時には嘘
「ベヌツェ、女の子がゴブリン退治に行くそうですけど、大丈夫なのでしょうか?」
「お嬢様。冒険者の方が一緒にいるのですから大丈夫ですよ」
ゴブリンは緑色の肌をした人型で、一匹一匹は弱いが集団で襲いかかってくる魔物だと、お父さまが言ってました。何匹のゴブリンなのでしょうか。
ベヌツェが大丈夫だと言ってますけど、ベヌツェも私と一緒で知らないでしょう。
ゴブリンがどれだけ強いかとか知らないですが、それでも心配なのです。
「……やっぱり心配です。ゴブリン退治に呼ぶあの冒険者の考えがわかりません」
「お嬢様が心配するべきなのは試験に合格できるかどうかです。旦那様にお願いして試験を受けさせてもらうのですから、合格していただかないと」
「そうですけど心配なのです。ベヌツェはわかってくれますよね」
「外は危険ですからお止めください」
「出るのは止めますけど、外の確認はさせてもらいますから」
「お嬢様、何か飛んできたらどうするのですか!?」
確かにベヌツェの言うとおりです。でもあの女の子が心配なのは変わりません。
偶然ですが私たちが座っている場所は一番先頭でのれんから顔を出せばすぐに外の様子がわかります。冒険者の男性が仲間の女性に怒られていました、いい気味ですね。
でも、その間にゴブリンが近づいてきているのですがいいのでしょうか? ちょっと心配になってきました。彼らがどう戦うのか気になります。冒険者の戦いは町じゃ見れませんし。
そうちょっとだけ楽しみにしていたら、あの女の子が普通にゴブリンに近づいていきます。
「お嬢様、お嬢様。危ないかもしれないので下がってください」
「そんなことより、あの女の子は大丈夫なのでしょうか。なんで誰も止めないのでしょうか」
ゴブリンに近づいていく女の子を誰も止めません。彼らは正気なのでしょうか。私が冒険者の方たちに憤りを覚えている最中も女の子は進み、どんどん距離が近くなっていきます。
ですが、このあとの光景を見たことで私は学園に通いたいと強く思うことになりました。
女の子が突然片手を上げ、振り下ろした瞬間、ゴブリン一匹一匹を包む大きな火柱が上がりました。高く高く伸びている火柱を見て感動しました、あの女の子の弟子になりたいです。
あの女の子にお願いしたら弟子にしてもらえるでしょうか……。
「ベヌツェ。魔法とは凄いものですね。私もあれほどの魔法を使えるよう、頑張りますね」
「お嬢様は家業を継ぐのですから、あそこまでの魔法は必要ないでしょう。お嬢様はまず入学できるように頑張ってくださいね」
「わかってますけど、私はあの方の弟子にしてもらうのです」
女の子、いえ……あの方と呼ぶべきでしょう。私としてはお姉さまとか呼んでみたいです。
それより今は弟子になることが優先ですね。弟子にならなければちゃんと話はできないでしょうから。でもどうやってお願いすれば弟子にしてもらえるでしょうか。
私はお父さまと違って交渉は苦手ですから、頑張ってお願いをしてみようと思います!
真剣にお願いすれば気持ちは届くはずですからね!
☆ ★ ☆
いい感じに高い火柱が上がったのはちょっと気分がいい。光の柱とかにしたら綺麗だけど、やっぱり火柱の方が好みだね。なんというか格好いい感じがする。
試したかったことが試せたから満足だ。火柱が近い位置で上がっても私は熱さを感じなかった。
試したかったことはイメージの仕方の一つ。周囲への影響についてだ。
普通に火柱なんか上げてしまえば、その周囲は暑くなってしまうがそれをなくせないか、というのが試してみたかったことだ。実際忘れてたんだよね。服装とか乱れても気にしないし。
お姉ちゃんは気にするだろうけどね。
「おいおい、嬢ちゃん。なんて高威力の魔法を使うんだ!」
「「…………」」
ガインツさんが凄い驚いている。私の魔法に高威力とか、低威力とかないし知らない。
イメージしたもの、この場合は高い火柱と、ゴブリンを焼き殺せるだろうと思った火力でやっただけだから知らない。それに火柱の見た目でそう思ったかもしれないし。
四年前より高く伸びたからちょっと満足だね。もうちょっと高くなったりしないかな?
「大丈夫。ちゃんと加減したから」
本当は加減してないよ。イメージしたものに調整されるから火力は必要な威力分だけになるから、加減なんて必要はないのさ。楽でいいけど強弱はつけたいな。
それよりあんな火柱を上げたことで、トラブルが起きないといいけど。
「……本当か? 嬢ちゃんが加減してるように見えなかったが」
「本当だよ。派手だからそう思うだけ。それより皆待ってるし、早く王都に着きたいから馬車に乗ろう。遅くなったら色々困るからさ」
「確かに遅れるのは良くないでしょうし、早く済んだことを良かったと考えましょう」
「アリシアちゃんの魔法は思った以上に凄かったけどね」
ガインツさんたちはちょっと戸惑っているようだけど、気にすることじゃないね。
でも、あの火柱は魔法としては高火力なのかな? 火柱がちょっと気になる。
ちょっと困る結果になりそうだからガインツさんたちにちょっとお願いしようかな。こう、なんか凄い嫌な予感がしてるし……面倒ごとが起きる感じがする。
「三人にちょっとお願いが――」
それから私たちが馬車に戻ると御者が駆け寄ってきた。
ちょっと頬が紅潮してるけど、何かあったのかな? 恥ずかしがるようなこと起きそうにないと思うし、それに御者は男だから恥ずかしがるようなことなさそうなんだけど。
「先ほどの魔法は凄かったですね。そちらのお嬢さんは魔法使いなんでしょうか? 見た感じ成人前だと思いますが凄い魔法でしたね」
あれ、もしかしてこれは興奮してるのか? 凄い魔法とかそういうのが好きな人?
まあ、そんなことは別にいいかな。ちょっと心配してお願いしていたことが役に立つし。
「こちらのお嬢さんは知り合いの魔法使いのお弟子さんなのですが。その魔法使いの方があまり世の中のことを教えなかったので、王都の学園で世の中のことを学ぶ予定なのです。なので先ほどの魔法については黙っていただけると助かります」
「そうなのですか。お嬢さんなら王都の学園にすぐ受かるよ。頑張って」
「ありがとうございます」
ガインツさんたちにお願いしたのは、今、ケイネスさんが御者にした言い訳だ。あの魔法について聞かれたりして、門で足止めを喰らうのは嫌だし……。
四年前にガインツさんたちに見つけてもらうために火柱を上げた時も酷かった。
村の人は火柱の理由を知らないし、ガインツさんたちはいなかったから誤魔化せたんだよね。その火柱を間近で見た姉も黙ってくれていたから。ピリピリして怖かった。
皆殺しにしたら駄目だから、手だって出せなかったから仕方ないじゃん! 怖いのは!
「ゴブリン退治、ありがとうございます。皆さん乗ってください、すぐに出しますから」
馬車に乗るとこちらをじっと見詰める視線に気づいた。その視線は馬車の一番前の方に座っている身形のいい少女からのものだ。青い髪とかなんか綺麗だね。私の火のような赤い髪と対をなせそうだ。まあ、そんな考えは冗談としても、なんでこっちを見ているんだろう?
私の服装が乱れているとかじゃないよね。だって乱れないよう気をつけて魔法を使ったし。
すみません、気をつけて魔法は使ってないです。
遊び半分で魔法の実験をしましたから、服装への注意なんて微塵もありません。
でも、私が何かしたのかな? 特に彼女に何かした覚えはないけど。
「アリシアちゃん、どうかしたの?」
「えっと……」
言おうかどうしようか、躊躇っていると馬車が動き始めた。
そして……。
「……気持ち悪い」