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クリスマスプレゼントは婚約破棄でした。

作者: 渚

「カルロッタ。ここにお前との婚約破棄を告げる!」


そう高らかに言ったのはこの国の王太子、ギルバート。


カルロッタは、完璧と謳われた伯爵家の令嬢である。


普段は貧民街や孤児院などを訪れ、井戸や道の整備、炊き出し等を自ら行うようなアグレッシブな女性であるが、社交界では常に婚約者のギルバートを立て、自分は一歩引いた振る舞いをする令嬢だ。

弱者には慈愛で接し、強者に媚びることは無い。


そんなカルロッタに誰もが憧れ、彼女の視界に入りたいと、切実に願っていた。


そして、今日。


今迄なんの実績もなかった王太子は、国の貴族家がこぞって参加するこの王家主催のクリスマスパーティーで、平民の不満を解消してきた婚約者に、婚約破棄を告げた。


そこにいた者達の心の声は皆同じだった。


『この国終わったな』


と。


王太子の腕には子爵令嬢がくっついており、それだけでも、もう既に皆が辟易したのだが、ここに来て婚約破棄である。


カルロッタは俯き、ドレスにお金をかけるぐらいなら寄付をしたい、と言ったことで辛うじて出来た彼女の決して高価ではないが美しいそのドレスを握りしめた。

美しい刺繍に皺がよる。


「理由を、お聞かせください」


震える声で尋ねるカルロッタを誰もが不憫に思った。


「ここにいる、ミナを虐めてきたのだろう?」


ギルバートはそんなことも分からないのか、と言ったふうに眉を釣りあげて伝える。


周囲はざわめいた。


カルロッタの噂を聞くものの、その実を知る者はあまりにも少ない。カルロッタは特定の親しい者を作ることはなかったからである。完璧な令嬢にそんな面があるのかもしれないと、皆が疑い始めた。


「私が、何をした、と仰るのですか」


再び震える声を押し出すカルロッタの表情は俯きにより見えない。

しかし、誰もが、悔しさ、憤り、悲しみなどを周りに見せたくないのだと確信していた。


「ミナを大勢で罵倒したり、所持品を隠したり、捨てたりしていたと聞いた。」


吐き捨てるようにギルバートは言う。


「殿下は、それを私がやったと?そう仰るのですね。」


「嗚呼。」


「殿下は、私との婚約破棄をお望みなのですね。」


「勿論だ。」


カルロッタは突如声を上げて笑い始めた。


誰もが気が触れたのかと思うほどに狂気に充ちた笑いだった。


しかし、彼女は一通り笑い終えると、口角を上げた。


それは、妖艶であり、高潔であり、美しかった。


カルロッタはくるりとギルバートに背を向け、真っ直ぐに進んでいく。

皆がカルロッタの奇怪な行動に困惑していたが、その胸を張って歩く姿に自ずと道を開けていく。

最終的に、ギルバートから国王へと続く一本の道が出来た。


カルロッタは国王に続く階段をゆったりと歩いていく。

遂に国王の前に着くと最上級の礼をした。


「国王陛下。ギルバート殿下からの婚約破棄、承りましたわ。」


国王の表情は国王の手により見えない。


「失礼致します。」


カルロッタはそのまま去って行こうとする。しかし、そこに怒号が飛んだ。


「おい、謝罪もないのか?!」


ギルバートである。彼は怒りに肩を震わせていた。


カルロッタは優雅に首を傾げる。


「何に対してのでしょうか?」


そんなこと知りませんわ。とでも言うような口振りである。


「ミナに対する暴挙の数々に対してだ。」


「してもいないことに対して謝れなんて、笑止ですわ。」


カルロッタは愉快そうに笑う。こんなに楽しそうなカルロッタを今迄誰一人として見たことがなかった。


「証拠はございますの?」


「ミナが証言した。」


「それは証拠とは言いませんわ。そんなこともお分かりにならないの?

と言うか、それしか無いのね。残念だわ。適当な嘘でも何人かでっち上げてくれたらもう少し張合いが出ましたのに。被害者の証言だけ、なんて疑う余地しか無くてよ?」


カラカラと笑うカルロッタ。それに怒ろうとしたギルバートが口を開く前に、カルロッタは続ける。


「お初にお目にかかります。ミナ、様でしたっけ?カルロッタ・コリンですわ。」


ざわめきが広がる。虐められていた令嬢に虐めていた令嬢がはじめまして、と挨拶をしたのだから。


「同じ学園でも、クラスが違えばあまり知らないものですわね。ミナ様のようなご令嬢がいらっしゃるなんて、私今日初めて知りましたわ!以前から知っていたら、こんな根性があって厚顔無恥なご令嬢、ほっときませんでしたのに。残念ですわ。」


溜息をつくカルロッタは本当に残念そうだった。


「う、嘘よ!私はカルロッタ様に虐められて...」


「ええと、罵倒したりされたんでしたっけ。あと、所持品を隠したり、捨てたり?」


「そうよ!」


可笑しいのが堪えきれないようにカルロッタは笑う。無邪気な笑いだった。


「可笑しいですわねぇ。」


「な、何が可笑しいんですか!?」


「だって、私が嫌がらせをするならそんな生温いこと致しませんのに。」


底冷えのする笑みを向けられ、ミナは怯んだ。


周囲も、その冷たい迄の言い様に、少なからず恐怖を感じていた。


「私だったら...」


カルロッタは形式的にその細い顎に美しい手を添えた。


「そうね。家族を内部から壊して差し上げましょう。その後没落させて、奴隷にでもさせますか。この国には奴隷身分はございませんけれども、隣国にはあるそうよ?かなり酷いとか。過酷な労働に貴方様は耐えられるでしょうか?」


今迄で1番輝いた瞳で恍惚と話す姿に誰もが怖気付く。


「いや、これでも生温いわ。」


独り言のように呟くと、カルロッタは頭を下げる。


「申し訳ございません。私としたことが、直ぐには陳腐な嫌がらせしか思いつきません。後ほど綿密なプランをお家にお送り致しますわ。ええと、苗字は...」


会場の誰もがドン引きだ。勿論ミナもその一人であった。


「ル、ルイスです。」


「嗚呼!ルイス子爵家のご令嬢だったのね!この前お父様に援助を頼みに来ていらしたルイス家の!縁もゆかりも無いうちにまで支援をして欲しいと頼むなんて、恥ずかしくないのかしらと思っていたのだけれど貴方のお父様だったのね!納得したわ!」


カルロッタは微笑む。もう、既にミナの心は折れてしまっていた。


「さっきから聞いていれば!カルロッタ!お前がやったんだろ!?認めろ!」


ギルバートが自分が放置されていたことに焦れたのか口を挟む。話を聞いていたのか。激昂しているギルバートは既に冷静さを失っていた。


「動機がございません。」


カルロッタは微笑む。目が笑っていない。


「婚約者をとられて嫉妬して...」


はぁ、と態とらしくカルロッタはため息をつく。


「殿下にちっとも興味が無いのに?」


ギルバートは怒りで顔を真っ赤にした。


「な、なにを!」


「殿下に魅力を感じない、と申し上げたのです。」


にっこりと微笑むカルロッタを会場の誰もが鬼だと思った。プライドの高い王太子にそんなことを言うなんて。


「う、嘘だ!」


「本当ですわよ?理由を一から挙げて差し上げましょうか?

まず、いつも会うと自慢話を1人で延々とされているわ。つまらない話を聞かされてうんざりしていたのよ。ナルシストは1人で済ませて欲しいと辟易していました。

それに、弱者を虐げるような発言の数々。カルロッタは私のことが好きなんだろう、と思って接しているかのような態度。


嗚呼嘆かわしいわ。挙げたらキリがない!殿下にもまた後程、リストに挙げてお送り致します。」


愉悦の瞳が怖い。


「そ、そんな...」


ギルバートが呟く。身に覚えがあるのだろう。


「証人は、国王陛下ですわ。」


ね。とでも言いたげにカルロッタは振り向く。


国王はその顔から手を離し、表情を見せる。その表情とは、どんな激務にも疲れを表さない陛下の疲れた顔だった。


「ああ。カルロッタ嬢。もう降参だ。君の好きにしたらいい。」


「まぁ、嬉しいわ。有難うございます。」


「父上!どういう事ですか!?」


ギルバートが尋ねる。


「この馬鹿息子が!

こちらは必死にカルロッタ嬢を引き止めていたというのに。

カルロッタ嬢は会う度にネチネチネチネチと、ギルバートと婚約破棄して平民になりたい旨を伝えてくるのだ。」


「い、いつから...」


「お前と婚約者になった5歳からだ。」


皆がドン引きだ。今は彼らは17歳。12年越しの思いが達せられて、カルロッタは清々したようなスッキリした顔である。


「殿下と結婚するのも嫌でしたし。私ずっと平民になりたかったのよ。殿下と婚約者になったら、婚約破棄後もあまり良い結婚は無理だと思うの。そうしたらどうなるのかと思ったら、平民になれば貴族社会のしがらみも何も無くなることに気がついたのよ!それからは早かったわ。私は後々住むようになる孤児院や、貧民街の整備を行い、また、良いイメージを定着させるために沢山の人と仲良くなったわ。」


何してるんだこの令嬢。皆の意見はそこで固まった。


「最初はこんなにガキ...失礼。子供っぽい殿下の婚約者にされて悲しかったけれど、そんな子供っぽさで、皆の前で婚約破棄してくれるなんて、素晴らしいわ!有難うございます。」


ふふふ、と微笑む。


「言質はとりましたし、国王陛下のお許しも頂けました。

では、私はこれで失礼致します。」


カルロッタは丁寧にお辞儀をしてその場を去っていった。























カルロッタは平民ライフを謳歌し、ギルバート達は苦しい日々を送ったのかは、神のみぞ知る。

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