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醜脂(デブ)狩りの章

長く続いた戦が終わり。

イヅルノ国は海の向こうの超大国・「美容と健康、筋肉と正義」を国是とするビューティ・エンパイア、通称美帝国との争いに敗れ、今年八月に無条件降伏を受諾。

イヅルノ国政府は解体され、美帝国主導による新政権が樹立。実質的な美帝国による支配体制となってから、二ヶ月が経過していた。

美帝国はその方針に基づきイヅルノ国の文化・伝統、生活様式を徹底的に破壊。美しく健康的なマッチョマンの国に作り替えるため、その筋力による正義を実行していった。

旧来の価値観が覆され、新たな秩序が広まりつつある混乱の中。

人々は日々不安に怯えながらも、僅かずつその暮らしの中に平穏を取り戻し始めている。



早朝の、駅前。

広場を埋め尽くすようにゴザが広げられ、商品が並ぶ。

闇市場。国が滅び、自らのアイデンティティが否定されようと、人々はとりあえず、生きていかなくてはならない。

日々の食を得るため、今日を生き延びるため。自分の持てる僅かなものを売り、出来る範囲のことをしようとする。

支給品と思われるカンヅメ、さらには拳銃、弾薬。それらを並べる男は、元兵士であろうか。

爆弾で吹き飛んだ脚を見せ、「生活苦」と書いたプラカードを胸の前に持った男が座っている。

なにも持たずに、しかし、「なにか」を売ろうと立ち尽くしている女がいる。

なにも持たずに、しかし、「なにか」を売ろうと立ち尽くしている男もいる。

なにもせずに、さっきからひたすらラッコを見上げているものもいる。

それぞれが思い思いの行動をとりながら、しかし、一様にその表情は暗く、声を発しようとする者も少ない。

「必要ななにか」を得ようと、とりあえず人の集まる駅前に来てはいるが。積極的に売り買いの行動をしようというものはなく、或いは、ここにくることで自分はなにか、命を守るための行動をとっているのだと、自分を納得させているのかもしれない。

祖国がなくなるという、誰もが未体験の未曾有の危機。誰もが何かしなくては、と思いながらも、何をしていいのかすら掴めずにいる。

ただ、自分達は負けたのだ。敗れたのだ、という諦めに似た感情が、厚い雲のように人々の頭の上にのしかかっていた。


そんな重苦しい空気を引き裂くように、突如。

「ヒャー!ハー!」

およそ場違いな奇声が、広場の一角から上がった。

続いて、ウォンボ、ブリブリ!ブリブリ!とオートバイのエンジンの爆音が響く。

醜脂(デブ)狩りだ!」

出し抜けに誰かが叫び、その一角の人々がワッと、蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出す。

オートバイに乗った男、筋肉質な裸の上半身にレザーのベストだけを身につけた、美帝国の兵士―はよほど気分が良いのか、パラパラパラパラパラパラパラパと警笛を鳴らして人々を追い回し、ゴザに並べられた商品を次々とお構いなしに轢き潰していく。

ブリブリブリブリと爆音を立て走り続けるオートバイの後に、チャリチャリチャリチャリと鎖のひきづられる音が続き、さらにそのあとを、どすり。どすり。と重い足音が続く。

オートバイの男、美帝国兵士の手にする鎖には、犬のように首輪を付けた肥満体の、半裸の男が繋がれていた。

いや、その体躯から成人のように見えているが、その顔立ちは幼く、年の頃十四、五歳の少年のようである。

それが鎖で繋がれ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、プルンプルンと肉を揺らし、裸足で必死にバイクに追いすがっている。あまりに凄惨な光景に人々は、せめてそれを見まいと目を背けるしかなかった。


醜脂(デブ)狩り。

先の戦争、体格と腕力に勝る美帝国兵士はあらゆる場面でイヅルノ国の兵士を圧倒したが、そんな彼らを唯一脅かした存在があった。

イヅルノ国に古代から伝わる伝統の格闘技を用いて戦い、特殊なトレーニングと食事で身体を巨大化させた戦士たち。

彼らはその格闘技の名前をとって、KAKURIKIカクリキと呼ばれていた。

ブ厚い脂肪で覆われた肉体は、美帝国兵士の使う最新鋭の近代兵器すらものともせず、巨体から繰り出されるパワーでなにもかもを粉砕。

その一人が美帝国兵一個中隊にも匹敵すると恐れられた、およそ、常識から外れた戦闘力。

引き締まった筋肉モリモリマッチョマンの変態を至高の美と崇める美帝国の価値観を、まさしく真っ向から覆すような存在。

彼らは美帝国兵士からは醜脂(デブ)と呼ばれ、蔑まれると同時に恐怖と憎悪の対象ともなっていた。

戦後、KAKURIKIカクリキたちの戦闘力を恐れた占領軍司令部は、彼らの捕縛と監禁・強制労働への従事を命じる。

これが、俗に言う醜脂(デブ)狩り令である。

KAKURIKIカクリキたちの中には徹底抗戦を訴える者も少なくなかったが、彼らのほとんどは本土決戦によりこれ以上の戦禍をいたずらに拡げることをよしとせず、その多くは終戦とともに自ら縛についた。

しかし、美帝国兵士のKAKURIKIカクリキに対する恐怖と憎悪は留まることをしらず、ほとんどのKAKURIKIカクリキが収容所に送られた現在にあっても、個人的な趣味として醜脂(デブ)狩りを続ける者が後を絶たなかった。

彼らはちょっとでも太っている者を見つけると醜脂(デブ)と断定、本人が自分は醜脂(デブ)であると自白するまで拷問を繰り返し、自白をした者はじっくりと時間をかけていたぶり殺した。

その遺体は晒し者にされ、イヅルノ国の人々はかつての自分たちの憧れであったKAKURIKIカクリキたち(?)の無惨な姿に絶望し、日々、醜脂(デブ)狩りの恐怖の中で脅えて過ごしていた。


オートバイの兵士は鎖で繋いだ醜脂(デブ)が、必死に走らねばならず、なおかつ、完全に追い付けなくなって引き摺られてしまわないよう、慎重に慎重にスピードを調整して走っていた。

その様は、さながら馬を操るカウボーイのよう。

「ドナドナドーナ、ドナドーナ、ヘイッ。」

よほど機嫌が良いのか、鼻歌を口ずさむ唇に、残虐な微笑みを滲ませている。

せっかく見つけた、昨晩捕まえたばかりの獲物である。

簡単に殺してしまっては、つまらない。もっともっと、楽しまないと。

「ドンッルーズ、ワンモアセッ。レッツラン、ティル・ジ・インディアー。」

彼は歌いながら、オートバイのアクセルを全開に、最高速で後ろの醜脂(デブ)を引き回し、早くミンチに変えてやりたいという誘惑と必死に戦っていた。

このような拷問、まして、兵士ですらない民間人思われる少年に対する虐殺は本来、当然ながら重大な国際協定違反であり、厳重に罰せられるはずである。

しかし、ここは既に美帝国の占領地。ここでは筋肉こそが掟であり、筋肉こそが神である。彼らの蛮行を止めるものなど居はしないのだ。

バイク兵士がお楽しみタイムに突入する誘惑を抑えきれなくなり、アクセルを目一杯回し、エンジンがブリッブリブリブリッ!と雷鳴のような唸りをあげた、まさにその時であった。

突然、オートバイが何かにぶつかり、動かなくなった。

バイク兵士はもう一度アクセルを回すが、ただ、後輪が空回りをしているだけで、1ミリたりとも進まない。

前輪が、万力のようなとてつもない力で掴まれている。

目の前に巨大な男が二人、立っていた。

縦横、合わせて常人の四倍はあろうかという巨躯。

それを緩やかな着物に包み、揃って長い髪を、頭の天辺で結んでいる。

醜脂(デブ)…!」

バイク兵の顔が、恐怖にひきつる。

バイクのエンジンが咆哮した。

ブボオ!ブリッブリブリブリッ!ブリブリッ!ブリブリッ!ミチミチッ!ボバッ!

爆音と、凄まじい土煙をあげ、後輪が回転する。だが、それでもこの巨大な男が右腕一本、涼しい顔で押さえているバイクが、まるで動かない。

男が何の気なしに力の向きを変え、バイクをグッと下方向に抑え付けた瞬間、まずは一瞬にしてバァンと音を立ててタイヤが破裂、次いで、バイクがぐしゃっと潰れ、バイクマンはバイクに跨がった姿勢のまま、尻餅をついた。

「大丈夫か、お前。」

巨大な男はバイクマンの横をまるで誰もいないかのように通りぬけ、少年の前に屈みこむと、音もなく鎖を引きちぎった。

少年はただただ、驚きに目を丸くしている。

「ファーッ!デムッ!!」

その背中にバイクマンの拳銃が向けられるのと、バイクマンの身体が宙に舞い上がったのはほぼ同時であった。

後ろで影のように立っていた男が、一瞬で距離を詰め、放り投げたのである。

「ファアアアアアアアアア!?」

面白い悲鳴をあげ、7~8メートルも上空に舞い上がり、今まさに地面に激突するかに見えたバイクマンの身体が、ぴたりと停止した。

さきほどバイクを潰した男が、振り返りすらせずに腕を伸ばし、すんでのところでキャッチしたのである。

「出すぎた真似をしました。申し訳ありません、SEXITセキート

影の男が頭を下げる。

「今日からこいつらに世話になるんだ、そう手荒に扱うな。」

SEXITセキートと呼ばれた男は爽やかに微笑みながら、バイクマンを優しく降ろしてやり、あまりのことに状況が把握が追い付かず、硬直したままでいるバイクマンに「ヨロシクな。」と、いたずらっぽく片眼をつぶってみせる。

「見ない顔だな。お前、HEYAヘイヤは。」

男は少年の方に向き直ると、呆然と立っている少年の肩に手を置き、声をかけた。

少年はしばらく呆然と立っているままだったが、次第にその双瞼から涙が溢れだすと同時に、「ぼっ。」「ぼっ。」と声を発し始めた。

「ぼっぼっぼっ、ぼくは。」

「ぼくは、ぼくは。ぼくは。ぼくは。」

唇を震わせ、声と涙が、止めどなくあふれてくる。

「ぼくは、ショウキチです。」

「ぼくは、ショウキチです。」

「ぼくは、ショウキチです。」

少年はまるで保護された迷子のように、ぐすっ。ぐすっ。としゃくりあげながら、いつまでもいつまでも、それだけを繰り返していた。



















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