住人と住人の恋人(2)
「まず、『住人の恋人』の話をする前に僕の――『住人』の話をしないといけない。僕の銘は『住人』、僕がなぜ『住人』と呼ばれるのか……それはWill To Liveという世界で唯一、現実世界に連続した意識を持っていける存在だからなんだよ」
「連続した意識?」
「この世界は、百年で必ず壊れてしまう世界なんだ。だってこの世界に生きている人はみな、コンピュータ上で動いているAIに過ぎないから。現実世界へ記憶を持ち出すことが普通はできないんだ。現実世界に生きる人間とは別の存在だから……」
先ほどマナから聞いた話だ。今更驚かない。
ただ、実感が無かった。
自分が偽者ですといわれても自分は自分である。正直よくわからない。
「でも僕は、『最期の選択』で「はい」を答えても死なないんだ。あれは僕たちWill To Liveで生きるものの脳地図を現実世界でも引き継ぐかの選択肢なんだ。Will To Liveには脳地図を現実世界へ複写する機能を備えている。これを使えば現実世界の肉体へ連続した意識を転写することができる」
リンナは驚き、同時に納得した。
現実世界でクオンと出会ったときの不審な態度は、リンナとの記憶を持っていたからなのだろう。
「本来は絶対に無理な話なんだ。百年生きる間に現実世界での生命活動に必要なさまざまを忘れてしまう。両手両足を動かすこと、呼吸、心臓の鼓動、無意識、有意識かかわらず、Will To Liveで使わないもの全て……そんな脳地図をフルマップコピーしてしまったら、肉体はどうなるか……呼吸はね、忘れていても何とかなるんだ、でも臓器がダメ。僕らは正しい臓器の動かし方を忘れいる。血液は逆流し、何もかもが無茶苦茶に動きだす。そんな状態が一週間続いて死んでしまう。これが一週間病の正体。最期の選択で「はい」を選んだものが生きていけない理由だよ……でも僕は、運良く乗り越えることができた」
先ほどまで淡々と話していたクオンから、表情が消えた。普段表情豊かな彼が見せる無機質な表情はリンナにとって悪寒を抱くものだった。
「そのあと間違いを犯した。この世界……Will To Liveの人々を救いたい――確実に壊れてしまうこの世界の人々を救いたい、僕はそんなことを目的にしてしまったんだ」
「とても素敵な願いだわ!! それの何が間違い何だって言うのよ」
それのどこがいけないのか、何が間違いなのかリンナには分からなかった。
「でもソレは無理だった。二週目は目的を達成できずに現実世界に戻った。
二週目も『最期の選択』で「はい」を選んだ……そのあと、異変に気づいたんだ。僕の体は、人々を救いたい。その目的を持った脳地図ごとフルマップコピーして現実世界の僕にもひきつがれてしまった。そうして僕の脳地図は目的の奴隷になった。主観時間でおそらく千年以上生きている」
小さな利発そうな顔が表情を消したままただただ喋り続ける。
彼の中の深い闇を感じ取ったのだ。
クオンの独白は続く。
「そんなとき飲食店で働く彼女を見かけたんだ。彼女はその膨大なMIPSをもてあましていた。
彼女が作るさまざまな技術はとても刺激的だった。
彼女にクオンの脳地図を与えると、クオンに迫るMIPSを作り出せるようになった。脳地図を発展させるとても良いパートナーを見つけたと思ったよ」
「それが私ってこと?」
うん、とクオンは相槌を打つ。
「君はたった百年の間にものすごい多くのものを作り出した。B-NETを作り出し操術を一般に広めたのも君だ。僕らが『住人』や『住人の恋人』と呼ばれだしたのもこの頃だったかな。とても楽しい時間だった。でも当然終わりは来る。サーバリセットが迫ってきたんだ」
クオンはリンナの手を両手で包み許しを請うように項垂れた。
「リセットが迫ってきたとき、自身の脳地図を加工してB-NET内に保存すれば、次週も引き継がれるんじゃないかという仮説をリンナは立てた。いくつかの分析でソレは可能性が高かった。僕も同意見だったよ。『住人』と『住人の恋人』がその仮説を押したことみんな協力してくれた。仲間の何人かソレをおこなうことになった。リンナちゃんもやろうとした。だけど、現実世界に及ぼす影響は最後まで見えていなかった。僕は、君を失うのが怖かったんだ。だから……最後の最後でリンナちゃんが脳地図をB-NETに保存するのを止めたんだ。結果君の記憶は消えてしまった。これが話の全てさ」
リンナは思う。彼はきっと孤独だったのだ。
「話は分かったわ。でも、そんなことを言われても私にはその記憶はない。正直戸惑うばかりよ。まあ、でもあなたをクオンが苦しんでいる姿は正直耐えられない。私に何ができるの?」
「世界を救うのを手伝ってほしい」
「その世界を救うって具体的に何するのよ」
「全ての人間の脳地図を現実世界に転写するんだ」
「え!? それは『一週間病』になるってあなた言ったじゃない」
「うん、だから死なないようにする操術を今つくっているんだ、そしてソレはもうすぐ完成する。これにはもう一つ問題があるんだけどソレは別の人あたっている。お願いだ、手伝ってくれほしいんだ!!」
まだリンナの頭では整理できていなかったが、主人である彼がやっと私に対して要求をしてくれたのだ。返答は決まっていた。
「わ……わかったわ」
善悪抜きにして、助けてくれた恩は返さないといけない。
リンナは半分義理でもう半分は勢いに気圧されて彼の意見に同意した。