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第一話:天才は孤独っていうけどだいたい本人に原因がある

「「はあ……」」


盛大についたため息が思いがけず他人と被ってしまい、俺――津田輝義つだ てるよしはごまかすように咳払いをひとつした。そろりと視線を隣に向けると、同じようにこちらを覗き見ていた女子と視線がぶつかる。

誰だこいつ……? 互いにそんな疑問符を浮かべたが、俺はすぐに生徒会長の妹で有名な古都瀬ことせだと思い当たる。しかし向こうはわからなかったらしく、訝しげな表情を浮かべた。


「誰だかしらないけど、あたしの隣で陰気なムード出すのはやめてもらえる?」

「それはお互い様だ。俺だってかまってちゃんオーラ全開女の相手をしてやるほど暇じゃない」

「ならさっさとどこかに消えなさいよ」

「断る。おまえこそ女子らしくお仲間のもとへでも行くがいい」


売り言葉に買い言葉、女子相手にここですごすごと退き下がるのも気が引ける。

そんなしょーもないプライドがむくむくと起き上がり、俺は戦国武将のごとく腕を組んで不動の構えをとった。たとえ女子の罵詈雑言で真綿のメンタルをズタボロにされようと、男には引くに引けないときだってあるのだ。そんな俺の様子を見ていた隣の女――古都瀬妹は忌々しげに俺を睨みつけると、しかし諦めたように目線を逸らし小さく舌打ちをした。俺のガラスハートが50のダメージを受ける。


「……」

「……」


そして沈黙。

ぎすぎすとした空気が心臓に悪い。しかしなぜか古都瀬妹は一向に立ち上がる気配を見せなかった。頬杖をついて斜め下を眺めつつ、ときどきわざとらしくため息を吐く。一方の俺も、特にやることがないので自然と思考がループしてしまう。思考の渦に嵌るたび、焦りと後悔がちくちくと胸の奥をつついてくる。


「「はあ……」」


再びため息が重なる。

このベンチの周囲だけ鬱々とした空気が充満している。

さすがにこんな状況が続くと気分が滅入って仕方がない。


「……なあ」

「……なに」

「なんかあったのか。ここで会ったのもなにかの縁だ。話くらいは聞いてやらんこともないぞ」


言うと、古都瀬妹は再びこちらに目を向けて、少し考える素振りを見せた。


「話してもいいけどあたしだけ一方的に喋るのはイヤ」

「俺もべつに聞きたいわけじゃないけどな。で?」

「あんたから先に話してよ。どーせつまらないことなんでしょうけど、いい加減隣で陰キャぶられるのも鬱陶しくなってきたし。慈愛に満ちたあたしがあんたの悩みを聖母のごとく聞いてあげるわよ」

「その発言自体聖母のそれとは思えんがな」

「うるさい。で、どうすんの」


投げやりな問いにしばし俺は考える。

正直な話、俺の抱えている悩みはそう易々と他人に話せるような内容ではない。だからこそこうしてひとり(二人だったが)人気ひとけのないベンチでうなだれていたのだ。悩みを話すということはすなわち自分の弱みを見せることでもあるし、たとえば特定の人物の名前を挙げれば相手にも少なからず迷惑がかかる。古都瀬妹がその辺りの常識的な倫理観を持っていれば問題ないのだが、あんまり信用できないというのが率直な印象だった。

第一、他人に相談するという経験がほとんどない俺にとって、羞恥に耐えられるかという問題もある。要するにめちゃくちゃ恥ずかしいのだ。


散々、「うーん」だとか「あー」だとか言った末に、俺は話してみることにした。どうせ古都瀬妹は俺の名前すら知らないのである。これきりの関係なのだから多少プライベートなことを話したところで問題ないだろう。そんなことを考えながら、頭の中で言葉を整理する。


「これは俺の友人の話なんだがな……」

「今さらその保険いる?」


古都瀬妹の無粋なつっこみはあえてスルーすることにした。



むかしむかし、あるところにTくんという少年がいました。

Tくんは見た目こそ目つきが悪く少々可愛げのない少年でしたが、その頭脳はまごうことなき天才のそれでした。代々医者の家系であるがゆえの英才教育の賜物だったのかもしれません。3歳半ばで四則演算をマスターし、5歳になる頃には日常英会話もできるようになったTくんは、周りから「天才」「神童」「Tくん神の子不思議な子」などと様々な言葉でほめそやされて育ちました。



「ねえ、もう聞くのやめたいんだけど」


心の底からどうでもよさそうに古都瀬妹が口をはさむ。おい、慈愛に満ちた聖母はどこ行った。

まあまあとなだめつつ俺は話を続ける。



Tくんは小学校に上がってもやっぱり天才でした。

周りが九九を暗記するのに苦戦しているころ、Tくんは周期算の応用問題にペンを走らせていました。またあるときは、みんなが体の部位をひたすら並べ挙げる謎の歌を歌っているのを横目に、Tくんはオリエント急行殺人事件の原書を読みながら、ポアロが語るその鮮やかなトリックに心躍らせていました。

Tくんが天才であることを疑う人は誰一人としておらず、それはTくん自身も例外ではありませんでした。


しかし、Tくんは天才であるがゆえに、ひとつの問題を抱えていました。

そう、孤独です。

ひとりだけ精神年齢も頭脳も飛びぬけていたTくんは、当然のことながら同世代の子供たちの輪に入ることができませんでした。なにせ中学生が小学校低学年の輪に入れと言われているようなものです。クラスメイトがはしゃいでいるのを見るたび、Tくんは幼稚な遊びだと冷めた心で見下していました。

しかし、子供というのはえてして物事の本質に敏感なものです。たとえ口には出さずとも、Tくんが自分たちを下に見ているということはクラスメイトも薄々感じていたのでしょう。次第にTくんに話しかけるクラスメイトはいなくなり、グループ活動や給食の時間でも一人だけ余ってしまうようになりました。そうしてはじめて、Tくんは自分がクラスメイトたちから仲間外れにされていることに気がつきました。


このときTくんが素直に反省することができたなら、まだ救いようがあったのかもしれません。

ところが、ここでTくんの天才であるがゆえのもうひとつの問題が浮上しました。

そうです。長年かけて積み上げられたプライドが邪魔をしたのです。


天才少年である自分が、なぜ愚かな凡人たちのために下手にでなければならないのか?

所詮小学校のクラスメイトなんて同じ学区に住んでいるというだけで寄せ集められた有象無象であり、中学、高校と進学すれば、成績相応の学校、グループへと振り分けられるのです。かりそめの友人たちとゲームや缶蹴りをするくらいなら、よりレベルの高い学校に進学できるよう努力するべきだろう、とそのときのTくんは思いました。なにせお父さんやお母さんがそう言っているのですから疑う余地もありません。


そうしてTくんは友達ができないまま、小学校を卒業しました。

卒業アルバムの林間学校や修学旅行の写真には、Tくんの姿は一枚も写っていませんでした。

なぜならすべての行事を仮病で休んだからです。

また卒業アルバムの寄せ書きを書くためのページには、Tくんへのメッセージはひとつもありませんでした。

なぜなら卒業式が終わったあとすぐ家に帰ったからです。

カラオケで何を歌うか話し合うクラスメイトを尻目に、ひっそりと教室から抜け出したTくんは、家に帰ると布団をひっかぶって強く強くまぶたをつぶりました。

ちなみに卒業アルバムは卒業式の翌日に可燃ごみに出しました。



「なんていうかその、いろいろひどいわね……」


古都瀬妹が苦虫をかみつぶしたような顔でつぶやいた。


「ちなみにここまでが前日譚にあたる」

「ええ……。あのさあ、あんたもっと簡潔に話せないわけ?」


あからさまに嫌そうな顔をされたので、俺は泣く泣くストーリーの大幅カットを断行することにした。



Tくんは中学生になりました。

受験戦争に打ち勝ち私立中学に合格したTくんは、当初のもくろみ通り中学生活を謳歌していたかというとそうでもありませんでした。理由は単純、友達の作り方がわからなかったからです。

進学先が有名私立大の付属校だったのもいけませんでした。

クラスメイトの多くがエスカレーター組であり、入学した初日にはほとんど固定グループができあがってしまっていました。数少ない外部入学者は女子とウェーイ系しかおらず、Tくんは入学一週目にして中学生活が終わったことを知りました。


春。夏。秋。冬。

気づけば季節が一巡していました。

その間何もなかったのかといえば嘘になります。しかし尺の都合上今回は割愛します。

まあ結論だけいうと、終業式を迎えたときのラインの友達欄には「激安贅沢コピー品LINE」しかありませんでした。


終業式の日、Tくんは決意しました。

二年になってクラスが変わったら今度こそ積極的に話しかけてみようと。

彼女がほしいなんて贅沢はいわない。たったひとりだけでもいい。本当の友達をひとりつくろうと。

Tくんはがんばりました。録画したバラエティ番組をチェックし、オシャレ雑誌を読み漁り、有名YOUTUBERの動画や人気漫画はひととおり読破しました。慣れないインスタグラムやツイッターもはじめました。鏡の前で笑う練習も怠りませんでした。


そしてTくんは二年生になりました。

その中学にクラス替えはありませんでした。



「……」


なぜか古都瀬妹は疲れ切った様子だったが、特にクレームはなかったので俺は続けた。



さて、そろそろお忘れかもしれないので改めて確認しておきますが、Tくんは天才少年でした。

それは中学になってからも変わりませんでしたが、不思議なことにTくんの学年順位は次第に落ちていきました。3位、8位、16位、27位……。学校生活で唯一の楽しみだった順位表は、中学後半になると目を逸らしたくなるような有様でした。


自分に友達がいないのは、成績上位を維持するために必要な犠牲なのだ――そう言い訳することで最後の抵抗をしていたTくんにとって、楽しそうに部活動や放課後活動に励んでいる同級生にどんどん追い抜かされているという事実は耐えがたいものでした。家に帰れば親から叱咤を受け、三者面談では先生から激励されました。Tくんは一生懸命机にかじりつきましたが、ついぞ結果には反映されませんでした。


三年になって、Tくんは付属高校に上がらず公立高校に行くことを決めました。

親は反対しませんでした。というかそれ以降Tくんと両親が会話することはありませんでした。



「というわけでTくんは今に至るわけだ」

「思ってた以上に重くてしんどい……。っていうかあんたの悩みって結局なんなの」

「今後の人生」

「うわあ……」


古都瀬妹は性病が原因で余命宣告された患者を見るような目で俺を見た。

古都瀬妹よ。お願いだからそのマジトーンやめて。

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