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君と僕を繋ぐ花  作者: 笑夢
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第一話 仄かに薫る春の名

今回は恋愛ストーリーです!前作BR∃AK∃Rとは世界観もストーリー性も全く違ったものになってます!恋愛ストーリーが好きな方は是非♪

 ある晴れた昼下がり、荷運びを終えた男が都へ帰っている時のことだった。山の麓の行商人がよく使う砂利道、そこで娘と出会った。転んで足を捻ったらしく、座り込んで足首を押さえている。見過ごすのもきまりが悪く、男はその娘に声をかけた。それが全ての始まりだったことを、2人はまだ知る由もなかった。


「大丈夫か。」


 男が短くそう言うと、娘は泣きそうな顔で男を見た。


「す、すみません…!!」


 娘はか細い声でそう言うと、ハッとした様に顔を背けた。


「…娘、こんな所で何をしている。立てないのか?」


 男の言葉に、娘は小さく一度だけ頷いた。男は小さく息を吐くと娘の前にしゃがみ込んだ。


「ほら、早く乗れ。」


 首を振る娘に早く、と言い放つ。そんな男の言葉を聞くと、娘は恐る恐る男の背に乗った。


「何処までだ、案内しろ。」


 立ち上がった男は娘を見ずにそう言い放つ。娘は少しして口を開いた。しかしその口から出た言葉は、すみません、その一言だった。そんな娘の言葉に、男はまたため息をついた。


「俺が言った言葉、分かるか?案内しろ。」


 娘は男のその言葉を聞くと都を指差した。男はそれを確認すると歩き出した。


「…痛むか?」


 短く言ったその言葉に、娘は首を横に振った。男はおぶっている娘を見ずに続けて言う。


「何故こんな所に?見るからにあのような道を使う人間とは思えないが。…歩き慣れない道を歩くからそうなるんだ。」


 するとまた一言、すみませんという言葉だけが帰って来た。人と話す事が得意ではない男は困っていた。


「……すまない…。謝らせたい訳ではないんだ。それに…謝られるのは好きじゃない。」


 先程よりも優しい男の口調に、娘は小さく頷いた。

 あれからどの位歩いただろうか、漸く娘の家だと思われる所に着いた。都の一角の大きな屋敷。男もここに来るのは初めてだった。貴族でも屋敷の武士でもない限り、ここに近づく理由はなかったからだ。気が付けば、娘の細い手が震えている。それに気が付いた男は静かに言う。


「……怖いのか?」


 小さく頷く娘を感じると、男は屋敷の門を潜ることが出来なくなった。仕方なく来た道を引き返し、世話になっている宿屋へと足を動かした。いつの間にか娘の震えは止まっていた。


「ここが、俺が世話になっている宿だ。まずはその足をどうにかしよう。」


 男はそう言うと慣れた手つきで戸を開ける。


「梢さん、今帰った。布を頂きたいのだが。」


 玄関先でそう言うと、少しして恰幅の良い女性が顔を覗かせた。


「あらあらお帰りなさい。その娘さんは?」


 玄関へ上がりながら男はチラリと背中の娘を見る。


「話は後で。先に手当てを。」


 梢さん、と呼ばれた女性は男の言葉に頷くと、縁側へ、と一言言い残しパタパタと駆けて行った。男は縁側に娘を座らせると庭の井戸へ向かい、水を汲み上げる。そして桶の水を零さないよう慎重に娘元へ戻る。そして梢から貰った布に水を浸み込ませ、痛めた足首に当てる。


「…痛むか?冷やして安静にしておくといい。」


 男の言葉に、娘はまたすみませんと謝る。その様子を見て、男は不器用に笑うと娘の頭に手を置いた。


「…話はまた次の機会、ゆっくりと聞かせてもらう。今は何も考えなくて良い。」


 その言葉を言い終える前に、娘は涙を流した。突然泣き出した娘に驚いた男は、娘が落ち着くまで黙って傍に居ることしか出来なかった。整った顔立ち、綺麗な長い黒髪、きめ細やかで手入れの行き届いた肌や指先、上品な着物、透き通った声、そして大きな屋敷。一般庶民でないこと位、男には分かっていた。そんな娘が自分の屋敷を抜け出すのには、何か大きな理由があるのだろう。男は1人、そんな事を考えていた。


 娘が宿へ来て5日。足は大分良くなったらしい。それでもまだ歩くのは大変そうだった。しかし、いつも悲しそうな表情をしていた娘は少しずつ笑顔を見せるようになっていた。そんな時だった。漸く気持ちが落ち着いたのか、娘は部屋に居た男の元へ顔を出した。


「あ、あの、改めて、助けて頂き、有難う御座います。そこで…あの…何とお呼びすれば……?」


 襖を開けて、流れるような動作で静かに男の前へ正座をする娘。男は目の前の娘を見ると小さく言った。


「…薫だ。」

「…薫様……本当に、有難う御座います。私は、佐保と言います。」

「……佐保…春を司る女神の名、か。良い名だな。」


 薫がそう静かに言うと、佐保は照れ臭そうに笑った。


「ですが、私には相応しくない名です。」

「…何故そう言える?」

「…役目を果たすことも出来ない者、ですから。」


 そう小さく答えた佐保の声は薫には届いていなかったようで、薫は軽く首を傾げた。


「薫様は、武士、なのですか?」


 話題を変えるように佐保は言う。こんな娘に残酷な話はしたくなかった。そんな佐保に薫は言葉を濁す。佐保は不思議そうに薫が持っている刀を眺めた。そんな時、春の暖かな風が部屋へ流れ込む。そこに、一枚の花びらが舞い落ちた。それを拾い上げると、佐保は静かに庭の木に目をやった。


「…あの花、あの淡い桃色の花、とても綺麗ですよね。私、あの花が好きなんです。よく屋敷の部屋から見ていました。」


 笑みを浮かべる佐保に、薫は頰を緩ませる。


「…そうだな。毎年この庭の木は見事な花を咲かせるんだ。」


 2人は部屋の縁側に座ると庭の木を眺めながらそんな言葉を交わした。


「…さて、今日で5日になるが…まだ話してはくれないか?」


 佐保はこの話になると口ごもり俯く。これで4度目の仕草だった。


「…もう、お分かりですよね。」


 振り絞ったその声は微かに震えている。それに気が付いた薫が静かに佐保を見る。組んだ手が小さく震えていた。


「…屋敷を、抜け出したんです。私、外の世界が知りたくて、色々な物が見たくて。足枷を付けられるのが嫌で、屋敷の者の制止も聞かず……逃げ出したんです。」


 佐保の言葉に薫は眉をひそめた。


「…足枷?」

「はい…。父上は私を一生屋敷に縛り付けるつもりだったんです。私を家の跡取りを作る為の道具として、利用しようとしていたんです。」


 佐保は小さく、それでいてハッキリと言った。薫は静かに話を聞いていた。


「でも……いけませんね、こんなこと。覚悟も出来ず、怖くて今もこうやって震えてしまうんです。それに、家を捨てるなんてあってはならないこと…。」


 薫は黙って佐保を抱きしめた。


「話してくれて、有難う。」


 佐保は薫の腕の中で小さく、何度も頷くだけだった。道具…その言葉は薫の心にも深く残っていた。目を閉じた薫の瞼の奥には、幼い頃の自分が写っていた。暗殺の道具として、愛情を注がれる事なく育てられた薫。そんな薫が愛情を知ったのは15歳の頃だった。彼を引き取ることになった人、薫の剣の師匠でもある人物、その人物のおかげで彼は今ここにいるのだ。しかしその恩師も数年前に薫前から姿を消し、彼は2度、自分の居場所を失った。それからというもの、薫は必死に生き、今の世の生き方を学んだ。そして、この宿屋の女将、梢に拾われたのだった。自分の居場所を捨てることの怖さや重みを知る薫は、佐保のことが堪らなく心配だった。

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