第一話 —旅立ち①—
ガヤガヤとどよめき立つ噴水広場の処刑場。
『あっちゃあ……どエラい派手にやらかしたなあ、ルエイン』
金髪碧眼の眉目秀麗な青年……ルエインと呼ばれた男の手に握られた刀からは、朗々とした女性の声が聞こえてくる。
「派手なのが好きなのだろう? テレシアは」
渇いた声色で手に握る刀へと向かって、ルエインは語りかけた。その刀はルエインの問いかけに対して「そらぁもう、派っ手派手に大好物やで!」と返す。
「なんだ、お前は!? こんな事をして許されると思っているのか!?」
突如現れたイレギュラーな存在に、暫しの|間呆けていた兵士達だったが、我に返ってそう問い詰めだした。
『こらあかんわ……ルエイン! はよその青い髪の女の子連れてかへんとマズいで!』
「わかっている」
深い藍色を青と言う、自身がテレシアと呼んだその刀に対してルエインはため息交じりにそう返した。
そこから一転。ルエインは真剣な眼差しをスティリアへ向けると、その手を差し伸べる。
「立てるか? 逃げるぞ」
「え……?」
焦りの一つも見せないルエインの落ち着いた声。一瞬、言われた意味が理解できずにスティリアが呆けているのも束の間の事。見かねたルエインは彼女の腕を引くと、スティリアの華奢な体を抱き寄せた。
「あっ……!」
「話している暇はない、ここから脱出するぞ」
問答無用でその腰に手を回され、スティリアは抱きかかえられる。
「そういう訳だ、お前達。この女は貰っていくぞ」
ルエインはそう口にしながら手に持つ刀の刃先を兵士達へ向けると、キラリと光るその切っ先で兵士達を牽制する。
「うっ……! そんな事で怯む我々ではないぞ!」
カチリと鍔元がずれ動き、音を立てる様に一瞬たじろいだ兵士達だったが、差し向けられた敵意に負けじと強気な姿勢を見せると、その指を石畳へと向けた。
「セルウピラス……! 我が敵を穿てぇッ!」
兵士の声に呼応するように指差していた石床を突き破って小さな岩が複数浮かび上がり、一斉にルエイン達へ向けて放たれた。
「チッ……」
ルエインは小さく舌打ちをする。
「ひゃあっ!?」
「跳ぶぞ」
そして、スティリアの細い体を軽々と抱え上げると、彼女に小さく耳打ちした。
愛らしい小さな悲鳴と共に抱え上げられたスティリアは、ルエインに連れられるままに野次馬達の元へ小さく後退させられる。
石飛礫のその質量で攻撃された断頭台と、それを支えていた壇上は派手な音を立てながら穴だらけになると、ミシミシと悲鳴を上げながら倒壊を始めた。
「うわぁぁぁあああ!?」
「きゃぁぁあああぁぁぁああ!!」
瞬く間に広場中に伝染していく混乱を意に介する事なく、ルエインはスティリアを一度地面に降ろし、刀の峰を使って自身の背中にスティリアを引っ付かせる。
「しっかり捕まっていろ!」
「は、はい!」
動転しているスティリアは言われるがままに。彼の肩に脇を乗せると、首元に手を回してキュッと手を引き締めた。それを確認して直後。ルエインは大きく跳躍し、屋根よりも高い位置まで跳び上がった。
「えっ……?」
『ド派手やねぇ。ウチ……っていうか女の子ってこういうん好きやで』
まさか屋根の上まで跳ぶとは予想だにしていなかったであろうスティリアは、驚きの声を上げた。色気ない鈍色の刀が柔らかい声色で自身の嗜好を語った後。
ふわりと風が二人の髪を揺らしたのも束の間、自由落下を始めた二人と一刀は、そのまま赤い屋根の上にガシャリと音を立てながら着地した。
「逃がすな! 機兵族と機竜兵を回せ!」
ルエイン達が着地後留まる事なく噴水広場からの撤退を始めると、逃げ惑う民達をかき分けながら、追撃をしようと彼らの後を追う一人の兵士がそう叫んだ。
ただ、常人を逸した速度で屋根伝いに渡り歩くルエインとの差を縮める事など叶うはずもない。その差は開くばかりだ。
「あ、あの──」
「喋るな、舌を噛むぞ」
スティリアがルエインに語りかけようとするも、彼の警告に遮られてしまう。
『ほんなら今は喋る舌のないウチの独壇場やな? あーはーん?』
テレシアの挑戦的な言葉が響く。ぬっふっふっふ、と奇妙な笑い声でこの状況を楽しんですらいそうな彼女の軽い口調からは、ルエインと違って緊張感など微塵も感じさせない。
しかし、次の瞬間──
『ルエイン。後ろ、来とるで』
「……そのようだ」
一転して、ややくぐもった低い声。スティリアがハッとして後方へ視線を送れば、軌道を計算したのか綺麗に球状を保った大きな火の玉が、寸分の狂いもなく先ほどの広場からこちらへ向かって差し迫ってきていた。
ルエインはくるりとその身を翻して反転すると、その手に持つ刀の刀身が青白いオーラに纏われ、包まれた。
「参式・神威」
ルエインは小さくそう呟くと、その蒼き光の剣を以ってして燃え盛る火球を弾き落とし、掻き消して見せた。
「魔法を……!?」
「喋るな、と言っている」
ピシャリとそう言いつけるルエイン。他の攻撃がない事を確認したルエインは、再び前方へと向きなおる。
スティリアがルエインの背に引っ張られて正面を向けば、いつの間にか壁の目前まで到達しており、周りの屋根も赤から茶色になっていた。
そこでルエインは一度屋根から飛び降りる。
「きゃっ!」
そして、腰を大きく落とし込んだかと思うと先ほどの刀同様、青白い光を膝から下全体に纏わせる。凄まじいエネルギーが備わっている事がパチパチと鳴る音から理解できる。
「もっと強く捕まれ!」
「──っはい!」
スティリアがギュッと。首を絞めるかのような力でルエインにしがみついた瞬間。ルエインは自分の足をバネのように弾けさせ、石床を砕きながら大きく跳躍してみせた。
見上げれば天まで届いているのではと錯覚させる程の高さの壁を、さながら地上から発射された弾丸の如き速さで一気に駆け上がっていく。
一息の跳躍で人一人を担いでいるとは思えない速度。凄まじい速度で、等間隔かつ交互に積み上げられた城壁の景色が流れ去る中、スティリアが驚きの表情を見せてから寸秒。
『ルエイン。もしかするとこれ、ちょっと足らへんのとちゃう?』
「えっ……?」
テレシアのその言葉に、少しばかりの戸惑いを見せたスティリア。彼女がチラリとルエインの顔を覗き込めば、その頬には冷や汗が流れており、やや焦りの色が見える。
やがて、壁上まで少しというところで、一同は重力に引っ張られて、徐々に失速を始める。彼らの瞳から影が去り、青々とした空が広がった時。壁上を目前にして、一同は完全に動きが止まった。
ルエインは瞬時に手に持つ刀を逆手に持ち、その刃を城壁へと突き立てた。細身な太刀一本にルエイン達がぶら下がる形となってしまう。
「……問題ないか? テレシア」
ルエインが確認の意思を以って彼女にそう尋ねる。しかし──
『あっかーん、ルエイーン! 乙女の、体で……二人を支えるのはちょこーっと……しんどい、かもっ」
ルエインの問いかけに対して、彼の筋肉の震えすらも一身に受けてカチカチと鐔元を鳴らしているテレシアはそう言う。
「……堪えてくれ」
ルエインがそう言って懸垂している自身の体を引き上げようと腕を曲げた時──
「え?」
『ごっめーんっ……!』
「クッ……」
──パキッと軽い音を立てて、その刀身はいとも容易く折れた。テヘッと明るく言うテレシアの体は液状に溶けかかっており、ルエインの顔がより強張った。