神話(かんわ) 転生者が知らない事情
神話と閑話って、なんか同じ感じに読める気がします。
クランエルズ・オンラインは世界初にして唯一のVRゲームであり、百年以上も続く歴史の深いゲームだ。そのゲームをやったことがないという人は一人もいないほどだ。
使える種族は人間固定で、容姿のパーツは万を越えるほど。そしてアバターの製作過程には三十分にも及ぶ数々の質問に答える部分があり、その回答によっては驚くようなアビリティを持って生まれてくることもある。
アビリティの数やタイプが違うことから、クランエルズ・オンラインは才能のゲームとも言われている。持って生まれた才能がものをいうゲームなのだ。
このゲームに唯一ある職業は、全員が当てはまる冒険者と、強力なアビリティを持って生まれた勇者と魔王の三種類だけ。戦士や魔法使いはないから誰もが自称○○と言うことができる。
だが、勇者と魔王は持つ者が少ない神剣アビリティを持つものしか名乗れないのは暗黙の了解だ。誰も自称ですら名乗ることはない。なにより魔王は自称でも名乗りたくないものだ。魔王の職業を持った者は全プレイヤーから狙われるのだから。
何故なら強い魔王を倒すことができれば、豪華な討伐報酬が約束されているのだから。
たとえ、千人で挑んでも返り討ちにされるとしても誰も挑戦を諦めない。
それだけの人がゲームをおかしいと思わなくても、それをおかしいと思う者がいた。
☆ ★ ☆
部屋の中には散乱したお菓子の袋、そしてその中心には寝転がりならゲームをする少年がいた。
そんな少年の姿を見て、私の口からため息がこぼれた。この状態ではちゃんと聞いてくれるのか怪しい。聞く必要はないだろうけど気になるから、聞かないといけない。
持って来た紙に視線を落とし口を開く。
「これ、ゲームバランスとかちゃんと考えているんですか? 直さないと怪しまれますよ、クラン兄さま」
「別に直す必要はないぞ。誰も疑問に思わないよう意識を誘導してるから、誰も怪しんだりしないからな。さすがにそうしないと、苦情がきそうだし」
何をおかしなことを、といった風にクランエルズ兄さまが答える。まさか意識を誘導させているとは思いませんでした。クラン兄さまは色々とやらかす……。
だとしても、クラン兄さまが意識の誘導をしてます、なんてお父さんとお母さんに訴えても意味ないですからね。大量虐殺をして遊んでいるわけではないですから。
でも、部屋を汚し過ぎなのは言うべきかもしれません。
「あまり意識の誘導はいい行為ではないと思いますが……。それでクラン兄さまの目的は果たせたのですか? あ、でも、私はクラン兄さまの目的を知らないんですが」
「目的は単純に娯楽だけど? ゲームとかアニメとか好きだし、今はようやく目的の人材が揃ったから転生してもらったしね。長かった長かった」
「目的の人材ですか。あと気になったことがあるんですけどいいですか?」
「いいぞー。このクラン兄ちゃんが答えよう」
それでは遠慮なくお願いしましょう。私の世界の構成の参考を。
なにより紙に書かれていたことで気になるところがありますし。
「この質問の内容で得られるアビリティって、何か基準があるんですか?」
「質問はただのフェイクだ。頭につけている機械で読み取っているのは魂だから質問は関係ない。兄様や姉様に教えてもらった魂の構造と一緒の魂があった場合、その魂がファンタジー世界でした善行や悪行によってアビリティを決めているわけだしな」
「それはどういうことなんですか?」
「んー、例として言うのにいい奴は、あれかな……アリシア、植木紅って子のだけど」
それからクラン兄さまが植木紅という人にしたことを聞いた。
植木紅はクラン兄さまの面白そうだからという考えで、本来は女性として生まれてくるはずだったのを、男性として生まれさせたそうだ。そんなことまでしていたんですね、クラン兄さま。
さらに製作するアバターの性別を女性にするよう誘導し、アリシアという子を意図的に作らせたと。それと、そのアバターの姿は他世界を管理している姉さまに聞いた姿だそうだ。
そのアバターの姿で転生させたのは知っていますが、私が聞きたいのは姉さまから聞いたという、その世界で起こしたことについてだ。
そして兄さまは植木紅という人と同じ構造の魂を持つ人が起こしたことを話始めた。
吸血鬼という種族の中で強大な魔力を持って生まれてきた少女がいた。名前をアリシア・メレヴェン。人間たちから駆逐されかかっていた吸血鬼にとって唯一の希望となった。
アリシアはすくすくと育ち、他の吸血鬼たちから武器の扱い方や、魔法の扱い方を学んだ。どんどん力をつけたアリシアは人間たちに反旗をひるがえした。
襲い掛かってくる人間の軍隊を一人で蹴散らし、他の吸血鬼たちに命じて奇襲させ、王の首を落とし支配した。アリシアは吸血鬼たちの王として、鮮血帝アリシア・メレヴェンと高らかに名乗りをあげる。
国を得たアリシアは憎しみの連鎖を断つために、王都を、国を自分たちの支配下に置いても市民たちを傷つけることはなかった。放置することもなく市民たちをできる限り助けた。
アリシアの胸中にあったのは、これで吸血鬼たちの印象が少しでも良くなり、暮らしも良くなるはずだと、きっと人間たちと幸せに暮らせると。
だから自分たちは殺されそうになったから殺しただけで、これ以上の戦争を望まない。そう他国にも訴えた。
皆の期待に答えた、皆が幸せになった。これで、これで……。
だが人間たちは許さなかった。「魔族共に死を!」と口にしながら人間たち吸血鬼たちに刃を向けた。争いたくないというアリシアの気持ちを知っていた吸血鬼たちは理解してもらおうと、抵抗せずに捕まり――無惨な肉塊となって帰ってきた。
酷い拷問を受けた跡のある死体。数々の暴行の跡がある死体。解体され標本にされた死体。攫われようと、捕らわれようと助けにいけない苦悩。
皆が暗い顔をしている中、アリシアの知り合いが次々に手を上げ説得に向かう。
皆、アリシアの願いを知っての行動。自分たちのために頑張ったアリシアの夢である、皆が笑っていられる世界、その達成を願い説得に行く。
「アリシア様、私は将来……花屋をしたいです。誰もが見て幸せになる花を出すお店をしたいんです」そう生まれてからずっと一緒に頑張っていた幼馴染が説得に出かけ、死体として帰ってきた。毛を、目を、鼻を、歯を奪われた死体は誰か最初はわからなかった。
次に向かった師匠は「この私が夢を叶えてみせますよ。泣くのは後ですよ」と向かい剥製として帰ってきた。「魔族に相応しい献上品です」という言葉と共に。それを届けにきた使者を歓迎し無事に国に帰した。人を傷つけては今まで協力してくれた皆の努力を無駄にしてしまう。
色々頑張ったのに人間たちは連合軍を作り四方八方から国に入ってきた。
連合軍の前に出向き民を傷つけないで欲しい、話を聞いて欲しいと、存命の吸血鬼を連れてお願いに向かった。そうしたらアリシアの目の前に一人の吸血鬼が連れてこられた。
最初に説得に向かった自分の母親だった。生きていた、そのことを知って喜べたのはその一瞬だけだった。アリシアたちの前で辱めを受け、拷問を受け、あらゆる苦痛を与えられる母親。
全てを無駄にしてはならない、その思いで耐えていたアリシアの前に、何かが転がってきた。
それは目と鼻を奪われた母親の頭部だった……。
「酷い話ですけど、その後はどうなったんですか? 戦争になったんですか?」
不愉快としか言えないですけど、人間種も亜人種も、そして魔族も良い悪いは人次第なのに。
その立場や種族、生い立ちで差を作るのは文明を持つものには当たり前なのでしょうか。でも、アリシアがどうなったのか気になりますね。
「いや、文明が滅んだそうだ。……怒ったアリシアが激情に任せて国々を、言語を扱える生き物全てを殺しつくしたそうだ。驚きなのは竜の首さえ取ったこともだけどね。ミートゥナーが話を望むから、ちょっと気分変えようぜ。暗い話はこりごりだ」
「あ、はい、お願いします。よければクラン兄さまに世界構築の案を聞いていいですか?」
「いいよ。でも一つ言うが、俺の作った世界については、今日はもう話題に出さないでくれよ。気分が下がるからさ」
「はい! わかりました、クラン兄さま」
それは私の方からお願いしたいことだよ。ちょっと今、話に出したのはいただけないけど。
「管理する世界の三つをどう組み合わせるかで、色々変わるがステータス入りの世界とか、勇者召喚のために現代の世界を入れたりとか、色々工夫で楽しめる神様ライフが――」
でも、クラン兄さま。そんな過去を持つような魂で遊ぶのはどうかと思います。
初めてクラン兄さまの行動に引きましたよ……。