お姉ちゃん
「リンシア。妹が大好きなのはわかっているけど、もうちょっと周りのことを考えなさい。それにリンシアは大好きなアリシアに冷めたご飯を食べさせるの?」
「ごめんなさい。アリシアと話したり、面倒を見るのが楽しくて……」
お姉ちゃんの行動は面倒を見ているというより、面倒を与えているとしか思えないけど。それをわからないからお母さんに怒られるんだよ。
冷めてしまったスープをすすりながら母に怒られる姉を見る。
冷めても美味しかったら良かったんだけど、微妙だな。それよりお母さんはお姉ちゃんのことを諦めてなかったんだね。もうとっくに諦めているんだと思ってたから嬉しいよ。
頑張って、私の自由がかかってるんだ!
「母さん。リンシアもちゃんと反省しているようだし、きっと大丈夫だよ」
「父さんは考えが甘すぎる。リンシアはもう十歳なのよ。それなのに好きな人は妹、大切な人は妹、ずっと一緒にいたいのも妹では……成人になってからでは遅いの。いい加減妹離れさせないと、アリシアも行き遅れになりそうなのよ」
お母さんの考えがわかるなー。今のままだと、お姉ちゃんのことだから私にいい人を紹介するまで、結婚は考えそうにないからね……。それに、仮に私が誰か連れてきても「アリシアに相応しいか、お姉ちゃんが見極める」とか言いそう。
母の不安が理解できたのか父も不安そうな表情を浮かべる。
でも、私は今のところ結婚とか考えてないしな。まあ話を振られたら困るけど、実際話を振られてないから気にしないでおくか。
二人ともどうすればいいか悩んでいるし……。
「母さんの心配はわかるが、リンシアはあと五年で十五歳。立派な成人の仲間入りするんだから、その頃にはきっと妹離れするさ」
「リンシアを見ていると、そうなるって思えなくて。本当に妹離れできるか……」
「た、確かに心配だけどきっと大丈夫だよ。でもリンシアだし」
「いつかは妹離れするよ! 最近はその話ばかり。お母さんたちは信じてくれないの?」
「信じているさ。なんたってリンシアは僕たちの子だからね。なあ母さん」
「え、ええ信じているわ。私たちの子だから」
目を逸らしているし、両親が信じきれていないのは容易にわかる。
でも、あのお姉ちゃんが真剣にそう言ってるのはビックリ。ならこう言ってみたらお姉ちゃんはどんな反応をするのかな?
そう私のちょっとしたイタズラ心が顔を出す。
「お姉ちゃん、村から出て行っちゃうの……?」
ついでに悲しそうな表情も浮かべてみた。涙は流せないけど、悲しい表情や寂しい表情はできるからね。女という本職では劣るけど……。
さて、お姉ちゃんはどんな反応をするのかな?
「お姉ちゃんはアリシアを置いていなくならないから安心して!」
お姉ちゃん。さっきと言っていることが違うと思うんだけどいいの? お母さんたちに言っておきながら、すぐに手のひら返しているし、そうなるかもと予想しながらした発言ではあるけど。お母さんたちは――呆れているみたいだしいいのか。
まあ冗談で言っただけだから、本音としては自由がほしいかな。
というより、本当にお姉ちゃんて妹離れをできるの?
☆ ★ ☆
父が村の男たちと一緒に狩りに出かけ、母は畑仕事の手伝いに向かった。いつもなら次に姉が友達のところに行くのだが、何故か今も一緒に家に残っている。
あれ、いつもと同じように遊びに行くんじゃないの? いるのって珍しいな……。
姉がなんで私と一緒に遊ぼうとしないか、理由は前に偶然聞いたから知っている。
私からちゃんと友達を作れるようにって考えなのだ。そんな気づかいで作られた時間を、私は魔法の練習に全てつぎ込んでたんだけどね。
あの時の質問は、誰と遊んでいるのか気になってたんだろうな。現在進行形のボッチ状態だし私は、まあ自分のせいなんだけど……。
その気づかいを思うと後ろめたいが、姉が残っているのって何か理由があるのかな?
「お姉ちゃん。今日は友達と遊びに行かないの?」
「今日はアリシアと一緒にいようと思ってたから遊びに行かないし、アリシアの魔法の練習について行こうと思ってるんだけど……だめだったりする?」
「んん、だめじゃないよ。でもついて行っても楽しくないと思う」
まあ練習も楽しい部類には入らないだろうけどね。
でもお姉ちゃんならそんなこと関係なく、アリシアがいるから十分、とかいう理由でお姉ちゃんなら楽しめるだろう。私は魔法弄ってると楽しいよ、今は色々とあるし。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんがアリシアといて楽しくないって思わないから」
予想通りの答えをありがとう、お姉ちゃん。でも私はお姉ちゃんと一緒にいると普通としか思わないよ。なんて言ったらお姉ちゃんが悲しむだろうから言わないけどね。
とりあえず姉が魔法の練習に参加することが決まった。代わりに私の魔法の練習がし辛くなったけど、これはこれで練習になるかもだし頑張ろう。
それにただの思いつきだけど試したい魔法の練習をするし。
「お姉ちゃんがいいならいいけど。いつも魔法の練習する場所に行くけどいい?」
「アリシアが練習している場所とか気になる……。でも聞きたいことがあるんだけどいい?」
「いいけど魔法の練習をする場所は危なくないからね」
姉なら私の身を案じて危ないか聞いてきそうだから先手を打たせてもらおう。
いつも魔法の練習に使っている場所は、村と森の境目。小動物がちょっと出てくるだけで特に危なくない場所だ。森の奥まで行くと肉食獣がいるそうだけど。
私は見たことがない。だって今の私じゃ絶対に勝てないんだからね。
生活魔法は、火力が低すぎるんだよ……。
「聞きたいのはそれじゃなくてね。草とかが燃えたりとか、そういうのは起きないよね?」
「燃えないように気をつけてるし、火が点いたら消してるから大丈夫だよ」
まさか予想が外れるとは思わなかった。
でもなんでその心配? 普通に気をつけることだよね?
「アリシアが良かったらなんだけど。今日は違うところで魔法の練習をしない? リッカちゃんに教えてもらった花畑があるの。山のふもとにあるから少し遠いけど、どうかな?」
それで周囲に火が燃え移らないか心配したのか。これを知っていたら予想できたけど、私はボッチとして行動してたから普通に知らないや。
でも、まさか姉からより危険な場所への誘いが来るとは思わなかった。山だったら私の練習場所より危険な動物が出てきそうだけど、ちょっとぐらいいいかな。本当に危なかったらリッカさんが勧めるとは思わないし。
それにマシなお姉ちゃんのお願いだからね。髪や服は勘弁だけど。
「いいよ。でもお姉ちゃんはちゃんと場所わかるの?」
「それなら大丈夫だよ。何度も行って覚えたから、今なら目を瞑ってもつけるよ」
「いや、目は開けてくれないと困るから。お姉ちゃん、案内お願いするね」
「お姉ちゃんに任せて。でも、せっかくの花畑だからお弁当を用意しよっか」
今すぐ鼻歌を口ずさみそうなほど上機嫌に姉が台所に移動する。
私としても昼食に戻る必要がないのはいいから、姉が料理を作り終えるのを待つ。作っているのがどう見てもサンドイッチだけど、サンドイッチを料理と言ってあげるべきなのか……。
お姉ちゃんの作ってるサンドイッチ、切ってハムを突っ込むだけみたいだから余計に料理といえない。
「【我、火をここに乞う】」
姉の呟き――詠唱のあとに姉の手のひらに火が点る。短い詠唱文と名前が存在しないのが生活魔法の特徴だけど、火が点くまでの動きが遅いことがわかる。
練習をあまりしていないからか、魔力の動きがゆっくりで時間がかかっている。魔法を一日一回使うだけでも少しは上達するし、お姉ちゃんもちゃんと魔法の練習をすればいいのに。
そして手のひらに点った火を台所のコンロのような部分に落とす。
そのコンロのようなものは火の生活魔法を置くために、どこの家にでもあるものらしい。まず友達がいない私は人の家に遊びに行ったことがないから本当かわからないけど。
炙ったハムを突っ込んだだけのサンドイッチはすぐに完成し、姉は小さなバスケットに詰める。少女二人分の昼食だから量も少なくすぐに詰め終わる。
「じゃあ行こうかアリシア」
「お姉ちゃん。花畑まで手を繋いで行くの? 恥ずかしいよ」
「久しぶりに二人で出かけるんだし、だめ?」
本当に恥ずかしいんだけど。精神年齢がどうのと言うより、姉の妹好きは村中で知れ渡ってるから、親と一緒にいても温かい目を向けられたことがある……。
……久しぶりだから、我慢しようかな。もしかすると皆仕事をしていて気づかないかもだし。
結論から言うと色んな人に見られたし、いっぱい温かい目を向けられた。