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獄の章

夕刻。

醜脂(デブ)収容所所長・美帝国軍司令グリッドマンは、全国から醜脂(デブ)を収容した醜脂(デブ)狩り部隊のトラックが続々と帰還してくる様子を執務室の窓から眺めていた。

イヅルノ国各地にはHEYAヘイヤと呼ばれるKAKURIKIカクリキたちの拠点があり、KAKURIKIカクリキたちはそのいずれかのHEYAヘイヤに属している。

HEYAヘイヤにはそれぞれにお国柄というか、トレーニングや戦闘の方針、 得意技等に特色があり、例えば、あのHEYAヘイヤKAKURIKIカクリキは足腰を徹底的に鍛えているから粘り強いKAKURIKIカクリキをとる、このHEYAヘイヤKAKURIKIカクリキは小技に長けていて油断ができない、といったもので。

どのHEYAヘイヤの出身か、ということはそKAKURIKIカクリキのアイデンティティを現すものとなっていた。

全国108箇所と言われるHEYAヘイヤのなかで、最後まで醜脂(デブ)狩り令に逆らいKAKURIKIカクリキたちの引き渡しを拒否してきた最後の5HEYAヘイヤが遂に折れ、醜脂(デブ)狩りに応じるとの見解を示したのが一昨日のこと。

中でも名門のHEYAヘイヤであり、表面的には占領軍に友好的な態度を取りながらものらりくらりとかわし続け、醜脂(デブ)狩り部隊の要求一切応じなかったゴガツHEYAヘイヤが、所属KAKURIKIカクリキのすべてを引き渡した意味は大きい。


「(これが、最後の醜脂(デブ)狩りになればよいが)」

次々と集まってくるトラックのヘッドライトの目映さに目を細めつつ、グリッドマンは思う。

巷では、暴走した美帝国兵士たちが醜脂(デブ)狩りの真似事をしており、退屈な占領地任務の慰みに本来の目的から大きく逸脱した、ただ、太っている者たちへの一方的な虐殺を行っていると聞く。

確かに、醜くだらしない身体をした者どもは、神に選ばれた筋肉の使徒である美帝国の兵士として、正しく導き美しいマッチョマンへの道を与えてやらねばならない。

しかし、醜い者たちをただ否定し、害虫を駆除するように抹殺していくのは誇りある美帝国兵として恥ずべき行いだ。

「(だが、それも。)」

自分が行っている仕事、国家の名誉と誇りにかけてこの収容所で行われていることと、実は、大差ないのではないか。

グリッドマンは窓辺に手をかけ、本日何度目かの溜め息をついた。

「(仕方、ないのだ。)」

彼らは、野放しにするには危険すぎる。死ぬまでこの収容所に閉じ込めておくほか、ないだろう。

醜脂(デブ)の系譜はここで途絶えるのだ。和解の道は存在しない。


ふと、グリッドマンの視界に、1台のトラックが目についた。5385番。今朝、報告のあったトラックだ。

連行中のゴガツHEYAヘイヤ醜脂(デブ)が勝手に脱け出し、私的に醜脂(デブ)狩りを行っていた美帝国兵士を襲撃、暴行を加えた。醜脂(デブ)はその後、大人しく捕縛されたそうだが、襲われた兵士は多大な精神的外傷を受け、再起不能だという。

兵士の行動には、確かに大いに軍規に違反するところがあったようだが、問題はKAKURIKIカクリキが抵抗の意思を見せたことである。

今までの醜脂(デブ)狩りにおいて、彼らは反抗的な態度をとる者こそ多くいたが、基本的にはこちらの指示に大人しく従い、抵抗する者はいなかった。醜脂(デブ)との戦闘経験が実際にあるグリッドマン等は、彼らのあまりのおとなしさに目を疑った程である。

この収容所に来てからも、彼らはこちらの決めた細かい規則にはまるっきり従う気がないようだが、特に暴れる様子もなく。与えられた「美容と健康のための体質改善運動」という名の実質的な強制労働すらも、文句も言わずに黙々とこなしていた。

「(何が、始まろうとしている。)」

今朝の事件は、これまでのうまく行き過ぎていた流れに変化の生じるきっかけであると、グリッドマンは直感していた。

グリッドマンの脳裏には、かつて見た凄惨な光景が甦っている。

南方の孤島、サマン・アイランドの激戦。地獄だった。

なんてことはない、小さな島。ただ、イヅルノ国軍の補給拠点があるだけの。

その先へ攻めいるための、行き掛けの駄賃。片手間で片付くはずの簡単な作戦。バカバカしいほどの、戦力差。

だが。その島には、醜脂(デブ)がいた。十人にも満たない醜脂(デブ)のために、最新装備で身を固めた屈強の美帝国兵士が次々と潰され、投げられ、信じられないような死に方で死んでいった。

最終的には新型爆弾3発を用いて島ごと吹き飛ばし、ようやく勝つ事が出来たが。美帝国軍には被害は甚大、人員・物資を無駄に浪費し、勝ったところでろくに得られるものもなく。

事実上の敗北とすら言えた、最悪の作戦。その責任を取らされる形でグリッドマンは降格、このような辺境施設のいち所長に甘んじなければならなくなっている。


「(彼らは、知らぬのだ)。」

美帝国の軍部のなかでも、実際に醜脂(デブ)と交戦し、その驚異を経験として知っているものは多くはいない。

ただ、彼らの外見的な醜さにだけとらわれ、その能力に目を向けようとしないのだ。

まして、この収容所に配属されている兵士は選りすぐりのエリート部隊を謳ってはいるものの、そのほとんどが軍学校を卒業したばかりの、ろくな実戦経験すらないような若年者の集まり。

彼らは、知らぬのだ。あのプルプルと揺れる脂肪が、機関銃にすら耐える鎧であることを。醜脂(デブ)たちが、とても想像もつかないような、俊敏な動きをすることを。醜脂(デブ)の腕力は、鍛えに鍛えた美帝国兵の腹筋ですら容易に破壊することを。

「厄介なことに、なるかもしれんな。」

グリッドマンは声に出して呟いた。漠然と抱き続けてきた不安が、間もなく現実のものとなる。確かな予感が胸の内に存在していた。

「(どう動く、ゴガツHEYAヘイヤ)」

彼の視線の先では、あの爽やかな巨体の男が促されてトラックを降ろされていた。



「おう。新入りか。」

トラックを降ろされたショウキチは、兵士に小突かれつつ歩かされ、「九番そ組」と書かれた札のかかった扉の前に連れてこられた。

本来、彼は醜脂(デブ)狩りの対象ではなく、あくまでバイクマン一個人のお楽しみとしての「醜脂(デブ)狩りゴッコ」に捕まってしまっただけにすぎない。ここにつれて来られる理由はないはずなのだが。

あの後。バイクマンを打破した二人のKAKURIKIカクリキの前で延々と「ぼくは、ショウキチです。」を繰り返していたところを二人とともに追っ手の美帝国兵士たち十数名に包囲されてしまい、弁解の余地すらなく仲間と見なされ、一緒に連れてこられてしまったのである。

その二人も、トラックを降ろされてからは別行動となり、ショウキチはひとり、「九番そ組」房の前に立たされている。

「あの。」と兵士の顔を窺うも、兵士は銃の尻でショウキチの背を小突き、「べットイン・ファースト。」と促すばかりである。

ショウキチは仕方なく、扉に手をかけた。


狭く簡素な房の中には、巨大な男たちが四人。そのうち一人だけが部屋の中央に畳を積み重ねて座っており、ショウキチにまず語りかけてきたのは、この男。

他の三人はコンクリートを打っただけの床に直接、腰を下ろしている。

「Oral‐SEXitオーゼキに返事をせんかァッ!!」

床に座った男の一人、やや細身の長身の男が叫ぶ。

突然怒鳴り付けられ、判断力を失ったショウキチは、「ぼ。」

「ぼくは、ショウキチです。」と反射的に返答してしまう。

「ハァ!?」長身の男がこめかみに血管を浮かび上がらせ、さらに怒鳴り付けようとするのを、畳のうえの男が制する。

「おい。そう脅えさせんな。そいつもいきなりこんなところへ連れてこられて、混乱しているんだろ。」

まずは、休ませてやれ。そう言った男の言葉を引き継ぐように、今度は眼鏡の男が口を開く。

「加うるに。彼には、身体及び精神へのダメージの蓄積が見受けられます。Oral‐SEXitオーゼキのおっしゃる通り、今晩は休養させるべきでしょう。」

眼鏡の男は、眼鏡を中指でクイッと持ち上げ、分析するようにショウキチに視線を走らせる。

「見たところ、歳も若いですし身体もまだ出来ていないようだ。どこかのHEYAヘイヤMASSARAマッサラが、はぐれてさ迷っているうちに捕まって連れてこられた。と、いったところではないでしょうか。」

眼鏡クイッ。

「ハッハー。イジメカッコワルイ。バカ。アラカワバカ。ハー。」

もう一人の変な男が、変な言葉をしゃべる。変な男である。

「チッ!」

長身の男が舌打ちする。納得いかなそうな顔をしているが、三対一である。従わざるを得ない。

「おい。聞こえただろ。突っ立ってねえで、さっさとクソして寝やがれ!」

相変わらずボンヤリ立ち尽くしているままのショウキチに、再び長身の男の怒号が飛ぶ。

ショウキチはおずおずと口を開いた。

「あ、あ、あっあの。ごはん、は。」

「ハァ!?」

早くも、本日二度目の「ハァ!?」が炸裂した。



狭い房の中、五つに増えた巨体が縮こまるように丸まって、眠っている。明らかに人口密度がおかしい。

聞こえてくるのは豪快なイビキ、静かな寝息、それに時折屁がまじり、その陰でシクシクと押し殺したような泣き声が続いている。

そんな中、一人だけ畳の上で手足を伸ばして眠っている男。カントウHEYAヘイヤ出身、Oral‐SEXitオーゼキ・ウンリュウである。

Oral‐SEXitオーゼキ

KAKURIKIカクリキたちの中には「SEXITセキート」と呼ばれる上級戦士がおり、一般のKAKURIKIカクリキたちと比してその実力は絶大、そして、その階級差は、絶対。

SEXITセキートは古来の神の依り代であるともいわれ、KAKURIKIカクリキのみならず、イヅルノ国の人々からも広く尊敬され、神聖視されている。

そのSEXITセキートのなかでもさらに数少ない、最高位に近い実力と地位にあるのがこの男、Oral‐SEXitオーゼキの称号を持つウンリュウである。

本来は個室を与えられてしかるべき存在なのだが、ここは敵地、それも監獄。

周りの若手SEXITセキートから恐縮されながらも、本人は新人時代以来の集団生活を彼なりに楽しんでいるようである。


豪快にイビキを響かせている長身の男が、同じくカントウHEYAヘイヤ出身、アラカワ。ウンリュウのTUKEBITOツケイビト(副官)である彼が、実質的にこの房、九番そ組(九そ《クソ》組)房若手たちを仕切っているようだ。


静かに寝息を立てている男が、インテリHEYAヘイヤ出身、トコツネ。感情的なアラカワと冷静で論理的な彼は正反対ながら不思議と気が合うようで、凸凹コンビとしてうまくやっている。

彼は、眠るときでも眼鏡を外さない。


時折屁をこいている変な男は、モロHEYAヘイヤ出身のマルゲリーだ。明らかにイヅルノ国の人間ではない彼が、何故KAKURIKIカクリキなのか。そもそも、彼は本当にKAKURIKIカクリキなのか。それは、誰にもわからない。


そして。

先ほどからずっとベソをかいている少年。彼は、ショウキチである。

ショウキチは考える。何故。どうして、ぼくはこんなところにいるのか。どうして、こうなった。

昨晩から彼はとても信じられないような非常識な事態に巻き込まれ続けており、今現在もそれは絶賛進行中である。

どうして、こうなった。

そう。この前まで、センソーをしていたのは、知っている。

人が、いっぱい死んで。国中が焼け野原になって、美帝国に占領されて。

知識としては、知っていた。だがそれは、自分にとって関わりのない。遠い、異世界のオハナシで。

昨晩も、そうだった。風呂上がりに寝間着のガウンを羽織り、ミルクティーを片手にバルコニーに出ていたが。

ふと。家の外がセンソーでどうなったのか、見てみたくなって。

実際に出てしまったのは、ちょっとした悪戯心からだった。じいやが、あまりに口うるさく、家の外に出ないよう、言うものだから。

ぼくだって、センソーが終わったくらい、知っている。もう、安全なんだ。なのになんだい、いつまでも閉じ込めて。これだから、情報弱者の年寄りは。

家の外は思いの外、かわっておらず。このあたりは、空襲の被害にも逢わなかったのか、平穏そのもの。なあんだ。つまらない。やっぱりセンソーなんて、たいしたことなかったんじゃないか。

そろそろ帰ろうかと振り返った時、目の前に、あのバイクマンがいた。ガウン姿がまずかった。髪が伸びていたのも、まずかった。そしてなにより、ショウキチの肥満体。教科書通りの、必要以上にKAKURIKIカクリキの姿であった。

バイクマンに一晩中追い回され、捕まって。この、首輪をつけられ。ショウキチは、襟元を弛める仕草のように首輪を引っ張る。

ぼくはこれから、どうなるのだろう?

不安の中、それでも次第に疲労が身体を支配し、いつしか彼も眠りへ落ちてゆく。

鉄格子の隙間から、青白い月光だけが静かに五人を照していた。



「いつまで寝てやがんだ!さっさと起きやがれ!!」

アラカワの怒声で起こされたショウキチは、まだほの暗い早朝の空の下、運動場に連れ出された。

状況が把握出来ずにおろおろしているショウキチに、さらにアラカワの怒号が飛ぶ。

「おら!寝てんのか!?OKEIKOオケイコだよOKEIKOオケイコ。さっさと始めんぞ!!」

「お、おめ。」

うまく、発音できない。

彼らKAKURIKIカクリキの使う言葉はイヅルノ国の古語である。聞き慣れない言葉に、ショウキチは戸惑っている。

「オメンコって、なんですか?」

やっとのことで質問したショウキチに、アラカワの「ハァ!?」が炸裂した。


ショウキチに与えられたOKEIKOオケイコは、カントウHEYAヘイヤで言うところの「ぴよぴよ」であった。

腰を落とし、しゃがんだ状態でひたすら、つま先立ち歩きをする。アラカワいわく、おめーはぴよぴよなんだから、まずはぴよぴよで十分だ!らしいのだが、このOKEIKOオケイコ

地味なようでいて、なかなかキツイ。やりなれないショウキチはすぐ転んで尻餅をついてしまい、なんとかうまくやっても太ももがすぐにパンパンになって、歩けなくなる。

それもそのはず。このOKEIKOオケイコは、カントウHEYAヘイヤ伝統の足腰を鍛える鍛練法なのだ。半端なものではない。

ショウキチはあっという間に置いていかれ、まだ一周もしないうちから一周、二周、三周と他の三人差をつけられてしまう。

トコツネがこれで6周差ですよ、と冷徹にカウントし、マルゲリーが「ピヨピヨー!ピヨピヨー!」と奇声を上げ、アラカワがマルゲリーを「いい加減にしろ。」と殴る。ショウキチがようやく運動場を一周した時、他の三人はとっくに次のOKEIKOオケイコを始めており、アラカワとぶつかり合って吹き飛んできたトコツネに踏み潰されそうになる。

「邪魔だっつーの、バァカ!」

アラカワの罵声が飛ぶ。

トコツネがすまなそうに頭を下げるが、「ツネ!甘めー顔してんじゃねーぞ!カントウHEYAヘイヤMASSARAマッサラだからって甘やかさねえんだよ!」とそれにも怒声を飛ばす。

「ショウキチ!おめーはそこで見てろ!どーせこっからは見てるくれーしか出来ねーんだからよ!おめーみてーな間抜けはせめて邪魔にならねーように気ぃ遣え!!」

すごすごと引き下がるショウキチ。だが、彼の胸中には不思議な感情が沸き上がってきていた。

なんだよ。ぼく、一生懸命やったのに。あなたの言うとおり、やったのに。なんでぼくが。こんなこと、やりたくないのに。我慢して、一生懸命やったのに。

そんなふうに言うこと、ないじゃないか。

ショウキチの視線に気づいたアラカワがふっと目を上げ、たちまちに顔を曇らせる。

ショウキチが、怒りの表情でアラカワを睨み付けているのだ。アラカワの額に一斉に青筋が走る。

「んだぁテメー!文句あんのか、やるかァ!!」

さすがに危険を感じたトコツネがアラカワを止めようとした刹那。珍しく難しい顔をしてムンムン考え込んでいたマルゲリーがスッと手を挙げ、割って入る。

「…なんだよ。」

困惑した顔でアラカワが問う。

「オメンコッテナンデスコ?」

マルゲリーは遥か彼方まで吹き飛ばされていった。



KAKURIKIカクリキたちの自主的な朝のOKEIKOオケイコが終わると、今度は「美容と健康のための体質改善運動」の時間が始まる。

各房のKAKURIKIカクリキたちも運動場に一斉に集まり、本日も定刻通りに朝礼が開始された。

「ミンナサァン。オハヨゴジャイマース。」

流暢なイヅルノ国語で、現場監督の美帝国士官・ブライアンが無駄にニコニコしながら講話を行う。

年の頃、四十近く。プラチナブロンドの髪をリーゼントに固め、笑顔を作っていてもその青い瞳からは底知れない冷酷さが伝わってくる。

「昨晩カラ、新シイフレンズガ、マタ増エナシータ。ミンナサァン。新シイフレンズニ、危険ガデンジャーデハナイカ。ヨク見テアゲテクラファーイ、ネ!」

ハイッ!。ショウキチだけが返事をし、気恥ずかしそうにキョロキョロする。

「デハミンナサァン。今日モ安全作業デ、ガンバンゾー!」

おー!ショウキチだけが拳を挙げて答え、周囲に失笑が漏れる。ウンリュウが苦笑いし、アラカワがあー、と頭を抱えた。


本日の作業は、セメント袋の荷下ろしと運搬である。

トラックに積まれ運ばれてきたセメント袋を、構内の所定の作業箇所まで必要数ずつ振り分けて運ぶのだ。

KAKURIKIカクリキたちは一見細身に見えるアラカワでさえ軽々と五つ、六つと両肩に担ぎ上げ、当たり前のように歩いて行く。マルゲリーに至っては、ものすごい速さでムーンウォークをしながら作業している。

ショウキチもその姿を見て作業に参加しようとするのだが、皆と同じように地面に積まれたセメント袋に手をかけてみるものの、まるで持ち上がらない。どうにかこうにかひと袋を抱き抱え、よろよろと歩くものの、2~3歩で支えきれなくなった袋がズルズルと滑り、地面に落としてしまう。

ひい、ふう、と息をし、汗だくになりながら助けを求めるように辺りを見回すが、手を貸す者はいない。完全に置いていかれてしまっている。

仕方なく、一人作業を続ける。その背中に、監視役の若い美帝国兵士たちがゲラゲラ笑いながら野次を飛ばす。

「ルックルック。アレジャマルデ、ウマレタテノバンビチャンダ!」

「オーバンビチャン?ノーノーノー。ピグレットチャンダゼ、メーン。」

「アンナンジャ、イッコハコブオンリーデネクストモーニングガライジングサンダヨ!hahahahahaha!」

「hahahahahahah!!」

ショウキチが顔を上げ、涙を滲ませた目で兵士たち睨み付けた。

それを見て、兵士たちはますます面白がって囃し立てる。

「ホーレ醜~脂《デ~ブ》、ファイト、ファイト。」

「ピグレットチャン!アソレ、フットガグッド!フットガグッド!」

突然、ダンッ!と音が響いた。作業中のKAKURIKIカクリキたち、監視の兵士たちが一斉に手を止め、顔を上げる。

ショウキチが、セメント袋を地面に叩きつけたのだ。落としたのではない。意図的に、投げ捨てた。破れた袋から、セメントがザッと溢れる。

「ぼくは…っ、醜脂(デブ)じゃない!!」

涙でグシャグシャになった顔で、ショウキチが叫ぶ。

限界だった。そうだ。ショウキチはようやく、自分の内にある感情を理解した。

これは、怒りだ。一昨晩からずっと溜めてきた、理不尽に対する怒り。

ぼくは、醜脂(デブ)じゃないのに。ずっと、何度も何度も言っているのに、誰も聞いてくれなかった。なんでぼくが。こんな理不尽な扱いを受けるのか。いい加減にしろ。

ブルブルと身体を震わせ泣きながら睨み付けているショウキチのもとへ、先ほどの兵士たちがニヤニヤと残酷な笑みを湛えながら近づいてくる。

この退屈な収容所の任務に就いて以来、待ちに待ったお楽しみタイムが遂に来た。明らかな反抗、それも、よりにもよって、一番弱そうな奴である。

どう好きに扱おうと、これならお咎めもない。目障りな醜脂(デブ)をようやく、オモチャにすることができる。

嬉々として歩み寄って来た兵士たちしかし、その足がぴたりと止まった。

いつの間にか、ショウキチの隣にアラカワが立っている。

困惑した表情の兵士たちを一瞥し、アラカワが静かに口を開く。

「コイツの言うとおりだぜ。俺たちは、醜脂(デブ)じゃねえ。」

「俺たちは、KAKURIKIカクリキだ。」

静かに睨めつけるアラカワの視線の冷たさに、兵士たちは動けないでいる。

一触即発、と思われたが、チッ、と舌打ちしたアラカワは頭を掻きながら、ショウキチ方へ向き直る。

「ダッセー野郎。」

呟きながら、新しいセメント袋をショウキチの前にほれ、と投げる。

どうしていいかわからず立ったままのショウキチに、アラカワの怒声が飛んだ。

「やれよ!!悔しいんだろ!?馬鹿にされたくないんだろ!?だったら、やってみせろよ!!お前、プライド守りてえんだろ!?」

ハッと気づいたように、ショウキチは袋に手をかけた。持ち上げようとするが、やはり、うまくいかない。

「あーもう!違げーよ!!おめーは腕力(ちから)ねえんだから。ウデで持ち上げようとしたって上がるわけねーだろーが!」

見てろ!とアラカワが、セメント袋を縦に起こす。

「な?こうやって、起こして。やってみろ、これならどうにかできんだろ。おう。そうだ。そしたら、こう。しゃがめ。で、お前、右利きか?だったら、こう、右の肩を袋の下に入れてよ。そう。そしたら、そのまま、立て。腰やんなよ。まっすぐ上だ。」

ンーッ!!と声を上げて、ショウキチが立ち上がる。上がった。持ち上がった。

「な?できんだろ!?じゃ、歩くぞ。ゆっくりでいいからな。後ろにひっくり返んなよ。」

ショウキチが一歩一歩、踏みしめるように前に進む。重かった。右の肩が今にも折れそうだ。袋を今すぐ投げ出してしまいたかった。しかし。

「ホラ!負けんな!気合いだ気合い!行けんぞ!!」

アラカワの檄が飛ぶ。そうだ。負けてたまるか。ぼくは、醜脂(デブ)じゃないぞ!!

「頑張ってください。あと30メートル。三十歩歩けば終わりですよ!!」

「ショウキチ!ガンバ!ショウキチ!ガンバ!」

いつの間にかトコツネとマルゲリーまで加わり、ショウキチを励ましている。雰囲気に飲まれてしまったのか、兵士たちは立ち尽くしたままだ。

「行けー!!気合いだー!!」

アラカワが叫ぶ。

あと十歩。五歩。三歩。

あっ。ぐら、とバランスを崩し

後ろに倒れかけたショウキチの背中を、アラカワの手が支える。

いいぞ、ゆっくり、降ろせ。アラカワの声に従い、少しずつ、腰を落とす。

ドス、とセメント袋を置いたショウキチの背中を、パーン!とアラカワが叩いた。

「へ!やればできんじゃねえか!」

若干、語尾が涙声になったのに気づいたアラカワが、慌ててそっぽを向き、ぐし、と鼻をすする。

ポン、ポン、ポンと拍手をするトコツネ。マルゲリーは兵士たちに向かって、「(月にかわって、おしおきよ!)」とポーズを決めている。

「ヘイ!ガイズ!コレハナンノパーティナンダメーン!?」

駆け寄ってきたブライアンの足元に、ドッと音を立て100キロを越えるセメント袋の山が積み上がる。

「おっ先ィ!」

人指し指でバーン!とブライアンをアラカワが撃ったのと同時に、昼のチャイムが鳴り響いた。



「コラァ!今日のCHINKOチャンコ番誰だコラァ!!」

アラカワが叫ぶ。

「ハハー!アラカワ、ウマカッタダロ!」

嬉しそうに手を振るマルゲリーを、アラカワが怒鳴り付ける。

「やっぱテメーか!!CHINKOチャンコに変なスパイス入れんなっつったろ!!カレーじゃねえんだよ!!」

「ハハー、アラカワ、スキキライ。イクナイ!」

肩をすくめるマルゲリーを、「確かに味は良かったですよ、味は。」とトコツネがフォローする。

「俺は辛れーの嫌いなんだよ!!」

叫ぶアラカワをに対し、マルゲリーが「ハハー、アラカワ、コドモ!コドモ!!」とおどけ。

「ンだとコラァー!!」

アラカワが駆け出し、マルゲリーが慌てて逃げる。

苦笑するトコツネの横で、ショウキチは自分が笑っていることに気がついて少し驚いていた。

この人たち。怖いだけじゃ、ないんだ。

ショウキチの心の中に、温かいものが拡がっていく。

「ちょっと、いいか。」

肩に手を置かれて振り向くと、ウンリュウが難しい顔をして立っていた。


「お前…自分が醜脂(デブ)じゃないと言っていたな。」

昼食後の食堂。ウンリュウとショウキチの他には誰もいない、二人っきりである。

さすがに緊張して、椅子に腰かけたウンリュウの前でショウキチは立ったままだ。

「ぼっ。ぼくは…。」

緊張のあまり、思わずショウキチです、と続けそうになった言葉を慌てて飲み込む。

「お前。あいつらの言葉、わかるのか。」

先ほどの一部始終を、ウンリュウは視ていた。兵士たちとアラカワがやり合うようであれば、止めに入るつもりでいたが。

一連の騒動の中に、おかしな部分があった。そう。こいつは、監視の兵士に何かを言われて怒った。ショウキチがバカにされているのはウンリュウにも雰囲気で伝わったので、それだけと言えばそれだけのことだが。

しかし。ひっかかるのは、兵士に言われた「何か」に対して、ショウキチが自分は醜脂(デブ)ではない!と言い返したように見えたことである。

「え。だって。普通、学校で習っ…」

ショウキチが言葉を飲み込んだのは、ウンリュウが突然、真剣な顔で立ち上がったからである。

勢い余って、ガターン!とイスが倒れた。

「お前…。」

「お前、MIYABIミヤビ、なのか。」

信じられないような物を見るような目でウンリュウはショウキチを見ている。突然の事態に、ショウキチはどう反応していいかわからない。

しばしの沈黙が続いたあと、ウンリュウが重い口を開いた。

「お前は、俺たちが絶対にここから出してやる。」

安心しろ、とウンリュウはショウキチの両肩にその大きな両手を置いた。



ショウキチは今日から、正式にカントウHEYAヘイヤの預かりとする。

九そ《くそ》組房でウンリュウが皆に伝えたのは、その晩のことである。

相手がOral‐SEXitオーゼキであることも忘れ、思わず「ハァ!?」と素で反応してしまったアラカワに、ウンリュウの拳骨が飛んだ。


















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