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その39



 少しばつが悪そうに、けれども絶対的な信頼と情を宿して見上げてくる瞳に歓喜するも、一瞬わけがわからず時が止まる。それが魔法による映像でなく、現実に存在するなによりも大切な存在だと認識したウルリックはさっそく怖気づいた。


 「皇太子殿下の仕業か。」


 リテア一人を住まいに残し、騎士たちを引き連れたウルリックは暗い夜道を歩く。宿はないが空き家は多く、旅人が利用する管理された空き家への道案内の途中で、ずっと無言であったウルリックはようやく口を開いた。


 「色々とあって私の甥が関係しているのだが。説明が必要かな?」

 

 宜しくお願いすると答えたウルリックに、イディオはここに至るまでの顛末を詳しく聞かせる。お陰で喧嘩の理由が判明した。酷く動揺して心を震わせた理由もだ。

 レオナルドに依頼しておいたリテアの傷跡が消えていないのには、当事者であるウルリックも痛ましく感じてしまった。何時も如何なる時もあの日の出来事はリテアをむしばみ続けるのだろう。見かけだけ綺麗にしても辛い出来事がなくなるわけではないが、新たな遺恨いこんの引き金に成り得ようとは更に痛ましい。

 相手がシュトレーン家の人間でなかったらリテアの傷は更に深く抉られていただろう。皇太子の手元にいるからと安心していいわけはなかったのだ。けれど罪を犯したウルリックが側にいてやれるわけでもないし、側にいてもいい訳でもなかった。罪を犯したのは間違いないのだ。アルブレヒトを殺したことも後悔していない。ただ、側にいられない事に対しての未練はあるが、リテアを守る為にも穢れた存在である自分がいてはいけない自覚は強く持っている。


 騎士たちを送り届けウルリックは暗い世界で空を仰いだ。宝石をちりばめたかに闇にまたたき輝く星々がとても美しい。実りの少ない大地だが、天上には俯くのが常であったウルリックに上を向かせるほどの魅力が存在する。


 「やはり、離れていると解らないことも沢山あるのだな。」


 魔法で繋がっていても完全に守れるわけではない。こうしてやってきてくれたことに嬉しく思うも、ここに辿り着くまでにリテアが経験した出来事はけして優しくはなかっただろう。深く考えると絡めとり逃がしてやれなくなりそうだ。ウルリックは煌めく星空から視線を外すと長い足を前に出し家路についた。




 *****


 ウルリックの住処は年月が経ち古めかしいものの、作りは頑丈で寒い冬でも隙間風に悩まされそうな感じではない。一人暮らしにしては広々としていて、けれどここには騎士たちが雑魚寝でもと望める場所は存在しなかった。

 一見何事もない普通の男所帯だ。けれど一歩ずつ踏み入れると床に散乱した様々なものが行方を阻む。生活用品ではなく主に実験に使われた道具や残骸、必要なくなったメモや走り書きの類だ。ごろごろした石が砕かれ砂利道の様になっている場所もあり、汚い部屋を前にリテアは懐かしさに頬を緩めた。


 「相変わらずで懐かしい。」


 何事にも熱中すると寝食を忘れるウルリックはずぼらなようでいて、大切なものは確実に机や台の上といった、膝よりも下には置かない習慣がある。それを知っているリテアは綺麗にしまい込まれていた掃除道具を見つけて引っ張り出しさっそく掃除を始めた。ウルリックが残して行ってくれた魔法による光源があるが流石に夜なので見えにくい。それでも放っておくと足の踏み場もないし、もしかしたらリテアが眠る場所もないかもしれないのだ。手早く片付けごみは一か所にまとめる。そうしているとあっという間に時間が過ぎてウルリックが戻って来た。


 「お帰りなさい。」

 「うん、ただいま。」


 離れていた時間など感じさせない日常がある。ごく当然に違和感なく交わされる会話と、いて当たり前の存在。手の内に閉じ込めたいと望むけれど壊すのを恐れ、別れを選んだウルリックをリテアは簡単に絡めとり手の内へと引き寄せる。


 「ウルリック様、ご飯は食べましたか?」

 「ええと……お腹空いてないんだ。砂糖があるから甘茶を入れようか?」

 「それならわたしが。」

 

 食材など常備していない。食べたいときは外で済ませるし、基本的には保存食をそのままかじるような生活だ。魔法使いでなければ間違いなく体を壊して早くに昇天しているだろう。夜も遅いのでリテアも追求せずにお茶にたっぷりの砂糖を入れてウルリックの前に置く。素直にお礼を言って甘茶に口をつけたウルリックの前にリテアが座った。


 「ずっと会いたかったんです。」

 

 嬉しそうに、けれど瞳を潤ませながら真っ直ぐに見つめてくるリテアを前に、ウルリックは気まずそうにした後でカップを置くと、さらに背を丸めちらりと様子を窺う。


 「その……私もだよ。ずっとリテアに会いたかった。でもこれはいけない事なんだ。」


 本来なら貴族殺しで処刑されている身分だ。けれどこれまでの功績と皇太子の力で罪を許される代わりに左遷された。リテアとも一生別れて生きていくつもりだったし、覗き見はするものの本物のリテアとこうして顔を突き合わせるような事は二度とないと覚悟を決めていたのだ。それが突然やってきて呆気なく打ち砕かれる。いけない事だけれども正直嬉しくて、ウルリックはこけた頬がゆるむのを感じていた。


 「皇太子様がお役目を下さって。思わぬことだったけど、こんな事でもなければウルリック様に会える機会は一生なかったかもしれない。ずっと悲しくて辛くて、でも泣くのは罪を背負ってくれたウルリック様に申し訳なくて我慢しました。どうすればウルリック様の近くに行けるのか考えて、クリスさんやコリンにも手伝ってもらってようやくここまで来たんです。」


 ウルリックに会いたいがために高級文官を目指し、期間を短縮するためにレオナルドとフローズン=ガイアズの推薦を受け学校を半年で卒業した。それもこれもウルリックが左遷されたこの最東へ来るためだ。そう主張するリテアにウルリックは心を満たしながらも小さく首を振る。


 「その努力を私ではなく、これからの自分の人生に役立てるべきだ。」

 「わたしはウルリック様の側にいたいんです。」

 「でも―――殿下の用事で来たんだよね?」


本能的に恐れを感じて逃げの姿勢が出るも、そこはリテアもきちんとしていてウルリックの望む答えで頷く。


 「そうです。きちんとお役目を果たします。でも目標は最東ここへの赴任です。ここに異動になればこれまで通りウルリック様と一緒にいられます。」


 真っ直ぐな瞳を向けられたウルリックは、「おや?」と感じつつ、戸惑い首を傾げながら聞き返した。


 「リテア―――その。聞きずらいんだけど。クリス=アルファードとは結婚しないの?」

 「―――え?」


 眉を寄せ唖然とするリテアにウルリックはとんでもないと慌ててしまった。こんな辺境に本気で来るつもりなのか。それではクリスとの関係はどう続けて行くつもりなのだろう。


 「もしかして彼もこちらへの赴任が決まったとか?」


 第二は庶民出身の騎士が集まるが有能な人材ばかりの筈だ。そんな騎士が辺境に赴任となると国家の危機を案じてしまう。ウルリックに愛国心があるわけではないが、リテアの暮らす世界が不安定になるのなら黙ってはいられない。戦が起きるなら呼び戻されずとも参戦しなければと心の中では算段を始めたのだが……リテアは違うと泣きそうな表情で首を振った。


 「クリスさんではなくてウルリック様と。ウルリック様とずっと一緒に暮らして行きたいんです。」


  驚き息を呑んだ。それはいけないとウルリックは前のめりになって顔を突き合わせる。


 「私はうだつの上がらない魔法使いというだけでなく人殺しだ。こんな男といつまでも一緒にいたら、君の輝かしい未来は閉ざされてしまう。私はそんなのは絶対に嫌だよ。」


 大切な、とても大切な可愛い女性ひとだ。こんな辺鄙な場所に埋める訳にはいかないと訴えるウルリックに、リテアは大きく頭を振ってそれは違うと反論する。

 

 出世しないのはウルリックがそう望んでいるからで、生活が向上しないのもウルリックの性格だ。その証拠に爵位は受けなかっただけだし、有り余る財産を報奨として受け取っているが使い道がなく放置されたまま。リテアに譲るという書類も準備されていたがそれに記入していないので、膨大な財産もウルリックが有したままになっている。


 「ウルリック様はとっても素敵な人です。それに輝かしい未来って何ですか。出世したくて高級文官になったんじゃありません。皇太子さまの側に置いてもらっているのも平民の女だから受け入れ先がなかったというだけなんです。それにっ、それにウルリック様。どうしてクリスさんとの結婚をすすめるの?」


 なんて悲しい言葉なのだろう。努力して高級文官となり、長い旅を経て最東までやって来たというのに、ようやく再会した途端に他の男との結婚をすすめられるなんて。


 「え、だってほら。二人とも付き合っているじゃないか。それにあの騎士は間違いなく絶対に君を大切にしてくれる。私も君を嫁にだすならあのような男でないと安心できないなと―――」

 

 みなまで口にする前に粗末なテーブルが叩きつけられ、甘茶の入ったカップが振動で波立つ。驚いたウルリックは手を突き立ち上がったリテアを唖然と見つめた。リテアの瞳にはいっぱいの涙が零れんばかりに湛えられている。驚いて「リテア?」と名を呟けばテーブルを回り込んですぐ隣に立たれた。ぎゅっと握り締められたリテアの拳が椅子に座るウルリックのローブに縋り付く。


 「わたしはウルリック様が大好きなのにっ!」

 「えっと……うん、私もリテアが大好きだよ。だから君の幸せを切実に願っている。」

 

 間近に迫る視線がどういうわけだか圧迫感を抱かせる。同じ気持ちだと返せば、リテアの瞳には更に厚い涙の膜が張った。


 戸惑いの色を宿す灰色の瞳と対峙し、違うのに、どうして通じないのかとリテアは切なくなる。ここまで来たのは仕事だ。けれど皇太子の好意が込められた一件でもある。こうしてようやく会えたのに、何も伝わらないままでは帰れない。次はいつ会えるのかすらわからないのだ。


 「ウルリック様にとって、わたしはいつまでも保護の必要な小さな子供のままですか?」

 「リテア?」


 リテアは勇気を振り絞りようやく言葉にする。この先を口にしたらどうなるのか。何時も、いつまでも側にいたくて大人になるのを恐れていた。きっと口にすれば一生もとには戻れないだろうがそれでも伝えたかった。離れてしまいどうして辛いのか、ウルリック一人に背負わせた罪になぜ罪悪感を抱くのか。それは全て守られるだけの子供ではなくなったからだ。安心のためだけではなく、相手を異性として求め肌を寄せたいと願うからなのだ。それはウルリックが最も恐れる女性の姿。けれど溢れ出した想いは止められない。

 

 「私の好きはそうじゃない。ごめんなさいウルリック様。わたしはウルリック様を男の人として好きなの。保護者じゃなくて、異性として心を寄せているんです。」


 恋をして一生を共にしたいと願う相手はウルリックなのだと、リテアは拒絶され失う覚悟をもって最初で最後の告白に挑んだ。


 「わたしはウルリック様との未来を望みます。」


 敬愛がウルリックという異性への愛情へ変化したのはいったいいつだったのか。その瞬間なんて分からないが、リテアは最初からずっとウルリックが好きで、一生を共にしたいと願っていた。


 「ウルリック様、わたしはとっくの昔にあなたが恐れる女という生き物になっていたんです。」


 驚き硬直して動けないウルリックの頬をリテアの柔らかくて小さな掌が包み込む。


 「大好き。」


 かさついた唇に驚くほど柔らかで心地の良い感触が伝わり、ウルリックは両の目を見開いたまま、リテアの瞼を落とした長い睫毛を唖然と視界に捉えていた。抵抗のないウルリックからリテアはゆっくりと唇を離すと、切ない溜息をこぼして、恐れを抱きながら震える瞼を持ち上げる。茶色の瞳が唇から首筋へ移り変化を窺うが、驚くばかりのウルリックからは拒絶反応を示す発疹も、上がる息も吐気も垣間見えない。


 「ウルリック様……」


 潤んだ瞳に見つめられ、我に返ったウルリックは咄嗟にリテアを突き飛ばす。ひょろリと軟弱そうにみえても男だ、突き飛ばされたリテアは呆気なく床に転がり尻餅をついた。


 「駄目だ、これはいけない!」


 絶対に駄目だと繰り返し頭を抱えたウルリックを、リテアは転がされたまま辛い表情を浮かべ見上げていた。


 




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