プロローグ
新しく書いてみました。
読んでもらえたら幸いです。
―――ズチャリ
肉がすり潰されるような嫌な音が聞こえた。
嫌な、音?
どうして嫌な音だと感じたのだろう?
意識を、視線を前に向ける。
俺の体に何かが突き刺さっていた。
これは、腕?
目の前には見知らぬ老人が、悔し気に下唇を噛みしめ右腕を突き出していた。
俺の体は、老人の拳に打ち貫かれているのか?
でも痛みはない。
「姫様、申し訳ありません。私は、私は……」
老人は俺に向って姫様と言った。
(俺、男なんだけど……)
◇◇◇
「……なので、候補生の諸君らには人間を導き、魔王を名乗る者を討伐してもらいたい……」
「くーくー……っ!?」
俺は体をビクつかせて目を覚ました。
壇上の上、整然と並ぶ多くの者達の前で、白髭をたくわえた貫禄と威厳のある、神々しいまでの威光を放つ人物が何やら話していた。
「ふあ~~ぁ」
あまりの眠気に、俺はなんの遠慮もなく欠伸をした。
昨夜遅くまで勉強していたとか、仕事が忙しくて寝る暇がなかったとか、朝まで遊び明かしたと言うわけではない。俺はただ眠いだけ。ただただひたすらに眠いだけなのだ。
それより今、何か夢を見ていたような気がするんだけど、なんだったかな?
「ラミアス、今寝てただろう?」
二度目の欠伸をしようとした時、横に立つ男が金色の綺麗な長い髪を掻き上げ声を掛けて来た。
「いや、寝てないから」
「嘘つけ、さっき体がビクッてしてたぞ」
男は笑いを堪えながら、呆れたように言う。
恥ずかしい所を見られてしまった。笑いたければ我慢せずに思いきり笑えばいいだろう。あ、今笑ったらさすがに怒られるか。俺まで一緒に怒られてしまう。
男の名はアインス、俺の友人でありこの学院の首席の座に君臨する天才だ。イケメンで優等生を絵に描いたような男だ。そんな男がなぜ俺の友達なんてしているのだろう? まったくもって謎である。
ちなみにラミアスと言うのは俺の名前だ。
「へいへい、寝てました。仕方ねぇだろ? こんな長い話じゃ」
「それはまあ、ラミアスだから百歩譲って仕方ないけれど、今はゼウス様のお話の最中だ。いくら眠くても立ったまま寝たりするなよ」
「努力はしてるし……ふあ~ぁ」
とは言ったものの、努力も虚しく再び眠ってしまいそうだ。
俺は欠伸をかみ殺し、瞼を擦りながらなんとか寝ないように魅惑的な睡魔と戦っていた。
それにしても長い話だ。なんで偉い人というのは話が長いのだろう。眠って倒れてしまったらどうするつもりなのだろうか。そんな奴は俺以外にはいないのだが……。
今長たらしい話をしている人物は、この学院の創設者にして学院長。そして、この天界を統べる我らが父、ゼウス様だ。つまりこの世界の神様だ。
この学院は天使養成機関、セラフィム学院。俺たちは天使を目指す、天使候補生なのだ。
◇◇◇
「くーくー……」
「おい! ラミアス! 起きろ!」
「―――ふぁ? ふあ~ぁ……なんだ、アインスかよ。折角面白い夢見てたのに」
アインスに起こされ目を覚ますと、俺は教室にいた。
いつの間に戻ってきたのだろう?
教室をキョロキョロと見回していると、アインスの取り巻き共が近寄ってきて、「アインスさんが話し掛けているんだ、もっとシャキッとしろ!」だの、「アインスさんに対してなんて態度だ!」だの文句を言ってくる。
もちろん俺は無視してやった。
奴らの歯ぎしり音がギリギリと聞こえてくる。なんとも耳障りだ。
アインスは取り巻き共に、「ラミアスはいつもこうだから」とフォローしている。
それはフォローなのか?
「それで、面白い夢ってどんな夢だったんだ?」
「ん? えっとだな、ルゼリオって国にある酒場で……」
アインスがどうしてもというので教えてやった。
夢の内容はこうだ。
王都の酒場、下町で噂になっている有名なイケメン男がいた。その男は町の女に声を掛けては関係を持っていた。
その日も仲間達に煽られ、女に声を掛けた。女達にとってその男に声を掛けられることは、ある意味ステータスだった。なぜなら、その男は美女にしか声を掛けないことで有名だったからだ。つまり、声を掛けられた女は町公認の美女と言うことになるからだ。
その女は口説かれるままに男について来た。男の部屋でいい雰囲気となり、男女の営みを開始した。そして、いざその時となっても男はなかなか繋がろうとしない。焦れた女は自ら繋がろうと、なぜか抵抗する男のズボンを強引に引き下ろした。
すると、男のナニは力なく項垂れていた。
女は怒るどころか笑い出した。女はこの事を知っていたのだ。噂が本当なのか確認するためにホイホイついて来たのだ。
下町には、この男について表と裏二つの噂が流れていた。
表の噂は前に話した通り、多数の美女と関係を持つイケメン男だという噂。
そして裏の、密かに女たちの間で広まっている噂は、この男のナニが使い物にならないという噂だ。
なぜ大っぴらに広まらないのか。それも女は知っていた。
男は恥も外聞もなく噂通りに土下座をした。このことは黙っていてくれと。仲間に馬鹿にされたくないらしい。黙っていてもらうためならば、地べたに頭を擦り付け、靴も舐められる男だった。あまりの情けない姿に女は笑いを通り越し、男を憐れに思い、何も言わず立ち去って行った。
男は酒場に戻ると、仲間に脚色した武勇伝を語り、羨望の眼差しを向けられていた。
そして、女達からは陰でヒソヒソ噂され、蔑みの視線を向けられていた。
と、少し長くなったがそんな夢だった。
「それ、面白いのか? なんだか哀れだぞ。その男を思うと悲しくなってくる」
アインスは若干引いているようだ。どうも笑いのツボにズレがあるようだ。
俺は腹を抱えて笑たんだがな。
アインスの取り巻き共は「下劣だ」だの、「品位がない」だの文句を言ってきた。もちろん俺は無視してやった。こいつらに話した覚えはないからだ。
奴らの歯ぎしり音がギリギリと聞こえてくる。本当に耳障りだ。
すると、背後から声を掛けられた。
「ずいぶんと悲しい男の話をしているね。そんなに楽し気に話すような内容ではないだろう」
またしても感性の違う者が現れた。
俺は、「わからねぇかなぁこの話の面白さが」と、怪訝な視線を向けてしまった。
「あ、ウリエル先生」
「げ、ウリエル先生」
そこにいたのは、その背に3対6枚の立派な翼を生やし、薄緑色の髪の落ち着いた感じの人物。俺たちのクラスの担任、ウリエル先生だった。
いつもは優しそうな笑顔をしているのだが、今は困ったものを見るように顔を顰めている。
やはり俺の反応の所為だろうか?
アインスと俺の反応の違いがわかっただろうか? 先がアインスで、後が俺だ。もう見た目でわかるくらいに違いが出ていた。
「ラミアス、顔に出てるぞ」
アインスが肘でつついて注意してくる。
俺は歪んだ表情をキリッと戻して告げる。
「べ、別にいいでしょう。夢の話なんですから。現実じゃないんですから笑っても構わないでしょう?」
「なんだ、夢の話だったのかい? それなら……いやいや、それでも笑うべきではないだろう。仮にもキミは天使を目指しているのだから」
「うっ……」
俺はぐうの音も出なかった。
さすがは先生、俺の反論は正論でねじ伏せてしまった。
そう、俺たちは天使を目指し候補生となった。その証拠に俺たちの背には候補生の証である片翼が生えている。
候補生は学院に入ると同時に、その証である片翼をゼウス様より授けられる。そして認められれば昇天し、もう片翼を授けられ晴れて天使となれるわけだ。
候補生たちは、自身のスキルを磨き天使を目指している。アインスなど、スキルだけでなく翼にも磨きをかけ、綺麗で立派な翼を生やしている。
俺は何の手入れもしていない為、若干汚れている。そもそも、背中の翼をどうやって手入れしてるのだろう? 謎過ぎるだろう。
話がそれてしまった。話を戻そう。
俺が恨めしそうに見ていると、先生は困った顔で告げる。
「その様子だとゼウス様の話もちゃんと聞いていないんじゃないかい?」
ゼウス様の話? いやいや、聞いていましたとも、バッチリ覚えていますよ。
確か、
「人間を導いて魔王を倒せ、でしたっけ?」
あれ? 寝てたのに本当に覚えていた。なぜだ? 睡眠学習的な感じか?
「ずいぶんと端折ったね。まあ、結論はそこだからいいのだけれど」
先生が呆れた様子を見せると、アインスが細かく教えてくれた。
先生の前で優等生ぶるとは、さすがは優等生、抜け目がない。
それはさておき、話の内容はこんな感じだ。
ある日、魔王を名乗る者が魔物の軍勢を従えて、人間界に戦線布告してきた。そして戦いが起こり、すでに国が一つ滅んだ。
それを看過できなくなったゼウス様は、俺たち天使候補生に魔王討伐を命じた。
しかし、それはあくまでも人間が解決するように導く、と言う手段での話だ。
それならばゼウス様や天使様方ですればいいと思うかもしれないが、そうもいかない。ゼウス様や天使様方は人間に干渉できないのだ。下手に干渉してしまえば、人間の理を逸脱した存在を造り上げてしまう恐れがあるからだ。
なので、天使ではない候補生の俺たちにお鉢が回ってきたと言うわけだ。
だが、俺には関係のない話だろう。
「まあ、そういうのは優秀なアインスたちが何とかしてくれるんだろ?」
「何を言ってるんだい。キミもするんだよ。というか、せざるを得ない状況なんだよ」
「え?」
先生は何か不穏な事を口にしていた。
またまた、優等生のアインスが追加情報を教えてくれた。
なんでも、魔王討伐時になんの成果も出せなかった者は、候補生の資格を剥奪され、二度と候補生にはなれないという話だ。ついでに、その時点でスキルを3つ以上取得していない者も同様に資格を剥奪されるらしい。
その代わりに、多大な功績を上げた者は天使に昇天できるという話だ。
やる気のない者にやる気を出させるための措置だろう。
本来天使候補生は、天使となるために固有スキルを習得しなければならない。世に有益なスキルであれば、その一つだけで天使へと昇天できる。しかし、そんなスキルはそうそう習得できない。なので、一般的には固有スキルを10以上習得することが天使となる条件なのだ。
アインスはすでに条件をクリアしているため、次の昇天試験を受ければ晴れて天使となれる。
だが、今回の発表は、功績を上げさえすれば試験を受けずとも天使となれるというものだった。
優秀なアインスならば、功績を上げることくらい容易にできるだろう。つまり、試験を待たずして天使に王手が掛かったと言うことだ。
そして俺も、すでに王手が掛かっていた。資格剥奪の方にだが……。
俺は固有スキルを1つしか習得していない。つまり落ちこぼれなのだ。そんな俺では、どう頑張ろうと功績を上げることなどできるはずがない。
「そんなぁ、候補生になれば安泰だと思ったのに~」
俺は膝をつき絶望した。
本心を言えば、俺は天使になろうとは思っていない。天使候補生という肩書が欲しかっただけなのだ。
候補生となれば、学院の寮に入り、衣食住すべてが手に入るのだ。天使とは世界の平和のために尽くす者たちだ。それを思えば、そのくらいの先行投資は安い物なのだろう。俺はその盲点を突き、候補生で居続けることで、衣食住を未来永劫活用してやろうと考えていたのだ。
そして今、その思惑が脆くも崩れ去った。
「そんなに落ち込むなよ。ラミアスなら頑張れば功績の一つや二、一つくらいならなんとか上げられる、だろ?」
「うっさい! 言い直すくらいなら慰めんな!」
アインスは頬を引き攣らせながら、俺を慰めようとする。
大きなお世話だ! みじめになるだけだ!
アインスの取り巻き共はニヤニヤして俺を見下してやがる……ていうか、まだいたのか。さっさと消えろ。
「そういうことだから、ラミアスも導く人間を見つけて頑張るんだよ」
先生はそういうと教室を出て行ってしまった。
見つけるってどうやって見つけるんだ? 導き方なんてわかんねぇよ! ノーヒントかよ! 落ちこぼれに手を差し伸べてくれるヤツはいないのかよ!
俺はアインスをチラリと見た。
アインスはスッと視線を逸らした。
「じゃあ、俺も導く人間を見つけないといけないから行くよ。ラミアスも頑張れよ。落ち着いたら様子を見に来てやるから」
アインスは俺を置いて行ってしまった。
友達じゃなかったのか? いや、友達だから敢えて突き放したのかもしれない。まあ、どちらにしても絶望しかないのだが。
アインスの取り巻き共は鼻で嗤い、アインスの後に続いて行った。
さっさと消えろ!
渡る世間に鬼はなし、ということわざが人間界にあると聞くが、天界は非情なヤツばかりだ。
俺は肩を落とし、寮に戻った。
「もう寝よう。残り少ない候補生生活を満喫しよう」
俺はベッドに横になり、魅惑的な睡魔に身を委ねた。
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