2話
本当は、彼女とアルスを会わせたくなかったんだ。
だってアルスは俺なんかとは比べようがないほど顔が良い。いや、あいつだけじゃない、どんな男でも俺と比べれば美男か。
俺がどれ程不細工か、彼女に気付かれたくなかった。
それにあいつは顔だけじゃなく、騎士をやっているから女性を守ることだって出来る。
強くて格好いい男が女性は好きだろう?
俺みたいなただの家具職人に興味を持つ女性なんているわけない。
アルスに会って、彼女が気に入ってしまうんじゃないかと思うと不安だった。
それでも俺一人では彼女を外に連れ出してやることもできず、満足な生活も保証できない。
そのせいで最近の彼女はどんどん元気をなくしていた。
このままずっと彼女と二人だけで...そう思っていたけど、もうこれ以上は無理だと思ってアルスにユーカのことを打ち明けた。
アルスは俺にとって最高の友人で、こいつ以上に信頼できる人間はいなかったから。
俺の話しを聞いたアルスはすごく嬉しそうで、ぜひ彼女に会ってみたいと喜んでいた。
そのことが少し照れくさいし、自分のくだらない嫉妬で今まで相談しなかったことを申し訳なく思った。
彼女はやはり変わった女性でアルスと会っても特に何も変わらず、色々聞いたにも拘わらず掃除などの家事をしたがった。
断り続けていたが「私の国ではこういうことをするのは当たり前のことなの、お願い」と懇願され遂に折れた。
部屋の中の掃除だけしてもらうことにした。
(他の男性に知られたら間違いなく罵倒されるだろうな...)
ただそれだけなのに凄く嬉しそうに笑う彼女が眩しくて、胸がいつものように苦しくなった。
こんな感情を抱いても、叶うわけないのに...
彼女もある程度この世界に慣れたようなので、正式に彼女の存在を城へと報告することになった。
異世界から現れた女性ということを王に知らせることで彼女をこの国の民にしてもらう。
国の民になれば子を産む義務などこの国の法に従わなければいけなくなるが、国籍がなければ何かあっても国は彼女を守ってくれない。
女性が安心して暮らす為には絶対に必要なことだ。
この国の法に従うことになるのが彼女には不安なようで渋っていたが、こんな可愛い彼女だからいつか攫われてしまうと心配で心配で...何とか必死に説得して了承を得られた。
城へ行き彼女の届けを出すと、近日中に王宮でパーティーが開かれることになった。
王宮でパーティーを開くのは女性の夫を決める為だ。多くの男が夫にしてもらう為に参加してくるだろう...
拳を強く握りしめ、気持ちを落ち着かせた。
パーティーの当日、王宮へ行く為にアルスが彼女に化粧を施すことになった。
ユーカはなぜか自分でやると言い張ったが...
アルスが金を出すというのを断り俺が買ったドレスを着た彼女はそれだけでも美しいが、人前に出るのだから今以上に美しくするのは当然だろう。
ユーカは幼さを残す顔と普通の女性より背が低めな為子供に見える。
そんな彼女に俺が送った薄い水色のドレスは、子供に見られないように胸の大きさやくびれが分かるほど上半身はピッタリしたものでスカートはふんわりと膨らんでいる。
それを着た彼女は椅子に座っており、アルスが髪型を整え化粧を施すのだ。
妻をもつアルスは、女性と関わったことがほとんどない俺とは違い女性の扱いには慣れている。
女性を綺麗に整えるなんて、悔しいけど俺にはできない。
アルスが彼女に近付き触れることにイライラしていた俺だが、少しずつ美しくなる様子にいつの間にか見惚れていた。
終わったとき、なぜか化粧を施したアルスも驚いていた。
ユーカは化粧映えするタイプのようで、目鼻立ちがハッキリしただけでとても美しくなった。
...可憐な花の妖精のようだと思ったが、それはアルスも同じようで彼女を褒めていた。
自然に女性を褒めることができるアルスが羨ましい。
後れて「綺麗だよ」と、なんの捻りも思い付かず言ったのだが、それでもユーカは花が咲いたような笑顔で喜んでくれる。
そんな彼女が眩しかった。
アルスと二人で彼女を連れて家の外へ出る。
それだけなのに、外に出ることが初めての彼女は目をキラキラと輝かせている。
見る景色に感動しているようだった。
この世界の町並みは、彼女の世界のヨーロッパという所と似ているらしい。
俺からすればなんの面白味もない景色だが、彼女がここにいるだけで新鮮な気持ちになれた。
キョロキョロして危なげな彼女を心配していると、アルスが自然にその手を取りムッとした。
すると彼女は恥ずかしそうに頬を染めてあいつに礼を言うからイライラした。
それだけじゃなく珍しい容姿の彼女は人の目を引く。そのためすれ違う男は皆彼女を見る。
その度にイライラは増すばかりだ。
でもそれも、彼女の笑顔を見れば吹き飛ぶのだから不思議だ。
そうして無事に城へ着いたとき、城の大きさに目を見開いて驚いている彼女が可愛らしかった。
その手を引き王宮へ入ると、どこまでも続く広々としたきらびやかな空間に大勢の男が集まっていた。
そのことにイラっとしたがグッと我慢だ。
この場に集まった男は全員彼女の夫候補で、誰もが美しい容姿をしている。
着ている服も普段俺が着ているものよりずっと高い物だろう。
今俺が着ているのはアルスから貸りた服で、繊細な細工を施された美しい衣装だ。
とても俺の給料で買えるようなものじゃない。
それを当たり前に着こなしている男達に、自分との格の違いを見せつけられているようだ。
見てくれも中身も全て敵わない。場違いな自分に自然と顔は俯いていた。
そんな俺とは違い場馴れしたアルスは堂々と真ん中を突っ切り彼女を王の元へと連れて行く。
情けなくて俯いていた俺だが、不安そうに俺を見詰めている彼女に気付きしっかりしなければと思い直した。
沢山の男が、彼女の隣にはアルスがいるのに彼女は俺を頼りにしてくれている。
そう思えば勇気が湧いてきて、俺は顔を上げてその後に続いた。
「はっ、はじめまして私は優香・宮本です。
本日は私の為にこのような素敵なパーティーを開いていただきありがとう御座います」
王の前で緊張気味の彼女がぎこちないくお辞儀をし、いつもより少しばかり早口で喋る姿に先程までの陰鬱とした気分も吹き飛ぶ。
俺だけじゃなく彼女も緊張していたというその事実に嬉しくなるし、その緊張した様子すら愛おしい。
「ようこそ可愛らしいお嬢さん。
私はファムース国の王、セルビスタ・オルド・バーンス。どうぞセルとお呼び下さい 」
王は優しく笑って彼女を見ている。
彼女は少し緊張が解れたのか、ぎこちなくだが微笑んだ。
そんな姿も可愛らしい。俺の口は自然と緩んでいた。
でも、そう思っていたのは俺だけじゃないみたいで、アルスの頬も緩んでいて驚いた。
あいつはいつでもしっかりと作り込まれた微笑みを欠かさないのに。
よく見ればアルスだけじゃない、他の男達も王も微笑ましく彼女を見ていた。
そのことに不安や苛立ちなのか、何とも言えない気持ちになった。
「今宵は心行くまで楽しんでくれ」
王の言葉を合図に音楽が流れ出し、あっという間に彼女の前に列が出来ていた。
訳が分からないのか戸惑う彼女に、一人ずつ男達は自己アピールを始める。
「はじめましてユーカ様、私はエルドア・ドーム。
商人をしておりまして、自慢ではないのですが貴女を養うに十分な財産を持っています。
どうか私をユーカ様の夫にして下さいませ」
「!! えっ!?」
どうやら彼女の世界にはこういったパーティーはないようで酷く驚いている。
そんな彼女に気付いているだろうに、他の男も必死にアピールする。
「私は近衛騎士をしています。何かあれば貴女様をお守りできますし、ぜひ私を夫に!」
「俺は・・・」
次々と話し掛けられ彼女は戸惑うばかりで、結局その場で伴侶を決めることはできなかった。
そうしていつまでも夫をもたないユーカに王との謁見の場が設けられ、これからについての説明を彼女は受けた。
王の言葉は俺が思っていた通りのもので、彼女を落ち込ませるには十分だった。
「一年以内に伴侶を得ること」
何とか期限を伸ばしてもらえないか頼んだがこれでも異世界人ということでかなり寛大な決定で、これ以上延ばすことはできなかった。
彼女が一年以内に伴侶を決めなければ、王が選んだ男を夫にされてしまう。
これを断ることは許されない。もし断れば厳しい罰が待っている。
この世界で女性への罰則は少ないが、その中でも夫を持つことと子を生むことは絶対の義務だ。
守らなければ法律違反として女性の刑では最高に重い、[生涯奉仕の刑]を受ける。
これは、一生男達の性の捌け口にされるというもので、女性ならば誰でも嫌がるであろう老いた男や妻のいない醜男の相手をさせられ強制的に子を産まされるのだ。
それに比べれば誰でもいい、誰でもいいから伴侶を見付けてほしいと思った。
でも、もし可能であるのなら俺を夫の一人に選らんでくれないか...と、淡い期待もしてしまう。
本当に、自分に呆れる。
俺みたいな男が彼女の夫になれると思っているなんて、思い上がりにも程がある。
生まれて23年...適齢期をとうに過ぎた男だ。期待するだけ無駄というもの。
それでももしかしたら... そう思ってしまう心は止められなかった。
...だってユーカは期待させるようなことばかりするから。
国籍を取得してから彼女は外出するようになったのだが、いつでもお供に俺を選んでくれた。
たまにアルスも同行するが、彼女はアルスと二人きりで会ったりはしなかった。
俺の仕事が休みの日に外出するだけで、俺が忙しいときはアルスに誘われても家から出なかった。
他の男性を誘ったらどうかと言ったこともあるが「ローゼがいい」とそう言われれば嬉しくて、ありえるはずもないのに期待してしまう自分が嫌だった。
彼女はこの世界の女性とは違って威張ることもなく、誰に対しても丁寧だった。
アパートの住民や近所でよく顔を会わす者に毎日声を掛けるから、男達は皆下心を持って彼女に近付いてくる。
買い物のときも普通店員になんて一瞥もくれないものなのに彼女は自分で対応しようとするから驚いた。
俺が会計を済ませると俺にも店員にもお礼を言うのだ。
荷物だって自分で持とうとするし、家に着いたら必ずお礼を言われる。
外出先で困っている人がいると声を掛けて手伝おうとするし、そんな彼女の態度は若い男でも老人でも醜男でも変わらないのだ・・・
彼女を連れて外に出れば必ず男達が寄ってくるようになってしまった。
優しくて可愛らしい彼女だから、俺と同じように男達が期待してしまうのも無理はない。
この近所に住むのは俺と同じ独身男と老人ばかりだから、気持ちはよく分かる。
分かるが、それが物凄く...嫌だった。
自分を抑えようとしても、醜い独占欲はどんどん膨らんでいく。
...もう限界だと俺は彼女と距離をとることにした。
一緒に住んでいる為離れることはできないけれど、俺は自分から彼女に話し掛けないようにし過度な接触を絶った。
そうやって幾日も過ぎたある日、思い詰めた様子の彼女に言われたのだ。
「私がいると、迷惑ですか?」と。
驚いた。
俺は知らぬうちに彼女を傷付けていたのだ。
彼女には俺以外に頼る者がいないのに、本当に...なんて愚かなのか。
「迷惑じゃない! ユーカの方が俺なんかと一緒じゃ嫌だろう? 俺の友人に頼んでそいつの所に...」
「他の人の所になんて行きたくない!!」
声を荒げた彼女に驚いた。
彼女はいつでも落ち着いていて、こんな必死な様子の彼女は初めて見た。
瞳を潤ませて苦しそうに俺を見ている。
こんな表情にさせたのは俺だ。自分の身勝手さに心が引き裂かれるように痛んだ。
「嫌だなんて思うわけない。ずっとお世話になりっぱなしで... ローゼには迷惑ばかり掛けてるって分かってる。
ほんとは早く夫を見付けて出ていかなきゃいけないってことも分かってる。
...でも、夫なんてまだ決められないし、私がいるとあなたが奥さんを見付ける邪魔にしかならないってことも分かってる。
...だけど、それは嫌。あなたが他の人を選ぶなんて考えただけで嫌だ。...私はローゼがいい。ローゼじゃなきゃ嫌なの!」
そう言って一粒流れた涙が綺麗で見惚れる。涙を流す彼女は泣いたその顔さえ可愛くて美しい...
潤んだ黒い瞳は宝石のように輝き、その涙までキラキラと輝いていた。
そんな彼女が、今確かに俺でなければ嫌だと言った。そう言ったんだ。
俺の心は歓喜で満ちていた。
「...俺を、夫に選んでくれるの?」
ドキドキしながらそう聞くと、予想に反して彼女は浮かない顔をした。
断られるのだと分かってギュッと手のひらを握りしめた。期待していた分ショックは大きい。
「夫...は、ちょっとそこまで踏ん切りはつかないけど、でも私は...ローゼがその、好きだから」
真っ赤な顔を俯けながらボソボソと恥ずかしそうに言われる言葉に、正直喜んでいいのか悲しむべきなのか分からない。
夫は断られたが気に入ってはもらえたようで、それならなぜ夫は駄目なのだろう...
そう考えてすぐに答えが浮かぶ。
「俺が、醜男だから...夫にしたくないの?」
俺のような醜男を夫にするなど誰だって嫌だろう。
何度となくパーティーに参加してきたが1度もお試しとしても選ばれたことがなく、そんな独り身の俺を心配したアルスが自分の妻と俺を会わせてくれた。
そして俺の良いところをアピールし夫にしてやってくれないかと頼んでくれたのだがその女性は無理だと言って、最初に顔を見て以降目も合わせてくれなかった。
そんな俺だから好きだと言われただけで良しとするべきなのに、それ以上を望む惨めな俺がいた。
「...え? えぇ!? ローゼが醜男!? そんなことない、格好良いよ!!」
「ならなんで夫は駄目なの!? 俺のこと気に入ってくれたんでしょ!?
なのになんで・・・!!」
慌てて答えた彼女に気付いたら怒鳴っていた。
みっともないと、なんとか気持ちを抑えようとするが上手くいかない。
優しい彼女だから格好いいなんて嘘をついてくれる、そんなことは分かっている。けど、だからこそ馬鹿にされているようで腹が立った。
俺の気持ちを弄ばれたようで酷く惨めだった。それでも夫にして欲しいと浅ましく願う気持ちが自分でも止められない。
「違うの、あの...私の国では普通何年かお付き合いして、それから結婚するかどうか決めるものなの。
だからその...お付き合いもなくいきなり夫になるのが、ちょっとというか大分抵抗があって...」
申し訳なさそうに言う彼女の言葉に拍子抜けした。
彼女の言葉が嘘か本当か分からないが、彼女が嘘を言っているように見えないし、その言葉を信じたい。
俺が嫌なわけじゃないんだとホッとするのと同時に、そんな国もあるのかと驚いた。
「...俺が嫌なわけじゃないの?」
「もちろん! 私はローゼが好きなんだから! ...っ!!!」
自分の発言に真っ赤になる彼女が可愛いくてつい笑ってしまった。
そんな俺につられて笑い出した彼女の笑顔が眩しくて幸せで、より一層笑ってしまう。
この彼女の言葉が、表情が嘘のわけない。何より俺は信じたいと思った。
そうしてひとしきり笑い合った後、俺は言った。
「じゃあお付き合いしよう。
お付き合いってのがよく分かんないけど期限まで後少ししかないし、それまでに考えよう。
君がどう決断しても、俺は従うから」
俺の言葉は、もし彼女の気持ちが優しい嘘だったとしたら、さぞかし滑稽だろう。
俺は自分の顔に自信がもてない。そんな俺を彼女はよく褒めてくれる「ローゼは優しいね」「ローゼは格好いいね」って。
笑顔でキラキラ輝きながら言ってくれるその言葉を信じたい。
期待と不安を織り混ぜながら言った言葉だったが、彼女は顔を真っ赤にしながら頷いてくれた。
嬉しくて嬉しくて、思わずぎゅっと彼女を抱き締めていた。