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君と僕を繋ぐ花  作者: 笑夢
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第九話 春の女神

 淡い桃色の花が咲き乱れる日、彼女は生まれた。


「遂に産まれたか…!」


 大慌てで部屋に入って来た男は女…妻に抱きかかえられている赤子を見て歓喜に溢れた声でそう言う。


「あぁ、旦那様。はい…可愛らしい姫ですわ…。」


 男は固まった。先程までの歓喜に溢れた表情消え失せていた。


「旦那…様…?」

「…私は、世継ぎを産めと申したはず。それが……姫、だと…?」


 握りしめた拳を小さく震わせて続ける。


「お前は体が弱い。最初で最後だと言っておっただろう!それが…!」

「も、申し訳ございませぬ…!で、ですがどうか…!どうか…!」


 男は襖を殴りつけると早足で部屋を出て行った。


「……ごめんなさいね…貴方を、心から喜んで迎えてあげることが出来なくて……。」


 そう小さく言って赤子の頭を優しく撫でるのだった。




「いやぁ遂にお産まれになった!」

「めでたいめでたい!!」


 数日経った頃、宴が開かれた。家臣や女人達は皆心から祝福した。しかし、男と女の間にはそんな楽しげな空気は流れていなかった。あれから男は女の部屋へ顔を出すことはなかった。


「…あ、あの、旦那様…?お酌致しますわ…。」


 オドオドとした口調で言う女に対して、夫である男は冷たく言い放つ。


「役立たずの酒は飲まん。不味くなる。」


 そんな言葉に女はショックを受けた。それだけのことで、自分の子供に変わりはないのに、こうまで態度を変えられるのかと、涙が溢れそうになった。それを必死に抑え込む。大広間では何人もの娘が舞を舞っていた。


「おぉ…!これは美しい娘だ!」


 隣でそう言う男を横目に見ると、女は静かに席を立った。


「どうなされたのですか…?」


 侍女の一人が気まずそうに言う。


「少し…気分がすぐれなくて。一人にさせて頂戴。」


 そう言って足早に部屋を出て行った。

 灯りを灯した部屋で、女は一人娘を抱いた。慈しむように、優しく、優しく。割り切るしかなかった。自分は愛すべき夫の期待を裏切ったのだと、そう自分を責めることしか出来なかった。そんなことを考えている中、一人の足音が近づいて来るのが分かった。その足音は女の部屋の前で止まり、乱暴に襖を開けた。


「だ…旦那様…。いかがされたのですか…?」


 恐る恐る聞く女に返事は返さず、男はずかずかと部屋に入ると女を押し倒した。男は酷く酔っているようで、女の声は全く届いてはいなかった。そんな男は女の首に手をやる。それに恐怖を感じた女は必死に抵抗した。押し倒された際に腕から落ちた赤子が大きな声で泣き出した。


「旦那様!や、やめて下さい…!佐保は!佐保だけはどうか!!旦那さばっ…が…!」


 それ以降、女は一切動かなかった。男はそのまま酔い潰れて眠りに落ちた。その夜赤子が…佐保が泣き止むことはなかった。


 物心ついた頃、佐保は既に男…父からは優しくされていなかった。いや、それ以前からも。


「いいか、お前は役立たずだ。出来ることは私の血を繋ぐことだけ。分かるな?」

「……はい…お父様。」

「お前は強い男を産んで、私の力になる奴らを作ればいいんだ。その体は大事にしろよ、私がお前に与えたものなのだからな。」


 小さな佐保には辛かった。屋敷の外から聞こえてくる楽しそうな声に混ざることは許されなかった。自分が、自分だけが何故こんな仕打ちを受けているのか分からなかった。しかし、自分も屋敷の中にしか自分の居場所のない佐保にとっては、この居場所を失うことが何よりも怖かった。

 長年の年月が過ぎ、佐保が一人前の女性として世に出して恥ずかしくないほどになると、父は佐保を手放したくないと言い出した。何処へもやらずに強い男を引き込んで子供を作らせ、その男は殺す。そう直接言ったのだ。道具として使うと。そう、その為に足枷を付けると。とんでもなかった。一生縛られて道具として生きることは嫌だった。佐保は意を決して屋敷を飛び出したのだった。

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