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第七話 ー暗がりの中へ②ー

 使われていない洞窟という事もあり、入り口から一条の光も差さない暗闇が続いている。マルクが気まずげに固唾かたずを飲み、空虚な笑い声を上げていると、スティリアが先頭に立ち、闇へと手を差し伸べた。


「深淵の導きを……アンチ・オプスクリータス」


 スティリアの一言。ルエイン、スティリア、マルクの周りにふわりと拳大の光が現れたかと思うと、その周りをふわふわと回って周囲を照らし出した。


「冒険に魔法使いって必須っスねえ……。この魔力式カンテラも役に立ちそうにないっス」


 ゴツゴツとした岩肌が優しい光に照らされ、岩肌がどこかおぼろげにその光を反射している中、マルクが腰元のカンテラをさすってそう呟く。


「ま、商人としては魔力代浮くぶん儲けもんっスけどね、ヌッフッフ」

『守銭奴やん……』


 怪しげに笑うマルクに、テレシアがそう呟く。マルクが弁明をしようと、ルエインの腰元の刀に顔を近付けようとした時。ルエインの手がそれを阻んだ。


「魔法は魔力を使う。短い洞窟でもないのだろう? 先を急ぐぞ」

「い、イエス・サー……」


 納得できない。そんな顔をしたマルクだったが、ルエインとスティリアが奥へと歩を進めたら、渋々とその後を追っていった。


 洞窟は入り口からほとんど一本道。時たま蝙蝠こうもり達が驚きの声を上げて何処かへ飛び立つが、怪しいものは何もない。


「そういえば……どうしてここは使われなくなったんですか?」

「ん? オイラに聞いたの?」


 他に誰がいるんだとでも言わんばかりにルエインが黙っている中、スティリアは「はい」と続ける。


「んー……単純に上の道を切り開いた事もあるっスけどね。もちろん当時から遺跡がある事は噂であったっス。巨大な迷路とか言う人工物があったっスからね」


 おっと。と足場の悪い岩場に足元をすくわれそうになりながらも、マルクは続けていく。


「ただ迷路の中で一際ひらけたところに魔獣がいるって話っスよ。それも残ってた文献によると、とんでもなく気持ち悪いヤツって話みたいっス。当時の書類では『異形なる者ドレヴァン』なんて呼ばれてるんっスけど……オイラも見たことあるわけじゃないっス」

『えらいけったいな呼ばれ方しとんなあ……』


 ボソッとテレシアが言うと、マルクは「そうっスねー」と相槌を打った。


「なかなか変な能力も持ってるみたいっス。ただ人が通らなくなって久しいっスからもしかすると死んでくれてるかもしれないっスね」


 んっはっはっは! と軽快に笑っていたマルクだったが、次の瞬間──


「ひゃっ⁉︎」

「ンギャァアアアアアアア‼︎ あとは任せるっス! オイラはうまくないっスぅぅううう!」


 スティリアの小さな悲鳴に、マルクは洞窟の脇で頭を抱えて震えた。呆れたように一息ついたルエインは、スティリアへと歩み寄った。


「大丈夫か?」

「うん。ちょっと水滴が落ちてきて……」


 そうか。と頭にポンと手を置いたルエインは、縮こまるマルクを無視して先へ進む。スティリアがマルクを気にしながらその後を追うと、ハッとしたかのようにマルクは起き上がって必死の形相で追いかけてきた。


「ゲフンっ! まあ、こんな事もあるっス」

『ビビり過ぎやろ、なっさけない……』

「ガーンっ……!」


 わざわざ口でそう言うマルクは、しょんぼりとしながら追従していく。しかし──


「ん? この腐臭は……?」


 スンスン。と鼻を鳴らしながらマルクがそう疑問の声を上げる。その声に反応してルエインとスティリアも足を止め、振り返った。


「スティアさん。明かりをもう少し強められるっスか?」

「えっと……光を集めれば今よりは広く照らせると思います」

「じゃあ、よろしく頼むっス」


 マルクの真面目な声色に、スティリアは自身とルエイン、マルクの周囲を回っていた光球を集めた。

 接触する事もなく三回りほど大きくなった光球は、単体よりも大きく周囲を照らし出した。だが──


「ヒッ……!」

「これは……」

「気を引き締めないといけないっスね」


 そこにあったのは人骨だった。奇っ怪な事にその左脚は途中から溶けるようにして亡くなっており、右足も指先が溶けていた。服も風化にしては激しい損傷が残っている。

 志半ばに亡くなったのか、手だけが入り口へ向かって虚しげに伸びていた。


 固唾を飲んで固まるスティリアの肩にルエインがポンっと手を乗せると、そのまま先へ進むよう視線で促す。


「スティアさん、光源は斜め前方で。殿しんがりは今まで通り臭気に敏感なオイラが務めるっス」

「……お願いします」


 命を失った者がいる。改めて突きつけられた死の影は、一行の足取りを慎重にするには十分な材料となったようだ。

 それまで軽口を叩き続けていたマルクですらも、多くを語らなくなる。


 やがて、拓けた場所に出た。目の前には壁がある。迷路だったのだろう。


 ……その壁が風化以外の要因で破壊されるまでは。一定方向へ向かって何かが通ったその跡。壁周辺には何かが張ったような痕跡があり、ギトギトと光沢のある光を放っていた。


「……間違いなく迷路っスね。ただ問題はこの刺激臭っス……。鼻が曲がりそうっスよ。酸性が強くて鼻も効きづらいんで嗅覚は頼りにしないで欲しいっす」


 そう言うマルクでなくとも現場に着いてからルエインとスティリアも指で鼻と口元を手で覆っている。その様子から異臭の度合いが見て取れるだろう。

 この場合、ただでさえ嗅覚が敏感であろうマルクに嗅げという方が酷な話だ。


「注意して進むぞ」

「……はい」

「言われなくても死にたくないっス」


 手で覆っている故にくぐもった声で。そう言ったルエインは腰の刀を抜き放つ。返事をしたスティリアとマルクへ視線を向ける。

 そしてそのまま進もうとしたルエインだったが、石床を見てから立ち止まる。


「スティア、乗れ」

「え……? うん」


 その眼下にあったのは油液。ルエインは中腰になり、その背を丸くする。ルエインの言葉に素直に従ったスティリアは、疑う事もなくルエインの背中におぶられる形となる。


『おっぱいタイ──』

「茶化すなテレシア。……床の液体が気になる。ブーツを履いている俺やマルクはいいが」

「いやオイラも嫌は嫌っすよ……」


 テレシアの言葉にスティリアが顔を赤らめ、それをルエインが弁明し、マルクが冷や汗を掻きながら羨ましそうに背に乗るスティリアを見つめた。


「スティアの靴は底が深くない。なるべく俺も気をつけるが……。スティア、魔法を頼りにしている」

「あっ、スティアさん。言うまでもないとは思うっスけどガスが発生してるっス。火気厳禁っスよ」


 二人の言葉と信頼を受け取ったスティリアが固い表情で頷くと、一同は足を前に出した。


 石床に溜まっている粘性のある液体のせいか、一行の足取りは重い。時たま空気を含んだ油液から、気泡が浮き上がり、ゴプッと音を立てながら大気へと溶け込んでいく。


「これ、ゴーレムを出したら……」

「ここもそんなに天井が高くないっス。崩れたらおしまいっすよ……」


 そんな話をしていた時。テレシアが「ちょい待ち」と声をあげた。


『いや、待たんでいい。急いで‼︎ 靴が溶けてきとるぞ!」

「うそっ⁉︎」

「マジっすか⁉︎」


 テレシアの指摘に、驚きの声をあげるスティリアとマルク。ルエインは苦々しそうな表情ながらも、どこか納得した表情だった。


「やはりな……。壁上へ登る。スティア、しっかり捕まれ」

「は、はい! ルエインは大丈──」


 ──スティリアがそう尋ねかけた時だった。

 ジュッと。短い音を立てながら天井から降った雫が弾けた。


 固唾を飲んで、マルクが震える唇を動かした。


「スティアさん……天井を照らしてください。できれば、この部屋全体照らせるように……」

「う、うん……」


 ただならぬ物言いに、スティリアはややどもりも前方に当てていた光源を上へ向けた。更に力を込めるようにすると、眩い程の光を放った。その時──


「チッ……」

「な……に、あれ…………」

「アレが……ドレヴァン⁈」

「文献より小さいっス! 多分別の……」


 それは、真っ赤な蛞蝓なめくじのような生物だった。幾千、幾万もの数が同時にうごめくその様は、まさに地獄絵図だ。

 

 光源に反応してか、声に反応してか。果たしてその生物達は落下を始めた。ポトン、と軽い音を立てながら油面へと落ちた者達は、蛞蝓なめくじとは思えないほど力強く、油面をボチャボチャと跳ね回った。


 当然、落下と同時にルエイン達は足早に酸の中を歩くことを強いられていた。


 その生物達が落ちてきたせいか。酸性はより強くなり、鉄板で肉を焼いたかのような音を立てながら溶解を始めた。


「ルエイン! マルクさん! 壁にしがみついて!」

「了解した」

「上のやつはどうするっス⁉︎」


 すぐに応じたルエインに、焦りを見せながらも同様に壁際へと向かったマルク。スティリアは油面へ向けて手を向けた。


「まずは下から‼︎ 移ろいゆく水達よ……わたしの声に応えて! フリギトゥン!」


 ルエインとマルクが壁にしがみついた時、スティリアの手の向かう先。油面はパキパキと音を立てながら凍っていった。

 その速度はそこまで早くない。だがゆっくりと冷え固まりながら、落ちていた生物達をそのまま黄色の氷の中へと閉じ込めていく。


「足場だけ作るから移動します! 急いでッ!」

「承知した」

「わわ、わ、分かったっス‼︎」


 しかし、安心できる状況というわけでもなかった。その上へ落ちた赤い蛞蝓なめくじ達は、身に纏う体液で氷をゆっくりとだが、徐々に溶かし始めたのだ。


 それを確認したスティリアは、普段見せる事のない切羽詰まった声色で指示を出した。

 ルエインは冷静に体に付いた蛞蝓なめくじを振り払いながら、マルクも慌てて蛞蝓なめくじを払い落とし、作られていく足場を渡っていく。

 段々と光源から離れていき、薄暗くなってきた時、マルクが言う。


「光動かせないっスか⁉︎」

「二つは……難しいです」

「あッ! こんな時のランタンっス!」


 マルクは腰に刺してた腰にかけていたランタンを取り出し、急いで点けた。

 頼りない光だったが、マルクがかざした事で、ルエイン達の行き先を照らしてくれた。


 彼らの行く先にあったのはひらけた土地。壁が左右に広がっていたが一段高い石畳は、何かが這った跡はあったが酸は表面にある程度。

 その上に辿り着いたところで、全員が異変に気付いた。


「ヤツらが降ってきていない……?」

「あっ、ホントっすね。必死すぎて気付かなかったっス」


 ルエインがそう呟くと、マルクが不思議に思いながらも「楽でいいっスけど」と同意した。


「あ、ごめん。重かったよね、ありがと」

「問題ない」


 スティリアが安全な足場に来たところで床にポンっと飛び降りた。ルエインは短い返事をすませると、周囲を見渡した。そこで──


『休んでる暇はなさそうやで』

「え……?」

「ここ、ひらけた土地っスね……?」

「…………」


 薄暗い中、暗闇で蠢く存在は獲物の存在に気付いたようだった。ひたひたと。ドロドロと。ソレは赤い蛞蝓なめくじに取り付かれていた。

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