彼女がいつもと違うから「お迎えにいこう!」未完
〜それは、ある朝突然に…〜
「……ブー、ブー、ブー」
テーブルの上の携帯が休日の朝だというのに、なんの遠慮もなくお気に入りのを呼び出し音を奏でながら踊っている…
(だれだよ…?)
半覚醒状態で手に取り着信ボタンを押す
「もしもしぃ?」
「おはよう! 真一君! もしかしてまだ寝てたかな?」
ちょっと緊張した感じの心地よい彼女の声が飛び込んできた
「えっいや、ちょうど起きようかと思ってたところ…
それより、涼子は昨日から幸子姉さんのトコだろ?
なんかあったのか?」
「えっと…あのね、今日のお昼前には帰るから、
その…駅まで迎えに来てくれないかな?」
「ああ いいよ? なんか急用?」
「別に…そんなんじゃないんだけど、だっ、だからランチは一緒に食べようね!」
「ああ、じゃあJR駅前のロータリーで、うん……」
…
……
………
……
…
だいたいの到着時刻を打ち合わせ、電話を切った…
ちょっと不自然さの残る会話ではあったが、彼女の遠慮気味なお願いはいつものことだ。
それより気になるのは、突然の帰宅?
いつもなら夕方まで帰ってこない静かな休日になるはずだったのだが…
幸子姉さんとケンカでもしたか? まさかね、それはないね。
ちなみに「幸子姉さん」とは涼子の親友で元同級生。
だから、オレとも同い年なんですが…なぜか「姉さん」…まあそれは、些細なことなんでまた。
とりあえず時間まで、掃除と洗濯でもして過ごしますか。
…
……
………
……
…
「油断した…こんなに混んでるとは…」
約束の時間を目指し計画通りに愛車で出発したオレは愕然とした…
待ち合わせのターミナルの目と鼻の先の交差点の手前で全く動けなくなってしまったのだ。
ちなみに、5年ほど前に高架となったこのJRのターミナルは旧市街から、国道沿いにその位置を変え、ロータリーはきちんと整備された。
そのおかげで、長らく問題となっていたバスやタクシーによる渋滞が緩和され、踏切による弊害も解消されたはずなのだが…
なのに、この渋滞はいったいなんなんだ!?
やっとのことで最後の赤信号に辿り着くと何か様子がおかしい…
(ん? TVの取材かな)
涼子が待ってるはずのロータリーに人だかりができている、原因はあれか? 今ならロータリーに入らずに折り返せるけど…
(うーん…待ち合わせ場所変えますか…)
と連絡しようとポケットから携帯を取り出した…、そのタイミングで彼女からの着信
「もしも〜し、大丈夫? すごい人だかりだけど芸能人でも来てるのかな?」
「えっと…その…ゴメンナサイ、真一君はいまどの辺まで来てくれてるのかな?」
「ん? ちょうどターミナルの入り口、ほら信号のところ…」
「じゃあ、そこまで私走るから! 待ってて!…」
(ん? なんだ? 走る? なんで?)
携帯から顔を離し何気なくロータリーを見る
その人だかりがぐらっと動き、移動を始めたようだ
しばらくすると人の波が割れ、その中心となっていた人物が現れた…
「スゴイ…!」
思わず声が出た…見事なまでのえーっとなんだっけ?
そう!こないだテレビで見た「ゴスロリ」!
黒地にレースだらけのドレスに厚底のブーツ、大きな日傘にコロの付いたトランクと、包帯仕立ての縫いぐるみも標準装備!
あまりにもこの場所と不釣合いな姿がかもし出す異様な空間は別世界にすら見える。
その彼女は一心不乱にこちらの信号に向かって進んでくる…
ゾロゾロとその後ろには携帯を構えた物好きたちも一緒に…まるで民族大移動だ。
(ん?)
次の瞬間目を疑った!
うつむき加減のその彼女…まさかね…イヤ間違いない…
「涼子?!」
目の前の信号が青に変わったけれど、そんなことはこの際しったことか!
すぐさま車を歩道に寄せると、ハザードを付け俺は車外に飛び出した!
後ろから来た車が驚いてクラクションを豪快に鳴らす!
スミマセン…緊急事態とはこのことなんで勘弁してください!
振り向くと、信号を渡り終えた彼女の姿がそこにあった
「涼子!」
「真一君!」
目も顔も真っ赤にした彼女がそこにいた…
「アノ、どうですか? この格好を真一君に見せたくて、驚かせたくて…その…
まさか…こんなに人が集まるとは思ってなくて」
たしかに、驚きましたよ涼子さん…しかし、なぜに「ゴスロリ」?
「にっ似合ってるよ! カワイイよ! 渋滞になるほどだもん、すごいよ!」
「あぅ×△※っえ、いや#@*その…あっ…!」
意味不明な言葉を発しながらよりいっそう顔を赤くした彼女は、慣れない厚底ブーツのせいか前につんのめった形でオレの方に飛び込んできた
全力で受け止めた彼女の身体は震えていた…
「ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…
こんなに人が…ゴメンナサイ……」
背中に回したオレの腕の中で、緊張の糸が解けた彼女は
声を上げて泣きながらゴメンナサイを繰り返す…
「幸子の部屋から出たときはね、まだ、誰もいなかったのに、
家に帰るね、電車を待っていたら、だんだん人が増えてきて
そしたら、私と一緒にみんなこの駅で降りてくるし、
怖くなって少し早かったけどロータリーに立ってたら、
もっと人が集まってきて、写真とか撮られるし、
もう、怖くて、怖くて…」
なんていう罰ゲームですか? そりゃこの格好なら注目度は抜群…
しかし本人の自覚が無ければそれは、恐怖でしかない…
「わかった… 取りあえず車に乗ろう、歩けるか?」
「はい、大丈夫です…歩けます」
ふらつく彼女の肩をかかえ歩きだす…
(“視線が痛い”とはこれか…)
まさに衆人環視の中、彼女とそのトランクを車に載せ
これまた、新たな渋滞の引き金となった我が愛車を無理やりにUターン!
(とりあえず、涼子が落ち着くまでドライブだな…)
さて、どうしたものか…
…
……
………
〜その日の終わりに〜
………
……
…
…とにかく、長い一日が終わった。
風呂から上がり、厚手のバスタオルで頭を拭きながら買い置きのミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出す
つけっぱなしのテレビから、よくある変身ヒーローのアメリカ映画が始まったところだった。
自分の意思とは関係なくヒーローパワーを身につけたヘタレな主人公が、その能力や行動に悩みながらも本題は憧れの女性をなんとか振り向かせようとする、なんとも庶民的な等身大ヒーローである。
それでも、結局「正義」のために住民を守るローカールヒーローとなるんですがね…
あー、最初のこのへたれっぷりが変身したときのギャップになるんだなぁ…
…
…
…
「さむっ!」
つい、見いってしまった、湯冷めしちまったかな?
あわてて奥のクローゼットから 寝間着代わりのジャージを取り出し着替えは完了。
実家時代は、パンツとTシャツで済ましていたのだがここに移ってきたことによる心境の変化だろうか、人前に出れる格好を意識するようになった。
飲みかけのボトルをつかみ、ベッドに腰掛ける
「…意外と面白いかも…」
公開当時は結構話題になり、頻繁にテレビでも紹介され気にはなっていたのだが、この年齢にもなると気軽に映画館へ…とはいかず、ましてや一人で行く勇気なんかもちあわしておりません。
物語は序盤の盛り上がりと思われるシーンに差し掛かったとき…
「♪ダーンダーンダーン、ダダダン、ダダダン…」
あのスペースオペラの悪の総大将のテーマが携帯から鳴り響いた!
……ちなみにこの着信音は個人設定。ヤツの番号でのみこの協奏曲は奏でられる…
我ながら、心臓に悪いがヤツにぴったりなのであえてそのままだ。
「もしもし?」
「よぉ! 真一! 楽しんでくれたか? まぁ当然だろうが…ん?…ところで、涼子はもう帰ったのか?」
電話に出るなり、それはそれはヤツの嬉しそうな声が聞こえてきた…
「ちゃんと家まで送り届けたよっていうか、よくまあ、今回の主犯格で、その張本人が堂々と被害者であるオレへ電話ができたもんだな…」
テレビのボリュームを下げながら、この悪の総大将にイヤミたっぷりの言葉を投げ返した
「おっ! なんだその言い草は? イイ年こいていつまでも中学生日記やってるお前たちへの素敵なサプライズではないか?
ん? どうだった? お前の好みをこのわたしが忠実に『再現』してやったんだぞ? ほら? 正直に言ってみろ?」
あ〜、ダメだこの人…絶対酔ってる…相変わらず正攻法では通用しない…………
仕方がない、少し時間を戻してここまでのいきさつを説明せねばならない…
そう、涼子を車に回収したオレは、とりあえず北へ車を走らせた
………
……
…
〜きっかけは…〜
自分で引き起こした渋滞を横目で見ながら国道まで出たオレたちはとりあえず北へ車を走らせた。
ラジオからは空気を全く読まないDJがおしゃべりを続けている…
涼子はずっとうつむいたままで、車に乗り込んでからは一言もしゃべっていない。
オレは、チラリと横目で隣に座った涼子の姿を見る。
頭上には、レース素材で作られたヘッドドレスが飾られ、羽飾りの付いた黒いサテン地のボレロに、白いブラウス。中には黒いレザー風のコルセットが見える。
一見ハードなイメージだが、胸元のリボンのアミ上げとチュールフリルのおかげで印象派全く違う。
しかも、スカートは2重構造になっていて黒いベロアの開いたサイドの隙間からは、白いレーススカートがのぞき、一段とボリューム感を出している。
そんなドレスを纏った、細身の一見少女と見まがうばかりの少し幼さが残ったその顔にはいつもの明るさはなく、力なく俯いたままだ…。
なんとかこの、やりきれない状態を打破したくオレは少しオーディオのボリュームを下げ、勇気を振り絞り声をかけた
「あのさ、そっそれ本当に似合ってるよ、ちょっと目立ちすぎたけどね」
「…うん、自分でも失敗したかなぁって…」
涼子はその黒いスカートを足の間に両手で押し込みながら、よりいっそう俯いてしまった…
「そっそんなこと言うなって、全然失敗じゃないよ! ホントに似合ってるよ、そうそうまた涼子の新しい一面を発見?って感じかな?
いつもと違って新鮮で…なんていうかなぁ 女優さんみたい?とか、モデル?
だから、元気出せって! せっかくの衣装が台無しだぜ!」
涼子を勇気付けようとありったけの言葉をかけたつもりのオレだったが、何年前の少年漫画ですかと言わんばかりのクサイ台詞…
しくじってしまったか? オレってばいつもこうだ…ココぞってときにいい言葉が出てこない…
ボケとツッコミなら自信あるけど、こういうどちらでもない状況にはめっぽう弱いのであります…
「でもっ、真一君はさっきから…全然私の方向いて話してくれてないじゃない…」
うつむいたまま、スカートの端を指先でつまみながらすこしすねた感じで、涼子が口を開いた
「いっいや、見てないっていうかだって今運転中だし?、だいたい、その…」
「その? なに? 『その…』の次はなに?」
その潤んだ瞳を大きく広げ、ぐいっと顔を上げた涼子は、さっきとうってかわって運転席側に身を乗り出し、その息がかかる距離からオレの顔を覗き込んできた
「だっ、だから! 今の涼子の格好はスゴク素敵で見てるだけでドキドキするっていうか、その…とっとにかく、ものすごく似合ってる!!」
見る見るうちに自分の顔が赤くなって、オレはもう今にも爆発しそうだ!
「ふぁ〜よかったぁ〜、なんか真一君ってば『ヤリスギ』って顔してたから、やっちゃった感でもうイッパイで…
わたしも真一君の顔を見れなかったんだ! だから、おあいこだね!」
運転席に身を乗り出したまま涼子は、本日初めて、あのいつもの笑顔を見せてくれた…
「ちょっ! マジ近いって! ヤバイって! 運転に集中させてくれ〜!!!!」
さっきより、自分の体温がドンドン上昇していくのが良くわかった…
「ごっごめんなさいっ! でも本当に良かった! 真一君のアセリ顔も堪能できましたし?…うふふっ!」
ポフッと助手席に座り直しながら、それは嬉しそうに笑いながら足をパタパタとさせた
「なっなんだよ! オレだってそんな時もあるよ、そんなに笑うなよ!」
「だって! そんな子どもみたいな真一君見たの久しぶりだから…うふふっ!」
やっと、いつも二人になれた…
そんな気がした…
なんでもない、二人の時間が一番俺たちに合っている…
そう、こうやってオレの隣で笑っていてくれる涼子…
そんな『普通』の関係が一番だな
「あ〜あっ もう〜笑った笑った、もう朝からいろんなことありすぎだよね! ごめんなさい真一君…私がこんな格好をしたばっかりに…」
もじもじしながら涼子が謝ってきた
「だから、イイってそのことは! なんならもう一度そこの歩道に立って路上撮影会でも始めますか?お嬢様?」
ちょっと気取って意地悪っぽく返したオレも普段の自分に戻った
「もう、私は真剣なんだからね! 真剣にこの格好を真一君に見せてあげたかったんだから!」
ほっぺたを膨らませ、助手席から起き上がり身体ごとこちらに向けてきた
「ごめんごめん、判ってるって、それよりこの服はいったいどこから持ってきたんだ? まさか買ったってわけないよな? レンタル?」
そうそう、素人のオレでもわかる位にこの衣装はしっかりと作られている。
「えっ? これ? 幸子のコレクションだよ。あの娘のマンションって住居より衣裳部屋の方が多いのよ!
知らなかった? なんてったって『ウォークインクローゼット』があるのよ!」
他人の部屋をあたかも自分のことのように、それは誇らしげに胸を張り、胸元で人差し指をを立てたいつものポーズで語る涼子…
「コレクションって…、あいつが多趣味なのは知ってるけどさ、それだと服のサイズが涼子と幸子姉さんとは違いすぎやしないか?
その身長とか?」
ヤツは結構背が高い、涼子とは軽く10センチは違うはずだ、なのに今涼子が着ている衣装はあつらえたようにピッタリに見える…
「なんかね、私のサイズで特注してくれてたんだって、靴やブーツも私のサイズがたくさんあったし、他にもねえ、色違いとか…
そうそう『メイドさん』とかどっかの制服とか…」
「ちょっ! まっ? 特注? しかも他にもあるって? っていうか、それって…」
やられた…またヤツの計画にまんまと引っかかったってわけですな…何を隠そう幸子姉さんの実家は結構な名家で、金はうなるほど持っている本物のお嬢様…?
いやいや、そんなかわいいもんじゃない! お女王様のほうがお似合いだ!
その財力を利用し、今回も俺たちをターゲットとしていろいろ楽しんでやがるわけですな。
「そうか、幸子姉さんの策略なのはわかった…ところで、なんでこの『ゴスロリ』になったわけ?」
オレにとっては素朴な質問であった、なぜこれを選んだのかという疑問…
「えっと… その… あの………」
さっきとは、うってかわって涼子が三度うつむき、顔を真っ赤にしながらポツリポツリと語り始めた
「ほら、こないだ二人でテレビを見てたじゃない? そう先週の日曜日の夜!
あの時にこんな格好の女の子がたくさん出てきたでしょう?」
たしか…最近の日本映画を振り返るっていうトーク番組で、その時のゲストがロリータ少女とヤンキー少女の友情を描いた映画の監督でした。
客席には熱狂的なファンの女の子たちが主人公の格好を真似てたくさん集まり、質問コーナーでは嬉々としてそのファッションについて熱く語っていた。
しかし、あれはロリータとレディースで、今涼子が着ているのはゴスロリ?…まあ、同じようなもんだが…
「あの時ね、真一君がその…番組を見ながらね…
『オレこんなのが好きなんだよね!』って言ったでしょ? あれ? 覚えてない?」
軽くオレのモノマネを挟みながら不安そうな顔の涼子…
ん? ちょっと待ってくださいよ涼子さん?
たしかにオレはあの番組をある目的をもって視聴いたしました…
ええ、楽しみにしておりましたよ…だから、わざわざ涼子さんに同席してもらいました…
説明させていただいてよろしいでしょうか? あの時のゲストは監督だけではなく、原作者やスタッフの皆様も出演されておられました。
その中の“映画音楽”を担当されたアーティストの1人がオレの好きな音楽家だったんです。
めったに顔出しなんかされない、CMソング等などで有名なあの、“菅野よう子さん”が出演されるということで非常に楽しみにしてしていたんです。
そして、その番組内で流れたその映画の楽曲に対して発した言葉が…
『オレこんなのが好きなんだよね!』
その時ちょうどテレビ画面で大映しになっていたのが、ロリータファッションの女の子たちでした……………
「…………そっそうそう、あの番組に出てたなぁ……でっでも、なんかちょっと違うというか、そのなんか雰囲気が違わなく無いかい?」
なるべく、気取られないように質問を重ねてみた
「そうなの、だから昨日ね幸子とTSUTAYAに行ってあの映画借りてきて見てみたの、面白かった〜そしたら幸子がね…………」
………
……
…
〜約12時間前(幸子の部屋)〜
…
…
「なに!? 真一はこういうのが好みなのか?」
エビスビール片手に男物のシャツをパジャマ代わりにした幸子がくわえていたスルメを落とさんばかりに声を上げた
「うん、私も意外だったけど流石にこういうのは持っていないじゃない…だいたいどこで売っているのかな?」
両手で持ったカシスオレンジの缶を傾けながら、スエットの上下姿の涼子は真剣なまなざしで50インチは超えるであろう大型の液晶画面にうつる、真っ白なロリータファッションの女優を見つめている
「よし、涼子! まかせろ! これは私の出番だ!! こんなこともあろうかと用意は万全だ! ちょっと待ってろ!」
そういって立ち上がった幸子は、軽くウェーブのかかった髪を肩から振り払い部屋から出て行った。
「用意は万全? なんの?」
…
…
…
…
「ふっふっふっ…そうか…真一!ついに正体を現したな! まさかコッチ系とは思わなかったが人は見かけによらんな。
ならばこの幸子様がトビキリの最新のコーディネートでもぅメロメロにさせてあげようじゃないか…」
廊下を歩きながらひとりごちる幸子は上機嫌だ
【分類A限定…101号分室】
と書かれた部屋のドアが音も無く開く、
照明が自動的につきそこに現れたのは、かすかなエアコンの音の中に整然と並べられたクローゼット!
部屋というより『工場』か『倉庫』という表現がふさわしい
そして、なぜか天井にはUFOキャッチャーさながらのクレーンと無数のレールが張り巡らされ、床には小型の輸送用カートロボットが走っている。
ドアが閉まると幸子はおもむろに、ディスプレイ付きの端末を立ち上げた
「さぁー出番だよ、私のコレクションたち! オーダーメイドしておいた涼子専用コスチュームがこんなことで陽の目をみるとはな…」
上機嫌を通り越して、邪悪な表情になりつつある幸子は、なにやら怪しい画面を呼び出した。その中には涼子似の3DCGでつくられた映像が浮かび上がった…
「さて、あいつの好みは抑えておくとして…やはりコレは、はずせんな…ふふふふふっ…」
画面に映ったCGはめまぐるしく衣装チェンジを繰り返し、その度に天井のクレーンが画面と同じ衣装を取り出しカートロボットがそれを幸子の下へ運んでくる、その動きはまさに何かの生産工場さながらだ…
…
…
…
…
ロボットたちの動きが止まった…
「ふぅ…こんなものかな? さてどれを着てもらうかな? いやこの際着れるだけ着てもらおうか…こんな機会めったにないからな…ふっふっふっ…」
すでに、目的と手段が入れ替わってしまっていますよ幸子さん…まぁいつものことなんですが…
…
…
…
…
「またせたな! 涼子!」
「もう! 何してたの? 映画終わっちゃうよ!」
「スマン! いてもたってもいられなくてな! ところで涼子、この後は私に付き合ってくれるか?」
新しいエビスの500ml缶を開けながらカウチに座る幸子
「なに? 幸子が上機嫌なときは気をつけろって真一君が言ってたよ?」
すでに2本を空けてしまったほろ酔いの涼子はいたずらっぽい言い方で切り返す
「はっはっはっ! まぁそう警戒するな! なに簡単なことだ、私の用意した服を着てちょっと写真に撮るだけだ…その代わりどれでも好きなものを明日着て行ってもいいぞ! 聞いて驚け? さっき話していた『真一好み』に涼子を仕立ててやろう!」
まるで、どこかのカメラマンの様相で涼子に微笑みかける幸子…どこから見ても怪しい雰囲気プンプンなのですが…ん? 涼子さん?
「えっ本当? あの服があるの? すごい! さすが幸子! 私の親友!! 大好き! ありがとう!!」
おもむろに振り返り、お酒の力もあってか、より一層潤んだ大きな瞳を見開いた涼子はそのまま幸子に抱きついた!
「ちょっと! 待て! せめてこの映画を最後まで見てからにしようじゃないか? なあ、涼子?」
「うん!そうだね! なにごとも『世界観』が大事なんだって真一君も言ってたしね!」
少し赤くなった頬を緩ませながら、幸子に抱きついた時に乱れたスエットの裾を直し、自分の膝を抱え再び画面に向き直った。
…
…
…
…
…
再び、車内…
「…それでね、すごいの! どれコレもピッタリなの! その中でもコレが一番気に入ったから…え〜っとなんだったかな?
なんか幸子が『そうだ世界観だ!』ってたっくさん漫画の本を持ってきてね、その中で私と同じ名前の女の子がこんな感じだったの!」
「ほぉ〜そっそれじゃあ、そのキャラの『コスプレ』ってことになるの?」
あまりにもイヤな予想どうりの展開に顔を引きつらせながら真一は話を繋いだ…
「さすがに、まったく同じって訳にはいかなくてね…ほんとは白い映画の中の衣装みたいなのがよかったんだけど、幸子がね『涼子よ せっかくだから ズバリではなく、さらにその上を目指そう!』ってね、今最新のスタイルをってことで、この黒いのにしたの! よく考えてみたらこういうので白いのは流石に年甲斐がないかなって…」
「でも、白いのは着てみたの? 多分似合っていたと思うけどなあ…」
ほんの好奇心からの言葉だった、ちょっと見てみたい気がした…
「白は……その……やっぱり大事なときの色だから…」
「?」
頬を赤らめながら涼子はポツリと言った。
その時のオレは何にも気づかなかったが、涼子はすでに意識していたんだなぁ…
「で、改めてどうですか? 真一君の言う『世界観』でてますか?」
膝の上に揃えた両手を握り締め、下唇をかみながら上目遣いの視線ををこちらに向ける涼子…
「改めてって…う〜ん、その漫画知らないからなぁ〜でも、これはこれでスゴク似合ってるよ!
漫画は今度幸子姉さんに借りてみようかな?」
ハッとした表情で涼子が固まった…
「あっ! そっそうだよね…これは…映画じゃなくて…あっあの漫画の女の子だもんね…」
涼子の顔からサーっと血の気をが引いていくのがわかった…
「やっぱりダメだな…私、ゴメンなさい…勘違いしてた…」
見る見るうちに、今にも泣き出しそうな表情に変わっていく…
(ヤバイ、とりあえず、どこかに車を止めよう…これでは、運転に支障がでる可能性がある!)
「なっなに言ってんだよ! 間違ってないよ、勘違いなんかしてないって!
漫画なんか読んでなくても映画の中のと違っても、これは間違いなく『涼子の世界』だ!
だから、そんな顔すんなって!」
ハザードランプをつけ国道の路側帯に車を止めながら、オレは半ば叫ぶように涼子に言った
「ほんとに? おかしくない? 見たことのないのに?」
泣きそうなのを必死で堪えながら問い直す涼子
「そうだよ、幸子姉さんの言う『その上』ってやつかな?」(ヤツには後でお返しが必要だな…)
運転から開放されたオレは改めて涼子の方へ向きなおした
「うれしい…がんばった甲斐がありました! あれっでも涙が…」
高ぶった感情は、そのまま嬉し涙に変わりその両目からはポロポロと大粒の涙が溢れ出した
「おっおい? っちょ? どうしたんだ? あれっ? おれなんか変な事言った?」
「…ううん…なん…でも…ないよ…ごっごめんなさい…」
オレは少しパニック気味になり、彼女は止まらない涙をそのドレスの袖で拭おうとした…
「っちょ、ちょっと待って! 」
そう言いながらオレはあわてて備え付けのウエットティッシュを取り出そうと助手席のダッシュボードを開いた…
「あっ! ごめん…?!」
運転席から無理な姿勢で手を伸ばしたせいで、バランスを崩し涼子の方へ倒れかかる形になってしまった
「いいよ、真一君… このままココに…」
涼子は優しくオレの頭をそのまま胸に抱きかかえた
「えっ 涼子…」
やわらかい感触に顔中が包まれる…
衣装の向こう側からほんのかすかにいつもの彼女の香りが漂う…
涼子の心臓のトクン、トクンという一定のリズムが心地よく響いている…
『ありがとう、真一君…』
直接胸の奥から涼子の声が聞こえた…
『いつもゴメンね、勘違いばかりの私だけどよろしくお願いします…』
いつもよりもやわらかい、まるで別人のような声が聞こえてきた
「なっなに言ってんだよ、謝るのはオレだよ! 鈍感で気づかないでさぁ…?!」
起き上がりかけたオレをさらに抱きしめる涼子…
「しばらくこのままでいさせて…お願い…」
オレの髪をやさしく、撫で付けながら涼子はささやいた…
………
……
…
〜後の祭り…
…
…
どれ位時間が経っただろうか…
オレは柔らかい感触に身体を委ね…そして、彼女はやさしくオレの頭を抱きしめていた。
「…あっあの…真一君?…」
「んぅぁ? ごめんっ! オレ寝てた?」
「…うん…、結構しっかりと…」
「イタタタっ! 変な格好だったからなぁ…」
彼女から身体を起こすと腰と背中のアタリにミシミシと緩い痛みが走った。
「ゴメンね…私がワガママ言ったばかりに…」
「そんな事ないよ…むしろ気持ち良すぎて寝てしまったのはオレがっ…
そっそんな事より涼子の方こそオレが乗っかってたから重かったんじゃないか?」
まだ思考が寝ていたのか、かなり恥ずかしい自分の発言をごまかすように話を振った。
「…うん、実はそうなの、真一君てば結構重くて…、その腕とか痺れてきたから…起こしたんだ…」
申し訳無さそうに涼子はつぶやいた…
「ごめんな…でも、変な体勢だったけど…、ん! 良かったよ…結構スッキリしたよ!
…今度はちゃんと膝枕してもらいたいな…なんてね…」
硬くなった身体をほぐすために軽く腰をひねりながら、オレも小さな声でボソッとつぶやいた
「えっ? なっなに? 今? なんて言ったの?」
腕をさすっていた涼子が目を見開いてオレの方に向き直った
「えっ? まぁ…その…なんだ? こっ今度は、……どっどこに行こうかな〜なんて…」
明らかにウソですが、ココは察してください涼子さん…
これ以上醜態を晒すにはオレが耐えられません…
「ふっふ〜ん? じゃあ! どこに連れてってくれるんですか?」
まるで全てを見透かしたような目つきで、その衣装と相まってか普段よりも悪戯っぽい視線を向けてきた
「そっその…なんだ… まっまず時間も時間だ! とりあえずランチだ!」
その視線に耐えられなくなったオレは、挙動不審気味に自分の携帯を開いて、その時計がとっくに正午を過ぎていることを確認し安直な行動予定を発表した。
「あっ! ホントだ! 気が付かなかった…お昼回ってる!」
涼子も自分の携帯を取り出し同じように確認していた…
「あ〜そう思うと急に、腹が減ってきたぞ。さて? 何にしようか…ん?」
右手で自分の胃の辺りをさすりながら彼女の方に向き直すと、なにやら熱心に携帯の画面を見つめている
「…あのね、このお店はどうかな? こないだこんなメールが来てたんだよ」
そういって涼子は自分の携帯を差し出した
『ティーハウス ハニー』
〜ランチウイークスタート!:今まで平日のみのお取り扱いでしたが、本日より2週間限定で日・祝日もランチタイムを設けました。ぜひこの機会にお越しください。
【新作情報】本日より新メニュー登場! “紅芋スイートポテトパイ”※ランチタイムのみのお取り扱いとなります。〜
「ココね、結構おいしいって評判のお店なんだって、ランチって普段お仕事だからそうそう行けないでしょ? だから…この機会にどうかな?」
いいねぇ〜“限定”オレはこの単語にはめっぽう弱い。そして“新作”コレにもまたまた、かなり惹かれる。これは行くしかないな…
「うん! イイね! コレは行かなければ! で、住所は?」
カーナビの画面を検索モードにしながらもう一度涼子の携帯を覗き込む。
「え〜とね…この下に書いてあったよ…」
スルスルと携帯の画面をスクロールさせると所在地が現れた…
「あれ? これって? オレの実家のほうじゃないかな?」
オレは見覚えのある地名に驚きながら店名と住所をカーナビに入力する。
「あっ! そうなんだ… オープンしたのは3年前位だって幸子が言ってたよ…」
ピタッとオレは指の動きを止めた…
「えっ? この店…幸子姉さんは知っているのか?」
取りあえず当たり前の質問をしてみる。
「ん? だって、おいしいって教えてくれたの幸子だよ? なんで?」
「……いや…、前にもこんなシチュエーションがあったなぁ…ってね…」
入力を再開したオレは、涼子との嬉恥ずかしい思い出だが思い返していた、まぁそれはまたいつか…
「あっ! そういえばそんな事あったね! もう! 思い出すだけで恥ずかしいよ…」
自分の頬に手を当てながら、苦笑いに近い表情で目を細めた。
「よし! 入力完了っと! おっ! やっぱり! ココならカーナビは要らないよ!」
ナビゲーション開始ボタンを押さずにオレは車を発進させた。
「うふふっ… 頼もしいな! よろしくお願いいたします!」
「任せてください! オレの庭みたいなもんだからね!」
ちょっと得意げに返事をしながらハンドルを握り直すが、なんか気持ちに引っかかることがある様な、ない様な…
(ん? まてよ…なんか忘れてるような気がする…)
……………
「あ〜〜〜〜!」
ある事実を思い出したオレは、叫んだ!
「えっなっ?なにっ? どっどうしたの? 突然大きな声出して? どっか痛いの?」
助手席で携帯のメール確認をしていた涼子が目をまん丸にし真一を見つめた
「ごっゴメン…涼子…、ちょっと言いにくい事なんだけど…いいかな?」
オレは、気づいてしまった…というか…
せっかく元通りになった、この車内の雰囲気を崩壊しかねない事実を…オレは、彼女に告げなければならない…
「ん? どうしたの? お腹痛くなったの?」
全く話が読めていない涼子は目を丸くしたまま、キョトンとしている…
「…いや、お腹は大丈夫なんだけど…なんだ…そのっ、その格好のまま店内に入ったら…また、あんなことになったら…」
オレはしどろもどろになりながら、なんとか冷静に伝えようとした…
「…あっ! そっそうだった…そうだね…」
涼子はさっきと違い、取り乱すことなく、ゆっくりと開いていた携帯を閉じ、膝の上に手を置いた。
「どうしよう? さすがに目立ちますよね……せっかく真一君の地元なのに…」
駅前で、あの注目度のドレスです。逆に、普段から刺激の全くないオレの実家の近所でお披露目となったら…あっという間に噂になって…そこから先は考えたくありません…
ココに来てまたまた障害発生…、なんだかオレたち一年分のハプニングをまるで総集編1時間スペシャル一挙大放出!って感じです…
「ん? 涼子、良く考えたら幸子姉さんの部屋へ行く時は自分の服を着て行ったんじゃないのか?」
そういえば、このドレスは元々幸子の所有物…ならば自前の服に着替えれば済む話では…?
「…あっそうか! 着て来た服に着替えればいいんですよね!」
ポンと手を打ってホッとした表情に戻った
はい即決! これにて一件落着!
「なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのかな? やっぱり気が動転してたのかな?」
「そりゃそうだよ、あんな経験そうそうできるもんじゃないですよ?」
「あ〜! もう! そうやって他人事みたいに!」
そういうと涼子は後部座席に置いた例のコロ付トランクに手を伸ばした…
問題解消でトークも弾むオレたちであったが…
「あっ! とっ届かない…真一君、車もう一回止めてくれるかな?」
「ちょ…無理しないでくれよ! 今赤信号だから…」
オレは自分のシートを倒して後部座席にあるトランクを持ち上げて涼子に渡した
「ありがとう…ん、あれ?」
受け取った涼子は怪訝そうな顔をした
「…え〜っと…その…真一君、私、アノ駅で手に持ってたのって、このトランクだけだったかな?」
「たしか…ヌイグルと日傘もあったような…」
「……………。」
急に黙り込む涼子…
「そうだよね…あのね、真一君…」
うつむいたままの涼子は、一段トーンを下げた低い声でつぶやいた
「…ゴメンなさい…着替え…持ってません…」
「えっ! そのトランクの中は? なんで入ってないの?」
衝撃の事実発覚! またしても障害発生! しかしなぜ?
「…着替えとか、着て来た服は自分のバッグに入れてたんです…
でね、この格好には合わないから置いてきたの、幸子の部屋に…
だから、後で家に届けてくれるの…幸子が…」
止まらないハプニング…多分大賞が取れるんじゃないかな?
「う〜ん、困ったなぁ…じゃあ、一回家に帰って着替えるか! そしたら…」
“プッ、プ〜〜”
突然、後ろの車からクラクションを鳴らされた。いつのまにか信号が青になっていた。
オレは、あわてて車を発進させた。
「…どうかな? あれっ涼子?」
しかし、彼女は頬に手を当てたまま考え込んでいる
「涼子?」
「…も無いの…」
蚊の鳴くような声で涼子が何か言った…
(ん? 今なんと?)
「えっ? なんて?」
「…も、鍵も私のバッグの中なの…」
なんと…涼子は財布と携帯だけ持って幸子の部屋を出たようだ…
「ん? でも両親は? 家にいるんじゃないのかな? それとも出かけてるの?」
疑問に感じたオレは別に悪気があったわけではないが普通の質問のつもりだったが…。
「…え〜っと…、その…真一君…ちょっとコノ格好のまま家に帰るのは、さすがに抵抗あるかな…
あのね、昨晩からものすごーく舞い上がってたの、だから冷静に考えてみると…後のこと全然考えてなかったかな…」
頬を赤く染めて、照れくさそうに笑った。
しかし、また障害発生です。現状では自宅にすら戻れない…正確には戻りたくないですが。
「ゴメンね…わがままばっかり言って…私…どうしよう」
再び、頬に手を当て考え込み始めた。
しかし、今度は取り乱すこともなく、冷静でいつになく真剣な表情の涼子にホッとした。
(さて、なんか解決策はないもんかな? ん?)
オレは、国道沿いに並んだある看板を発見して閃いた!
(あっ! コレはいけるんじゃないかな?)
「涼子! 大丈夫だ!」
「えっ! なにが?」
突然叫んだオレにつられて涼子もバッと顔を上げた
「いいこと思いつきました! ちょっと寄り道するよ…」
そういうとオレは、ウインカーを出し、先ほど発見した看板のお店の駐車場に車を滑り込ませた。




