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第三話:僕たちは幼馴染にあこがれる

文章書くのって難しい。

ホームルームが終わり担任が教室から立ち去ると、閉塞から解放された教室内はざわざわとした雰囲気に包まれる。帰りどっか寄ってかない? やべ、俺今日当番じゃん! 慌てて教室から出て行く者。友人同士で身を寄せ合って内輪ネタに興じる者。窓から部活仲間に声をかける者。まるで輝かしい青春時代を演出することが自分たちの責務であるかのように、彼らは放課後を騒々しく謳歌している。


絶え間なく動き続ける生徒たちの中で、俺だけがその場から動かずにいた。


下手すると担任よりも早く姿を消すと噂されている俺がこうして放課後も残っているのは極めてレアな光景なのだが、それに気づく人間などこの教室内にはいない。誰もが目の前のことに必死になっているからだろうか。あるいは俺という存在がクラスメイトに認知されていないという可能性もないわけではないが……。


深く考えると精神衛生上よろしくないと判断した俺は、スマートフォンを取り出してぽちぽちと時間を潰すことにした。やっぱり現実逃避をするならネットが一番である。ところでスマートフォンの擬音ってぽちぽちで合ってるんですかね。物理ボタン式のガラパゴスケータイならしっくりくるんだが、フリック入力にこの擬音を当てはめるのは無理があるような気がしてならない。


若手俳優の二股記事を読みながら「やあねえ最近の若い子は」などと呟いていると、「なー、ちょっと聞いていい?」という声が聞こえてきた。もちろん俺が話しかけられたわけではない。なんなら今日一日クラスメイトに話しかけられたことなどない。


ちらりと目線を横に向ける。

やはりというかなんというか、そこにいたのはクラスでも一際目立つ集団だった。


「女子ってどんな男が好きなん?」

「そりゃやっぱあれでしょー。一緒にいて楽しい人がいいよー」

「あ、わかる! それ大事だよねー!」


机に腰かけた高矢たかやの質問に女子たちがきゃいきゃいと答えている。


「わたしは優しい人がいいかなあ」

「でも冷たい人っていうのも案外よくない?」

「えー? まじでー?」

「普段冷たいのに自分の前だと紳士的♡ みたいな?」

「あー、それある! ギャップあるといいよねー!」

「ほー。じゃあ俺が紳士だったらみんな惚れちゃうわけ?」

「……いやー。高矢はないわー」

「高矢が紳士とかウケるでしょ!」

「なにそれヒドくねー?」


がくりと肩を落とす高矢に周囲はどっと盛り上がる。

うんうんこれぞ青春ですね。でもなおまえら、頭悪そうに見えるから意味もなく語尾を伸ばすのはやめろ。高校生だからギリギリ許されているだけで、あと数年もしたら白い目で見られることになるからな?


しかしそんな俺の心の声など聞こえるはずもなく、リア充達の会話は続いている。


「でもさー、結局最後に行きつくところは顔じゃない?」

「それ言っちゃおしまいでしょー」

「チクショーやっぱ見た目かよ! でもその点鳴海はいいよなあ。誰に告っても付き合えそうじゃん」

「ばーか。そんなことねーよ」


振られてクラス公認イケメンくんである鳴海颯太なるみ そうたが笑いながら否定する。


「えー! 鳴海くんに告られたらわたし付き合っちゃうけどなー!」

「なにそれ告白ー?」

「っていうかあんた付き合ってるんじゃなかったっけ? 彼氏かわいそー(笑)」

「いやいや、わたしじゃなくても誰だってそうするでしょ!」

「ハハハ、ありがとな。柚子」


鳴海が爽やか成分凝縮120%の笑みを向けるとその女子は耳まで顔を赤らめた。

なにあれ。催眠チャーム魔法でもかけられてんの? それともチョロイン候補なの? つくづく恋愛縦社会における容姿格差の大きさを実感する。


たとえばもし俺が同じことをやってみたらどうなるか。十中八九「……え。なにコイツキモイ。っていうかきしょい」と言われるに違いない。いやそれどっちも同じ意味だから。まあそもそもそんな話の流れになることがないから想像するだけ無駄なんだけど。


だいたいな。神様は美形に二物も三物も与えすぎじゃないですかねえ。顔がよくて、身長が高くて、運動神経が抜群で、おまけに最高レベルのコミュ力装備? なめとんのか。一つでいいからこっちに回せっつーの。勉強がいくらできたところで黄色い歓声なんて上がらない。同じ「きゃー!」でもこっちは悲鳴の「キャー!」である。


俺と同じことを思ったわけではないだろうが、高矢はわざとらしくやれやれと首を振った。


「言ったそばからこれだかんなー。やっぱ鳴海はスゲーわ」


これには周りの男どももうんうんと首肯する。


「だからそんなんじゃねーって」

「またまたー! 謙遜しなくてもいいから!」

「鳴海がモテるのはみんな知ってるし今さらだよなー」

「ここまでくると逆に尊敬するわ。さすが一組の王子様!」

「おまえらいい加減にやめねーと怒るぞ!」


笑う成瀬の言葉尻に怒気が含まれ出したことに気づいてか、高矢は何気ない素振りで「じゃあさじゃあさ!」と話題を逸らした。頭軽い系男子に見える高矢だが、こういった人の感情の機微を察した上での立ち回りは地味に上手いと思う。高矢は机から降りると、それまで無言を貫いていた五十鈴いすずに目線を投げかけた。


「しほちーはどう思う!? 好きな男ってどんなタイプ!?」


おい高矢、おまえあからさますぎるだろ。


しかしまあそれも仕方がないのかもしれない。高矢が五十鈴に振ったこの瞬間、グループ内だけでなく教室中の男子生徒が興味がないふりをしながらも密かに聞き耳を立てていた。あの五十鈴紫穂いすず しほの理想の男性像……。それはこのクラス、いや学校中の男にとって、次の中間の試験問題よりはるかに重要度が高い情報なのだ。


教室の雰囲気が一変したのを知ってか知らずか、五十鈴は「……えー?」と間延びした声を出すと、人差し指を唇にあてて首をかしげた。肩までかかる黒髪がさらさらと揺れる。


「うーん……わたしはあんまりそういうのないかなあ。好きになったひとが好きなひと、って感じだと思う」

「ほー。なるほどねー!」

「でもしーちゃんだって誰かを好きになったことくらいあるでしょー? 共通点とかなかったの?」

「んー。それが私まだ恋したことないんだよね。でも年上の人よりは同級生の方がいいかな? 気を遣わなくてもよさそうだし」


五十鈴の回答に教室内の男子生徒が一斉にガッツポーズをする。もちろん心の中ではあるが。これだから男ってやつは……おや? 俺の左手が握り拳を作っているのはなぜだろう。

しかし、にわかに活気づいた教室の雰囲気は、女子が発した次の質問で一瞬にして凍てついた。


「じゃあたとえばさー、しーちゃんが鳴海くんに告白されたらどうする?」

「……颯ちゃんに? あんまり想像できないなあ」


困ったような顔で五十鈴は鳴海に目をやった。


この学校の生徒なら必ず知っている情報といえばいくつかあるのだが、鳴海颯太と五十鈴紫穂が幼馴染の関係だという事実もその中のひとつである。小柄な五十鈴が何気なく行う所作は小動物のような愛らしさがあり、その隣に爽やか高身長メンズの成瀬が並べば、非の打ちどころがない美男美女カップルのできあがりだ。


それを知っているからこそ、みんなあえて二人の関係について、突っ込んだ質問は避けてきた。なぜなら彼らがくっついてしまうと自分たちのわずかな可能性すら潰えてしまうから。そんな暗黙の了解をあの女子はいきなりぶち破ってしまったわけだ。


停止した時間の中、ひとり小首を傾けて考え込んでいた五十鈴だったが、しばらくするとぷっと吹き出した。なにごとかと見つめる周囲を他所に、お腹を押さえてけらけらと笑う。


「告白されるところイメージしたけど、違和感しかないや。颯ちゃんが真面目な顔してたらおもしろ過ぎて笑っちゃうし」

「……なんだよそれ!」


鳴海がつっこむと周りも一緒になって笑い出す。

水面下で張りつめていた空気も弛緩して、みんなで仲睦まじい幼馴染のかけあいを温かい目で見つめる空気ができていた。よかったよかった。やっぱり五十鈴は俺の嫁。そんな癒しを男子全員に分け隔てなく運んでくれる五十鈴はまさに北高の天使である。あ、鳴海くんに彼女ができるのはべつにどうでもいいですね。


「よっこらせ、っと」


本日も天使の安全を確認できたところで俺は静かに席を立つ。

そろそろ古都瀬のクラスも授業が終わる頃だろう。

鞄を肩にかけて教室を出ると、廊下の空気は気温以上に冷え切っているような気がした。

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