レメリナの花
ガインツたちに会ってから四日が過ぎた。明後日には村を出るからか、カフルの稽古――教えられていることもあって今は立派に稽古と呼べるものだ――は中々厳しくなっている。それに音を上げずに頑張っているし、カフルは確かに強くなっているようだ。
これは次試合でもしたら負けるかもしれない。でも私は稽古に参加しないよ。王者の余裕? そんなものじゃないよ、これは。私が稽古に参加したらお姉ちゃんにすぐバレそうだから。
あの男二人の口はなんか軽そうだから、稽古に交ざるのはちょっと。
それに気分が良くなってカフルが口を滑らせないかちょっと心配なところだ。
「はっ! やあぁ! せいっ!」
「掛け声は立派だが、それじゃあ駄目だぞ坊主。ちょっと力みすぎてる」
「力みすぎていると突然のことに対応できませんよ」
「は、はい! 頑張ります」
「…………」
それと姉も約束通りクラリスさんから弓を教えてもらっているが表情が暗い。
まあ、一番暗いのはお父さんなんだけどね。弓を教わるなら自分に教わってほしかったんだろうけど、前も空気を読んでしてただけだし、気にしない方がいいのにな。
でも不思議だ。お姉ちゃんはなんで表情が暗いんだろう。何かあったのかな?
「……お姉ちゃん、気分が悪そうだけど大丈夫?」
「え、リンシアちゃん大丈夫? もしかして私の教え方って厳しかったりした?」
「アリシアもクラリスさんも気にしなくて大丈夫ですよ」
「本当に大丈夫? 教えている身としては無理をさせたくないんだけど」
「本当に大丈夫ですよ。ちょっと考えごとをしていただけですから」
あと私はどちらの稽古に参加はしてないけど顔は出している。日課の魔法の練習はしているから問題ないし、教えているのを聞いているだけでもためになるから。
本当に大丈夫か心配だけど、見る限り体調に変化がないから、本当に考えごとをしていたのかも。とりあえず何もないことを祈ろう。
★ ☆ ★
アリシアが魔法の学校に行きたがっているのは、なんとなくだけどわかってた。
アリシアは魔法を頑張っているけど……私は魔法とかあんまりわからないけど、なんかアリシアが行き詰っているような、そんな気がしてるから。
いつか通いたいって言うんじゃないかって、感じてたけど難しい。
「本当にリンシアちゃん大丈夫? 今はアリシアちゃんがいないから、辛かったら辛いって言っていいんだよ」
「本当に大丈夫ですけど、あの…………心配、ありがとうございます」
「……やっぱり、リンシアちゃん何かあった? 多分だけどアリシアちゃんのことだよね」
村の人なら一発で気づかれることだろうけど。まさか会って五日しか経ってない人にも気づかれるなんて、私って凄くわかりやすいのかな?
でも、そんなことよりどうしよう。クラリスさんに相談しようかな……。
アリシアが学校に行くためのお金をなんとかしたいこと。
私は子供だから大人以上の考えは浮かばないし、何かいい方法を知ってるかも。
「アリシアが学校に行けるように、お金をなんとかしたいなって思ってて」
「そっか、リンシアちゃんは凄く妹思いなんだね。でも、学校の入学料は安くなるとしても、金貨は必要だと思うよ。今のところ金貨三枚らしいから安くなっても一枚か二枚かってところだろうし。それでも平民や冒険者でも用意できるか難しい金額だよ」
「そ、そんな大金だったんですか……教えてくれて、ありがとうございます」
「うん。期待させてごめんね」
「大丈夫です。今日も弓を教えてくれてありがとうございます」
「どういたしまして。明日も頑張って練習しようね」
うう、クラリスさんは気にしてない振りをしてるけど申し訳なさそう。
そんな顔をさせたのは申し訳ないけど、なんとかしてアリシアを学校に通わせたい。お父さんやお母さんの稼ぎじゃ、アリシアを学校に通わせてあげることはできないから……。
他に何か思いつきそうな人を探さないと。
ガインツさんとケイネスさんなら何か思いつくかも。クラリスさんと同じ冒険者で大人だし、それにガインツさんが先輩で、色々詳しいってケイネスさんが言ってたし。
よし! そうと決まったら探さないと、絶対にいい方法を見つけてみせるんだから!
「ガインツさん! ケイネスさん!」
「おお、嬢ちゃんじゃないか。どうかしたのか? クラリスの奴が何かやらかしたか?」
「ガインツさん、クラリスは厳しい教え方はしませんよ」
カフルの剣の練習が終わったのか、二人は布で体の汗を拭っていた。近づくと強く感じる汗のにおいはちょっと嫌だけど、それは我慢しないといけない。
でも、さすが冒険者だな。ケイネスさんでも筋肉とか凄いけど、ガインツさんはもっと凄い。
まあ私の好みじゃないんだけどね。冒険者は不安定な仕事でもあるから。
「クラリスさんにはよくしてもらってます。……その、今聞きたいことがあって来たんです」
「聞きたいこと、ね。わかった。いいから続けな嬢ちゃん」
「二人は何かいいお金の稼ぎ方とか知りませんか?」
「稼ぎ方か……。稼ぎがいい仕事はいくつか思いつくが、勧められるものじゃねえからな。だから、まだ勧められるものを教えるが、あんまり期待するなよ」
「はい! 教えてください」
「まずなんだが、嬢ちゃんは山とか森とかに遊びに行くことはあるか?」
「少しだけなら遊びに行ったりします」
稼ぎのいい仕事は気になるけど、絶対に良くない仕事の感じがする。
でも山や森でのいい仕事ってあるのかな? 今の私の腕だと、動物を射れるかまだちょっと怪しいところだし、難しくないのだといいな……。
「そうか。冒険者には薬の材料になる花や草を採ってくる仕事があるんだが、それならまだ稼ぎになるだろう。薬草だけならいくつか知ってるから教えることができるぞ。あとは高価な花や草しか知らないな。まあ、それはケイネスの方が詳しいけどな」
「……確かに道中に見つけたらと思って調べてましたからね。高価な錬金の材料だと――」
それから色々な花や草について教えてもらったけど知らないものばかりだ。やっぱり結構安いらしい薬草を採って稼ぐしかないのかな?
アリシアを学校に行かせてあげれないかもしれないと思うとちょっと悲しい。
「あと、レメリナの花と言われる花だね。生涯で見ることさえ叶わないと言われるほど珍しい花で、万能薬の材料にある花だ。水色の花びらを四つしか持たない、特徴的な見た目をしていてね。水色の花びらを持つ花の中で一番花びらの数が少ないんだ」
「レメリナの花」
「生涯で見ることすら叶わないと言われているし、万能薬の材料だからどんな花よりも高額だ。まあ、ほとんど見つからないんだけどね。以上が僕が覚えているものだよ」
「……色々教えてくれてありがとうございます!」
私の好きな花があの花を売れば、アリシアが学校に行けるかもしれない。
明日摘みに行こう。もしかするとそれなりに見つかるかも、あそこに二輪も生えてたからもっとあるといいな。花には悪いけど、私はアリシアの夢を叶えてあげたいから、ごめんね。
「お姉ちゃん。今日はどこか寄ってきたの? 練習のあとはすぐに帰ってくるのに」
「ちょっと寄りたいところがあって。今日は心配してくれてありがとう。お姉ちゃんはもう大丈夫だから安心してね」
「……うん、わかった」
やっぱりアリシアは可愛いなー。
お姉ちゃん、アリシアが学校に行けるよう頑張るから!
☆ ★ ☆
「お姉ちゃん、どうしたんだろう?」
もうすぐ日が暮れそうになっているというのに、お姉ちゃんは今のところ帰ってきてない。今日は練習が終わるまで見てたけど、終わったら行くとこがあるとかで行っちゃうし。
まあ、お姉ちゃんにもプライベートはあるんだから、聞いちゃいけないことだってあるだろう。
でも帰りが遅いとお母さんに怒られるのに。精神年齢としては私の方が年上だし、お姉ちゃんを探しに行ってあげよ。村の中だったらいる場所は限られる。
「…………」
なのに何故かお姉ちゃんが見つからない。リッカさんのところとか、カフルのとことか、最終的には村の隅から隅まで見たけどいない。もしかして村にいないとかなのかな?
そうなるといる場所って、山にある花畑かな? 花を摘まないお姉ちゃんには行く理由がないと思うんだけど、一応探してみようかな。
と、思って探しに来たのに姉はいないし、こうなると心配だな……。
「お姉ちゃーん! お姉ちゃーん! おね……なんでこんなところに袋が? それに、これはお姉ちゃんの好きな花」
花畑の中に落ちていた袋には、姉が好きだと言っていた花が二輪入っていた。
それに落ちていた袋は姉のものだ。姉の誕生日にプレゼントとして選んだもので、姉が外出する時にいつも持ち歩いていたからよく覚えている。
姉はここにいたんだ、なら姉はどこに。もしかして攫われたのか……。
ガインツさんたちに報告して、お姉ちゃんを助けてもらわないと。
「おいおい、声が聞こえた気がしたから見に来たら……これは運がいいな」
「……誰」
後ろの茂みから出てきた男が何者かはわかっている。こいつが村長が話していた盗賊だろう。被害が多いと聞くし一人ではないはず、どこかに仲間が隠れているかも。
でも、どうする。私が使えるのは生活魔法。人に向けても効くとは思えない。
それに私は子供で、目の前の男は大人。足の長さも体力も相手のが上、いくら鍛えているとしても今の私じゃ逃げるのすら……でも逃げないと助けを呼べない。
「こらガキ、逃げんじゃねえ! お前ら捕まえろ!」
「へい!」
「まかせてください!」
全力で逃げた先に男の仲間が現れ手を伸ばしてきた。
逃げた先に仲間がいるなんて運がない。捕まったら助けを呼べなくなる! かわさないと!
たたらを踏みながら体を捻ってかわそうとした瞬間、足を鈍い痛みが襲う。
それでバランスが崩れて捕まらなかったけど、迫っていた手が頬にぶつかった。痛いけど足が一番痛い。それに逃げないと……。
「チッ、手間をかけさせやがって」
「オスターさん。石を投げて傷ついたら商品価値が下がるんですよ」
「うるせえな! それにさっき捕まえたのと姉妹みたいだし、二人一緒に売ればいいだろ。姉妹一緒にする考え、俺優しくね?」
「確かに優しいですね。妹さんも泣いて喜んでますよ」
「とっとと薬で眠らせるぞ。一応、住みかを知られるわけにいかないしな」
さっきの石か、私の綺麗な足が駄目になったらどうしてくれる。とふざけれないほど痛いな。それにお姉ちゃん捕まってたのか……。
あの男が液体をしみ込ませた布で、私の鼻と口をおさえてくる。
この世界にもクロロホルムみたいなものがあるんだ。そして私は意識を失った。