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第九話 ー降り注ぐ光②ー

 遺跡……もとい、レイチェルの研究所を後にしたルエイン達は、光の弱くなってきたランタンを手に、石畳を進んでいた。

 コツ、コツと重苦しい足音が闇が反響させる。


『ビュウウゥゥゥゥ……』


 ランタンの薄明かりが、頼りなく一行の先行きを照らしている中、そんな音が響く。


『風が吹いたって訳や……』

「なさそうっスね」


 重苦しく呟いたテレシアの言葉を、マルクが引き継ぐ。風でない証明は、明らかである。


『ゴフッ、ゴフッ……ヒュッ…………』


 暗闇の奥。一行の記憶から拭い去る事のできない、聞き覚えのある音だったからだ。皆一様に表情が固くなり、冷や汗を流した。


「……テレシア」

『ほいな』


 ルエインの掛け声。差し出されたルエインの手にテレシアは飛び乗り、刀となった。


「何があったかは分からないけど……。せめて……せめて! ……苦しみから解放してあげましょう」

「……そうっスね。そう思わないと、居たたまれないっス」


 スティリアの言葉に、意外な事にマルクが賛同の言葉を示した。

 スティリアは無機質なレイチェルの手を、力強くギュッと握りしめた。


「レイチェル……どうかわたしに力を貸して」

『イエス、マスター』


 祈りを込めたスティリアの前に、レイチェルが無表情のまま先立つ。その顔は命令を聞き入れただけであって、言葉の意味を理解などしていないようだった。


『ゴフッ……ヒュッ、ヒュッ…………』

「…………手筈通りに行こう」


 まずルエインが先頭に立ち、歩みを進める。頷いたスティリアは詠唱の為、小さな口を開く。


「深淵の導きを……アンチ・オプスクリータス」


 スティリアの言葉に応じて、五つの光の玉が螺旋を描き先へと進む。それがおぞましき怪物の姿を闇の中からさらけ出したかと思うと、光の玉は天井へと昇り、花火のように弾け、その強く淡い光を放ち続けた。


「行くぞ、テレシア」

『チビるなやー!』


 抜かせ。と一蹴いっしゅうして見せると、ルエインはドレヴァンへと向かって駆け出す。


「魔法の有効射程圏内まで付いてきてほしいっス!」


 一方でマルクは赤い天井とも呼べる、うごめ蛞蝓なめくじ達に表情を引きつらせながらも、スティリアに声をかけてルエイン達に続いた。

 スティリアもマルクに続いた。レイチェルも同様だ。スティリアの前へ前へと進んでいく。


『ヒュッ、ヒュッ、ゴブォッ』


 ドレヴァンは自身の左手に向かうルエインの存在を認識すると、数回息を吸い込んで、口からたんのような液体を吐き出した。


 ルエインは跳躍して更に加速し、それをかわす。吐き出された液体は、やはりと言うべきか、激しい音を鳴らしながら石畳を溶かしていった。


参式さんしきかむ──」

『左や!』

「──! ッ!」


 ルエインがドレヴァンの体を支えている左足脚へ斬りかかろうとした時、鎌状の前腕に当たる部分が跳ね上がり、ルエインへと襲いかかった。

 ルエインは息つく間もなく軌道を修正し直し、触手による攻撃を防いだ。青白く輝く刃は触れた手をザックリと引き裂き、そのまま切断されていった。


『よっしゃ! 直接なら切れたで!』

『コフッ、コフッ……』


 前回傷を与える事が叶わなかった事もあってか、テレシアは嬉々ききとした声をあげる。

 一方で意表を突かれたルエインは警戒の為か、咳き込むようなドレヴァンから一度距離を置く為、後退する。しかし──


『嘘やろ⁉︎ アイツ再生しとるぞ‼︎』

「……やはり、やりにくい相手だ」


 テレシアの言葉に、ルエインは冷や汗を流した。

 ドレヴァンの切られた手は膨張し、再生していた。ボコボコとイボのように膨らんだ傷口は、徐々にその形を取り戻し、元の形を形成していく。


「あっちも、か……」


 そして……ただならぬ気配にルエインが振り向けば、切り飛ばされた触手は巨大なひるになっていた。


『ルエインやなくてもコイツ嫌いや……』


 テレシアは嫌悪感を隠す事もなく、悪態をつく。ドレヴァンは復活させた脚から、蛞蝓なめくじと共に油液を垂れ流した。


「状況は悪化する一方っスね……」


 自身の立てた作戦の出鼻を早々にくじかれたからか、マルクは頰をヒクヒクとさせながら空元気に笑ってみせる。

 そして、前回と違って天井から降り注いできた蛞蝓なめくじへ向けて、マルクは白い毛玉を投げつけた。

 毛玉は途中で弾けて目の細かい格子状に開くと、洞窟の天井で蛞蝓なめくじ達を受け止めた。

 降り注いでいた白い光が行く先を塞がれた事で弱まり、やや赤みがかって肉のような桃色になる。


「スティアさん、まだっスか⁉︎」

「もう、少し……」


 苦しげな表情でそう返すスティリア。その隣では、涼しげな顔をしながらレイチェルがドレヴァンを見つめていた。そんな中──


陸式ろくしき神波みなみ


 現れたひるへ向けて。ルエインは刀身に青白い光を纏わせたまま、神速の太刀筋を残した。

 牙を剥いて飛びかかって来ていたひるは細切れになり、黒い灰となって消えた。


『ゴフッ……ゴフッ! ゴフッ!』

『ルエイン、アイツが!』


 ドレヴァンはスティリアの存在へ気付くと、一心不乱に進行を開始した。


「チッ……参式さんしき神威かむいッ!」


 進行方向へ刃を向け、ドレヴァンの尾を突き刺し、地面に縫い止めた。

 じんわりと油を吹き出しながら、刀のみねに進行を阻害されていたドレヴァンだったが、痛みがないのか意にも介さない。

 そのまま力任せに体を引っ張り、尾が裂けても前へ進む事をやめなかった。


「スティアッ‼︎」

「スティアさん! まずいっス!」


 作戦の要になるスティアが狙われた事により、一同は焦りの声を上げた。


「──今、その二つの力を解き放て……」


 詠唱を終えたのか、スティリアは目を静かに開いて、手を伸ばした。その時──


『ゴブォッ! ゴブォッ!』


 スティリアへ向けて、二発の酸液が吐かれた。それらは寸分の狂いもなくスティリアへ向かっていた。


『グレイシアル・カノン』


 スティリアの前へ飛び出し、しゃがんだレイチェルはそう呟いた。その髪と瞳は青白く染まり、肩甲部けんこうぶが持ち上がる。

 その奥手から車のマフラーのような物が伸び、先端の穴から白い霧を放射した。


「た、退避するっス!」


 嫌な予感がしたのか、マルクは急ぎ目前に広がる広がる霧に近づかないように、かと言ってドレヴァンの進行軌道上にも重ならないように。必死の形相でマルクは端の壁へと駆け抜けた。


 ドレヴァンから吐き出されたその酸液は、ほぼ真横に放物線を描いていたが、霧に触れた途端の事。

 酸液はパキパキと音を立てたかと思えばその勢いを殺し、落ちたガラス玉が粉砕するかのような囂囂ごうごうたる音を立てて、石床の上で砕け散った。

 酸が触れた部分の霧はより一層濃くなり、その温度の低さがありありと見てとれた。


 そして……霧に触れたその身が凍る事すらいとわずに進行を続けていたドレヴァンの赤い筋肉質な体表が白く硬質化してきた頃。

 パキパキと体表の氷を割りながら、鈍くなった動きで霧を抜け出したドレヴァンの先には、両の掌を向けていたスティリアがいた。


「……バラス・パラディスス」


 静かに、祈るように。スティリアは呟いた。その手から小さな氷の弾丸が発射され、寸分たがわずにドレヴァンの立ち並ぶ牙の中心部へと向かっていた。


『コフッ、コフッ、ゴ──』


 ドレヴァンが酸液を吐き出そうとした時。開いた喉の奥へ、氷の種は入り込んだ。

 そのまま飲み込んだドレヴァンは、元々体表が凍っていた事もあってか、その動きは一瞬止まった。


「やったのか……?」


 追いついたルエインが、ドレヴァンの手前で足を止めてそう言った。


『こっちからやと分からん。動きは止まっとるみたいやけど……」


テレシアも、目の前で白く染まり上がった異形の怪物を観察したが、その答えは分からなかったようだ。

 一つだけ言える事は、怪物は動きを止めたと言うことだけだった。


 考えてもらちが明かないと判断したのか、ルエインはドレヴァンを大きく飛び越えて、スティリアの近くに着地した。


「ルエイン……!」

「お疲れだったな、スティア。レイチェルもよくやってくれた」

「……うん、ありがとう」

『…………』


 着地と同時に振り返ってドレヴァンへの警戒を解かないまま、ルエインはスティリアへねぎらいの言葉をかけた。

 スティリアは礼を述べたが、いつの間にか黒髪に戻っていたレイチェルは、無反応のままドレヴァンを見ていた。ルエイン以上に警戒している。

 ……だが、ドレヴァンが動く事はない。


「……どうなったんだ?」

「氷の種を飲み込んで、完全に凍ったみたい」

「そ、そんじゃあ……ハッ、ふぅ……だ、だ……ゲホッ、大成功っス……ね」


 スティリアの言葉に、息も絶え絶えに。咳き込み、肩で息をして、両膝に手をついたマルクが苦しげな表情でそう言った。

 ブフゥー……と、深く息を吐いたマルクは呼吸を整えると、ルエインへ視線を送る。


「それじゃあ……ルエインさん。仕上げをお願いするっス」

「……再生したらどうする?」


 ルエインの言葉に、マルクは首を振る。


「考えたくないっス。そん時は逃げるが勝ちっス」


 そんな事は間違っても起きないでくれ。そう言いたげに苦笑を浮かべたマルクは、額の汗を拭う。


「ルエイン、お願い……楽に、してあげて」

「……分かった。今の俺が放てる最高の技を放とう」

『……珍しいやん』


 そう言ったルエインは刀身を鞘に納刀する。


「何してるんっスか?」

「気が散る、黙っていろ」


 わざわざ獲物をしまった事に対してか。疑問を口にしたマルクはルエインに一蹴され、押し黙る。

 ルエインは鯉口こいくちに添えた親指でつばを押し出して、キラリと光る刃を少しだけ覗かせた。

 姿勢を低くして、柄に手を添える。……居合いの構えだ。黙祷するかのように目を閉じていたルエインは、やがてその脚にすら青白い神力しんりょくを纏わせ、その目を見開いた。


 それと同時に、ルエインは姿を消した。


「えっ……⁉︎」

「ふぁっ⁉︎」

『…………』


 後に残るのは、ルエインの靴底の形をそのままに。足跡を残した石床のみだ。ルエインがいた場所を見つめていたスティリア、マルクは順に驚きの声を上げ、レイチェルだけがドレヴァンの向こう側を見ていた。


 ……そのドレヴァンの背後で、小さく声が響いた。


捌式はちしき神座かみざ……」


 その声と共に。ドレヴァンの巨大な体は真っ二つに切り裂かれ、青白い表面がズレていく。

 果たして、白と赤の混じった桃色の断面を見せながら、ドレヴァンの体は内側と外側とが、同時に、地に伏せた。


 先ほどのひる同様に、黒い塵となってドレヴァンの体はいよいよ崩壊を始めた。

 同時に。上部にいた蛞蝓なめくじも塵に還ったのか、白く明るい光が降り注ぐ。


「や、やったっスよぉー‼︎」


 興奮気味に、マルクが高らかに勝利の雄叫びを上げた。

 スティリアもルエインの姿を確認してからホッと胸を撫で下ろしたが、レイチェルの解けない警戒に違和感を覚えて、その視線の先を見る。


 ドレヴァンのいた場所には、白髪はくはつに灰色の肌をした男が倒れていた。

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