第六話 ー夜明けと共に②ー
『……すぇやからアイツ嫌いやぬぇんんッ‼︎』
ルエインの刀から垂れる毛は逆立っている。怒気とがなりを含ませた巻き舌の声が、テレシアの不快感の全てを物語っていた。
「ああいうボケは得意分野だろう」
『無理無理無理。関わりたくない、やめて』
「……ひどい言われようじゃの」
散々な酷評を受けたその残念な美女は、帽子で目を隠して気恥ずかしそうに頰をポリポリと掻いていた。間も無く「さて」と、ヴァレリは一言。
「時間稼ぎに付き合ってやったが何か得策は見つかったかえ?」
「燭台を探しているが見つからなくてな」
「……なるほど、火か!」
ヴァレリは感心したかのようにそう呟く。だが、その直後に残念そうにため息を吐いた。
「確かに高熱ならば霧も晴れるじゃろう。ただ……無いではないか! なーんじゃ。それじゃあ、死闘にならんではないか。つまらんつまらーん!」
「…………」
駄々をこねる子どものようにその場で地団太を始めたヴァレリ。ルエインは呆れた表情のまま見つめている。
「テレシア」
『困ったら呼ぶんやめてや』
あまりの緊張感の無さに、二人して大きなため息を吐いた。だが──
「……じゃあそろそろ本気で殺しにかかるとするか」
──その身に隠されていた殺意と牙が剥き出しになる。ビリビリと大気を震わせるその覇気に、ルエインは脂汗を流す。
「こういうところが嫌いだ」
『……同感や』
ようやく以ってして、二人の意見は一致した。
ヴァレリの背後には、その槍から伸びた……いや。増殖した結晶がどんどん増えていき、それはやがて竜の形を作り上げた。
「ルエインよ。お主、知っとるか? この大陸より遥か東の国から来た者から聞いたが……そこでは最後の仕上げの事を『がりょうてんせい』と言うらしい」
「……生憎だが興味がない」
ヴァレリの言葉に、ルエインは素っ気なく返す。ヴァレリはやはり、と言うべきか。やや寂しげに、少しばかり地面へと視線を落とすと、ため息をついた。
「お主、友達おらんじゃろ?」
「……さて、どうだろうな」
『ルエインは友達おらんやん』
ゴンッ、とルエインは柄を叩く。痛みがないのかテレシアはあまり大きな反応を見せない。
『ウチの綺麗な毛に傷つけんといてくれる?』
「鞣してやったんだ、嬉しいだろう?」
『全然』
「ぬぅ……わっちをハブるでないわ!」
そんなやり取りをしている間に、ヴァレリは間を詰めてきている。その背には竜を従えて。
『再確認やけどまともに相手したらあかんぞ? 攻撃もあのクソさぶいギャグも』
「分かっている」
「どーれ、一ついくぞー!」
ルエインは冷静にヴァレリの行動を見極め、突き出された槍を躱す。そして、その背後から襲いかかってきた結晶体の竜の顎を刀身を以って防ぐと、そのまま上へと弾く動きに合わせて地面を滑り込み、ヴァレリの背後へと回る。
「素早さだけは一品じゃなッ!」
「慣れているからな」
その後ヴァレリが振り回した槍を、刀身を滑らせる事で受け流し、さらに距離をとった。
「……むう。相変わらず逃げの一手ではないか」
「まともに相手をするだけ無駄だと分かっている」
「ケチくさいのう」
やれやれ、と言わんばかりにヴァレリはため息をこぼす。
だが、未だ決定打足り得る攻撃を与える事ができていないルエインは心中穏やかではないだろう。その証か汗も多く流れ、疲労の色が垣間見える。そんな時──
「ルエイン殿ッ!」
「ふんむぅ……」
──レナードの声が響く。ルエインが声のする方へ視線を向けると、屋敷の玄関からスティリアを無事に救出したレナード達が出てきた。
その後ろには気絶して縛られた領主のベルパが家畜さながらに引きずられており、それを見たヴァレリはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ルエイン、無事⁉︎ 怪我は⁉︎」
「問題ない、火を貸してくれ!」
スティリアに声をかけられるや否や、ルエインはそう叫ぶ。ヴァレリはそれを止めるわけでもなく、ただただ槍を支えに立ちながら見守っている。
「えっと、どこに……?」
「刃先だ! 早く!」
「う、うん!」
珍しく焦りの色が見えるルエインに、スティリアは目を閉じて集中する。そんなスティリアの肩に、レナードは手を置いた。
「いざとなればワシもサポートする。きっとできますぞ。力を抜きなさい」
「……はい!」
レナードの言葉に強張っていた体の力を抜いたスティリアは、小さく呟き始めた。
「叡智の起源である火よ……その熱き魂を彼の者の内に宿せ! ヒーティング!」
スティリアが目を見開き、その指先をルエインの刀身へと向ける。
すると、スティリアの指先からは、赤い稲妻のようなものが走り、ルエインの刀へと吸い込まれた。
稲妻が触れたルエインの刀は、刃先のみが緋色へと変化し、その周囲を熱気で歪ませた。
「これなら、いける……」
『でもルエイン。そのぶん刃が脆くなっとるで神威で神力纏わせるのは必須や』
「温存していた、問題ない」
テレシアとの会話を済ませたルエインに、炎をそのまま閉じ込めたかのような刃を向けられたヴァレリは、ここでようやく組んでいた腕と脚を解く。
「終わったのかえ? わっちはそろそろそこの肉ダルマを救出せねばいかんでの。仕事故に」
あくび混じりに。ベルパを指差すヴァレリの目はしょぼくれており、その退屈さが伝わる。
「ああ、お前の好きな死闘を始めよう」
対するルエインはやる気十分。鋭い闘志を宿らせたその瞳は、手にする刀の刃より激しく燃えているように見える。
それを確認したヴァレリは、小さくほくそ笑んだ。
「クフッ、クフフフフフ……。お主、良い目で見てくるではないか」
嬉々としたその、嗄れた声。ルエインの準備が整った事が心底嬉しいようだ。
「どれ、本気で行っても?」
「俺にだけなら問題ない」
「ふむふむ、そうか……なら──」
ヴァレリは、跳んだ。二階よりも、高くまで。
「お主にだけ全力を向けよう! 雨天剛燐んッ!」
ルエインへ向けて、結晶の嵐が降り注がれた。
だが、ルエインも負けじと背に刀を構える。
「肆式・神鳥谷」
「あれは……!」
見覚えのあるスティリアはそう呟く。振り払われた刀は同一軌道上に、二十回ほど。それを刹那にやってのけた証として、烈火が大気を大きく揺らし、唸りをあげさせる。
そして、その赤き一閃は膨張し、やがて弾けるように二十羽の鳥を生み出した。
「食らいつけッ!」
ルエインの言葉を皮切りに、鳥たちは羽ばたきだす。後に、結晶体を弾き飛ばしながら、順調にヴァレリの元へと向かう。
「むう……これは…………」
ヴァレリは少々困ったかのように槍戻し、自身の手前へと構えた。
「鎧囚一触」
そう呟くと、ヴァレリへ向かって結晶の膜が作り上げられていく。そこへぶつかった火の鳥達は、弾かれるように霧散していく。
しかし──
「なんとッ!」
一羽の鳥が背後へと回り込み、意思を持つかのようにヴァレリの背中へと食らいついた。
「グヌゥアァッ……! 術者に似て……すばしっこいやつ、じゃ!」
初めて、苦痛の色を見せたヴァレリ。脂汗をどっと流しながらも内部の結晶体を伸ばし、火の鳥を貫く。
「ム……フフフフフ。何年振りか、この痛み」
しかし、致命傷足り得なかった。ヴァレリはそのまま着地をし、槍を杖代わりに突き、もたれかかる。
蒸気を吹き出す背中が痛ましく見えたのか、スティリアはぐっと固唾を飲み、口元に両の手を添えた。
しかし、戦場慣れしているはずのビルとキャロルもそれは同じで、目を丸くしながら見ている。
「あれが……原種族の戦いだ。ワシも端くれではあるが…………」
レナードは珍しく冷や汗を流す。
「とてもじゃないが近接系統同士の戦いとは思えんな」
ポタリ、と。レナードは頰から汗を垂らした。
そんな中、ヴァレリへ向けてルエインが息も絶え絶えに切っ先を向けた。
「参った、といえば降参になるが?」
「抜かせ童が! ……と、言いたいところじゃが──」
ここで、朝が世界に挨拶を告げる。東の空はどんどん明るく染まり、藍色は碧色と黄色に侵食されていく。
「手負いでこうなってはわっちもつらい。肉ダルマは……元々好かんヤツじゃし煮るなり焼くなり好きにせい。損害分は十分楽しめた。わっちは帰らせてもらう」
「……最初からそうしていれば良いものを」
「まさか! こんな楽しい事をむざむざと」
クッカッカッカ、と楽しげにヴァレリは笑う。その笑顔はまた会おう、と語りかける無邪気な子どものように。そして、唐突に。
「それでは!」
怪我をしているなどとは噯にも出さず、ふわりと。赤いコートを着た美女は、朝焼けと朝霧の中へと溶け込んで行った。
「……勝ったのか?」
レナードが不意に、そうこぼす。ルエインは右腕を庇いながら、片膝をついた。
「辛勝……いや、相打ちといえる、な」
「ルエイン‼︎」
スティリアが苦しげな表情を見せるルエインの元へと駆け寄る。刀を握る力すら残っていなかったのか、その手からドサりと音を立てながら芝の上を転がった。
『……神力すっからかんか。反動で右肩まで全部イカれたんやろ』
「えっ⁉︎ それって……!」
変身を解きながらそう言ったテレシアの言葉に、スティリアは焦燥感からか目を丸くする。
「……心配するな。神力が戻れば、すぐに治る」
そう言うルエインの表情は苦々しく、絶え間なく脂汗を掻いている。
眉間にもいつもより力が入っており、その痛々しさがありありと見て取れる。
「ごめん、わたしのせいで……」
「気に、するな……」
スティリアが声をかけると、息も絶え絶えにルエインがそう返す。
「ルエイン殿。そなたのお陰で警戒すべき用心棒も撃退できた。領主も捕まえられた」
歩み寄ってきたレナードがそう言い、「だが……」と言葉を続けた。
「恐らく姫君を捉えた事、領主から王国へ連絡が行っておるだろう。ここを急ぎ、離れねばならぬ。獅子奮迅の活躍を果たした貴殿に言うのは心苦しいが……」
「いい。元よりすぐに出立するつもりだ」
「……左様か。ワシらも今しばらくは事後処理がある。だが──」
レナードが言いかけた時。二階、三階の屋根を踏み台に、ふわりとその男は舞い降りた。
「道案内はオイラがするっス。亡命手伝う約束っスからねえ」
ニカッと犬歯を剥き出しにして笑ったのは、マルクだった。
テレシアが途端に「ゲゲッ!」と嫌そうに声をあげた。
「そんな嫌わなくても……。ま、いいっス。それじゃあ、馬車を回してくるんで、ルエインさんを運んでくれたらすぐに出発っスよ!」
そう言うとステップを踏むように軽快な足取りでマルクは正門へと向かっていった。
「まあ、そんなわけで……世話になったぜ!」
「アタシも……最初は頼りねぇヤツとか思ってたけど、助けられてばっかだったよ」
そう言うのはビルとキャロルだ。キャロルはルエインに笑いかけた後、スティリアの耳元に口を近付け──
「服、全部入れといてやるよ」
「なッ……⁉︎」
小さく耳打ちをして、手を振りながらマルクの後を追いかけていった。
「服は……買えた、のか?」
ルエインがそう尋ねると、スティリアは「か、か、買えたよ!」とあたふたとしながらも、肯定した。
「そうか……。では、少し眠る」
「うん……お疲れさま」
スティリアがフッと、笑いかけるとルエインは静かに寝息を立て始めたのだった。




