第五話 ー領主の用心棒①ー
この街に辿り着いた晩のこと。レナード達の所属する組織、『世界を吹き抜ける風』のオルメラルド支部である酒場。その二階の奥手にある一室に一同は首を揃えていた。平たく言えば、作戦会議室である。
所狭しと壁に貼り付けられた紙が目立つ室内。木製の円卓と、それを囲うように椅子の並ぶ椅子へ一様にしてその腰をかけている。テレシアだけが円卓の上に乗っていた。
「……と、言うわけっス。分かったっスか?」
「オルメラルド領の領主の悪事を暴く。平たく言えばそういう事だろう」
マルクのその言葉に、ルエインが顔色一つ変えることなくそう答えた。
テレシアは眠そうにあくびをしており、スティリアはどこか浮かない顔を。
レナードは憤りを抑えられない表情で、ビルとキャロルもそれは同じだ。
「別に生死を問わないんで、間違っちゃいないっスけど……相手も一応魔法を使えるんすよ。油断すると大火傷っス」
ボンっと言いながら大げさな手のひらをパッと広げるマルク。そこから一息つくと、「それに……」と、続けた。
「最近領主のベルパは金に物言わせてギルドから用心棒を雇ったっス。こっちは間違いなく凄腕っスよ」
「待て。なぜギルド同士で争うことになってる」
至極当然なルエインの質問に、マルクは答える。
「ギルドも一枚岩じゃないっス。一応自由を謳ってる国からっスからね。金で動くやつもいるって事っスよ」
「あの……」
マルクの発言を聞き届けたスティリアが小さく手を挙げた。マルクは「ほい、なんすか?」と軽く答える。
「ほんとに……。この領内では、その……女性を拐かしたり、奴隷にして売り払ったりしてるんですか?」
気まずそうに聞くスティリア。その瞳は信じられない、信じたくないと言わんばかりに震えている。しかし──
「そうっスね。それだけじゃなくて気に入らない家の税率を無理やり跳ね上げたり、盗賊と繋がり持ってたり……。あっ。あと、それらの罪を上納金で騙くらかしたりとやりたい放題っスね」
「…………」
それはあっさりと肯定されてしまった。スティリアは瞳をギュッと閉じてテーブルの下へと顔を俯けた。
『その話がほんまならほっとけんな! 女として!』
「別に俺も異存はない。利益もあるしな……」
『そういう問題ちゃうねん! 分からんかなー⁉︎』
テーブルの上でバタつくテレシアは、そう言って利己的な発言をするルエインをまくし立てる。
「ま、納得してもらえたようで何よりっス。これは前払いしとくっスよー」
そう言ってマルクはじゃらりという金属音を立てる皮袋を円卓に置いた。ルエインが手を伸ばし、それを拾い上げた瞬間。マルクの瞳の色は変わった。
「拾い上げたっスね? この時点で契約は絶対っス。守秘義務もあるっスよー? とりあえず契約書にサイン。これ鉄則っス」
抜かりなく。マルクはそう言いながら、胡散臭いものを見るような表情を浮かべるルエインに向かって、紙切れ一枚を差し出す。
程なくしてルエインがみっちりと文字が詰められた契約書にサインをする事となる。
ただルエインに渡しておいて、マルクは感心したように「ほえー」と声を上げた。
「識字バッチリ、なんすね。意外っス」
「字は父に教えられた」
あっ、そっすか。と、軽く返すマルクを他所に、スティリアだけはピクリと反応を見せた。しかし何を言うわけでもなく、そのまま円卓の中心のクロスへ視線を向けた。
そんな中、レナードがスティリアへ語りかける。
「粗末な布で申し訳ない……。明日、服を買う時に胸元の宝石を隠せるものを買うと良い」
「……はい、ありがとうございます!」
スティリアはやや申し訳なさげに笑い返した。
──その次の日の朝。スティリアはキャロルと服の買い出しに出かけた。
ルエインと刀化したテレシアは、レナードやビルと共に盗賊のアジトを先に潰す事となった。マルクは商人に仕事があるらしい。
『はよ帰って茶ぁシバこや』
「……毎度町に来るとお前はそうなるな。なぜ紅茶だけ飲めるんだ?」
唐突にそうこぼすテレシアに、ルエインはため息混じりにそう返す。テレシアは「それは分からへん」と胸を張って答えた。
「そんな呑気な事言ってる場合かよぉ…」
「ビル。どんな戦いでも余力を残しておく事は大事だ。少しだけ見習うといい。……少しだけ、な」
ビル、レナードの順に語り合う。一行がいるのは森を抜けた先の小さな岩山。と言っても登って下るとなると日が暮れそうな高さではあるが。
斯くして敵影を見かける事もなく、一同は洞窟に辿り着く。時刻は既に朝から昼頃だ。
「携帯食料を渡しておく。ルエイン殿も食べてくだされ」
ビルに固いパンと干し肉を渡していたレナードが、ルエインにもそう言いながら差し出してくる。
「……助かる。だが、本当にここなのか? 無警戒過ぎるだろう」
見張りすらいない洞窟の入り口に、不信感を抱き始めたルエインはそう尋ねて後、パンを食らう。
「違いねえよ。出入りしてんのは報告で分かってるからさー」
大きい体に似合わずちまちまと貪るビルが、その答えを告げた。
『ルエイン! ウチもウチもー!』
「食うのか?」
『パンちゃうわ!』
やがてテレシアへの食事も済ませたルエインと一行は、洞窟へ入っていくひとりの男を見かける。周囲を警戒していたため、岩陰に隠れた一同は小さく頷く。
『ここで決まりやな』
「……ああ」
斯くしてその怪しい男が過ぎ去った後、一行は洞窟の入り口へと向かった。
──その一方でスティリアとキャロルは、町の仕立て屋に来ていた。店内には色んな服が置いてあり、あまり目立たないシックなデザインながらも多種多様なドレスやスーツが置いてある。
「どれも古臭くてパッとしないのばっかだねえ。流行りってもんをてんで分かってない!」
「あ、アハハ……」
店員の目を憚かる事なく悪態をつくキャロルに、スティリアは苦笑を浮かべていた。当然、店員の目は怒りに染まっており、駆け寄ろうとしたその足を止めていた。
「あっ、これなんかわたし好きです」
そんな中。スティリアが手にしたのは、白いネグリジェ。薄手の生地を幾層にも重ねたもので、フリルもなく、体を覆う部分は透けてもいない。長袖で、くるぶしまでスカートが伸びている。
「えー! 真っ先にナイトウェアから選んでる上にそんなの地味すぎ地味すぎ! えーっと……あっ、これこれ。同じナイトウェアでもこれなんかどうさ!」
「えぇ⁉︎」
そう言ってキャロルが引っ張り出したのは極薄のネグリジェ。ネグリジェ越しにその向かい手が透けて見えるほど薄い。スティリアは顔を真っ赤にして首と手を横に振る。
「こ、ここ、これは服じゃないです……」
「なーに言ってんの。これは西のフルース=レグヴェルじゃ流行りの最先端のナイトウェアよ」
「でで、でも……! そ、その、透けてますし」
「へへへ。これであのオニーサンもイチコロかもしれないねえ」
「えええ⁉︎ わ、わたしとルエインはそんな関係なんかじゃ……!」
「ムキになってかーわいいねえ。んじゃ、これはアタシが買ってやるよ」
そんな論争の末。結局買うことになってしまったスティリア。小さくため息をこぼすが、キャロルは止まらない。次々とドレスやブラウスを運んでくる。
「えっと……ぶ、ブラウスだけでいいと思います」
「えー! せっかく面白そうだったのに……」
そう言うキャロルは落胆する。スティリアがどう慰めていいものかあたふたしていると、キャロルがぽそっと呟く。
「アタシはレナードさんが言ってた通り身寄りもいなくてさ。ほら、アタシのパーティーって男二人なワケじゃん? だからこういうの……すっげぇ憧れてたんだよ」
「キャロルさん……」
遠い目でそう語るキャロルに、スティリアは申し訳なさげに俯いた。──しかし。
「ってワケだからさ。これなんかとかどうさ!」
「あは、は……」
ズイっと服の山を差し出してきたキャロル。スティリアは苦笑いを浮かべるばかりだ。
──スティリアはその半時間後、襟付きのブラウスに着替えてから、キャロルと共に店を出てきた。
キャロルは手持ち無沙汰な両の手を頭の後ろに回し、少年のようにテクテクと歩いている。一方でスティリアは小山になった服を、胸下と手とで挟んでいた。
「にしてもスタイルいいよなあ、アンタ。アタシなんかぺったんこだ」
「あると苦労します……。ルエインが運んでくれた時も痛くって……」
ある日を振り返るように、遠い目で冷や汗を流すスティリア。キャロルは「へー、そんなもんかー」と大して興味もなさげだ。
「まあ、いいさ。アタシはアタシでレナードさんが選んでくれた服も気に入ってるしな!」
「それで良いと思います」
ニコッと笑うスティリアに、キャロルは「へへっ、そうか?」と少年のように歯を見せて笑う。
「アンタ、いいヤツだよなー。ななっ、アンタ名前はなんてーの?」
「えっと、スティリアです。スティアって呼んでくだされば──」
「オッケー。スティアね、よろしく。改めてアタシはキャロル。ま、仲良く行こうさ!」
言い切るよりも先に強引に握手を求めたキャロルだったが、塞がる手に成すすべもないスティリアは困ったように笑いかけた。
「あっ、そういやそうだったわ! アッハッハッハ! アタシも半分持つよ」
「……! ありがと、キャロル」
ニコッと笑うスティリアに、キャロルは「いーのいーの」と上に乗せてある半分を持つ。それは、全てキャロルのチョイスした服だ。
水路上の橋を渡り終えた二人の前に、一台の馬車が我が物顔で駆けてくる。
「……出た、アレが領主だ。目合わせると厄介だから気をつけな」
「は、はい」
顔を伏せて通り過ぎるのを待った二人。しかし、なんの因果か馬車は二人の前で止まった。
「──! 逃げるよ、スティア!」
「え、あっ……はい!」
馬車の扉が開くよりも早く。キャロルはスティリアの左手を引いて走り出した。だが、キャロルの手からあっさりと。スティリアの手はするりと抜けていった。
「──! スティア!」
「むー……!」
キャロルが振り返ると、スティリアをぐるぐる巻きにして口元まで押さえられていた。その杖を持つ馬車から降りてきたであろう男は、下卑た目をして満足そうにヒゲを撫でている。
「おほぉー……! やはりええ娘じゃあ。そっちの顔も体も貧相なのはいらんな」
「んだとぉー⁉︎」
額に青筋を浮かべながら、怒気を含んだ息遣いで腰の短剣に手を伸ばすキャロルだったが──
「ラディクス。その者を縛れ」
「んなッ⁉︎」
あっさりと。石畳を割って出てきた木の根に縛られる。
身動き一つ取れないまま、キャロルはその場で抜け出そうともがくが、木の根は見た目以上の固さがあるのかビクともしない。
「ほれ、馬車を出せ。この娘は連れて帰る。いーい土産じゃ」
木の根で簀巻きされたスティリアは、言葉にならない言葉でキャロルを呼ぶが、どうにもならない。
自分の不甲斐なさにか。キャロルはその瞳に涙を浮かべながらも、スティリアを連れて馬車に乗って帰ったその男を、殺気立った目で睨み続けていた。




