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夢、お売りします。

作者: 櫻詩ありす

仕事帰りに通る路地は私が帰る時間には既に家々の灯りは消え月明かりでさえ細く弱々しい。

そんな路地に今まで無かったアンティーク調の扉の店『ドリーミンマテリアル』が立っていた。今はもう既に日付を跨ぎ妖達でさえ眠りに付かんとする時間だ。こんな時間に光を湛え客を待つ店と言うのは異常だった。だからこそ、私は店に足をふみいれた。


店に足を踏み入れると暖かい風と珍しい男性が私を迎えた。

彼はこの獣人が少なくない世界でも珍しい龍人の特徴である鹿のような角を持った男性だ。黒いマッシュボブの髪は柔らかく憂いを湛えた瞳は翡翠の輝きを放ちその鹿のような角は青く光り輝いている。パーカーの着いた赤いチャイナ服調の服に黒のストレッチパンツを履いている。どうやら、それは龍人の民族衣装らしい。彼が動く度に揺れるウィングドスリーブでさえ美しく見える。仕事に疲れた私にはそれが神のように思えた。


「いらっしゃいませ。夢、お探しですか?」

「……夢?」

夢を探すとはどいう意味だろうか?夢を探すと言うのは子供が将来になになりたいか、どうしたいかというものであって他人に与えられる物では無い。

「はい、夢です。ねる時に見たりしませんか?」

「あっ……そっちですか……最近は見てないですね……」

仕事に疲れているからだろうか、布団に入るとすぐに泥の様な睡魔が襲ってきて夢も見ずに目が覚める。どれだけ寝ても疲れは取れない。

彼は微笑みながら私に椅子を進める。彼に進められるまま椅子に座ると彼は店の奥に引っ込んでしまった。

彼がいない事を幸いに思い店の中を見回す。壁1面に高い棚が置かれ所狭しと瓶が置いてある。赤だったり、灰褐色だったり、青かったりする瓶は細かな細工が施されていて見てて飽きない。高い棚に囲まれていると圧迫感を感じることもあるが不思議とこの店では感じない。そうしていると彼は湯気のたつコーヒーカップと何やら白い瓶を持って来た。

「やはり、異様ですか?」

彼は困った様に眉を寄せて尋ねてくる。その問に答えることなく彼が渡してくれたコーヒーカップに口をつけた。それは仄かに蜂蜜の香りのする紅茶。暖かくてほっとした。

「そんな事より初めまして。僕はこの店の店主である影玄(かげはると申します。」

影玄……思ったよりも日本的な名前だな……

「あぁ……すみません。私は乾色葉(いぬいいろは)って言います。」

「色葉さんは、どのような夢をお探しですか?」

夢は探してない……そもそも見たいとも思わないのだ。確か前に見た夢は仕事に就く前、巨大な黒に飲み込まれる夢を見たきりだ。ひどく怖かったのを覚えている。

影玄さんはじっと私を見つめた後瓶の中かから青く澄んだ半透明の飴玉のようなものを取り出して私にくれた。

「ゆめ……試してみませんか?それを口に含むとすぐに夢が見れます。直接食べるのはオススメしないので先ほどの紅茶に混ぜて飲んでみてください。」

影玄さんに言われて半信半疑での飴玉の様なものを紅茶に入れた。それは、飴のような見た目だけど案外簡単に溶けてしまった。それの溶けた紅茶を口に含むとすこし塩の香りがして心地よい眠気がして来た。

「どうぞ、眠気に身を任せて下さい。」

影玄さんの優しい声を最後に私は眠りに落ちた……


目が覚めると私は水面に浮かんでいた。小波の音と香り立つ塩の匂いからここが海だと分かる。夏の海だろうか?遠くから賑やかな声が聞こえる。音と小さな揺れにずっと身を任せて見たいと思ったが、揺り起こされる。


「おはようございます色葉さん。夢はどうでしたか?」

少し動いたら唇が触れ合いそうになるくらい近くで影玄さんは私を覗き込んでいる。内心ドキドキしながらそんな態度は見せずに夢の内容を彼に話した。

ふと、疑問がよぎった。夢はどこから来るのだろうか?他人の幸せな夢を奪って来ているとしたら、夢を買うことは出来ない。自分が幸せになる為に他人を不幸にするのは極力避けたい……

「夢は……どこから来るのでしょうか?幸せな夢は奪えません…」

影玄さんはすこし目を伏せ答えてくれた。

「あの夢は溺れた少女の夢です…僕は人々の悪夢を集めて加工して売っています。」

「夢屋………」

伝承で読んだことがある。夢を食べると言われるバクと同じ能力を持った1人の龍人がいると。その龍人は悪夢を集めて加工して売っていると。何千、何百年前の伝承にも登場し、王から庶民まで、いろんな人の目の前に現れ夢を売っては消えると言うその龍人はいつしか夢屋と呼ばれる様になったらしい。

彼は少し困った様な顔をした。

「ご存知でしたか…」

「夢、八つ下さい。」

なぜ、八つなのか自分でも分からない。でも、八つでいい様な気がした。

影玄さんは驚いたような顔で一瞬固まったが、すぐに部屋の奥へ入っていき小さな小瓶に九つ色とりどりの飴玉のような物を入れて包んでくれた。

「あの、八つって言いましたよね?」

「1つオマケです。それでは、良い夢を。」

彼のにこやかなしかし、有無を言わさ無い笑顔に送られ店を出た。

足取りは軽くまた明日も頑張れそうな気がした。


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