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第六話 ー夜明けと共に①ー

 ルエインは左手を軸に独楽こまのようにして回ると、その体勢を立て直した。


「名を聞いた時、もしやとは思ったが……お前だったのか、ヴァレリウス」

「クフフ。本名で呼ぶとはえらく他人行儀じゃのう。いや、親しさ故に妬いたか? それに……。わっちに似た名前の者が他におるのかえ? 一つ、教えてはくれぬか?」

「……それはない。そしていないな、そんなやつは」


 怪しく笑うヴァレリに冷や汗を流しながら返すルエイン。


『まずいで、ルエイン……。アイツはアンタの天敵や。やりあうだけ無駄やで』

「分かっている。かと言って、引くわけにも行かないが……」


 テレシアの言葉にルエインは小さく同意する。しかし、冷や汗を流すルエインの瞳はその闘志を失わせてはいない。


「クッフフ。久方ぶりの挨拶も済ませた。そろそろ……楽しませてはくれんかえ?」

「……そもそも、ヤツも見逃す気はないらしい」


 その矛先をルエインへとさし向けるヴァレリ。ルエインも負けじと刀を構える。


「心配せずとも良い。戦いを楽しむためじゃ。『この槍』の力は使わぬよ」


 そう言ってヴァレリがその槍をくるりと回すと、その美女の取り巻きが如く周囲に浮かんでいた結晶群は闇夜に紛れて消え去った。


『ルエイン、状況は変わってへんからな』

「……分かっている」


 だが、依然変わらぬ面持ちのルエイン。テレシアの声も緊張している。そんな中。


「それっ。では行くぞい」


 軽い掛け声と共に、戦いは始まった。まず、ヴァレリはふわりと軽い跳躍をしながら、その距離を詰めてきた。


「まずは肩慣らしと行こうか、ほれ」

「む……」


 まずは宣言通りの刺突。次いで石突いしつきと呼ばれる刀の柄に当たる部分での打撃。その後も手は休まる事なく、流れるようにして自在にその手の中を滑ったり、掴んだり。自在に射程を変えてくるヴァレリのその武器は、ルエインにしてみれば距離感を掴みづらいだろう。


「…………」


 しかし、ルエインは慎重に。一手、一手と打ち返し、冷静に捌いて見せた。だが、攻める隙があったとて、ルエインは打ち込まない。そんな時──


「体も温まってきたじゃろ? 鬼槍術きそうじゅつ、そろそろ使わせてもらうぞ!」

「クッ……!」


 ルエインが忌々しげに槍を振り払って距離を取ろうとした時──


鬼槍術きそうじゅつ陽炎かげろう


 槍はその場に留まる事なく、文字通りヴァレリの『上半身ごと』回転し、まず先端の石突いしつきがルエインの眼前へ迫った。ルエインは上体を逸らす事でやり過ごしたが、そこへ刃先が突き出される。


鬼槍術きそうじゅつ穿うがち

『──あかん‼︎ 避けや、ルエイン!』


 歪んだ笑みを見せるその美女の動きに、テレシアが言うより早く。ルエインの体は突いた右手の力を利用して左へと跳んでいた。

 ヴァレリの槍は、その『腕ごと』ぐるぐると高速で回転しており、まるで竜巻を傾けたかのようなその矛先は、先端を視認させない。

 矛先と目とで。ルエインを共に追いかけたヴァレリは、そのまま体を傾けて刃を放った。


「チッ……!」

「クフフッ……」


 ルエインは放たれた槍の矛先ではなく、銅金と呼ばれる持ち手と刃の中間地点を弾くように刃を食らいつかせる。しかし──


「クソッ……!」

『あかん!』


 その斬撃は回転によって拒まれる。弾かれるように滑った刀身は刃の向きを変えて、ヴァレリの持つ槍の刃の裏手へと向かう。

 ……そして、鉄であるという事を感じさせる事もなく。バリバリと音を鳴らしながらその刀身を砕き散らせた。


「ぬっ……すばしっこ──!」

「シッ……!」


 刀を振り抜いた力に引っ張られる事でバランスを崩していたルエインだったが、そのまま左脚を持ち上げて頭に蹴りを入れる。

 目元を攻撃されたヴァレリの矛先はルエインを視認できず。穴を穿ちながら地面に突き刺さった。


 その槍を抜く事ができず、甘んじて攻撃を受け入れるしかなったヴァレリだったが──


「チッ、化け物が……」


 ──ルエインの足は、ヴァレリの頭をすり抜けていた。いや、厳密に言えば捉えている。

 しかし、確かに通り抜けている。ヴァレリの霧状になった顔を。


 歪みながらもその原型を留めた美しい顔は、嬉しそうに口元を歪めた。


「グァッ……!」

『ルエイン‼︎』


 ヴァレリは回転を止めた槍を軸にして体をくるりと回すと、遠心力を乗せたその足でルエインの体を蹴り飛ばしたのだ。


 ルエインの体はくの字になって吹き飛ばされ、地を転がる。だが、回転しながらも手に持つ折れた刀身を地面に突き立てたルエインは、芝を引き裂きながら勢いを止め、そのまま立ち上がった。


「テレシア、いけるか?」

『……はまだ出せる』


 ルエインの問い掛けに、いつも以上に緊張感のあるピリピリした声で答えるテレシア。

 間も無く、その刀身は支給された。屋敷の光源から離れたルエインの持つその刀は、夜空で瞬く小さな星光のように頼りない光だ。


「クフフフ……こんな可憐な乙女の顔を蹴っておいて、化け物呼ばわりはあんまりではないか?」


 果たして。靄になっていたヴァレリの顔は、元どおり端正な顔を取り戻していた。真っ赤な唇は歪み、含み笑いをルエインへ送っている。


「……お前も、テレシアも。可憐な乙女という顔はしていない」

『いやこの際ウチのことはええやろ‼︎』


 ルエインの呟く言葉に鋭いツッコミを入れるテレシア。だが、ルエインは聞いていないのか、その目をヴァレリから逸らす事はない。


「クッカッカッカ! 良い良い、丈夫じゃのう。脆い人間とは違う。血肉湧き踊る戦い……楽しいとは思わんかえ? クッフフフフフ」


 そう言いながら、楽しそうに笑うヴァレリ。ルエインは小さく息を漏らす。


「……生憎あいにくだが、お前みたいな特殊な性癖は持ち合わせていない」

「ヌゥ……つれないやつじゃ」


 残念。と、言わんばかりに槍をくるくる回してため息をつくヴァレリ。そこへ──


「思ったより楽に片が付きましたが……ルエイン殿、これは?」

「うぉお⁉︎ えれぇ美人だな……!」

「……とりあえずソイツが敵って事はわかったわ」


 レナード。ビル。キャロル。三人が門前の警備網を突破してきた。ルエインはその姿を視認した瞬間、ハッとする。


「ここから離れろ! コイツが用心棒の血鬼族カーミラだ‼︎」

「なんですと⁉︎」

「んー……」


 ルエインの警告。レナードの驚嘆の声を聞いて後、ヴァレリはこめかみ付近をトン、トンと一定のリズムで叩いて寸秒の後。レナード達へ向けてその槍を大きく振りかぶった。


「外野がうるさ──」

弐式にしき神楽かぐらッ!」


 だがそれはルエインの斬撃に阻まれた。縦横無尽に切り刻まれたヴァレリはボフン、と。およそ人を切ったとは思えない音を立てながら霧散した。

 槍を持つ腕……いや、その手ごと切られたヴァレリは、掴むことすらできずに槍を落とす。


「ここは任せろ! スティアを頼むッ!」

「あ、ああ!」


 斯くして、レナード達はルエインのただならぬ言動に押されて屋敷の中へと入っていった。


『ルエイン! みんな行った! これ以上は神力の無駄遣いやで!』

「承知した……!」


 数千に及ぶ斬撃の後。人の形へ戻ろうとし続けている霧から、ルエインは距離を取った。


 やがて。その靄は赤い帽子、白い顔、赤いコートと、本来の姿を取り戻していく。そして、ヴァレリはゆったりとした動きのまま、落ちた槍を拾う。


「……ふむ、やっと技を出しおったか」

「出さなければ殺していただろう」

「当然じゃ。一応依頼じゃからな。気に食わんが」


 フンッ。と鼻息荒く、そういうヴァレリ。気に食わないのは本心なようだ。


「では取り下げればいいだろう」

「わっちがいくら屍を築いたと思っておる。非現実的な提案はしないが吉じゃて」

「前回もこうしてぶつかったか」

「……そうじゃったかのう? まあ、どっちでも良いが。あの時は張り合いがあったが……なんでじゃ?」

「……さて、な」


 問答を繰り返す。思い悩んでいるヴァレリにルエインが「そういえば……」と話題を振る。


「かなりの太刀を浴びせたと思うが……やはり無傷か。まるで空気を叩いているようだな」


 ルエインは冷や汗を流して忌々しげにそう呟いた。ヴァレリは満足げに口元を歪める。

 皮肉めいたその発言に、ヴァレリは赤い唇から白い犬歯を覗かせて、笑った。


「空気を叩く、か。言い得て妙、じゃな。クッフフフ」

「ご満足いただけたなら今すぐ帰ってくれると助かる。俺も暇じゃない」


 ルエインの提案に「冗談じゃろ」とヴァレリは一蹴いっしゅうする。その歯牙にも掛けない態度に、ルエインは心底残念そうに深く息を吐いた。


「随分あの娘にご執心じゃのう。徒党を組むのは嫌いではなかったか?」

「徒党、ではない。守っている」

「……益々わからんの」


 ヴァレリは退屈そうに自分の銀色の髪を小指で巻き取ったかと思うと、そのままするりと落とした。


「分からなくていいさ。俺たちにしか分からない事だろう」

「わっちは蚊帳の外かや? カヤだけに、のう。クフ……クッフフフフフ……」


 一人。ドツボにハマって腹を抱えて笑うヴァレリ。ルエインは冷めた視線を送り、立ち尽くした。そして──


「テレシア」

『無理、さぶ過ぎる』

「なんじゃと⁉︎」


 ──テレシアを頼るもバッサリと。奇しくも、どれも有効打に成り得なかった攻撃だったが、テレシアによる口撃こうげきはクリーンヒットしたようだ。ヴァレリは思わずたじろいだ。


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