受付嬢1
「いらっしゃいませー。勇者選抜武闘大会の受付はこちらになっておりまーす。ご参加の方はこちらにお並びくださーい。観戦チケットの購入は隣の受付ですのでお間違いなくー!」
受付の女性はよく通る声を張り上げている。
そのため頭にガンガン響いてくる。
なるほど、今回は受付嬢か。
よし、今回も楽しむか。
ていうか、そもそも勇者って選抜するものなのか? 謎な大会だな。
「間違えて選手登録されても取り消すことは出来ません。強制参加となります。死んでしまっても当方は責任を負いませんのでお気をつけくださーい」
この女性、さらっと怖いことを言っている。老若男女誰であれ登録してしまえば強制参加、死んでも何の保証もないということだろうか。
これって、もし逃げたらどうなるんだろう?
「おう、ねえちゃん。この大会で優勝すれば勇者になれるんだな?」
なんだかごつい山賊のような男が、列を掻き分けて前に出て来た。まったくマナーがなっていない。
人を外見で判断してはいけないとは言うが、やはり外見も重要だ。無精髭に薄汚れた武具、右の額から顎にかけて大きな傷があり激戦を潜り抜けて来たことが窺えるが、乱暴な口調でルールも守れないようでは、とてもじゃないが勇者には見えない。頑張っても戦士止まりだろう。そんな事を言えば戦士に失礼かもしれないが。
なぜこんな山賊崩れの男が勇者を目指そうと思ったのだろうか? 何かよからぬことを考えていそうだな。外見的に……。
「はい、そうです。優勝賞金と共に勇者の称号が与えられます。ですが、勇者になりますと魔王を討伐していただくことになりますので、その覚悟のない方は参加を見合わせた方がよろしいかと思います」
こんな礼儀知らずでも、女性は営業スマイル全開で説明する。
なるほど、謎な大会だと思ったが、要するに魔王に挑む者を、勇者選抜武闘大会と銘打って募集を掛けているという事か。
山賊崩れの男はいやらしい目で、女性の顔と胸元をチラチラ見ている。そして、聞いているのか聞いていないのかわからない相槌をうっている。
こいつ絶対聞いてないだろ。
「それは知ってるよ。だが、それだけじゃないんだろ? 副賞みたいなのがあるんだろ?」
山賊崩れの男はニヤニヤしながら訊ねてくる。勇者云々よりもそちらの方を気にしているようだ。いや、女性の胸元を特に気にしているようだ。
「はい、当然魔王討伐となりますと命の危険が伴います。ですので、城より相応の待遇を受けることができます。衣食住はもちろんの事、魔王討伐の支度金、魔王を倒したあかつきには報酬が贈呈されます」
女性は鉄仮面のごとく、営業スマイルを崩さずに説明する。
山賊崩れの男は相変わらずチラチラと、いや、露骨に女性の胸を見ている。
こんな山賊崩れ相手によく営業スマイルを続けられるものだ。受付のプロだな。
「ようし! じゃあ、登録するぜ! それよりねえちゃん、この後時間あるかい? 一緒に呑まねぇか?」
山賊崩れの男は、参加費を支払い台帳に名前を記帳すると、女性を口説きはじめた。
台帳には「サイフィス」と記帳されている。見た目と違い、なんともイケメンな名前だった。明らかに名前負けしている。
いやいや、人を外見で判断してはいけな……やっぱり無理だ。
「はい、受付完了しました。大会当日は頑張ってくださいね。では次の方~」
女性は山賊男の誘いを聞かなかった事にするつもりのようだ。鉄仮面スマイルを崩すことなく言い放っていた。
「チッ! お高くとまりやがって、いいから今晩俺と付き合えよ!」
「ちょっと、やめください!」
山賊男は嫌がる女性の腕を掴んで強引に迫っている。
か弱い女性を力ずくで口説こうなど、男の風上にも置けないクズだ。こんな奴を野放しにしてどうする! 誰か助けるヤツはいないのか! 俺は無理だけど。
ブチッ
ん? 何かが切れたような音がした。何の音だろう? この女性の服が破れたのかな?
俺がそう思っていると、
「いでででで!? 何しやがる!」
山賊男は腕を捻じり上げられていた。
腕を捻じり上げていたのは騎士と思しき男だった。
「このような往来で女性に乱暴を働くとは、恥を知れ!」
騎士はそう言い放つと、山賊男を突き飛ばす。
騎士の登場と共に、まわりのギャラリーも山賊男に非難の視線を向けはじめる。
そんな視線を向けられるなら、騎士が登場する前に助けろよ! もちろん俺は無理だけど。
山賊男は「チッ、覚えてやがれ!」と下っ端感丸出しの捨て台詞吐き、女性と騎士を睨みつけながら去っていった。
後ろ姿が何とも情けない。勇者とは程遠いクズだった。
あの山賊男、優勝賞金と副賞だけでなく、女性の事も狙っていたようだ。まあ、こっぴどく恥を掻くことになったが。
きっと魔王討伐なんてする気はないのだろう。 途中でとんずらするに決まっている。
とはいえ、あの程度の実力のヤツが優勝などできるはずがない。
「大丈夫だったかい? 怪我はない?」
男は、騎士! と言った感じの鎧を身に纏い金色の長髪を掻き上げ、イケメンフェイスで爽やかに様子を窺ってきた。
少し誰かに似ている気がする。それが何だか鼻に付く。あいつはこんなにキザったらしくない!
「は、はい」
「ふふっ、怒った顔もいいけど、キミは笑顔の方が似合ってるよ。それじゃあ、仕事頑張って」
「ありがとう、ございます…………ハッ!?」
女性は惚けたように騎士の背を見送っていたが、何かを思い出したように鏡を覗き込んだ。
「ゲッ!? あの山賊クズの所為で、ライアット様にこんな顔見せちゃったじゃない! 今度会ったら殺す!」
女性はかなり口が悪かった。きっと性格もあれなんだろう。
先程の騎士、ライアットと言ったか? あの男に気があるのかもしれないが、だからと言って「殺す」はないだろう。普通の女性が使う言葉ではない。正直引くぞ。
「おっといけない、早く笑顔に戻さなきゃ! ほら、スマイルスマイル」
女性は鏡に向かってスマイルの練習をしている。
ふむふむ、張りのある白い肌、大きな瞳は少し垂れ、艶やかな赤い唇、少し癖っ気のある銀髪をショートにしている。
確かに笑顔はかなり可愛い、スマイル前の顔は……忘れよう。
なによりこれだ。たわわに実った胸だろう。服のサイズを間違えているのかとさえ思えるほど、立派な胸をしている。
これでは山賊男の理性では欲情を抑えきれないだろう。
それに、こんなに胸元を開いていては見てくれと言っているようなものだ。見せているのだろうか? 確かにこれほど立派な胸ならば、見せたくもなるのかもしれない。
ならば、見た方がいいのだろうか? 見ないと失礼に値するのではないだろうか。それならば仕方がない。決してやましい気持ちで見るのではない。この女性の御厚意を受けるだけなのだ。では拝見しよう。
しかし、次の客が現れ、鏡がしまわれてしまった。
ああぁぁぁぁぁ……
俺はさっさと見なかった事を後悔した。まあ、何度かチラ見はしたけれど。
「ヒルダちゃん、わしも受付してほしいんじゃが、いいじゃろうか?」
と、温和そうな老人が微笑みを称え声を掛けて来た。
白い長髪をオールバックにし、顔には深いシワが刻まれていた。
思わぬところから女性の名前を知ってしまった。この女性はヒルダというらしい。
ていうか、この人おじいちゃんだよ? 腰曲がってるよ! ダメでしょ! 死んじゃうでしょ!
明らかに受付場所を間違えている。きっと観戦だろう。観戦チケットは隣の受付だと案内するに違いない。
「あ、選手登録ね? 大丈夫よ。年齢制限はないから」
(いいわけあるか! じいちゃん死んじまうぞ! 年齢制限くらいつけろよ! あんたには年寄りをいたわる心がないのか!)
「キャッ!?」
思わず声を上げてしまった。あまりにも人道に反していた為、声を荒げてしまった。
だってこの女、このじいちゃんを死地へ誘おうとしてるんだもん。
「な、なに?」
「どうしたんじゃ? そんなオバケでも見たような顔をして。わしはまだ元気じゃぞ?」
きっと、これから死にゆくあなたの未来を見ているのでしょう。
「い、いえ、なんだか耳元で大きな声が聞こえた気がしたものだから」
「ん? わしは聞こえんかったがのう。空耳じゃろう。ヒルダちゃん、疲れてるんじゃないかの?」
「そ、そうかなぁ……」
きっとそうです。忘れましょう。忘れてじいちゃんを向こうの受付に案内してあげましょう。それが優しさと言うものですよ? ヒルダちゃん?
「はい、登録済んだよ。大会は10日後だから、しっかり体調を整えておいてね」
「わかっとるよ。ヒルダちゃんは優しいのう。孫の嫁さんになってくれんかのう」
「もう、おじいちゃんのお孫さんって、まだ子供でしょ」
「ほっほっほっ、そうじゃった。じゃあまたのう」
「うん、頑張ってね~」
(……はっ!? 頑張ってじゃねぇ! じいちゃん殺す気か!!)
「キャッ!?」
流れるような仕事ぶりに気を取られてしまったが、声を上げずにはいられなかった。
だってそうだろ? 孫のいる幸せなじいちゃんに、死地への片道切符を渡したんだ。許せないだろ!
「やっぱり空耳じゃない! なに? 何なのよ?」
ヒルダはキョロキョロして何やら探し物をしている。ていうか俺を捜しいた。
じいちゃんよ、この女は優しくなんかない。残酷なんだ、冷酷なんだ。孫にじいちゃんの死に様を拝ませようって腹なんだ!
そんなことは俺が絶対にさせない! 断固として阻止する! って、もう登録してるから手遅れなのか?
だったら一言物申してやる! じいちゃんの代わりに! 孫の代わりに! この俺が!
俺は使命感に燃えていた。
(おい! あんた! 今のはないんじゃないか? じいちゃんが死んでもいいのかよ!)
「え!? え? どこにいるのよ! 姿を見せなさいよ!」
(姿は見せられない! 何せ、あんたの中にいるんだからな)
「え!? 私の中ってどういうことよ!」
ヒルダは自分の体を凝視し困惑しているようだ。
うん、立派な胸が動揺でプルンと揺れている。眼福眼福。
……はっ!? いかんいかん、目的を忘れてしまうところだった。
(どうもこうもない。入っちゃったものは仕方ないだろう。それよりもだ! さっきのじいちゃんだが、大会に出していいのか? 死んじまうだろう!)
「それよりもって、こんな重大な事どうでもいいように言わないでよ! 人の中に勝手に入ってきて、そもそもあんた誰よ! 早く出て行きなさいよ!」
ヒルダは俺の話を聞く気はないようだ。
確かに、自分の中に得体の知れない者が入っていたら嫌がるのも当然だろう。この状態で人と話すのは久しぶりだから難しいな。話を円滑に進めるためにも、ここは一つ名乗って落ち着かせる方が得策かもしれない。
(俺の名前か、そうだな……うん。俺は、あなたの心にお邪魔する、陽気な妖精ラミー様だ!)
俺はドヤッと言った感じで名乗った。本当はポーズも決めているのだが、ヒルダの中にいるため見えていないだろう。無駄なポーズをとってしまった。
「確かに邪魔だけど、あんた妖精なの?」
(お、おう……)
そんなに冷静に返されると、なんだか恥ずかしくなってくるな。ていうか、邪魔なのは肯定されてしまった。地味に傷つくな。
「妖精かぁ、妖精は悪戯好きっていうから、仕方ないか」
意外とすんなり信じられてしまった。なんだか拍子抜け感が否めない。
「私は……」
(ヒルダちゃんだろ。じいちゃんがそう呼んでたし)
「ちゃん!? 私の名前はヒルダ・インフェルト! 17なんだから! ちゃん付けされるような年じゃないわよ!」
(ん? じゃあ、ヒルダ?)
「むぅ、初対面で呼び捨てにされるのもなんだか複雑な気分ね」
ヒルダは呼び捨てにされることに違和感があるようだ。今は一心同体、対面はしていないのだから、気にする必要はないと思うのだが。
それよりも、今は他に気にすることがあるだろう。
「ヒルダ? どうしたの? 一人でブツブツ言って。お客さん怯えてるわよ」
隣でヒルダと同じく受付をしている女性が、心配そうに耳打ちしてきた。
そう、先程から好奇な視線がヒルダに集まっていた。あれだけ声を上げていれば目立っても仕方がないだろう。しかも一人で自己紹介していたし。個人情報がダダ漏れだったけど大丈夫だろうか?
「え!? あ、うん。ゴメン、何でもないの」
「そう? それならいいんだけど、独り言は声を潜めてよね」
「うん……」
(……)
「(ちょっと、恥かいちゃったじゃない! あんたの声って私にしか聞こえないの?)」
(そうみたいだな)
「(それ先に言いなさいよ!)」
(いやいや、俺も知らなかったし。でも目立てたからよかっただろ?)
「(は? どういうこと?)」
(ん? それだけ胸元を開いてるってことは見られたいんだろう?)
「なっ!? 違うわよ! どこ見てるのよ、このエロ妖精!」
ヒルダは興奮しているのか声を荒げている。いいのだろうか、また好奇な視線を集めているが。
案の定、先程の女性がヒルダを睨んでいる。
「ちょっと、ヒルダ! お客様に迷惑だから静かにしなさい!」
「うっ、ごめんなさい……」
(怒られちゃったな)
「(誰の所為だと思ってるのよ! もう、なんでこんなことに……)」
ヒルダは肩を落とし、自分の身に降りかかった不幸を嘆いている。
それも仕方のない事だろう。自業自得というものだ。
あのじいちゃんに死への片道切符を渡さなければ、俺が声を上げることもなく平穏に過ごせたはずなのだ。
つまり、ヒルダが悪い。
おっと、忘れるところだった。俺は一言物申すために声を掛けたのだった。
(おーい、ヒルダ。項垂れてるところ悪いんだけど、一言わせてもらうぞ)
「(もう、今度は何よ)」
(さっきのじいちゃんの事だよ)
「(おじいちゃん? ああ、『死んじまう』とか言ってたっけ? 大丈夫よ、あのおじいちゃんすごく強いから。拳聖って呼ばれてるくらいだからね)」
(拳聖? マジで?)
ヒルダの話によると、あのじいちゃん、ダリル・ガーフィールドは、昔は無名の武闘家だったそうだ。ある日、とある事件が起き、前女王が危機に陥った。その際に女王を救ったのがダリルだった。その闘神のごとき戦いぶりから、女王より拳聖の称号を授けられた。ダリルはこの国、ルゼリオ王国で、拳一つで名を上げた豪傑なのだそうだ。
(あれ? ルゼリオって最近聞いた覚えがあるな。どこで聞いたんだっけ?)
「(何言ってるのよ。王国の名前なんだから、どんなに田舎の人でも知ってるわよ。そこらへんで聞いたんじゃないの?)」
ヒルダは小馬鹿にしたように言う。
確かに王国の名前なら知らない者はいないだろう。そこらへんで小耳にはさんだと言われれば、確かに納得できる。
(ん~、そうか。それで、その拳聖様がどうして大会に参加するんだ? そんな必要ないだろ? 拳聖なんだし今更名声もないだろう)
「(ん~わからないけど、きっと弟子を見つけるためじゃないかな。今、おじいちゃんのところ後継者がいないから)」
(孫がいるって言ってなかったか? 子供はどうしたんだ?)
「(お子さんは流行り病でなくなったそうなの。お孫さんはいるけど、まだ子供なのよね。将来的にはお孫さんに継がせたいそうなんだけど、それまで流派を守ってくれる人を探してるんじゃないかな)」
(へ~後継者問題って大変なんだな)
まあ、後継者問題なんて俺には無縁のものだから大変さはわからないのだが。
「(妖精にはないの? 後継者問題とかって)」
(え? ……うちはないかな、俺そういうのに興味ないし。そういうのは権力とか家柄とかがある家だけだろ)
「(ふ~ん、ラミーは平凡な妖精なんだね)」
(うっ、平凡とか言われると地味に傷つくな)
「(あはは、いいじゃない、平凡妖精ラミー。陽気な妖精から改名したら?)」
(お断りだ!)
と、ヒルダと話していると、いつの間にか日は暮れ、受付時間は終了した。
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