花の冠
「…………はぁ」
一面いっぱいに広がる花畑は色々な色があって姉の言った通りとても綺麗ではあった。あったのだが、私がため息を吐いた理由はそれが理由ではない。
私がため息を吐いたのは、花畑に向かう道中にあった色々なことから、解放されたからだ。
それに、私が綺麗だと感動するような子ではないからね。お姉ちゃんには悪いけど。せめて、麓まで手を繋いでいたことを褒めてほしい。村の皆から向けられる視線は恥ずかしかったし、色んな人に声をかけられたのは困ったからね。
私があまり人と関わらなかったから、かもしれないけど……。
「二人は本当に仲良しね。ウチの子たちももっと仲良くしてくれればいいのに」
「リンシアちゃん、また今度遊びに来てくれる? ウチの子たちが会いたがっていてね」
「おおぉ! アリシアちゃんを見るのは久しぶりだな。元気だったか?」
などなど本当に色々声をかけられた。八割はお姉ちゃんに向けて話しかけられたものだから、お姉ちゃんの人気が窺えるね。そして残りの二割は私に対してのものだったけど、あれは珍しくて声をかけたみたいな感じだったからね。私、練習のためにだけどちゃんと外に出てるんだよ? お姉ちゃんといるのは珍しいかもしれないけどさ。
それと私が解放されてよかったと思えることは、あと一つある。
「どうかな、アリシア。ここの花畑すっごく綺麗だと思わない? アリシアもそう思うよね?」
「うん、確かに綺麗だと思うけどさ。……全然、ちょっと入ったところじゃなかった」
あの道無き道としか思えなかった山道から解放されたことだ。獣道って言うほど獣道ではなかったから進めたけど、今の私は山を登るような格好ではなかったからね。姉が昼食の準備をしている間に、歩きやすいからってお願いしてズボンを出してもらうべきだった。きっとそれが私に必要な準備だったに違いない。
でも、そんなことは過ぎたことだし、今はゆっくりできる。
山道はちょっとはきつかったから体を少しでも鍛えていて助かった……。
「確かにちょっとじゃなかったかも、ごめんねアリシア。でも、アリシアって結構体力あったんだね。もしかして鍛えてたりするの?」
「……ちょっとだけだよ? 早く色んなことができるようになりたいの」
「アリシアは凄いね。早く色んなことができるといいね」
姉が優しく頭をなでてくる。応援してくれるのは嬉しいんだけど、これはこれで恥ずかしい。
「お姉ちゃん、もうなでなくていいから遊ぼ! 何して遊ぶの?」
「遊び……」
お姉ちゃん、やっぱり遊びを思いついてなかったな……。
そうなると花畑で遊ぶより村に戻って、他の子たちと遊ぶのがいいからね。でも、皆ってどんな遊びをしているんだろう。私のイメージとしては、鬼ごっことかなんだけど、ここ異世界だからどんな遊びがあるか。
気になるところだけどせっかく花畑に来ているんだから何か。何か?
「お姉ちゃんはここにある花の名前とか知ってるのある?」
遊びより質問の方が浮かんだ。姉が一切、花の名前を知らなかったとしても質問するのはいいし、答えられたら答えられたで姉は喜ぶだろう。私が高いところに手を伸ばそうとしている時、手伝った姉が凄く嬉しそうにしてたからね。でも、抱っこで持ち上げる必要はないと思う。あれはくっ付く目的もあったんじゃないかって今でも疑ってるし。
まあ、とにかく姉が喜んでくれるといいな。あまり悲しませたり、困らせたりはしたくないから。
「少しぐらいしか知らないけどいい? お姉ちゃん、本当に少しぐらいしか知らないけど……」
「うん、いいよ。私は少しも知らないから、お姉ちゃんの知ってるのだけでも教えてほしいの」
よかった。まだお姉ちゃんが花の名前を知っていて。
いつか私の夢にも役立つかもしれないから、花というより、植物について知っておいた方がいいからね。さすがに雑草とか草とか、木とか簡単なものは聞いているけど、詳しいことは一つも知らない。魔法優先で日常生活に必要なことも、あまり母から学んでないから。
……まあ、名前だけでも花の名前が知れてよかったかな。専門家じゃないから姉も詳しいことは知らないのは仕方がないからね。
「お姉ちゃんが知っているのはこれぐらいだけど、よかった?」
「うん。私が知らないことだらけだったから、本当にありがとう、お姉ちゃん」
「それならよかった……。アリシアにいくつか花を教えたけど、この花畑の中にアリシアが気に入った花はある? お姉ちゃんがそれで花の冠を作ってあげる」
花の冠って別にいらないんだけど……そう言ったらお姉ちゃん悲しい顔をするよね。
ここは適当に選ぶか? でも、身につけさせられることを考えると、もうちょっと考えるべきか。面倒だからお姉ちゃんの髪と目の色に合わせて、と思ったけど黄と緑じゃ普通だな……。
ここは自分の髪の色と同じ赤にしよう。燃え上がるような色合いが好きだ。
「この赤い花とか、かな? 色が綺麗だし……」
「アリシアの髪と同じ色だね。ちょっと待っててね。すぐできるから」
そう言って赤い花を摘み、近くにある色の組み合わせが良さそうな花を摘み、私がちょっとお楽しみをしている間に出来上がったようだ。
じゃあ、お楽しみを止めてお姉ちゃんから花の冠を受け取らないとね。
「アリシアできたよ……って、なんで上見てるの? 何もないみたいだけど」
「お姉ちゃん、なんでもないよ。それでできたんだよね。見せてみせて」
「え、うん。こんな感じにできあがったよ。綺麗にできたからお姉ちゃんの自信作。アリシアの頭に乗せたいんだけどいい?」
頷いて頭を差し出すと姉は嬉しそうに、私の頭に花の冠を乗せる。
姉が嬉しそうなのを見ていると断らなくてよかったと思う。でも、この花の冠はいつまで身につけていればいいのかな。今日一日なら、今日は激しい動きができないや……。
まあ、あまり激しく動く予定なんか、元からないんだけどね。山道では落とさないよう、できるだけ注意しないといけないだろうけどさ。
「ありがとう、お姉ちゃん。これ大切にするね」
できるだけいい笑顔は作れたのだろうか……お姉ちゃんがうっとりしてるし、大丈夫だと思いたい。花の冠を乗せたアリシア可愛い、ってことのうっとりじゃないよね?
そこはお姉ちゃん、だから気にしないでおこう。それより、お姉ちゃんがプレゼントしてくれたんだし、私からも何か贈るべきかな。お姉ちゃん、私が贈ったものならなんでも喜びそうだから困る。
今の流れなら大丈夫そうだし、ここはとりあえず聞いてみよう。
「……お姉ちゃんの好きな花って、ここにある?」
「あるよ。名前の知らない花なんだけど、この花。でも、そんなこと聞いてどうしたの?」
首を傾げて不思議そうに聞いてくるが、なんでお姉ちゃん、そんなに嬉しそうなの? お姉ちゃんが喜ぶようなところあった? この姉、意味がわからない。
ま、そんなことは置いておいて、お姉ちゃんの好きな花って、水色をした四つの花びらが特徴的な花か。でも、一番特徴的なのは、この花びらがハート型をしていることだ。これはこれで姉が気に入りそうなのもわかる。
お姉ちゃんのことだから私基準で、私の髪の色と同じ花を選ぶと思ってたからね。
でも、そこは私から卒業なのだと思うと、寂しく思えるが、同時に安心する。
「ただ、ちょっと気になっただけだよ。だから、お姉ちゃんは気にしないで。それより他に――」
これ以上聞かれたりしないよう、他に何して遊ぶ?と続けようとしたところ、ある音に邪魔されて言葉を止める。その音は可愛らしい、くぅぅぅぅ~~という音をもう一度立てた。
顔が熱を持つのを感じ、顔を見られないよう逸らしたことで、姉がクスリと笑ってバスケットを差し出してきた。
「アリシア、今から昼食にしませんか?」
せっかくの花畑なんだからね。ここで食べないのは損だよね。
いい場所で食べたとしても、黒パンは硬くてやっぱり微妙だった。そんな黒パンだとしても、空腹のお腹には中々満足だった。もっと味を良くしたいけど、私にはパンの改良方法がわからない。だから、それは違う人に任せよう。私の仕事ではないはずだ。
……あと、お姉ちゃんは遊びを思いついていなかったから、村で色々遊ぶことにした。
さて、この世界の子供たちはどんな遊びをしているのかな?
★ ☆ ★
村に着いてすぐ、お姉ちゃんが村の人から「リッカが探していたぞ」と聞かされ、困ったような表情を浮かべていた。お姉ちゃんが困った顔をするのは珍しい。何かあったのかな?
そんな疑問を口にする前に聞き覚えのある声が聞こえ、姉はその声の方向に向けて手を振る。
振り返って納得した。リッカさんだ。
「リンシアちゃん、ようやく見つかった。どこにって、あっちだったら……花畑? 二人とも花畑に行ってたの? そうだったら、私も行きたかったな~」
「それは、また今度ってことで。それでリッカちゃん、私を探してたって聞いたけど、何かあったの?」
また行くのは嫌、って話の腰を折りにいくのはどうかと思うから言わないよ。
私も、一応なんの用事か気になる。一番は、なんでお姉ちゃんが困った顔をしたのかだけど。
「リンシアちゃんに相談したいことがあってね。できればすぐがいいんだけど、話を聞いてくれないかな? それと、アリシアちゃん、久しぶり。元気にしてた?」
「久しぶりです、リッカさん。私はいつも元気ですよ」
本当に久しぶりって、わけじゃないんだけどね。私が練習場所と家を行き来する毎日だから、あんまり会うことがないってだけだし……。
それと元気でいるのは当然のことだ。病気になったら姉がどれほど私に構うか、知っているからね。できるだけ面倒なことは避けるに限るだろう。赤ちゃんの時に比べて、今は酷くなっている確率が高そうだから、余計に避けないといけない。
「アリシアが元気なのも、とても可愛いのもいつものことだよ、リッカちゃん。それで相談したいことってなに?」
「えっと、その……できれば二人きりで話したいんだけど、だめかな?」
「アリシアは聞いちゃだめな話なの? これからアリシアと一緒に遊ぼうと思ってたのに」
ああ、お姉ちゃんが困った表情を浮かべていたのは、遊べなくなるかもしれない考えてなのか。
私としては一緒に遊ぶのは別の日でもいいし、元々は姉が久しぶりに一緒に遊びたいと言ったから、一緒に遊んでいるんだしね。
でも、いい加減ちゃんと人と交流を持った方がいいのかな? 魔法の練習は、どこでやっても気づかれなさそうだし、少し考えておこう。友達を作ったりとか……。
「本当にお願い、リンシアちゃんに相談に乗ってもらいたいの」
「……お姉ちゃん。一緒に遊ぶのはいつでもできるよ。だから、今はリッカさんの話を聞いてあげて、私からもお願い」
午後の練習について、知り合いに言っておいた方がいいと思っていたから丁度いい。一緒に遊ぶのを楽しみにしているお姉ちゃんには、悪いんだけど私は本当に助かる。だから、違う日に遊ぶ約束はちゃんとしよう。今日は急だったからね。
「うーん。じゃあ、リッカちゃんのとこで話を聞いてくるけど、アリシアは先に家に帰ってる?」
「……ちょっと知り合いと遊んでから家に帰るよ、お姉ちゃん」
「アリシアに友達がちゃんといたんだね。よかった……」
ただの知り合いなんだけど、お姉ちゃんが喜んでいるから、それは良しとしよう。なんか、不安に思わせてたみた――お姉ちゃん、私がボッチしてたのを知ってたの?
そんな疑問を口にする間もなく、姉はリッカさんに連れて行かれていた。