第九話 ー降り注ぐ光①ー
「この子を……起動します」
はっきりと、強い眼差しで。スティリアはそう告げた。スティリアの言葉に、マルクはホッと胸を撫で下ろす。
「英断っスね、感謝するっス。さっきも読み上げた通り、どのみちスティアさんの……天宝族の力がないと起動できないみなんでお願いするっス」
……そうして資料を読み漁るマルクの指示に従い、スティリアは部屋奥の装置に嵌めこまれた宝石の前に、ルエインは機械を弄り出す。
「スティアさんはそのまま待機、ルエインさんその棒の部分を持ち上げて隣の突起を押してほしいっス」
「了解した」
マルクの言葉に従うルエインはレバーを持ち上げ、ボタンを押す。
ボコボコと大きな音が立ったかと思うと、大きな気泡がガラスの中の液体を満たしていった。空気が入り込み、液体が抜けていく。
「ルエインさん、お疲れっス。液体が抜け切ったら今度はスティアさん。宝石に触れて……入り口の装置と同じ感じによろしくっス!」
「は、はい……!」
宝石の理屈がよく分かっていないマルクがフワついた指示を出すも、液体が抜け切ってからスティリアはしっかりと宝石に手を触れて、起動させる。
宝石は紫色の光を放ち、少女の体に電撃を走らせた。無反応な少女は電撃を一身に受けるが、何も反応は示さない。
「ま、マルクさん……?」
「合ってる、はずっすよ……?」
スティリアの疑問に疑問を返すマルク。自信の無さがその口調に現れていた。
……それから数秒後、電撃は止まった。煙を吹き上げながら、少女はぐったりとガラスの壁へ凭れかかり、動きを見せない。
『なんやこれ、失敗か?』
「…………」
テレシアの言葉に、ルエインは無言を貫く。マルクは大量の冷や汗を掻きながら「あれ? おかしいっスね?」と言い、資料を読み漁って手順の確認をしていく。
──その時。ピクリと、琥珀色の髪の少女は動き出した。同時に、円柱型のガラスは装置に吸い込まれていき、やがて完全に消えた。
果たして、その少女は支えるものがなくなって倒れかけたかと思うと、地面に手を付き、ゆっくりと立ち上がった。
そして、月を吸い込んだような瞳とその小さな口を開く。
『起動確認。魔力残量、五〇パーセント。宝石部より、魔力の補充を希望します。また、この魔力充填により、主従登録を完了致します』
無表情のまま、電子音混じりの声で事務的にそう述べた少女。
「……宝石に関してはオイラはもう専門外っス。それらしい資料もないっスよ」
集められた視線にギョッとしたマルクは、冷や汗を掻きながら資料をばら撒く。その仕草が語る言葉は、まさに『お手上げ』である。
「……同じ要領でいいんじゃないっスか?」
「そうだな」
『せやな』
「ええー……」
それでいいのだろうか。そう思いつつも、スティリアは少女の額にある灰色の宝石へと手を伸ばした。
『…………認識完了。魔力周波数…………計測完了。これらを仮登録します。マスターとわたしの登録名を述べてください』
額の宝石、ショートカットの髪、瞳は、黒く変色した。そして言葉を述べて後、少女は暗闇のような目でスティリアを凝視しだした。
(えっ、待ってすごい見てくる。もう始まってたり……? 名前? どうしよう……⁉︎ 決めてない……あっ、そうだわ!)
スティリアは目を回しながら思考を必死に巡らせた結果、脳裏に浮かんだ言葉を口にする事を決意した。
「スティア! レイチェル!」
咄嗟に。自身の愛称と、少女本来の名前であるレイチェルと叫んでいた。
『……承認致しました。マスター登録名スティア、様。わたしの登録名、レイチェル。登録完了致しました。初期設定を終了致します』
「…………終わったっス?」
マルクが恐る恐る尋ねる。スティリアは頰を掻き、マルクへと振り返る。
「た、たぶん…………?」
小首を傾げながら疑問で返すスティリア。自信のなさしか伺えないその言動に、一先ずとルエインはスティリアへと歩み寄る。すると──
「なんのつもりだ?」
スティリアとの間に立ち、ルエインへ拳を振り上げた少女……レイチェル。ルエインは、レイチェルのその手を掴んでいた。
『マスターの危機と判断します。驚異の排除へと移行します』
その言葉を聞いてハッとしたスティリアは、臨戦態勢に入ったレイチェルとルエインの間に、割って入る。
「この人は味方なの! お願い、やめて……」
『解析…………登録しました。続けて登録できます。如何なさいますか?』
「あの人と、この子も……」
もし自分が先に近寄っていたら……。そう思っているかのようにゾッとした表情を浮かべていたマルクと、シラーっと冷ややかな視線で事の成り行きを見つめていたテレシアを指差すスティリア。
『前途多難、やなあ……』
赤ん坊と一緒やで。小さくそう呟いたテレシアはあくびを一つ掻くのであった。
──斯くして一行は、スティリアを寝台に寝かせ、数時間をこの個室で過ごす。
レイチェルに魔力を与えた事で枯渇寸前までいったスティリアの魔力を回復させる為だ。
マルクは、未だに赤字を取り戻してくれるお宝の存在を諦めておらず、せめて情報を武器に、と有益そうな資料を集めている。
ルエインは入り口の壁で立ち寝しており、レイチェルはスティリアの眠る寝台の前で三角座りをして待機をしていた。
テレシアはスティリアと共に寝台で眠っていたが、突然。パチリと桜色の目を開く。
『んん。不自然に明るくてよう眠れんかったな……』
そう言いだすや否や寝台を飛び降り、ルエインの元へと歩み寄る。気配を察してか、ルエインはその目を静かに開き、小動物に目を遣る。
「……なんだ?」
『寂しかったやろ? ウチが来たったぞ!』
ふふん、と優雅に胸を張って顎を見せつけるテレシアに、ルエインは小さくため息をこぼす。
「大方よく眠れなかっただけだろう」
『……配慮に欠ける発言は女子に嫌われるで』
どうでもいい事だ。とバッサリ切り捨てるルエインに、テレシアは「さよか」とまたまたどうでも良さそうに返す。
そしてルエインが座り込むと、テレシアはルエインの太ももに飛び乗った。
『あの日から大体一週間くらいか……。まだ国外に逃げられてへんのやなあ』
「仕方ないだろう……。聞けば天宝族は魔法が使える以外、人間と変わらないと言う。俺達のペースに合わせれば無理が祟るというものだ」
ルエインの言葉に「なるほど」と返したテレシアは、顔を俯けて考え込む。
「……アイオライト領はフルース=レグヴェル共和国の領地に入る。昔はここからよく密入国をしていた輩が多かったらしい」
『ふーん……ほんで?』
ルエインが語り出すと同時に、テレシアは澄ました瞳でルエインを見上げた。視線に気付いたルエインは、テレシアへと視線を落とす。
「あの怪物を退け、この洞窟を抜ければいよいよ亡命となる。最後のひと踏ん張りと行こう。今のうちに鋭気を養っておけ」
『あいあいあいなっとーん』
血眼で資料を漁り続け、一人ブツブツと呟くマルクを残して一同は眠りについた。
……それから、更に数時間。一同は目を覚ました。スティリアはぐっと肩を伸ばしており、ルエインはコートの酸で溶けた穴を、ナイフで引き裂いている。
『なんしてん?』
ルエインの近くにいたテレシアがそう尋ねる。
「瓦礫などに引っかかると危ない。今のうちに裂いておく」
『えらい気にしーやなあ』
テレシアが呆れた声でそう返すが、ルエインは顔色一つ変えずに一拍置いて、穴を裂き終えた。
「……ちょっとした油断が命取りになる。特にヤツはまだ力を隠し持っているかもしれない。不安の芽は小さいうちに摘むものだ」
『ふーん……。アイツとえらい違いやな』
そう言うテレシアの視線の先にいたのは目の下にクマを作ったマルク。目も少し充血しており、徹夜明けを絵に描いたような顔色の悪さだ。
「こ、この虎の子で……取り戻すっス…………」
マルクの鼻息は荒く、冷静さがあまり見えない。肩で息をするマルクの背中を、スティリアが摩っている。
「大丈夫ですか……?」
「へへっ……平気っスよ」
青ざめた顔色で苦しげに笑って見せたマルクに、スティリアがどうしたものかと悩んでいると、レイチェルがマルクの側に一歩踏み出し、スティリアへと告げる。
『叩けば直りそうです。直しますか?』
「……このポンコツ、逆に叩いて直してや──嘘っス。調子乗ったっス。拳下ろして……? ポーション飲めば治るっス……」
カチンときたのか反撃を企てたマルクに、レイチェルが自己防衛しようと拳を振り上げた時。スティリアはレイチェルに「落ち着いて」と宥めた。
マルクはと言えば腰元から小瓶の中に入った紫色の怪しい液体を、震える手を押さえて口の中へと流し込む。
途端。マルクの顔色はみるみる良くなっていき、健康的な血色を取り戻していった。飲み終えたマルクは舌を精一杯伸ばしながら、息を吐く。
「徹夜は慣れてもコイツの味は慣れないっス……」
「なんですか、これ?」
スティリアが興味深そうに尋ねると、マルクは空になった小瓶をしまいながら口を開いた。
「ポーションっスね。錬金術で作られた栄養飲料みたいなもんっスよ。キャッチコピーは『仕事を休めないあなたに!』らしいっス」
「ポーション……!」
これが! と言わんばかりに興奮の色を見せるスティリアに、マルクはニコリと笑った。
「買うと高いっス!」
グッドサインで親指を立てるマルク。笑う目尻から、静かに流れた雫を見たスティリアは苦笑を浮かべ、それ以上何も言えなかった。
『原材料の解析は済んでおります。薬草、なんらかのキノコ、なんらかの木の根、回復系統の魔素。これらを調合すれば可能です』
「なんらかってなんスか……? 解析めちゃくちゃザックリしてるじゃないっスか……」
驚くスティリアに対して、マルクはひどく冷静にレイチェルへとツッコミを入れる。レイチェルは「図鑑に登録されておりません」と返答をした。
「そういえばそんな機能もあったっスね。主人であるスティリアさんに集めた情報を伝えとくっス。この子は戦闘はもちろん冒険に役立つ機能も多いっスよ」
「そうなの?」
思い出したかのように語り出したマルクに、スティリアは興味津々だった。
「ういっス。まず戦闘から説明するっス。戦闘は魔力を更に分解した魔素を使うっス。手足に纏わせたりして戦う打撃重視の魔装術、体にある銃口と放射口とで圧縮したものを放射して攻撃する魔砲撃っスね。シンプルながらも詠唱要らずで魔法に変わる属性系統の攻撃を行えるみたいでなかなか強いっス」
「そうなんだね」
言いながらにしてチラリとスティリアが視線を送ると、レイチェルは無表情ながらもどこか自信に漲った目をしている。
「次に、解析と調合機能っスね。解析は見たものの成分を認識できるっス。そして、その子は見たものを……脳にあたる『データ』ってやつに記録できるんスよ。それが今言ってた図鑑ってヤツっスね」
「ふふふ、賢いんだね」
『イエス、マスター』
どうだ、と言わんばかりに両腕でガッツポーズを取るレイチェル。マルクは気にせず続ける。
「……んで、調合機能は口から材料を投入してあらかじめ器を用意しておけば、それを作ってくれるっス。資料通りなら腹が開くらしいっスね」
「あんまり女の子のお腹が開くの見るのは……」
やや引きつった笑みでそう返すスティリアに、マルクは一纏めにされた資料の束を渡す。
「これはその子に関する資料の要点をまとめたものっス。時間があれば目を通しておいて欲しいっスよ」
マスター、頑張るっス! そう言い残してマルクはルエインの元へと急ぐ。見送ったスティリアが魔法で資料の束を小さくすると、レイチェルがその資料に手を添える。
『保管なさいますか?』
「できるの?」
『お任せください』
そう言ってレイチェルは資料を手に取ると、腹部へ近付ける。腹部が両開きに動くと、ぽっかり空いた空間が覗け、レイチェルはそこへ資料をしまった。
「そうなってるんだね……」
『イエス、マスター』
可憐な見た目でも機兵族なのだ。今しがた見るのを躊躇った光景を見せられると思っていなかったスティリアは苦笑を浮かべた。
……そして、皆一様に軽い朝食を済ませた。テレシアは神力を、レイチェルは魔力を。それ以外は固いパンを頬張り、燻製肉を口にしていた。
食事を終えると、作戦を立て始める。
「まず戦いを避けるのは困難っスね。たぶんドレヴァンは動いてないっス。……ただ、暗闇の中で戦うのは困難っスからスティリアさんにはまずあの魔法で明かりを灯してもらうっス」
「アンチ・オプスクリータス、ですね」
洞窟を照らした光の魔法だ。スティリアはマルクの言葉にコクリと頷いた。
「次に。レイチェルという新たな盾役が登場した事でルエインさんは今まで以上に動きやすくなったっス。なんで……レイチェルにスティリアさんを守ってもらって、ルエインさんは近接攻撃で少しでも触手だとか、可能な限り攻撃手段を減らしてダメージを与えたり食い止めたりして欲しいっス」
「分かった、任せて欲しい」
『もう離すなや!』
テレシアの言葉に「当然だ」と返したルエインに、テレシアはどこか満足げに微笑む。
「はいはい、羨ましい羨ましい。そんで、オイラは蛞蝓を食い止めておくっス。その隙にスティリアさんは使えそうな氷魔法でドレヴァンを凍らせて……ルエインさんにトドメを刺してもらう。氷魔法も効果がない訳じゃないっス。繰り返して内側まで凍らせられたら勝利っスね」
そう言うマルクだったが、言うは易しだろう。レイチェルを除いた全員の顔色が引き締まり、それを物語っている。
「持続して効果を発揮する継続効果魔法はありました。応用魔法なので発動に時間はかかりますが……バラス・パラディスス。氷の種を相手の体内に入れて、そこから徐々に凍りつかせていく魔法です。口の中に入れられたら……可能性はあると思います」
「レナードさんの魔導書様様っスねえ……。そんじゃ、まあ──」
「行こうか」
オイラのセリフー! と嘆くマルクと、傍らにレイチェルを控えさせたスティリア達を引き連れ、ルエインとテレシアは、深淵へと一歩踏み出した。




