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第八話 ー深淵の先にあるもの②ー

 ──どれほど歩いたか。次第に石畳をカツカツと叩いていたはずが、カンカンと鉄床を踏む音に変わっている。


「る、ルエイン……わたし、もう……」

「オイラも、あの酸で脚疲れ過ぎて……」


 この近辺には蛞蝓なめくじもおらず、物音もなければ敵影もなかった。慣れない暗闇や酸、走り詰めた疲労感などが二人に弱音を吐き出させた。


「……少し休憩しよう。思えば食事もロクに取れてやしない」


 ルエインがそう提案するや否や、仲良く背中合わせに座り込んだスティリアとマルク。

 同時に、テレシアも変化へんげを解いた。


 ……しばらくして、落ち着いた一同はスティリアの持っていた布袋から食料を取り出し、ランタンを囲んで食べていた。


「まさかこんな形で縮小化魔法と拡大化魔法が役に立つなんて思ってなかったっス……。そういえばスティアさん、酸の影響全く受けてないっスね?」

「そういえば、そうかも……?」


 そう言うのはパンを頬張るマルクだ。スティリアが疑問に思いながら体周りを確認しだした。


「俺がスティリアの体に神力を纏わせていた。多少の防御壁にはなっただろう」

「えっ⁉︎ そ、その……ありがと」


 申し訳なさげにそう言うスティリアに、ルエインは「構わない」と一言。


「おーおー、美男美女はいつでも無傷っスよねー。オイラみたいなモブポジは足も手もボロボロっスよ……」


 はあ、と小さく吐かれたマルクのため息は悲しく虚空へと消え去っていく。


『ごめんな。ウチのボケがウチを手放してもたばっかりに……』


 珍しく殊勝しゅしょうな態度でマルクに謝罪を告げるテレシア。


「……元を正せば放っておけと言ったお前のせいだろう」

『ウチが悪いって言うんか⁉︎』


 ルエインの言葉にテレシアが食ってかかるが、ルエインは歯牙にもかけずにパンを頬張る。

 マルクが「まあまあ」となだめめると、テレシアは長く白い尾を振り払い、フンッとルエインから顔を背けた。


 その様子を苦笑を浮かべながら見ていたスティリアも、パンを頬張っていく。


「あんな後だからか、味が感じられないっスね……。オイラ、鼻の奥に臭みがまだ残ってるっス……」


 マルクが苦々しい表情でそうこぼす。見ればルエインやスティリアも同様である。とても空腹を満たされた満足そうな顔には見えない。


「とんでもない怪物、だったな……」

「え、ええ……」


 ルエインの言葉に、スティリアも苦々しげに同意する。全員咀嚼そしゃくの勢いはほとんどなく、まずいものをゆっくりと噛み砕いて、無理矢理に喉の奥に押し込んでいる。そんな様子だ。


「……さて、どうしたものか」


 食後。ルエインが小さくそう呟いた事で、自然とルエインに視線が集まった。


「そうっスね……はっきり言うとオイラはあの化け物のとこには戻りたくないっス。洞窟内で場所も悪いっスからね」

「わたしも、できたらもう見たくない……」


 マルクの言葉に、やや顔を青ざめさせながらスティリアが賛同する。

 ルエインは「ふむ」と一言。


「では、この先に進むとしてだが……こちらは遺跡なのか、出口なのか」


 そう言いながら先へ視線を送る。四方が銀色に輝く鉄板で覆われた通路は、およそ天然のものとは思えない。明らかに人工物だった。しかし──


「これだけ高度な技術はアイオライト領にはないっスよ。たぶん、遺跡っス……」


 当初の目的であった遺跡に到着したにも関わらず、そう語るマルクの表情は暗い。


「つまり……行き止まりの可能性が高いって事?」

「ハァ……そっスね」


 スティリアの言葉に、マルクはため息をついて肯定こうていする。その一息には、戻りたくないという意思がはっきりと込められていた。


『ほんでもここでなんやかやとしててもしゃあないで。食料も限りがあるんやし先に進むなら進む、戻るなら戻るで早めに行動に移さんとな』


 テレシアの言葉に、スティリアとマルクは再び溜まった息を漏らす。ルエインは無言のまま立ち上がり、先を見据えた。


「相手にしたくないのならば可能性に賭けるとしよう。どの道ここを目的としていたのだろう?」


 その言葉に暗い面持ちのままマルクが「うっス……」と返し、スティリアと共に腰を持ち上げた。


 ……洞窟と違って起伏のない通路は、ランタンの光を遮るどころか、反射を繰り返して遥か先まで照らしてくれていた。

 一行の足取りは重い。カン、カンと鳴る鉄床の音だけが静寂の中で唯一響いていた中、マルクが口火を切る。


「奥、光があるっスね」

「……そうだな」


 彼らの行く末には、ランタンとは別の光源が見えていた。暗闇の中、赤と緑色の光がチカチカと点滅を繰り返している。


 程なくしてその現場に辿り着いた一行の目の前に現れたのは、擦れた跡が残った鉄壁てつかべだ。

 壁の右手には灰色の宝石がはまっており、そのランプが点滅を繰り返していたのだ。


「ここまで来て行き止まりっスかぁぁ……」


 項垂れながら深い溜息をついたマルクを他所に、ルエインが宝石へと手を触れる。


「何も起こらない、か……」

『なんでもかんでも触っとったらあかんで』


 何事もなかったかのようになんの反応と見せず、ランプは一定の間隔で光り続けていた。ルエインの無警戒な行動に、テレシアがそう言いつけた時。


「これは……!」


 スティリアが「まさか」と言わんばかりに驚きの声をあげて、色あせた宝石へと指先を伸ばした時。

 スティリアが触れると同時に、宝石は青色を取り戻した。青い海のような色を取り戻した宝石は朧げな光を放つ。

 ……そして、次の瞬間。来るものを拒んでいたかのような鉄の壁は、ゆっくりと下へ吸い込まれていった。


「な、な、なんすかなんすかァ⁉︎」


 マルクの焦りなど無機物には伝わらない。ついていた埃を落としながら、地面へと飲み込まれていく鉄壁てつかべ。やがて、その壁は全て地面へと消え去った。


「スティア、何をしたんだ?」

「えっと……」


 ルエインの言葉に、スティリアはやや言葉を詰まらせ、言葉をまとめるかのように一考してみせた。


「わたしのいた城の中に、似たような仕掛けがあって……。魔力を流した後に水の力を使って扉を動かしてる? らしいの」

天宝族ジェンマーでしか動かせないって事っスか。考えられてるっスねえ……」


 マルクがそう言ってしばらく。一行は固まる。そして、その答えをマルクが呟く。


「……これって、元々王国の施設っスか?」

『可能性は大、やろなあ……』

「そんな……」


 暗闇の中、マルクの言葉にテレシア、スティリアがそれぞれの反応を見せた寸秒の後。ルエインは扉の向こう側へと足を踏み入れた。


『ほんま、ウチのご主人様は無警戒を絵に描いたようなヤツやで』

「万が一の場合、他の二人では対処できない」


 肩に乗るテレシアにルエインがそう言い返した時。白色の光が室内を照らした。ブーン、と静かな電子音が鳴ったかと思うと、そこかしこでランプがチカチカと光り出す。


「これは……」

「遺跡って感じじゃないっス、ね。……誰っスか? 遺跡とか言い出したヤツ……」


 そこは完全に個室だった。言ってしまえば『行き止まり』である。

 二つの意味で落ち込んでいるマルクへ向けて、無言のまま「お前だよ」と言いたげな視線を送るテレシアを他所に、ルエインは少し前へ進んだ。


左手には人が寝られそうなベッドのようなもの。右手には棚があり、雑に詰め込まれた資料が床にも散らばっている。


機兵族マキナ……だよ、ね?」


 スティリアがそう呟く。前方に設置された装置上の、円柱型のガラスの中には液体漬けにされている。鈍色ではない白色の装甲をその身に纏っており、琥珀色の髪の少女は目を閉じたまま胎児のような体勢をしてプカプカと浮かんでいた。


『動く気配はあらへんな』

「今のところは、だろう……」


 ルエイン達が警戒している中、マルクが散らばった資料を一枚ほど、取り上げる。


「えーっと……。W412ーG219ーW3。首に書かれた識別名から取り、以下を個体名レイチェルとして研究を開始する……って書かれてるっスね」


 手にした資料の内容を、マルクが読み上げた。それを聞いたルエインとスティリアが、一様に顔を向ける。マルクは気にせず続けて読み上げる。


「人々の役に立ちたくて研究を開始したが、思うようにはいかない。我が身から生まれ出でたこの娘、レイチェルの複製体の製造には成功するものの、その実力の半分も発揮しない。この鋼鉄の体を切り開こうとも思ったが、その月のように青く輝く無垢な瞳を向けられてはそれもはばかられる。研究は進展しない……。うーん、なんというか研究資料というよりは日記みたいな感じっスね」


 マルクが手に持つ資料を覗き込んだルエインとスティリアだったが、それを見て怪訝けげんな表情を浮かべた。


「……よく読めますね」

「何が書いてあるのかさっぱり分からないな」

『なんやこのミミズみたいな文字』


 それぞれがそれぞれの思いを口にすると、マルクは苦笑を浮かべて見せた。


「これは今は使われてない文字っスよ。ギルドの仕事で書類整理してると時たま出てくるもんでオイラも最初は驚いたっスけど……さておき、続き読んでくっスよ」


 それからしばらく。マルクは帽子越しに頭を掻いたりしながら資料を読み上げ続けた。


「──『シン』が訪ねてくる。我が同胞どうほうながら世間話しかしない事に胡散臭さを感じる。最近頻繁に現れては去る。何か企んでないと良いが……。うーん、ここで終わ……ッ⁉︎」


 言いかけたマルクが、言葉を詰まらせて途端に目を見開く。そのただならぬ様子に、一同はマルクへ視線を集めた。


「管理・責任者名……ドレヴァン」


 そのマルクの言葉に、一同は顔を見合わせた。


「これ、管理者と責任者の名前……」

「何回見てもドレヴァン、っスね。場所が場所だけに無関係とは思えないっス……」


 スティリアの言葉にマルクが答え、しばらく沈黙が続いた。やがて、ルエインが口火を切る。


「これは敵ではないのだな?」

「はい、主人に対しては従順な性格らしいっス。そこは他の機兵族マキナと変わらないっスね。結局このドレヴァンって人……研究は断念して、記憶を初期化して眠らせたって書いてあるんで、主人の登録さえしてしまえば問題はないはずっス」


 ルエインの問いかけに、マルクは冷静に答えていく。


「王国が使ってるヤツを量産型と想定するなら……それより桁違いな戦闘力を持ってるみたいなんで、使役できればドレヴァンもやれるかもしれないっスね」

「でもそれって……」


 スティリアがやや不満げに声をあげる。


「書いてある通りなら親殺しっスよねえ。そもそも蛞蝓なめくじ生み出してたとは言え、生き物が機械人形生み出すなんて話、荒唐無稽な感じはするっス」


 マルクは至極冷静にそう言ってのけ、続ける。


「……オイラ達も命がかかってるっス。スティアさんの気持ちも分からなくはないっスけど……。スティアさんの魔力もまだ回復してないっスよね? そこの寝台で休むにしろ、食料もそんなに長期間の蓄えはないっスよ。加えて言うならあのドレヴァン相手だと戦力はあればあるほど嬉しいっス」

「…………」


 淡々と。マルクは思いのうちを並べ立てていく。スティリアは何も言い返せずにいる。


『まあ、今んとこウチとルエインは余力は残しとるで行けへん事はないで』

「俺もどちらでも構わない。どうする? スティア」


 ルエインの問いかけに、スティリアは俯いて目をつむる。皆の視線がその端正な顔に集まる中、スティリアはしばらく考えたかと思うと、静かにその目を見開いた。

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