1話
バッドエンド作品です。ヤンデレが書きたくて作った話しなのでその点注意を。
水色のカーテンの隙間から僅かに室内に入る太陽の光。
その眩しさに自然と目が覚めた私は、気だるさと体の痛みを我慢しながら身を起こした。
「ユーカおはよう」
「...おはようローゼ」
私が動いたことで目を覚ました彼に声を掛けられ、お互いに少し気恥ずかしいまま交わす挨拶は嫌ではなく心をほんわか温かくした。
彼は凄く優しい人で、私が痛くないように何日も掛けて慣らしてくれた。
初めて出逢った日から変わらず、ずっと優しい人だ。
ここに私が来たのは1年前。気付くと突然見知らぬ場所にいた。
戸惑う私はよく覚えていないけど、多分パニックになり騒ぎ立てていたと思う。
そんな私を落ち着かせようと優しく声を掛け、辛抱強く相手をしてくれたのはすぐ側にいた彼だった。
突然見知らぬ他人が自分の部屋に現れたのだ。彼だってすごく驚いただろう。
それなのに自分を置いて見知らぬ他人の私を気遣うことができる優しい人。
訳が分からなくて支離滅裂なことを言う私の話しを辛抱強く聞いてくれた。
そのお陰で私は段々落ち着いて、自分の状況を整理できるようになれた。
私の話しから私が別の世界から来てしまったんだと理解した彼は、得体の知れない私に自分の部屋を与え衣食住の面倒を見てくれた。
自分はダイニングキッチンに毛布1枚を持っていき、体にくるくると巻いて寝ていた。お仕事だってあるから大変だろうに。
彼の名前はローゼ。
茶色い髪に髪より濃い色の瞳、少したれ目で優しそうな顔立ちの彼は十分格好いいと思う。
それで性格も良いのだから非の打ち所のない素敵な人。それが私の見た彼の全て。
後に私の夫になる人。
彼に拾われてからの最初の1ヶ月は、この家から一歩も出ることなく過ごしていた。
外に出るのは危険だと言われ、私は彼の言葉を信じ家から一歩も出なかった。
出掛ける彼を玄関で見送り、帰ってきたら玄関に迎えに行くだけ。
開いたドアから見える外は灰色の壁で、窓から見える景色から通りが見下ろせることから、ここはどこかのアパートの2階なんだと思う。
玄関から進むと短い廊下があり、玄関からダイニングキッチンが見える。その短い廊下の左の扉がトイレ、右の扉が寝室になっているシンプルな作りだ。
1人暮らしだからちょっと狭い家だけど御世話になってる身で贅沢は言えないのに、彼は「こんな狭い家に住ませてごめん」って何度も謝るんだ。
迷惑を掛けてるのは私なのに...
ただ、お風呂がないことはちょっと辛い。
彼がキッチンに目隠しの大きなカーテンをひいてくれたからそこで体を拭いているけど、やっぱりお風呂が恋しい。
彼は炊事洗濯掃除となんでもしてくれて、私が「少しでも恩返しがしたい」と手伝いを申し出ても断られてしまう。
何か役に立ちたいと彼がいない間に家中の掃除をしたりしたのだけれど、そのことに気付いた彼は慌てて止めるように言ってきた。
それでも何もしないで御世話になるのは辛くて、私だって彼の役に立ちたくて粘った。
...が、次の日には掃除用具を隠されてしまった。
どうしようかと迷い、次は洗濯をしたがそれも止められて...その次は料理をしようとしたがことごとく止められてしまった。
そうして何もすることがなくなった私は、自分の不甲斐なさに嫌気がさし落ち込んだ日々を過ごしていた。
そんなある日、私が彼と暮らし始めて1ヶ月後、彼は一人の男性を家に連れて来た。
「はじめまして、私の名前はアルス。王宮騎士をしています」
「あっ、私は宮本優香です。えっと名前がユウカで、異世界人です」
優雅な礼をして挨拶してくれたその男性に私も慌てて頭を下げ挨拶を返した。
内心すごくドキドキしている。だってその男性はすごく美しかったから。
色素の薄い白い肌に肩より少し長い癖毛の白金髪。濃くも薄くも見える不思議な水色の瞳。
エルフがいたらこんな感じだろうって本気で思った。それくらい美形なのだ。
そんなアルスさんは、ローゼの友人だそうだ。
「話しには聞いていましたが本当に異世界の方なのですね」
優しく微笑みながらも感心したように言われてしまったが仕方ない。
この世界に東洋人のような顔はいないらしいから、一目見ただけでこの辺りの人間でないと分かってしまう。
みんなローゼさん達のような西洋人風の見た目をしているらしい。
ちゃんと会ったのはローゼとアルスさんだけだけど。窓から見た人もそんな感じだと思う。...上からでよく見えないけど。
「アルス、ユーカにこの世界について教えてあげてほしいんだ」
「分かりました。ユーカはこの世界についてどれくらいローゼから聞きましたか?」
「えっと、女性がすごく少なくて一人で出歩くのは危険だってことは」
確認の為にローゼを見ると、彼は頷いてアルスさんを見た。
「そうですね、この世界では女性が少ないですから一部の過激な団体が女性を攫っていく事件もあります。
ですが普通はとても大事にされていますから、実際に危害を加えようとする者はまずいないでしょう。
それでも女性が出歩く際には必ず数人の男性が供をして、一人で出歩くことはありえませんが」
元々私がローゼから聞いていたのはこの国[ファムース]では女性がすごく少ないってこと。
だから外に一人で出てはだめって。後は自分だけじゃ守りきれるか不安だからって。
それからアルスさんから聞いた話しもまとめると...
この世界は男性が多く女性が少ない為、女性は物凄く大切にされているらしい。
昔はこの世界でも強い男性が複数の女性を無理矢理囲っていたそうだが、ただでさえ少ない女性が次々に自殺や病死をして、女性の数が今よりもっと少なくなってしまったらしい。
そのことに危機感を覚えた当時の王が女性を守るように様々な法を作ったそうだ。
私がローゼさんの手伝いをしようとしたら彼が断わったのは、[女性を奴隷のように扱ってはいけない]という法律があるからだそうで。
女性はあらゆることを男性にしてもらうのが当然らしくて、自分で家事なんて絶対にやらないらしい。
それってどうなんだろう...
「...それじゃ、まるで男性が奴隷みたいですね」
「女性は子を生む義務がありますから、男が他のことをするのは当然です」
私が困惑しながら言った言葉に、アルスさんは笑って答えてくれた。
女性は複数の夫を持って何人も子を生まなきゃいけないそうで、それは少なくなった女性に一人でも多く子を生んでもらう為らしい。
それだけではなく伴侶を得られない男性を減らす為、というのもある。
けど、それでも生まれるのはほとんど男の子だそうだ。
だから一人でも多く女の子を産んでもらう為に、あまり体に負担の掛かることをしてはいけないので男性が身の回りのことは全てしてあげるのが普通らしい。
色々驚いたけど、まさか私もこの法律に従わなければいけないのだろうか...
「...私もこの国の法律に従わなければいけないのでしょうか?」
「そうですね... この国で生きていくのならいずれ夫を持って頂くことになるでしょう。
それを拒否すれば国の保護、ひいては男性の保護を受けられなくなるということですから... どのような目にあうか、分かりません」
不安になって質問すれば、アルスさんは真剣に答えてくれた。
でもそれは、やはり従わなければいけないというものだった。
元の世界に帰る方法なんて分からないし探しに行こうとしてもこの世界の人々には自国であるファムースとその外、という簡単な認識しかない。
そう、このファムース以外、全て未知の領域なのだ。
そんな未知の世界に日本へと帰る手掛かりを探しに行くの? 私一人で?
...そんなこと、できるわけがない、私はどうすればいいの!?
強く手を握りしめて落ち込んでいた私を慰めてくれたのはローゼだった。
彼はいつも私に優しくしてくれる。
出会ったときからずっと。
そんな彼を好きになるのに時間は掛からなかった。