勇者を目指す男2
ルーカス村に着くと、そこは盗賊共の狩り場と化していた。
家屋には火がかけられ、逃げ惑う村人達を盗賊共が襲い掛かっていく。
「た、助けてくれ———!」
老人が助けを求め、それを盗賊がニヤケ面で追いまわしている。
「ヒャハハハッ、逃げろ逃げろ! 早くしねぇと死んじまうぞ~」
まるで遊んでいるかのようだ。
俺は怒りで視界が真っ赤になっていた。いや、これは俺の視界ではない。アレスの視界だ。
(え?)
次の瞬間、老人を追まわしていた盗賊は血飛沫を上げ倒れ込んだ。
―――今、何が起きたんだ?
気付いたら盗賊の顔が間近に迫り、血飛沫が飛んでいた。何が何やらわからない。
俺は動揺しつつも、状況を確認しようと視界をよく観察してみた。すると、アレスの手に剣が握られていた。そしてその剣から血が滴っていた。
アレスが斬ったのか? いつの間に?
俺が今の状況の整理をしている間、アレスは老人に駆け寄っていた。
「大丈夫っスか?」
「ええ、ありがとうございます。あなた様は?」
「僕の名はアレス。ただのアレスだ。勇……」
(おい! そんな場合じゃないだろ!)
「ハッ!? そうだったっス! とにかく、どこか安全なところに避難するっス!」
「は、はい! アレス様もお気をつけて」
老人は村で一番頑丈そうな教会へと避難していく。
アレスはそれを見届け、次なる助けを求める声の下へ向かう。逃げ遅れた者、襲われている者たちを助けながら奥へと進んで行く。
はじめは何が起こったのかわからなかったが、目が慣れて来てようやくわかった。どうやらアレスは、俺の想像を超える強さを持っていたようだ。だから、アレスの動きに俺の視覚がついていけなかったのだ。
「イヤァァァ―――!」
「やめろ―――! ぐわっ!?」
「お父さん! お父さん!」
「子供には手を出さないでくれ!」
広場に出ると、若い女性に襲い掛かる者共、それを助けようとする男性を斬り付ける者、子供を庇う父親を踏みつける者、無法者たちが我が物顔で暴れ回っている。
今朝までは人々が平和に暮らす静かなの村だったはずだ。それが今では、見る影もない。
これではまるで、アレスの過去を人間である盗賊が再現しているかのようだった。
視界が再び赤く染まる。
「やめろぉ—————————っス!」
アレスの声が届いたのか、盗賊共の動きが止まり、視線がこちらに集まる。
邪魔をされ怒りの視線を向ける者、剣を振り上げて止まる者、新たなターゲットを見つけ喜ぶ者と、まったく統一感がない。
「なんだ、てめ……」
盗賊の一人、若い女性に襲い掛かっていた盗賊が、邪魔をされた苛立ちをぶつけようとしてきたが、それを言い終える前にその盗賊は血を噴き出し倒れていた。
アレスが一瞬で間合いを詰め、斬り付けたのだ。
「な、何しやがっ……」
それを目の当たりにした盗賊が何か言おうとしたが、それも言い切ることは出来なかった。盗賊は、口の中に剣の切っ先を突っ込まれ動けなくなった。
アレスは剣を突きつけ盗賊を見据え言い放つ。
「死にたくなければ動くなっス」
口に剣を突っ込まれた盗賊は黙って頷いていた。
しかし、他の盗賊共はそう簡単にはいかない。自分に危険がない以上言うことを聞くつもりはないようだ。盗賊共はアレスを囲むように位置取ると、一斉に攻撃を仕掛けようとにじり寄って来る。
アレスは、その隙に声を掛ける。
「今のうちっス! 自分がこいつらを押さえてる間に逃げるっス!」
村人たちは「ありがとうございます」と何度も礼を言い逃げていく。
父親は子供を抱え、女性は乱れた服を押さえ、助けに入った男性に肩を貸し逃げていく。
盗賊共はその後を追うのかと思いきや、そうはしなかった。後を追って後ろからアレスに斬られる事を懸念したのだろう。全員でアレスを殺ってから、村人たちを追うつもりなのだろう。
意外と用心深いヤツらだ。
しかし、アレスは囲まれていることを意にも介さず、盗賊共を睨みつけていた。
「俺たちの邪魔しやがって、ただで済むと思うなよ!」
盗賊共は数が有利と見るや、ニヤケ面でアレスに迫って来る。
「ただで済むと思うなっスか? それはこちらのセリフっス。ここの村人たちが何をしたと言うんスか? ただ平和に暮らしてただけっス。それを、お前たちは勝手な都合で踏みにじったっス! お前たちこそ、ただで済むと思うなっス!」
アレスをそう声を上げると、その視界をさらに赤くする。
そして、剣を横薙ぎに振り抜いた。
ザシュッ
「はががが……」
口に剣を突っ込まれていた盗賊の左頬が斬り裂かれた。
それを見ていた、他の盗賊共は怒りを宿した瞳で襲い掛かってきた。
アレスは、視線を泳がせ、全員の位置を確認すると、一番先に斬り掛かってきた盗賊へ剣を振り下ろした。
血飛沫が舞うと、腕を斬り落とされた盗賊は絶叫を上げた。
そして、その盗賊を蹴り飛ばすと、次の盗賊へと振り返る。背後から振り下ろされる剣を受け流すと、剣をクルッと回し、その勢いのままその盗賊を斬り付けた。
鮮血を上げて倒れ込む盗賊の腕を掴むと、次に襲い掛かってきた盗賊へと放り投げる。
そして、その反動を利用し、背後の盗賊へ一気に踏み込み、剣を突き刺した。
剣を抜くと、体を回転させ、一周ぐるっと剣を横薙ぎに振り抜き、盗賊共の攻勢を止めた。
ようやく止まってくれたが、この一連の動作をほんの一瞬で行っていた為、俺の目はついて行けず、目を回しそうになっていた。聞こえてくるのは盗賊共の苦悶の声とうめき声。まったくもって耳障りだ。
アレスのヤツ、どういうわけか、先程よりも速く、強くなっている気がする。
動きが止まりホッとしたのも束の間、アレスは再び怒りのままに盗賊共へ向け動き出した。
俺は目を回さないように視線を逸らすと、開きっぱなしのウインドウに目が止まった。
ウインドウを見ていれば目は回さないだろう。
そう思い、ウインドウに意識を向けたとき、それに気づいた。
ウインドウのスキルの項目に点滅しているモノがあった。
【正義漢】
このスキルが赤く点滅していた。スキルのレベルが上がるのかと思ったが、このスキルには元々レベルは表示されていない。この点滅はレベルアップではなく、スキルが発動していると言うことだろうか?
しかし、効果がわからない。俺の適当な推測の正義の力でも発現しているのだろうか? 確かに今のアレスは勢いに乗っている感じだが……。
ん? よく見ると、他のスキルにも変化があった。
【腕力強化Lv4】
【脚力強化Lv5】
【物理耐性強化Lv5】
【魔法耐性強化Lv3】
身体強化系のスキルの表示が赤く光り、レベルが1づつ上がっている。
この【正義漢】というスキル、そういう効果なのか。つまり、非道な行為、人道に反した行為を目の当たりにしたとき、怒りが引き金となり発動する。そして、身体強化系のスキルレベルを上げる効果があるのだろう。
村に入ってはじめに盗賊を倒した時に強いと思ったが、このスキルが発動していたのだろう。それなら納得できる。
俺がスキルについて考えていると、アレスの戦いは終わっていた。
地面には血まみれで唸っている盗賊共が横たわっている。まだ生きているようだ。
若干やり過ぎの感はあるが、どんなに憎い相手でも人は殺さないのか。
こいつ、本当に勇者になれる器なのかもしれない。
そんな事を考えていると、突如嘔吐感に襲われた。
(うっ……)
「(ど、どうしたっスか?)」
(き、気持ち悪い……吐きそ、うっ)
決して血生臭い物を見て気持ち悪くなったわけではない。いわゆる乗り物酔いと言うやつだ。
あれだけ目まぐるしく動いている中で、ウィンドウのスキルを見ていたのがまずかったようだ。自分の意思に関係なく視界が動き回ることが、これ程気持ちの悪いことだとは思わなかった。
(は、吐いていい?)
「(だ、ダメっスよ! 自分の中で吐かないでほしいっス!)」
(だ、大丈夫、実際に吐くわけじゃないから、気分だけ、うっ!?)
「(いやっス! いくら気分だけでも自分の中を穢してほしくないっス!)」
(も、もう無理、ゴメン……ゲロロロロ……)
「(ウギャァァァァ……っス)」
俺はアレスの中で盛大に吐きだした。
でも先にも言ったように、実際に吐いたわけじゃないから、綺麗なものだ。一つ懸念事項はあるが、それは後で考えよう。あまり考えたくはないが……。
(はぁ、スッキリした。ん? アレス? どうした?)
「(ヒック、ヒック、うぅ……自分穢されたっス。もうお婿に行けないっス)」
なんてこと言うんだこの男は!? それではまるで、俺がアレスに乱暴したみたいじゃないか! 気持ちの悪い事言うな! また吐きたくなるだろう。
(そんな事より! まだ盗賊がいるかもしれないだろ? こんなことしてる暇はないぞ!)
「(そうだったっス! 妖精様への抗議は後でじっくりするっス!)」
(お、おう。そうしてくれ)
若干納得は出来ないが、それで気が済むのなら俺はあえてそれを受け入れよう。俺は心の広い妖精さ。
アレスの抗議を甘んじて受ける覚悟をしていると、アレスは、他に逃げ遅れた者、襲われている者がいないか捜しに行こうとする。
しかし、少し遅かったようだ。
「そこまでだ、小僧!」
「っ!?」
振り返ると、そこには避難したはずの村人たちがひとかたまりに集められていた。
そして、盗賊共が彼らを囲むように立ち、剣を突きつけている。
どうやら先を越されたようだ。
「アレス様! すみません、折角助けていただいたのにこんな、ひっ!?」
最初に助けた老人が申し訳なさそうに告げると、それを黙らせるように盗賊の男が剣を突きつけた。
これはマズイんじゃないか?
こちらはアレス一人、村人を人質に取られては、もはや手が出せない。それどころかアレスの命も危ない。
獣の毛皮で作ったような鎧を身に纏った、ガタイのいい盗賊の頭風の男が、村人達に剣を向け、アレスに脅しをかけてくる。
「わかっていると思うが、妙なマネをすればこいつらの命はねぇ。さっさと武器を捨てろ!」
「くっ!?」
アレスが盗賊共を睨みつけると、盗賊頭は突き付けた剣を村人の頬に付ける。
アレスが仕方なく武器を捨てると、盗賊共はニヤニヤしながらアレスを囲むように近寄って来る。仲間の恨みを晴らす、というわけではないのだろう。ただ、無抵抗の者を痛めつけるのに悦楽を感じているだけの、ただのクズ共なのだろう。
アレスは盗賊共を睨みつける。
「やれ!」
盗賊頭の合図を受け、盗賊共は我先にと、アレスに襲い掛かって来る。
アレスは殴られ、蹴り飛ばされ、踏みつけられていく。
村人たちからは悲痛な声が漏れている。
(アレス!)
「(大丈夫っス。自分、この程度でやられるほどヤワな修行はしてないっス。何とか隙を突いて全員倒して、皆を助けるっス)」
(お前……)
アレスは強がりを言っているわけではないようだ。殴られる瞬間、蹴られる瞬間、その瞬間瞬間に体をずらし、衝撃を逃がしているようだ。これならばそう易々とやられはしないだろう。そして、こんな状況でもまだ諦めず村人たちを救うことを考えている。こいつはいずれ世界を救うかもしれない。こんなところで死なせていい男ではない。
しかし、今の俺にはどうすることもできない。何とか力になりたいが、アレスの中にいる以上、見ていることしかできない。
俺は自分の力のなさをはがゆく感じていた。
「ぐふっ!?」
(アレス!)
アレスが蹴り飛ばされ地面を転がる。
そして、地面に手を着きヨロヨロと立ち上がろうとする。
いくら衝撃を逃がそうとも、殴られ蹴られ続ければダメージは蓄積されて行く。
俺の声は聞こえているはずなのだが、アレスは反応を示さない。
視界は赤く染まり、【正義漢】のスキルは点滅し続けている。アレスはまだ諦めていない。俺の声が聞こえなくなるほどに集中し、奴らの隙を窺っているのだろう。何か切っ掛けさえあれば、アレスならこの難局を乗り越えられるはずだ。切っ掛けさえあれば……。
「もういい、殺せ」
盗賊頭の非情な言葉が投げかけられると、盗賊の一人がアレスの剣を拾い上げアレスの前に立つ。
盗賊は舌なめずりをし、剣を振り上げる。
俺は何か切っ掛けとなるものはないかと視線を走らせると、俺とシンクロするかのようにアレスも視線を走らせていた。
そして、アレスの目、俺の目は、一点を見つめ動きを止める。
「ぐわっ!?」
それは突然起こった。俺達の視線が見つめていた者。それが盗賊頭を殴り飛ばしていた。そして、追い打ちを掛けるように蹴り飛ばした。
いきなりの出来事に、盗賊共は何が起こったのかわからず、その男と、盗賊頭を交互に見ていた。
その男は褐色の肌、茶系の短髪に無精髭を生やし、武骨そうな大柄な体躯の男だった。男は短い髪を掻き上げ、こちらをチラリと見るとニカッと笑った。
アレスは頷き返すとすぐさま行動を起こす。
目の前の盗賊の剣を握る手を掴み、その肘を手刀で打ち据える。盗賊の肘はカクンと曲がり、剣を持った手をそのまま押し込むと、盗賊の耳を斬り落とした。
盗賊は耳を押さえ絶叫を上げる。
アレスは、耳を押さえる盗賊から剣を奪い返すと、その盗賊を斬り伏せる。
そして、再びアレスは盗賊共を駆逐しはじめる。
また目まぐるしく視界がグルグル回りはじめたため、俺は気持ちの悪さが再発させた。
(うっ)
「(もう少しで片付くっスから、我慢してくださいっス)」
(お、俺のことは気にしなくていいから、うっ、村人を助け……うぅ)
「(了解っス!)」
アレスはギアを上げるかのように、動きを加速させていく。
まだ早くなるのかよ、見てられん。
俺は吐き気を堪えながら、グルグル回る視界の端に、先程盗賊頭を殴り飛ばした男を捉えた。
その男は、その大柄な体躯に見合った大きな剣を振るっている。その剣の特性上粗削りな戦い方をすると思ったが、意外と繊細な動きをしていた。しっかり相手の動きを読み攻撃を受け流していた。
しかし、斬る際には、その体躯その大剣を大いに生かし豪快に斬り伏せている。まるでその一撃を確実に打ち込みたいがため、防御を繊細にしているかのようだ。面白い戦い方をする男だ。
男はアレスの動きに合わせるように立ち回り、アレスと共に盗賊共を蹴散らして行く。
アレスが辺りを駆けめぐり、盗賊を斬り付けながら翻弄していく。そのアレスを追い混乱する盗賊を男が斬り付け片付けていく。
二人は長年コンビを組んできた相棒のような動きを見せていた。
アレスの動きについて来られるこの男、その戦いぶりからもわかるようにかなりの使い手のようだ。
そして、アレスの動きにまったくついて行けない俺は、てんで役立たずのようだ……オエェェェェ……。
堪えきれず吐いてしまったが、アレスは戦いに集中しているようで気付いていない。
戦況が劣勢だと判断したのか、盗賊頭は声を上げる。
「テメェら! たかが二人に何手こずってやがる! クソッ! こうなったら!」
盗賊頭はそう言うと、近くにいた手下に駆け寄り、
プスッ
首元に何かを突き刺した。
「か、頭? 何を?」
「いいからお前は俺が引き上げる間あいつらの足止めをしとけ!」
盗賊頭が離れると、手下の様子がおかしくなる。
「う、うぅぅっ、ぐあぁぁぁぁぁっ!?」
手下は絶叫を上げると、首を掻きむしり泡を吹いて苦しみ出した。
「チッ! なんだこりゃ、欠陥品かよ。変なもん寄越しやがって。引き上げだ! テメェら、覚えてやがれ!」
盗賊頭は手下を置き去りにし、逃げていく。
それを見た盗賊共は、動けない仲間は見捨て散り散りになり逃げて行った。
「逃がさないっス!」
「待て!」
アレスは後を追おうとしたが、男に止められた。
「なんで止めるっスか!」
男は置き去りにされた盗賊手下を凝視していた。
盗賊手下は、俯いたまま体をピクピクと痙攣させている。しかし、それでも倒れることなく立ち尽くしていた。
「こいつ、どうしたんスか?」
アレスの声に反応するように、盗賊手下が顔を上げる。
その顔は先ほどまでとは違い、目は白目を剥き、血管は太く浮き出て激流のように血液を流し脈打っている。口は獰猛に開かれ、涎がだらしなく垂れている。まるで獣のようだ。
「な、なんスか? こいつ!?」
「わからない。だが油断するな!」
男がそういうのと同時に、変貌した盗賊手下が、雄叫びを上げ襲い掛かって来た。
「うがぁぁぁぁぁぁっ!」
「クッ!?」
アレスはそれを剣で受けとめたが、明らかに先程までとは違う腕力に押し負け、吹き飛ばされてしまった。
「うわぁぁぁぁっ!?」
「兄ちゃん!? おぉぉぉぉぉっ!」
吹き飛ぶアレスに追い打ちを掛けようとする盗賊手下に、男が割り込みその勢いを止める。
ドズンッ
「グッ!?」
盗賊手下は素手だというのに、男の大剣相手にひるむことなくその手を振り下ろしていた。腕を斬り落とされるかもしれないという恐怖心が欠如しているようだ。
盗賊手下は、大剣の上から男へ次々と攻撃を加えていく。
「クッ!? なんて、力だ。……チッ」
男は次第に押されはじめる。
男はチラリとアレスへ視線を向けると声を上げた。
「兄ちゃん! オイがこいつの攻撃を無力化する! とどめを!」
「わかったっス!」
アレスが男の提案に了承すると、男は後方に飛び退き、地面を蹴ると一気に間合いを詰める。
「おぉぉぉぉぉっ!」
キンッ
男の気勢が聞こえたのと同時に、盗賊手下の両腕が斬り落とされた。
男がすり抜けると、入れ替わるようにアレスが飛び込み、
「これで終わりっス!」
ザシュッ
盗賊手下の胴を横薙ぎに斬り抜けた。
盗賊手下は、両肩と腹から鮮血を噴き出し、その場に崩れ落ちた。
ピクピクと痙攣する盗賊手下を見下ろし、アレスが呟く。
「なんだったんスか? こいつは……」
「……」
確かにこいつの変貌ぶりは以上だった。盗賊頭が何かしていたようだが、それが原因だろうか。
それに、さっきのこの男の動き……何をしたんだ? 両腕を斬り落としていたが、まったく見えなかったな。目にも止まらぬ斬撃ってことだろうか。
すごいな。敵じゃなくて本当によかったな。
アレスは剣を鞘に納めると、臨戦態勢を解く。視界はいつの間にか正常な色に戻り、スキルの点滅も消え、上がっていたスキルレベルも元に戻っていた。
「盗賊達には逃げられたっスね」
「その心配はない。こいつらに聞けばいい」
男はそう言うと、倒れ伏した盗賊共へクイッと親指を指した。
さっきの変貌した盗賊は無理だが、他の盗賊共から呻き声が聞こえる。こいつらからアジトの場所を聞き出そうということだろう。
「そうっスね」
アレスは一呼吸し気持ちを切り替えると、男に礼を述べた。
「さっきは助かったっス。ありがとうっス」
「いやいや、助かったと言うならこっちの方だ。兄ちゃんが奴らを引き付けてくれてたおかげで、オイも動き易くなったんだ。だからお相子あいこってことでどうだ?」
「そうっスか? じゃあ、それでお願いするっス」
「おう、ガハハハハッ」
とりあえずお相子ということで話はまとまったようだ。男は何が楽しいのか豪快に笑っている。
「おう、そうだ! オイの名はカイン。兄ちゃんつえぇな、名はなんて言うんだ?」
「僕の名はアレス。ただの……」
アレスはまたいつものセリフを言おうとしている。しかし、そんなにのんびりしていては盗賊共に逃げ切られてしまう。ここは俺が止めてやらなければ。
(おい……)
「っと、こんなことしてる暇はなかったっス! 盗賊のアジトを聞き出さないとっス!」
「オイも手伝うぜ」
「ありがとうっス」
(……)
俺が止める前に、アレスは自ら気付きセリフを中断した。やればできるじゃないか。
アレスとカインは盗賊共の下へ向かう。
盗賊共はすでに縛り上げられていた。村の男たちが総出で動けなくなった盗賊共を捕らえているようだ。
なんでも、王都から来ることになっている討伐隊に引き渡すそうだ。
盗賊被害は以前からあったようで、王都に討伐隊の要請をしていたようだ。
おそらく、それが盗賊共に知られ、到着前にすべてを奪おうと襲ってきたのだろう。
アレスとカインが盗賊共から情報を聞き出そうとしていると、助けた老人が近づき頭を下げて来た。
「お二人とも、助けていただきありがとうございました」
「当然の事をしたまでっス」
「おう、俺は楽しい戦いができて満足だったぜ!」
どうやらカインは楽しい戦いができて満足し、それで豪快に笑っていたようだ。
「先ほど聞こえてしまったのですが、お二人はこの後、盗賊のアジトへ向かわれるのですか?」
「自分はそのつもりっス。あいつらを放っておくことは出来ないっスから」
「オイも一緒にいくぜ。また楽しい戦いができそうだからな」
老人はアレスとカインを交互の見ると、意を決したように告げる。
「……お二人にお願いがあるのですが、盗賊共に連れ去られた村の娘たちを助け出していただけないでしょうか」
村人全員を助けられたわけではなかったようだ。俺たちが到着する前に連れ去られていたのだろう。
人助けを目的に旅をしているアレスは、当然放っておくようなことはしないだろう。
カインがアレスの顔を覗き込み訊ねてくる。
「もちろん助け出すよな?」
「もちろんっス! 当然っス! 待っててくれっス、必ず助け出してくるっス!」
「おお、ありがとうございます。お礼は必ず致しますので」
「お礼なんていいっス!」
「そうだな、オイは楽しい戦いができればそれで……あ、宿で一泊させてもらえればそれでいいぜ」
「カインさん現実的っスね」
「兄ちゃんもそうさせてもらえよ」
このカインとか言うヤツ、なかなかわかってるな。自分の要望を言っているようでその実、両者の意見をしっかり聞いている。
お礼をしたい老人と、お礼を受け取る気のないアレス。両者の間を取り、無理もなく、実用的なものを選んでいる。一泊の宿ならばそれほど高価なものではない。アレスも今晩宿に泊まることになる為、その厚意を受け取ることに抵抗はないだろう。
「ん~そうっスね。お願いできるっスか?」
「もちろんです」
「じゃあ、交渉成立ってことで情報を聞き出すか」
「そうっスね」
アレスとカインは今度こそ情報を聞き出そうと盗賊へと近づいて行く。カインの顔がヤバい気がするが、手荒なことをしないだろうか。まあ、盗賊共の自業自得だから別にいいんだが。
それにしても、なんだろうこの疎外感。俺、もう忘れられてるよな。なんだか悲しくなってきた。
『———ラミ……』
(ん?)
今、何か声が聞こえたような? この中の誰かだろうか?
アレスとカインは盗賊に尋問してるし、老人はもうここにはいない。他の村人は盗賊を捕え集めている。ていうか、俺に話掛けられるのはアレスだけだ。
(なあ……)
情報を聞き出したのか、アレスはカインと救出の計画を練っているようで、俺の声は聞こえていないようだ。完全に忘れられている。あれだけ役立たずだったのだから、仕方がないけれど……やはり悲しい。頼りないと思っていたアレスは立派に勇者を目指して人助けをしている。俺の助けなどはじめからいらなかったのだ。
そう思うと「俺が何とかしてやらないと」、なんて言っていた自分が恥ずかしくなってくる。今の俺は何もできないのに……。
ハァ、とにかくさっきの声はアレスのモノではないと言うことだ。
気のせいか?
『だい……アス……』
(……?)
やはり聞こえる。一体誰だ?
俺は正体不明の声に意識を集中する。
『だいじょ……ミアス!』
俺を呼んでる、のか? だんだんと声がハッキリとしてくる。
『大丈夫か! ラミアス! 目を覚ませ!』
◇◇◇
「へっ!?」
ガバッ
俺は体を起こすと、自分がどこにいるのかを確かめるようにキョロキョロと視線を泳がす。
白い壁、整然と並べられた多くの机と椅子、正面には大きな黒板。どうやら教室のようだ。ていうか、ここで居眠りしていたんだった。
……ん? なんだか変な臭いがする。
クンクン、俺は鼻を鳴らし臭いを嗅ぐ。
なんだ? この腹の中の物が沸騰しそうな、酸っぱいような嫌な臭いは。
異臭に顔を歪めていると、心配そうな声を掛けられた。
「よかった、目が覚めたんだな」
「ん?」
声のした方を見ると、そこにはウリエル先生がいた。
しかし、今回は「ゲッ」とは言わない。今日それを指摘されたところだからだ。
……今日、だよな? 昨日じゃないよな?
なるほど、先程の声はウリエル先生のものだったようだ。俺を起こして現実に引き戻してくれたのようだ。
先生は随分と心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
なんだ? 俺が一体何をした? いや、休校中の教室で居眠りしてたけど、それが罪になるのだろうか? いや、ならない。部外者ならば罪になるだろうが、俺は関係者だ。今のところは。
「教室で吐いて倒れているからびっくりしたよ」
「吐いて?」
俺は復唱し、何の事かと首を傾げていると、机の上と床に汚物が撒き散らされていることに気付いた。異臭の正体は俺の嘔吐物だったようだ。
ハァ、やっぱりか……夢の中であれだけ気持ち悪かったのだ、夢の中で吐いても嘔吐物は出ないが、現実世界の方で吐き出していたようだ。
俺の懸念は当たっていた。当たらなくていいのに……。
「体調がすぐれないのなら、部屋に戻って休みなさい。ここは私が片付けておくから」
と先生は言うが、さすがに自分が吐きだした嘔吐物を他人に片付けさせることなど出来ない。何より恥ずかしい。
「いえ、ただの乗り物酔いですから自分で片付けます」
「乗り物酔い?」
先生は首を傾げている。それはそうだろう。それは夢の中の話で、ここに乗り物などない。あるのは椅子くらいだ。しかし、さすがに椅子で乗り物酔いはしない。先生に俺の言っていることがわかるはずがないのだ。
もちろん説明などしない。「夢の中で気持ち悪くなり、夢の中で吐いたら現実でも吐いてました」などと話せば、いい笑いものだ。絶対に話さない!
とにかく誤魔化して、さっさと片付けてしまおう。
「すみません、こちらの話です」
「そうか……」
先生はまだ腑に落ちないような表情だ。
その後、俺は断ったのだが先生は片付けを手伝ってくれた。いい先生だ。俺だったら他人の嘔吐物なんて片付けたくはない。まっぴらゴメンだ!
俺は片付けを終えると、礼を言い寮に戻った。
途中で起こされたため、なんだか不完全燃焼気味である。
あの状態の俺を起こしてくれたのだから、感謝こそすれ文句など言えない。
夢の続きが気になるな。アレスはどうなっただろう? まあ、俺がいなくても全然大丈夫そうだったな。かえって邪魔をしていた気もする。
ていうか、最近見る夢は異常にリアル過ぎないか? 感情移入が激しいんだけど。まさか現実だったりして……あはは、その考えこそまさかだな。夢は夢だ。
―――続きを見られるだろうか?
見られることを願いつつ、俺はベッドに横になり再び眠りについた。
アレスの夢、強制終了!
どうなったかな?