第二話 差し出された光
「さぁお前達、今日やる事は分かっているな?」
屋敷の大きな部屋に集められた十数人の子供。その1人が薫だった。 もっとも、この頃は「薫」という名は持っていなかったが。生まれてすぐ母親を亡くした薫は拾われてここに来た。拾われたと言っても世話をしてしっかりと育ててくれた、という訳ではなかった。満足な食事や睡眠時間は与えられず、一日中道具のように使われた。薫にとってそれは物心つく前から変わらず行われていたことで、周りの子供のように泣き喚いたり反抗したりすることはなかった。その為当主からは誰よりも信頼され、良いように利用され続けていた。
「今回もしっかり役目を果たして来るのだ。ちゃあんとあいつらに見せてやるのだ、どうすればここで私の側に置いてもらえるかを、な。頼んだぞ。」
温もりのない冷たい当主の命令に小さく頷くと、薫は素早く周りの子供達を引き連れ屋敷を出て行った。やらされることは大抵同じ。当主にとって邪魔になる人間を暗殺すること。簡単な事だった。いつもの手順で死角から忍び寄り、いつもの手順で首に針を刺す。気が付いた時にはもう声も出ない。薫にとって難しいことなど何一つなかった。
「…痛っ…!」
目的地へ向かう途中、連れていた子供が一人転んでその場に倒れ込んでしまった。その様子に、周りの子供達も足を止め声をかける。そんな中、薫は静かにその子供の元へ向かった。薫を見るなり、子供は擦りむいた膝を押さえながら後ずさる。そして涙を流して叫んだ。
「そ!それだけは!それだけは嫌だ!やだ!やだっ!!」
ゴロ、という鈍い音と共に、辺りが赤く染まる。それを見ていた周囲の子供達が息を呑んだ。
「何してるの。行くよみんな。荷物は最小限だって言われてるでしょ。」
そう冷たく言い放った。薫にとって殺す、という行為に戸惑いはなかった。邪魔者は消す、そう教えられてきたから。そしてまた走り出した。
山道を一人で歩く男。この男を静かに殺せばいい。崖から忍び寄り、男の背後に回る。いつものように、そう、いつものように首に刺せばー…。
「…っ!?」
「っと…こいつは驚いた。まっさか…こんな小童とはなぁ。」
訳が分からなかった。いつも通りに動いた筈なのにこんなことがあって良いのか。薫は思い切りその男に吹き飛ばされていたのだ。周りの子供達も皆、その状況に混乱した。いつも一瞬で殺しをしてしまうあの少年が失敗をした。彼らにとってそれだけで恐ろしくて仕方なかった。
「何処の小童だ?吐け。」
吹き飛ばされた薫の前にしゃがみ込み、そう笑顔で言う男からはハッキリと殺気が感じ取れた。薫は恐怖で体が強張るのを感じていた。しかし仕事を完遂出来なかったと泣いて戻ることは許されない。今の薫の存在意義は、誰かに必要とされることだった。愛情など無くていい、道具として扱われてもいい。それが自分が存在している意味になるなら、それで良かった。必要とされなくなること、自分が自分として生きられなくなること程、怖いものはなかったのだ。
「っっ!!」
薫は唇を噛みながら、懐に隠し持っていた短刀を抜いて斬りかかる。しかし男はそれをいとも簡単にかわすと薫の足を引っ掛けた。
「それじゃあ俺は斬れねぇなぁ?」
「くっ…!」
もう一度男に向き直る。男は小さく深呼吸をした。
「才能あるのにそりゃあ勿体ねぇ。それじゃあいつまで経っても人っ子一人も斬れやしねぇぜ?」
そう言うと男は腰に差してあった刀を抜く。流れるようなその動作に薫は見惚れた。見惚れてしまったのだ。闇に溶けていきそうな男の黒髪が静かに揺れる。
一瞬。ほんの一瞬だった。刀は空を裂き、薫の頰からは血が流れた。男の目は刀の様に鋭く光っていた。先程までの笑みは消えている。
「刀っつうのはな、こうやって使うんだよ。」
その目が静かに閉じられるのと同時に、刀が鞘にしまわれる。それと共に恐ろしいまでの殺気も消えた。
「お前、いい目してんな、俺んとこ来いよ。」
座り込む薫の目の前にしゃがみ込み、男は満面の笑みを浮かべた。
「俺が生きてるって事、教えてやるよ。」
そう言って差し出された手を薫は払うことが出来ないでいた。何故この男はこんなにも眩しい笑顔が出来るのだろうか。自分もこの男の様に笑う事が出来るのだろうか。そう思うと、今の自分が惨めで仕方なく思えた。そして薫は自然と、導かれる様にしてその男の手を取っていた。
これが、薫が初めて光を知った日だった。
遅くなりました!今回は短めです( ̄▽ ̄;)薫の過去パート1です。まだまだ続きますのでお付き合い下さい〜