第四話 大切なもの
素振りを終えた薫は井戸の水で汗を洗い流すと、縁側に腰を掛けた。小さく息を吐くと空を仰ぐ。大きな鳥が空を飛ぶのを見て、自嘲気味に小さく笑った。
「人間も、お前達のように自由ならな…。」
人間は身勝手な生き物だ。それを今になって改めて考えさせられるとは。鍛錬不足だな、と俯く。その手にはボロボロになったお守りが握られていた。形は違えど薫も、佐保も、自由ではなかった。人間の手によって自由を奪われていた。何も楽しくなかったなと、目を瞑って過去を思い出す。
「あの、おはようございます。」
その声にハッとして直ぐに笑顔を作り、声の方を向く。
「あ、あぁ、おはよう佐保。よく眠れたか?」
傍に立つ佐保の姿を捉えると自分の頰がほころぶのを感じた。
「はいっ…!お陰様で。」
そう言い庭に出る佐保に、小さくそうか、と返す。井戸の水を汲み上げ顔を洗う姿に、薫は釘付けになっていた。その整った顔が自分に向くのも気付かない程に。
「薫様??」
声を掛けられ慌てて我に帰る薫。その拍子に手に持っていたお守りを落としてしまった。それに気が付いた佐保は静かに駆け寄ると丁寧にお守りを拾った。そして軽く砂を落とすと笑顔で薫に渡す。
「随分古い物ですね。大切な物…なのですね。」
「っ…!分かるのか?」
「えぇ、いつも肌身離さずに持っているようですし、何よりも…そんなにボロボロになるまで大切にしていますし。」
そう言う佐保を見て、薫は静かにお守りを握り締める。
「これは…俺の師匠が…恩人が残してくれた物なんだ。この刀と一緒に。」
傍に立てかけた刀を指差して言う。そんな薫に佐保は笑顔を向けた。
「そうだったんですね。大切に出来る物があること、凄く羨ましいです。」
そう言って薫の隣に腰を掛ける佐保を、首を傾げて見る。
「あ、私…誰かから貰った物とか…そういうの…無くて…。」
俯いて声を小さくして言う佐保。そんな佐保に薫は優しく声を掛ける。
「そういえばな、もう一つあるんだ。俺は…その人から薫を貰ったんだ。」
「…え??」
不思議そうな表情の佐保に、薫は穏やかな笑みを向けた。
「名前、その人から貰ったんだ。だから佐保、この佐保という名前も大切なもの、ではないか?」
「…名前…佐保……。確かに…そうですね。侍女から聞きました。この名前は最期まで私を愛してくれたお母様が、私に付けてくれた名前だと…。」
「ならいいじゃないか、大切にしなくてはいけないものだぞ。……そうだな、いつか俺も、佐保に何かやろう。」
そんな言葉に佐保は一瞬驚き、満面の笑みを浮かべた。
「では、その時を楽しみにしていますね!!」
今回も短いですごめんなさい!!!