第五話 ー領主の用心棒②ー
──そんな事を知る由もないルエイン達は、既に洞窟の最奥部まで進み、盗賊達を一掃していた。松明の薄明かりで照らし出された人影が、さながら亡霊のように岩壁で揺れている。
「お見事ですな、ルエイン殿」
『ま、ウチの力あってこそやけどな』
刀から垂れ下がった毛をご機嫌に振りながらテレシアがそう言う。ルエインの手に持つ刀は普段の半分ほど……小太刀のように短い。
「それにひきかえオレぁ、盾にしかならなかった。不甲斐ねえ……」
ビルは頭をガシガシと掻きながらそう言う。ルエインは「そんなことはない」と一言。
「この奥地の拓けた場所。その大剣は大いに活躍したと言えるだろう。俺も普段より楽をさせてもらっている。それに……」
言いながら、ルエインはレナードへと視線を送る。レナードは「はて?」と顎下のヒゲを手袋越しに撫でていた。
「……食えない年寄りだ」
「ほっほ。ワシもやる時はやるわい」
「自分で言ってれば世話ないな」
「違いありますまいて。ハッハッハ!」
薄暗い洞窟に似合わない笑い声が響いた。一同は盗賊達を縄で縛ってから生け捕りにして洞窟奥地に放置すると、そのまま山を下山した。その頃には既に夕暮れだ。
程なくして三人と、ルエインの肩に乗る一匹は、ギルド『フレース・ヴェルク』と書かれた酒場へ着いた。
そして賑わう酒場を後にし、作戦会議室と書かれた二階の部屋までくると、中から声が響いてきた。
「アタシは一人でも行くぞ! 胸糞ワリィッ!」
「落ち着いてくださいっス。もうすぐ戻るはずっスよ。人数は多い方がいいっスから……」
不審に思った一同。ガチャリとドアを開ければ、円卓を叩きつけているキャロルと、渋い顔をしているマルクがいた。
「あっ、ちょうどいいところに。実は──」
「すんません! アタシがついていながら……!」
表情を緩めたマルクと、その言葉を遮って頭を下げるキャロルを尻目に、ルエインは鋭い目で室内を見回す。スティリアを探しているのだ。しかし、その姿はどこにも見当たらない。
「いま何か言いかけてたな。何があったんだ? マルク」
「それが……」
マルクは事の経緯を話した。
騒ぎを聞きつけ向かったところ、キャロルが木の根で縛り上げられていた事。
そのキャロルの目前でなす術なくスティリアが拐われた事。
キャロルが単身乗り込もうと言い出した事。
全てを聞き及んだルエインは、テレシアに神力を与えると、無言のままその踵を返した。
「どこへ行くのだ、ルエイン殿」
レナードが呼び止めると、ルエインは運ぼうとしていたその足を止めた。
「決まっている。間怠っこしい事は嫌いなんだ」
「……なるほど。しかしお一人で魔法使い師団を雇う屋敷に忍び込むのも酷なものでしょう。凄腕の用心棒もいると聞き及んでいる」
「…………」
ルエインは押し黙る。一度ガディウスという一流の騎士と戦っている。地方の屋敷故に、相手が王国のそれ以下である事は違いないだろうが、その記憶がルエインの言葉を詰まらせた。
ここでレナードはふう、と一息つく。
「今回はワシのとこの娘の落ち度もある。そこでどうだろうか。ワシらは陽動を買って出る。お主はその間にあの姫君を救い出し、町を抜け出る。そして、此処より西のサルトゥス高山で落ち合うとしよう。どうだね?」
「…………」
レナードの落ち度という言葉。悔しさからかその言葉に握り拳を震わせるキャロルを一瞥しても、ルエインはなかなか答えない。そんな中……
『受けとき。アンタもやり過ぎたら反動で参ってまうのは分かっとるやろ。昼間もやり合っとるんやし楽になるに越した事はないで』
「……ああ」
テレシアの言葉で、ルエインはようやく返事をした。レナードは「では……」とマルクが差し出した紙を受け取り、テーブルに広げる。
「当然正門は警備が固い。敷地を覆う壁も高い」
「壁は問題ない」
スティリアの助力もあったとは言え、一度聳える城壁を越えたルエインにとって、壁などあってないようなものだった。ルエインの言葉にレナードは「ほう」と答える。
「では……ワシとビルとキャロルとで正門を一斉に攻撃する。その隙にルエイン殿には壁を越えて中に入ってもらおう。およそ作戦とは呼べないがルエイン殿も急ぎの様子……。中の詳細な見取り図はないが恐らくあの領主は屋敷の三階でよく見かけられる。いるとするならばそこだろう」
「……助力に感謝する」
小さい声ながら、ルエインは確かに呟いた。一同ホッと胸を撫で下ろすも、すぐに引き締まった顔となる。
──所変わって、暗い夜空をバックにした豪華な屋敷の前。時刻は月が昇り始めた頃。兵士の二人が長槍を持ったまま、暇そうにあくびをしている。
「お給金はいいけど……なんか悪事に加担してんのどことなーく、罪悪感感じるよな」
「シッ……! 滅多な事を言うな。聞かれたら、事だぞ!」
語りかけた兵士以上に張った声で返す兵士。必死さが裏目に出ている。そんな時──
「ほう。面白そうな話をしている。ワシも混ぜてくれないかね?」
怒気を含んだ、掠れた声。月明かりと闇夜の影とでよりより鮮明に浮き出た皺だったが、レナードの怒りの表情を隠せるはずはなかった。
──一方同時刻。ルエインはその時、屋敷の西側にいた。ちょうど壁に飛び乗り、屋敷の中の様子を伺っていたのだ。
『三階にはおらへんな』
「……ああ」
ルエインが続いて二階に目を移すが、使用人がたまに歩いているのが見える程度だ。次いで、一階に目を移す。やはり人気もない上に、スティリアの姿はない。
「…………」
『もう別のとこ連れてかれてるんかもしれへんな。時間も経っとるし……』
「縁起でもない事を言うな」
ルエインがテレシアの言葉を咎めたその時だった。
「──スティア……!」
『おったんか⁉︎』
三階にスティリアの影が見えた。布が口元に巻かれ、縄でその体を縛られている。その縄の先は、小太りした男へと続いており、その男は嫌がるスティリアを無理やり引っ張っていた。
「行くぞ、テレシア」
『いてこましたるでッ!』
斯くして、ルエインは壁を蹴って三階まで一気に跳躍した。背後でミシミシと音を鳴らしながら砕け散った壁のことなど、ルエインは歯牙にもかけない。
そして、それと同時に屋敷の正門近辺が慌ただしくなってきていた。
ルエインがチラリと正門に視線を送ると、ビルが大剣を振るいながら牽制し、その背後からキャロルが援護を。そして、レナードがその中衛に当たる行動で兵士達を翻弄している。
スッと視線を戻したルエインは、そのまま三階の青い屋根へ飛び乗り、屋根へ向けて拳を振り上げ──
「導ノ型……神威・薄雲」
神力を込めて振り下ろした。回転が加わった拳はその屋根を容易く突き破り、ミシミシと音を立てながら周囲の全てを砕いた。
パラパラと廃材と化した木と石を巻き上げながら、豪快にルエインは邸宅に侵入した。
「フヘヒンッ!!」
「無事か? スティリア」
うまく発音できないまま、恐らくルエインの名を呼んでいるであろうスティリア。
「ゲゲッ……! なんだ貴様は! このわたし、ベルパ様の屋敷と知っててやってるのか⁉︎」
小太りした男……ベルパは怯えた表情でそう言う。ルエインは律儀に答えることもなく、その手に持つ刀の切っ先を、ベルパへと向けた。
「関わりのない人間の名前などいちいち覚えていない。ひとまず……スティアを返してもらうぞ」
「ぐぬぬヌゥ……!」
怯える素振りも見せずに歯を食いしばったベルパは、高らかに声を上げた。
「ヴァレリ殿ォ! お頼みしますぞォ!」
ベルパは高らかにそう叫んだ。刹那──
「承知」
「──!」
ルエインの背後に黒い靄と共に現れ、その耳元で嗄れた声が響く。
血のように赤い唇が蠢いたその空間へ。ルエインは冷や汗を掻きながら刀を振るったが、その刀は虚空を薙いだ。
その視線の先。ルエインの瞳は驚きで丸くなった。
「お前は……‼︎」
問答無用と言わんばかりに、突然隣の部屋を突き破って無数のガラス片のようなものが波となって飛び出てくる。
なんとか刀を当てがい防いだルエインだったが、その身は屋外へと吹き飛ばされ、三階という高さから落下する事を余儀なくさせられる。
「グッ……ゥ……!」
全身を神力で覆うも、その衝撃を完全に防ぐには至らなかったようだ。
「ゲホッ、ガフッ!」
一頻り地面を転がったルエインは、その場で激しく咳き込んだ。
そこへ。屋敷の光と月明かりを浴びて、長い銀髪が煌めいて揺れる。屋敷の光源よりも怪しく光る金の瞳は、ルエインを捉えて離さないままに。二階、一階と屋根を伝って軽々と降りてくる。
風にはためかせ、かぶる帽子は外さず優雅に。ひらりと、赤いコートを纏う女は舞い降りた。
「……お前か、ヴァレリ」
「クッカッカ。油断大敵……じゃぞ? 久しいなあ、ルエインや」
ペロリ、と。舌なめずりをしながら、その妖艶な美女。ヴァレリは青水晶でできた三叉槍を肩に置き、悠然と立つ。その背に無数の浮遊する水晶を従えながら──地を這うルエインを見下ろしていた。




