魔王に協力を頼むのはご法度
「私は、ファステナ王国で対魔省長を任されているグロン・アーガスト。
気分はいかがですかな?」
ソファーに座ったままおじさんが声を掛けてきた。
聞いたことのない国名だし、よくわからない組織があるんだな。
とりあえずは俺が代表して対応するべきか。
「はい。心遣い頂きありがとうございます。特に問題ありません。
私は、倉瀬健と申します。
そして、この子達は……
名前を教えてくれるかな?」
「はい。私は、須田 未華子です。」
「「!?」」
「あ、あの、ぼ、ぼ、ぼくはっ足立 草太っていい、ますっ。」
「「!?!?」」
「……七瀬 潤……です。」
「「……」」
子どもたちはなぜか互いの自己紹介で驚いていたようだが、
問題なく名前を伝えられていた。
「皆さん気分もよろしいようで良かった。
では気になっているようだし、早速、あなた方の状況について話そう。
そちらに座ってください。」
「ありがとうございます。」
俺たちは、おじさんの対面に置かれたソファーに座り、
案内をしてくれた自称魔法使いは、俺達の後ろに立ったまま話を聞く姿勢をとった。
「では、まずはご自身に起きているであろう変化について把握して頂こうかな。」
そう言うと、床から上ってくる形で鏡が俺たちの前に出てきた。
すると、一緒に座っていた子どもたちが声を失い、愕然とした表情で鏡を見つめている。
俺も鏡を見て、しばらく唖然としていた。
「これは……若返っているんですか?」
「変化は人それぞれ違うようでしてな。
ただ若返った方もいるかもしれないが、「ぼ、ぼ、ぼくっがっぼくがっ違うひっ人になってる!!」」
おじさんが話ているのに割り込んで大声を出したのは、
草太くんだった。
「ん?どういうことかな?」
「ぼ、ぼ、ぼくのっみっ見た目っが、か、か、変わって、いるんですっ!」
「私もっ!私も小さくなっていますけど、それよりもすごいキレイになってます!!!」
「……コクッ(頷き)」
「まぁ、このように若返るだけではない場合もあるというわけです。」
「そ、そんなことが……。
みんな、変わってしまったのかい?」
「はいっすごいですっ!」
子どもたちはそれぞれ興奮しているようで、
表情を見ると戸惑いよりも嬉しさが出ているようだった。
「では、ご自身のことについては把握して頂いたようなので、
続いてこの場所について簡単に説明しよう。
まず、この世界はあなた方の世界とはまた異なる世界。
名は、『アネメニア』。
人、亜人、魔物、魔族がこの世界の住人となっている。
魔物は人、亜人、魔族の共通の敵となっているが、
人と、亜人、魔族もそれぞれ敵対しあっている。
そしてここは召喚の儀が行われる聖域、『サンクトリア』。
あなた方が最初にいらっしゃったのが、召喚の間ですな。
サンクトリアは少々難しい立地になっておりましてな。
詳しい説明は省かせて頂く。
まずはこんなところですかな。」
……正直、全然理解できなかった。
初っ端から異世界とか言われて、種族同士が敵対しあってるだって?
いきなりそんなん言われて信じられるかっ!
「やはり、信じられないようですな。」
「あっいや、そんなことは……。」
どうやら顔に出ていたらしい。
子どもたちはどこか納得したような表情もしているのだが。
「いやいや。急に自分の居た世界から外れたとなっては混乱もするだろう。
少し時間を取って整理してもらうことにしよう。
なにか質問があれば答えるが?」
「はいっ!」
ビシッと手を上げたのは、未華子ちゃんだ。
すごいな。俺はまだ頭の中がぐちゃぐちゃで何を聞けばいいのか分からないのに。
「この世界では、魔法が実在しているんですか?」
魔法……そうか、自称魔法使いの言っていたことが本当なのかもしれないんだな。
「あぁ、存在しているよ。
人々はあらゆる場面で魔法を使い、生活に役立てている。」
「だ、だ、誰でもっつ、つかえるんっです、か?」
「誰でもというわけでは無いが、多くの人が使える。
恐らく君たちも使えるでしょうな。」
子どもたちは魔法という言葉に色めきだっていた。
確かに、とても興味深いことではあるな。
「元の世界には、戻れるんでしょうか?」
子どもたちがはしゃいでいる間に多少頭が整理できた俺は、
一番に気になったことを尋ねた。
俺には、まだまだ小さい子どもと、妻がいる。
この子達にも親や友達がいて、帰る場所があるんだ。
どうにかして帰らないといけない。
「それは……また後で詳しく話した方がよろしいでしょうな。
今は、帰る方法はあるとだけ伝えておこう。」
帰れるのか。良かった。
グロンさんの話し方が気になるけど、また後で詳しく聞くか。
「では、一旦失礼する。
3時間ほどしたらまたここに戻って来ることにしましょうかな。
何かあれば、そこのセレス魔法師団副団長に言うといい。」
そう言うと、グロンさんは側に居たおじいさんと一緒に部屋を出ていった。
「申し遅れましたが、私がセレス魔法師団副団長です。
何かあればお申し付けください。」
「あ、ありがとうございます。」
さっきまでの話が本当だったら、セレスさんは自称魔法使いじゃなくて本物の魔法使いってことか。
っていうか肩書がもう魔法使いって感じだな。
しかも副団長とかめちゃくちゃ偉そうだし。
「すごいね!これ本当に異世界転生したんじゃないの?!」
「う、うん。ほ、ほ、本当にこっこんな、ことがあ、あるんだね。」
「……魔法、使い放題か。」
「君たち、飲み込みが早いんだね。
お兄さんまだ全然理解できてないよ。」
「私たち、こういう話が好きで、よく小説とか読んでたんです。」
「そうなんだね。
私たちってことは、君たちは知り合いだったのかな?」
「は、は、はいっ。
み、みんな変わっってしまって、いて分からなっかったですけど、
な、名前、を聞いて、わ、わかり、ました。」
「あーなるほど。
だから自己紹介しているときに驚いていたんだね。」
「……それにしても、魔法の世界に来れるなんてラッキー……。
あいつらのおかげかもな……。」
「そうね。轢かれたと思ったときはこの世の終わりかと思ってたけど、
こんなところに来れるなんてね。
しかも、こんなにキレイになれるなんて夢みたい!」
「轢かれるだって?何か事故に巻き込まれたのかい?
僕もちょうど車に轢かれるところだったんだよ。」
「あれ?そうなんですか?
じゃあくらせさんもすぐ近くに居たんじゃないですか?
私たちちょうど同じ高校の不良に絡まれてたところに、車が突っ込んできたんですよ。」
「えっもしかして、あの子たちなのか。
〇〇駅から歩いて家に帰るところで、不良に絡まれてる男の子と女の子を見たんだけど。」
「あ、そうですよ。
それが私たちです。」
「そ、そうか。あそこに居た人たちが連れて来られたんだね……。」
まさか、あのいじめられっ子たちと同一人物だとは思わなかった。
確かにこれはグロンさんが言う通り、若返るだけじゃないみたいだな。
それからしばらく、子どもたちはこれからどうするかとか、
魔法をどう使うかとか出されたお菓子を食べながらワイワイ話していた。
途中でセレスさんに魔法を教えてほしいと頼んでいたようだけど、
まだ教えることはできないそうだ。
魔法を見せてもらうこともダメらしく、残念そうにはしていたが、
自分たちの想像力であーでもないこーでもないと楽しそうに話していた。
一方、俺はというと、元の世界に帰れるのかと聞いたときのグロンさんの反応が気になってずっと考えていた。
帰る方法があるというのは嘘ではなさそうだけど、
難しいのだろうか……。早く詳しく聞きたい。
グロンさんが立ち去ってから約束の3時間が過ぎようかというころ、
ノックの音が鳴り響いた。
セレスさんが扉を開けると、グロンさんが立っていた。
やっと話の続きが聞けるらしい。
「さて、では先程の話の続きをしよう。
ここが君たちのいた世界とは異なる世界であることまでは伝えたが、
なぜ君たちがこの世界に来たのかを話したいと思う。
タケル殿は帰る方法が気になっているようだが、
もう少し待ってほしい。
この話が終われば、帰る方法も理解していただけるでしょうからな。」
「あ、はい。すみません。」
また顔に出てたか。
仕方ない気になってしょうがないんだ。
「では、君たちがアネメニアに誘われた理由だが、
それは人類の生存の危機に由来する。
先の話で、各種族が対立していることは伝えたが、
近年は亜人や魔族からの攻撃に対応が追いついておらず、
人の勢力は年々弱まっている。
そこで、この危機を打破するためにファステナ王国は、
世界の外側に助けを求めた。
それに答えてくれたのが、君たちだったというわけですな。
君たちには、亜人や魔族から人を守ってもらいたいと思う。
亜人は、人よりも身体能力が高かったり、優れた武器を作ることができる種族がいる。
魔族は、魔法の適正が高く、更にはある程度の魔物を使役できる能力を持っている。
中でも、魔族を束ねている魔王は、飛び抜けて高い能力を持ち、
世界を超える魔法をも手にしている。
つまり、タケル殿が知りたがっている元の世界へ帰る方法は、
魔王からその魔法を奪い、自らの力で世界を超えるしかないということですな。」
「そんな……。
これまでただ平和に生きてきた僕たちが、魔王から魔法を奪うなんて無理じゃないですか!
どうにかして魔王に魔法を掛けてもらうことはできないんですか?」
「バカなことを言うでないっ!
言ったとおり、人と魔族は敵対しているのだ!
その魔王の力を借りるなどあってはならん!
それに、魔王などに会うことになれば、そこに言葉など存在せん。
ただ卑劣な暴力が襲いかかってくるだけですぞ。
協力を頼むなど考えないことですな。」
「そう、ですか……。失礼しました。」
「いや、大声を出してしまった。申し訳ないな。
ただ、魔王に協力を頼むなど、すべての人類を悪夢に陥れるようなことだ。
これからは、気をつけて発言してほしい。
タケル殿の身も危うくなる可能性がありますからな。」
「わかりました。」
「では、今日はここまでにしておこう。
各人の部屋を用意しておいた。
食事を運ばせるのでそこで食べてゆっくり休んでほしい。
明日はこれから君たちにどう動いてもらうか説明しよう。」
俺たちはセレスさんの案内で、用意された部屋に来ていた。
サンクトリアの内部に用意された部屋で、ここも変わらず石造りになっている。
ベッドとテーブル、トイレ、お風呂が有るだけの簡単な部屋で、
疲れていた俺は運ばれてきた食事を食べた後、お風呂に入ってすぐに寝てしまった。
食事もお風呂もトイレも、一見して何も変わったところはなかったが、
本当に異世界に来てしまったんだろうか?
魔法らしきものは、セレスさんが子どもたちを落ち着かせたときに見ただけだ。
あれは本当に魔法だったのか?
そんなことを考えながら。