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序幕 ―呪われた因習―

まずはこの小説をお目通しくださり、誠にありがとうございます。文章力や表現力など、力不足で至らない点も多々あるとは思いますが、ご愛読していただけるよう尽力致します。

 ああ、今日で終わりなのだろうか。

 成人の一八歳まで生きる事を許されたのだ。幸せだっただろう。心の奥で誰かがそう語りかけている気がする。

 他に望む事などあるまい、と。


 天を仰いでみれば、人の生き死になど無関心に。それでも世界は回っているのだと知らしめられる。

 空は澄み切るように蒼く、小鳥が群れを成して仲良く駆け抜けている。

 雲は忙しそうに吹き抜けていき、まるで自分を置き去りにしてどこかへ行ってしまうようだった。


「ほら、早く進め」

「……はい」


 事務的な口調でそう急かすのは隣にいた兵士。魔法を使って鉄球を転がし、先を急ぐよう催促してくる。

 その兵士は騎士であり、先日まではわたしに(かしず)いてくれていた男だ。

 急かされるままに足を運べば、ジャラリと(こす)れて重苦しい音を立てる足枷の鎖と、カッチリと手首を縛る木製の手枷とが、空虚なわたしの心を更に締め付けてきた。


 ふと視点を正面へ移せば、目の前に現れたのは壇上の上に置かれた(いか)めしい断頭台。二本の柱の間には、刃先が斜めになっている歪な形状の刃が二本のロープに吊るされており、それはまるで命を刈り取る死神の鎌のようだった。


 (くろがね)を磨いてキラリと輝く白い刃先は、まるで無邪気な子どものように、「はやくおいでよ」と手を(こまね)いているようだ。


 どこで間違えてしまったのだろうか。思考を巡らせるも、(あやま)ちを見つける事は叶わない。


 ……私が生まれた種族を世では天宝族(ジェンマー)という。

 魔法を扱う事ができる種族であり、その魔法は七つの系統属性に分けられている。

 そして、どの系統の魔法が使えるかは、その胸に埋まる宝石の色で判断される。


 赤色は火属性。青色は水属性。緑色は風属性。茶色は地属性。黄色は雷属性。白色は光属性。紫色は闇属性。

 しかし、視線を落として胸の谷間に目を落とせば、その胸元に埋まる宝石は深淵を覗いたような黒色(こくしょく)


 真白な肌と対照的で映えてはいるが、偽らざる気持ちで語るならば、忌々(いまいま)しい事この上ない。先に挙げた『どれでもない』ものなのだ。

 そう。強いて挙げるとするならば、私の罪は生まれてきた事なのだろう。


()み子を早く処刑しろ! 王族だろうが関係ねえ!」


 (まく)し立てるような怒号(どごう)が響いてくる。そう。この国に()いて、黒い宝石を持って生まれた者は忌み子とされている。

 遥か昔から災いを呼ぶ、とされており、王家が処刑する法律を定めたのだ。


 平民で生まれたなら、産後間もなく処刑されるが、わたしは貴族……いや、王族だったが為に今日。成人するまでの間だけ、生きる事を許されたのだ。


 先ほど、罪は生まれた事だと思っていたが、ひょっとするとこれは王家の勝手な疑念と盲信によって処刑されていった……その先の人生を生きる事が叶わなかった同胞(はらから)達への贖罪(しょくざい)なのかもしれない。


 だとするならば、これは呪われた因習だろう。王家の勝手な仕来りが王家の者にさえ牙を剥く。


 自分に向けられた矛先を視認して初めて、人は愚かさを理解する。

 そんなわたしを慰めるかのように、意地悪な風がわたしの頬を撫でていく。


 王族はどんな時でも毅然(きぜん)かつ優雅に、そして美しく。その為だけに着飾られさせた純白のブラウスのフリルが、ここから逃げ出したいと主張するようにヒラついた。

 そして、金の刺繍が(あしら)えられているこの黒いロングドレスが、まるで自分の心の闇そのものなようで、フッと自嘲(じちょう)気味な笑みを溢してしまう。


 そうやって思考を巡らせていると平常時ならば耳を塞ぎたくなるような、浴びせられる心無い罵声の数々すらも今は遠く聞こえてくる。その為か、それ自体は殊更(ことさら)気にはならなかった。


 先ほどの兵士が足枷に鍵を(はめ)めて、それを回す事でカチャリと音を立てながら足枷を外す。解放された事でこの足に自由が戻るが、当然の事ながら嬉しさや喜びと言った類の感情は、何一つ微塵も湧いてこない。


 わたしは顔を上げてから、一歩。また一歩と。重たい足を持ち上げて、悪魔の口が待ち受ける壇上へとその歩を進め、一段ずつ登っていく。 


 上り詰めた先。正面で迎えてくれたのは左右に二人の兵士。中央には二本の柱。手前に伸びた二本のロープとそれに吊るされた黒金の刃が、直上から降り注ぐ陽光を反射してギラリと輝いている。その奥手や周囲には多くの群衆と、その人並みに囲まれ水を噴き出し続けている大きな噴水。


 遥か遠方まで延びる、赤煉瓦(あかれんが)の屋根と白い石造りの壁の家。最奥部には、この距離から見てもかなり高くまで(そび)える、この街を囲う石造りの真白(ましろ)な城壁。


 数か月前まではこの芸術的なまでに美しい街並みに、微笑を浮かべて先祖の偉業に誇りを持ったものだが、今はその全てがわたしに牙を剥き、「早く死んでくれ」と言っているような気がした。


 民衆の声色は、依然(いぜん)怒りの色が強い。だがその面々をよくよく見回してみればなんの事はない。怖いのだ。彼ら彼女らの表情からは、畏怖(いふ)の色がありありと見て取れる。


「そんなもの……よね」


 誰の耳にも届かないほど小さな声で、そう呟いた。民衆はわたしを、迷信を恐れているだけだ。

 ふと思う。考えるのは楽しい事だ。答えが分かると安心するからだ。


 ここに来て、一つだけ。わたしは理解した。

 なぜ過去の先祖が何を恐れて黒き宝石を持つ者を忌み子と定めたかは分からない。ただ、王家の未知に対する恐怖はこの国民達も立派に引き継いでいる。

 人とは、分からないものを恐れるのだ。


 分からないが故に恐れ、御する事が難しいが故に怒り、不安故に心細く泣き、理解できぬが故に苦しむ。……その人の心たるや。

 ああ、知る事は楽しい。生きているとはそれだけでこんなにも輝かしいものなのだ。


 そんな思考を巡らせている内に兵士が歩み寄ってきて、手枷を外す。二本の柱に挟まれている半円状に小、大、小と半円状に削られた空間のある木枠が、宙吊りなままでわたしを待ち構えていた。


 その下の片割れ。 同じく半円状の三つの掘りがある木枠に右手、左手と。そして最後に首を(あて)がう。


 上で宙吊りになっていた木枠は、兵士の一人にガラガラとハンドルを回されるとゆっくり降下を始める。やがて、一番下まで降りた時、動く隙間などないぐらいにピッタリと首と手首が納まった。

 王族であるわたしの為に、特別に作り直したオーダーメイドとの事。なんとも馬鹿らしい話だ。


 (もっと)も、赤子なら火中に投げ入れられるし、平民の罪人(つみびと)なら絞首台が待っている。

 それと比べるならば、一瞬で苦しみもなく()けるぶん、こちらの方が幾分(いくぶん)かマシかもしれない。


 そして、これでもう逸出(いっしゅつ)する事は許されない。手枷を外された時、いっそイチかバチかここから逃げだしてみようかという考えも、一瞬だけ脳裏を(よぎ)った。

 しかし、間に合わせではあるとはいえ、王族としての志も(たしな)む程度には教示(きょうじ)されていた為、今更そんな見苦しい事もしたくなかった。


 何よりも、この先の人生。仮にここから逃げ(おお)せたとしても、もうこの国はわたしを受け入れる事は(おろ)か、生きる事すらも許してはくれないだろう。


 長年の幽閉生活で死ぬ為に今生きていると教え込まれてきたわたしの精神は、当の昔に疲弊(ひへい)して()り切れていた為、今更一人で生きていこうなどという気力も強い志も、わたしには存在していない。

 だから、これで良かったのだ、きっと。


 ただ、心の中でそう整理が付いて納得したつもりでも、体は『死』というものを受け入れていないのだろうか。無意識に体に変な力が加わり、ただでさえ窮屈(きゅうくつ)に感じていた木枠は、より一層首と手首を圧迫してくる。


 先ほど目にしたロープの影が陽光に照らし出され、二人の兵士が木床をブーツで踏みつけて死の足音を鳴らした時。この小さな身にはとても余ってしまう、底知れない恐怖が全身を支配して、鳥肌が立つ。


 直面した現実。今にも泣きだしそうなほどに緩んでしまった涙腺と、鼻奥に突き刺さるようなむず痒さ。手に滲む汗。

 それら全てから一秒でも意識を逸らしたくなり、記憶の奔流(ほんりゅう)に呑まれた。

 そんな時、亡き母が昔に読み聞かせてくれた絵本の話を思いだした。それは、お姫様を護る騎士の話だ。


 ───


 その物語でお姫様と騎士は、お姫様が子どもの頃からの知り合いだ。お姫様は子どもの頃から騎士を(した)っていた。お姫様が美しい成長を遂げた頃、他国の王子から求婚されて断り続けていました。我が子に結婚させたいと強く願った一国の主が、お姫様の国に宣戦布告をし、襲い掛かります。


 自国に降りかかる脅威を、知恵と勇気を以って退けた騎士は国王から叙勲(じょくん)を受けます。そして、何度目かの叙勲を受けた後、騎士はお姫様に結婚を申し込みました。


 騎士はお姫様に言います。「わたしも貴女様をお慕い申し上げておりましたが、父と母曰く、私は平民の子だったのです。あなたに相応しい男になるべく、惜しみない努力でこの身を研鑽(けんさん)し、ようやくあなたに相応しい男になれました。わたしと結婚してください」と。お姫様は泣いて喜びました。

 こうして二人は結婚をして、幸せに暮らしました。


 ───


 なんて。そんなありふれた、どこの絵本でもあるようなお話だ。

 この記憶を思いださせてくれたのが走馬灯だと言うのならば、なんとも滑稽な話だと思う。


「それでは。スティリア・ド・オブディシアナ・アレキサンドライト王女……失礼しました。元・王女殿下の断罪を始めます」


 響き渡る鐘の音と、聞き慣れた声がわたしの意識を現実へと引き戻す。この声はわたしの身辺警護を務めていた騎士の声だ。そう、現実とはこんなものだ。絵本の中のような幸せで溢れてなどいない。


 ……ただ、もしも。もしもわたしに絵本の中の騎士のように、自国は疎か、他国からも守ってくれるような。いや、わたしを守ってくれる。そんな騎士がいてくれたならば。


 わたしを助けてくれていただろうか。この避けようのない悲劇から救い出してくれていただろうか。そんな思いが頭を過る。


 あの物語のように。金髪で、碧眼で。背は高くて……黒いコートではないし、あなたは怒っているけれども。そう、ちょうど今、目の前にいるあなたみたいに。


 視線の先では周囲の人よりも、より一層怒りの色が濃い表情をした金髪碧眼の、自分と同じか少し上くらいの年齢の青年が、腰に差した剣の柄に手をかけていた。


 ──いや、そんな都合の良い話などあるわけはない。諦めて目を(つむ)る。

 ああ。やはり、死ぬのは怖い。誰かに「これは夢なんだよ」と優しく(ささや)かれ、今すぐこの悪夢から目覚める事ができたならば…… そんなありもしない現実逃避の妄想に思いを()せるのも束の間。


 なんてね、と。我ながら心無い笑みで笑って見せた次の事。目を開けば、先ほどまで目の前にいたはずのわたしの中の騎士像そのままであった青年の姿は、幻のようにその場から姿形もなく、消え去っていた。


「……最後に見るのがそんな幻覚なんて、ね」


 命の灯火が消えるまでの秒読みをするように高らかと澄んだ鐘の音が響き渡る。

 二人の兵士の影が、まるで人形劇のように石床の上で動きだし、二人同時に腰から剣を抜き放つと、胸の前で祈るように構える。


 ──そして……細い影の紐を、細長い棒で叩いた刹那。

 ロープが切られたのであろう小さな振動と、上にあった黒金の刃が擦れる振動。それらがほぼ同時にこの身を縛る木枠に伝わり、先ほど劇のように動いていたものとこの悲劇が、紛れもない現実であるとわたしに教えてくれた。


 時間の流れが一気に遅くなったのを感じる。木と鉄が擦れる感触。早まる鼓動。息詰まって乱れる呼吸。体を強張らせる恐怖。反射的にここから逃れようとしても引き止めてくるこの(くびき)


 世界の時間は止まったかのように遅く。だが、ゆっくりと。そして、確実に。

 この身に振り下ろされた死神の鎌は、容赦なく細首を断つべく柱に擦れて迫っていた。






 ──しかし、次の瞬間。低い金属音と甲高い金属音。二つの金属音が同時に交差する。

 (きた)るべき衝撃に身構えていた目を(つむ)っていたわたしは、その異変に気付くと、そこでようやく固く閉じていた瞼の力を抜く事を許された。


「な、なんだアイツはッ!?」


 取り囲む民衆のどよめき。しかし、それ以上に動揺しているわたしは理性的では無かっただろう。


「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……!」


 極度に緊張してしまっているせいか呼吸も大きく乱れており、木枠の首輪から逃げられない事など知る由もなく、この体は強張り自然と及び腰になってしまっている。


 心臓が大きく飛び跳ねる事で、爪一つ分ほどの異物が入っているのではという不快感に意識を支配されてしまう中。バキン、と。鈍い中低音の金属音が響く。何が起きているかが分からない。


 だがそんなわたしの心情など他所(よそ)に、鋭利な刃物で木を切り裂く音が聞こえたかと思えば、周囲には大きな音と同時に群衆のどよめきや悲鳴が広がった。


 そして、わたしの体を固定していたこの忌々しい(くびき)の片割れは、ようやく()って持ち上げられ、あっさりと。いとも容易く、簡単に捨て去られたのだ。


 ここに繋がれてようやく自由を許されたわたしは、木枠の溝からするりと抜け出すと、そのまま尻餅をついてぺたりと座り込んでしまう。


 気が付けば荒い呼吸で脂汗を滴らせているわたしは、真っ先に左の拳を握りしめて、この胸が(いびつ)(ゆが)む事など捨て置くと、大きく脈打つ心臓を強く押さえつけいた。


 無我夢中。目に見えない何かに感謝して祈りを捧げるようにその拳に右手を添えて落ち着き払おうとしたその時──


『あっちゃあ……どエラい派手にやらかしたなあ、ルエイン』


 体が強張ったままでうまく動かない。しかし、やや硬直気味になりながらも聞き慣れない声にハッとして振り返った。


「派手なのが好きなのだろう? テレシアは」


 わたしの視界に入ったのは、その手に持つ見慣れない剣へ語りかける金髪碧眼の青年。先ほど、わたしの前で怒りを露わにして、こちらを睨みつけていた青年だった。

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