歩いた一行は、ようやく以って洞窟の出口へと出た。


 マルクが話していた通り、周囲は橙色とうしょくの岩壁に囲まれており、周辺は崖上が風化で崩れた事によって落下してきたであろう岩が、あちこちに点在しており荒れ果てた様を隠す事すらしていない。


 そして、空は不吉を予感させる真紅に染まり、藍色と黒とが侵食を始めていた。


「見れば分かるとは思うっスけど正面にあるのが細道っス。右手に抜ける一本道で、それを抜けたらアイオライト平原っスよ」


 ニカッと笑いかけるマルクだったが、いつもより輝きがない。一同がその気遣いに苦い笑みを浮かべた時──


『上や!』

「──マルク、退がれ!」


 テレシアの言葉に、ルエインが叫ぶ。マルクはギョッとした表情に早変わりすると、慌ててルエイン達の元へと舞い戻った。


 やがて、そこに白髪の男がふわりと舞い降りた。長い白髪はくはつに、擦れた跡だらけでデコボコとした不恰好な鎧は、所々土で汚れている。

 そして、その胸にあしらえられた特徴的な紋章。ひしゃげてはいるが、竜頭りゅうとうを丸い宝石で叩き潰したような装飾は、以前にルエイン達が見たものだった。見開かれた目がそれを物語る。

 果たして、その男は顔を上げた。


「──!  ガディ、ウス…………」


 スティリアの言葉。ルエインも語りはしないが、冷や汗を流していた。

 テレシアが静かにルエインの手に飛び乗り、刀へと変貌を遂げる。


 その目の色は、紅い。髪も白い。肌も灰色。だが所々に特徴を残したその男の顔は、まさしく森で出会ったガディウスだった。そして、様変わりしたガディウスは力強い視線でスティリアを射抜いた。


「お前だな? この私……ガディウス・ド・アモンダイトにしゃくに障る死を与えたのは。そこの男じゃあ……ない。よりにもよって天宝族ジェンマーを自分の魔法で殺させるとは……。それに見よ、この姿を!」


 ガディウスは両腕を広げて誇張こちょうしてみせる。眉間に寄ったしわや荒々しい仕草には、語気と同じような怒りしかない。


「こんな格好でどうして王国に戻れようか? 何故なにゆえ生き返ったのかすらも分からない。今こうして生きている事に理由を探すとするならば、貴様らに復讐をする事をいて……他に何がある⁉︎」


 断崖に跳ね返る怒鳴り声。ガディウスの目に宿るのは憎悪しかない。血の色そのままに。ガディウスはスティリアへと手を向けるとら詠唱する事もなく魔法を放ったようだ。突然、岩の柱がスティリアの腹部へ飛び出してきたのだ。


「──⁉︎」

『ハッ‼︎』


 驚きで身をすくめていたスティリアと岩の柱との間に割って入り、その拳で岩の槍を打ち砕いて見せたレイチェル。


『マスターには手を出させません』

「……忌々しい人形風情が。王国の機兵族マキナように無駄口を叩かない、品のある『モノ』でもないようだな。一々苛立いらだたせてくれる」


 目の前に立ちはだかったレイチェルへ向けて、ガディウスはその手のひらを開いて見せた。瞬間──


『ああぁぁぁあああッ‼︎』

「レイチェルッ‼︎」


 ──ガディウスの手からレイチェルへ向けて一直線に雷が走り続けた。スティリアの叫びなど意に介さないように。レイチェルの体を蛇のように纏わり付いた雷は、その幼気いたいけな少女を一頻ひとしきり痛めつけたかと思うと、ガディウスが手を握った途端に消え去った。


参式さんしき神威かむい


 そして、いつの間にか距離を詰めていたルエインの太刀がガディウスの首元から脇腹にかけて袈裟斬りに。ガディウスの体はずり落ちていく。


『やったでぃ!』

「…………?」


 それはあまりに呆気あっけない結末だった。嬉々ききとした声を上げるテレシアに対し、ルエインはどこか怪訝けげんな表情を浮かべている。


「レイチェルッ! レイチェルッ‼︎」


 ドサリと二つの音を立てて、ガディウスの体が天を仰いだ時、レイチェルへ必死の呼びかけを繰り返すスティリアの悲痛な声が響く。ルエインは警戒を怠らないように視線だけを送りながら、スティリア達の元へと戻った。


「状態は?」

『……問題、ありません』


 スッと目を開いたレイチェル。その姿に一同ホッと一息をつき、スティリアは胸を撫で下ろした。


『ご心配をおかけしました、マスター』

「無茶しないでね……?」

『イエス、マスター』


 スティリアの言葉に、単調な返事を返すレイチェル。


「えらく無遠慮な知り合いっスね?」

「ヤツは……王国の騎士だ」

「アレクサンドロスの? あちゃー……単騎で来てくれたのが幸いっスね」


 倒れたままのガディウスを見ながら、マルクはどこか安心したようにそう言った。


「でもおかしいわ」


 日が完全に沈み、月が世界を照らし出した頃。スティリアが疑念の言葉を口にする。


『何がおかしいんや?』

「……天宝族ジェンマーは本来なら補助以上の……攻撃に使えるくらい強力な魔法は、宝石の色に応じた一つの属性しか使えないの。……ガディウスは二つ使ったわ」

「地と、雷……」


 スティリアの言葉に、ルエインが小さく呟く。そしてルエインがガディウスへと視線を送った瞬間──


「ガァッ……⁉︎」

『ルエイン‼︎』

「ルエイン‼︎」


 ルエインは血痕を散らして断崖の壁面に吹き飛ばされた。テレシアに続き、やや遅れてスティリアとマルクが反応する。

 そして、マルクは周囲を見渡す。近辺に変化はない。いや……変化は訪れた。ガディウスの二つに分かった体がくっ付いていたのだ。


「ハァァー…………ただ死ぬ事すらも、まかりならない」


 声の発生源はガディウスだった。ガディウスはゆっくりとその上体を起こした。斜めに切られた鎧がだらりと垂れ下がると、ガディウスは邪魔だと言わんばかりに、皮が引きちぎれる程の力で引っ張り、ゴミのように投げ捨てた。


 ガディウスの灰色に染まった上半身が露わになる。鍛え抜かれた騎士の体は、理想的な程に脂肪と筋肉のバランスが良かった。しかし──


「…………黒い、宝石……⁉︎」


 驚くべきところはそこではなかった。スティリアは、驚愕きょうがくした。ガディウスの胸で輝く宝石の色は、怪しい黒色。かつてスティリアが国を追われる事になった理由がそこにあった。


 ガディウスは胸元へ視線を落とし、小さく舌打ちをした。


忌々いまいましい。こんな姿でどうして国に帰れようか? 以前は任務ゆえであったが……今はただただあなたが憎い」

「…………ッ!」


 鮮血をたぎらせたような瞳は、怨嗟えんさを色濃くしたままスティリアに向けられた。スティリアが華奢な肩を跳ねさせ、向けられたガディウスの手に、レイチェルがかばうようにして身をていした時──


「──ッ! ……存外、しぶといものだな」


 ガディウスの左目に、ナイフが突き刺さっていた。ガディウスは向けていた手を左目へと運ぶと、抉り取るようにして、血に塗れたナイフを引き抜いた。

 スティリアとマルクは、ナイフの飛んだ先へと視線を送った。


「頑丈さが取り柄でな」

「ルエイン!」

「ホント、しぶといっスよねぇー!」


 めり込んでいた壁から、ルエインがナイフを投げたのだ。それぞれがそれぞれの形で安心の声を上げた中、ルエインはめり込んだ穴から抜け出ると、ガディウスの奥手へと跳躍した。


『女の子にばっか凄んでなや、かっこわる!』


 着地と同時に、テレシアが立腹そうな声を上げる。ガディウスは視線だけで追っていたルエイン達へ向き直るべく、その身をひるがえした。


「お前はいつも邪魔ばかりする……。不愉快だ」

「それはお互い様だろう?」


 言葉を交わす中。ジュクジュクと音を立てながら、ガディウスの左目は傷跡を残す事すらなく再生してみせた。


「化け物になったか」

「自覚は、ある」


 ルエインの言葉に答えながらにして、ガディウスはその手を真一文字に振った。ルエインが空高く舞い上がると、ガディウスの振るった手刀の軌道上にあった朽ちた岩は、見えない刃でザックリと切り裂かれた。


『アイツ、前より厄介やな』

詠唱えいしょう要らずの魔法使い、か……」


 忌々いまいましげに、ルエインは呟く。ルエインへと焦点を合わせるべく、顔を持ち上げたガディウスは、そのまま腕を振り上げ、指を熊手くまで状に曲げたその手を思いっきり振り下ろした。


「グッ……!」

『これ風操っとるんか……⁉︎』


 ガディウスの手の動きに合わせるかの如く。ルエインは地上へと叩きつけられるようなして吹き飛ばされ、墜落した。


『フラマインプルス』


 そのガディウスの背後に、赤い髪のレイチェルが忍び寄っていた。ガディウスの背中に添えられたてのひらから灼熱の業火が吹き出し、ガディウスの胸に穴を穿った。


「…………」


 無言のまま、胸に空いた風穴へと視線を落とすガディウス。

 煙が立ち昇り、肉が焦げ付く音を立てる中、レイチェルの息つく間もない蹴りがガディウスに炸裂する。


 ガディウスは反応できなかったのか、かわす事もなく首元へ放たれた蹴りに吹き飛ばされる。触れると同時にジュッと音を立てたガディウスの首は、煙を吹き上げながら勢いよく断崖へと突っ込んだ。

 ガディウスの体が受け流せなかった衝撃は、そのまま岩壁へと預けられる。岩壁は受け切らないと言わんばかりに亀裂を走らせ、ガディウスの体を飲み込んだ。

 更に、その上部から崩れてきた瓦礫がれきがその小さなくぼみを埋めていき、舞い上がった土煙がその痕跡すら隠していった。


「やったっスか⁉︎」

「……たぶん、まだ」


 珍しく強い口調で警戒を解かないスティリアにマルクは目を丸くした。しかし、それも寸秒。マルクは再度土煙へと視線を送った。その直後──


『──! 魔装展開』


 土煙から氷の槍が複数レイチェルへと向かって飛び出してきた。

 レイチェルが両腕を前で合わせると、その腕を覆う装甲は陽炎を揺らめかせながら、高熱に熱せられた鋼鉄さながらに真っ赤に染まり上がる。


 やがてレイチェルへ放たれた氷の槍は、その腕に触れると、蒸気を吹き上げて霧へと姿を変え、周囲が白靄しろもやが呑み込まれたかと思うと、赤髪の少女の姿は次第にかすみがかり、やがて覆い隠された。


「……邪魔ばかり入る。全くって忌々いまいましいばかりだ」


 瓦礫がれきを押し退け、ガディウスが姿を現した。自身と同じか、それ以上の大きなの巨岩を軽々と払いのける。

 当然、大質量な岩は地面に落ちるや否や、轟音と土煙を立てた。


「……そこいらのジャンクとは違うのか」


 霧から抜け出てきた緑色の髪の少女。翠玉をめ込んだような瞳でガディウスを捉えているのはレイチェルだ。

 手足に緑色のもやを纏い、風を切って高速で駆け抜けていく。


「足の速さは確かなものだが……」


 ガディウスは言いもって、レイチェルへ電撃を放つ手のひらを向けている。その先では矢の如く放たれた電流が大気をけてレイチェルへ襲いかかっていたが、少女はその全てをことごく回避している。


 当たる事なく距離を詰められたガディウスは、更に左の手を向けて岩のトゲを生み出した。

 やや危なげに反応を送らせながらも、レイチェルは避けていたが、行動を読まれ出したのか岩の柱も電流も、次第にレイチェルへと近づく。そんな時──


弐式にしき神楽かぐら!」

「ルエイン!」

「その頑丈さはドン引きっスよォ……」


 ──ガディウスの傍らに、土埃まみれのルエインが現れ、神速の太刀を見舞う。ルエインの姿を確認したスティリアは嬉々とした表情を浮かべ、マルクは引きつった笑みで喜びを表した。

 そして、明らかな油断をしていたガディウスの体はルエインを視認したと同時に、微塵に切り裂かれて、その体を歪ませる。


『まだ油断できへんで!』

「これ以上どうしろと──」


 テレシアの言葉にルエインが反応を示そうとした時。


『グレイシアル・カノン』


 髪も目も青白くさせたレイチェルの声が響く。ルエインが視線を移すと、レイチェルは空高く飛び上がり、肩甲けんこう部から既にその砲口を覗かせていた。


 ルエインは大きく後ろに後退を繰り返し、ガディウスだった肉塊から距離を取る。

 レイチェルの肩から放たれた冷気の霧が、脈動を繰り返す肉塊へと降り注いだ。


「や、やったっスよぉー!」

「レイチェル……! ありがとう……」


 パキパキと音を立て、その肉塊は脈動は徐々に動きを弱くする。やがて、その全てが霧に包まれた時。レイチェルは着地すると同時に、スティリアの元へと向かった。

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