第八話 決意の先の
薫がいつものように素振りをしている時だった。部屋から出て来た佐保はどうやら考え事をしているようだ。そんな佐保に薫は声を掛けた。
「起きたのか。どうした?妙な顔をして。」
「あ…薫様…おはようございます…?。」
いつもと違う佐保の反応に薫は胸騒ぎがした。素振りを中断して縁側に歩み寄ると、薫はもう一度問い掛ける。すると佐保は重い口を開いた。
「…あの…いつまでもお世話になるわけには…いかないと思い……。」
「…お前はその分部屋や庭の掃除をしてくれているだろう?」
「いえ…あの…やはり父上ともう一度…お話をしなくてはいけないと思い……。でもそれを考えるとどうしようもなく不安になってしまって…。」
よく見ると佐保の目の下にはクマが出来ている。
「眠れなかったのか?酷い顔をしているな。茶を入れてやるから支度ができたら俺の部屋まで来い。」
佐保は泣きそうな顔で頷くと静かに部屋へ戻った。
湯気の立つ湯呑みを佐保に差し出すと、薫は佐保の向かいに腰を掛けた。
「話しに行くのか。」
「………行かなくては、いけない気がするんです。」
薫は佐保の言葉に小さく頷いた。
「…あの…薫様……。」
薫と佐保は見覚えのある屋敷の前に立っていた。
「危険だと思ったらすぐに大きな声を出せ、分かったな?」
佐保は不安げな表情で頷いた。そして小さくお礼を言うと静かに屋敷の門を潜った。黒髪に、淡い桃色の花を咲かせて。
「どの面を下げて戻って来おったのだ、我が家の恥晒しよ。」
冷たい父の言葉に、佐保は震えるのを拳を握って必死に耐える。そして絞り出すように答えた。
「…す、すみませんでした………。」
「今まで何処に行っていたのだ。これは我が家の大損害であるぞ。どうなるか分かっていよう?貴様は大事な跡取りを作るのだ。散々待たせおって…。」
「…お父さ…………。っ…ち、父上!!聞いて下さいませ…!佐保は、佐保は嫌でございます…!佐保は、外の世界を見とうございます…!父上に、我が屋敷の者達に背を向けるのは心苦しく思いますが…!それでも佐保は、ここに居ては幸せにはなれないのです!!」
佐保は涙を流して必死に訴えかけた。大好きだった父に。大嫌いな、実の父に。
「…これ以上我が家の名に泥を塗るつもりか?貴様が今生きているのは誰のお陰だ?逆らうというのか?」
そう言いながら静かに手を挙げる。
「手荒な真似はしたくなかったのだが…致し方あるまい。顔だけは傷を付けるなよ。」
そう言って立ち上がった父親の背後から出て来た武士達に佐保は恐怖する。最早佐保の知っている者達ではない。ジリジリと近寄って来る武士達。
「か…!薫様!!薫様ぁっ!!!」
精一杯の力を振り絞り、通った声でそう叫ぶ。それは薫の耳にも充分届いていた。屋敷の中が騒がしくなった事に気が付き、佐保は急いで庭へ出る。そこへ、刀を手にした薫が駆け寄った。
「佐保…!大丈夫か!怪我はないか?」
薫のそんな優しい言葉に、佐保はつい笑みを零した。
「笑っている場合ではないだろう…!この状況が分かっているのか?」
その問い掛けに、佐保は笑いながら頷く。薫は小さくため息を吐くと佐保の頭に手を置く。そして佐保を庇うように一歩前に出た。
「屋敷の者達よ!この者は私が貰う!!執拗に追うことは私が許さぬ!!」
目の前の武士達に刀を向けてそう叫ぶと、佐保の手を引いて屋敷を足早に出て行くのだった。
暫く走り追っ手が来ていないことを確認すると、薫は佐保の手を離し足を止めた。苦しそうに肩で息をする佐保を横目に、薫も息を整える。
「無理やり、引っ張ってしまってすまない。大丈夫か?」
「はっ…はっ…!ふふっ…!はい…!」
微笑む佐保を不思議そうに見つめる。
「私がお願いしたことなので、無理やりだなんておっしゃらないで下さい。あの時私は言いましたよ?助けて下さいって。それに、私は嬉しかったんですよ?」
「え…?」
「私を……貰って下さるのでしょう?」
自分の言ったことを思い出し、赤面する薫。そんな薫を見て、佐保は嬉しそうに笑った。
「あ、あぁいう場で口走ったことだ…!鵜呑みにするものではない…!」
佐保に背を向け、ぶっきらぼうに言い放つ。
「……だがまぁ…お前に手出しはさせない。何があっても守ってやる。傍に居ろ。」
「ではその言葉、信じますよ…?」
佐保自身が失ったものは限りなく大きかったが、薫という居場所を得た彼女の表情は穏やかなものだった。
「恥晒しめ……見つけ次第殺せ。だが目立つな、それだけは守れ、いいな?」
屋敷では家中の武士達が集められていた。
「あの小娘も小僧も、生かしておく理由はない。我が家の恥晒しになるものは消すのだ。」
そう言い放った男はニヤリと笑った。
「さぁ!分かったのならさっさと捜せ!!そしてあの首を持ち帰って来い!!」
その合図と共に武士達は一斉に散らばって行った。