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2.空を望む鳥は地に堕ちる

 神聖王国騎士団の第3騎士団副団長。

 功績を上げ、やっとこの地位まで昇りつめた。強く地を蹴れば剣先が届きそうなほどの距離で、この世で最も憎い男に跪く。


「アルバトロス・ベイン、王命と伺い、馳せ参じました」


 ある日の訓練中、カイトは突然、主君である神聖王国国王から呼び出された。

 それなりに高い地位にいるとはいえ、貴族でも何でもないカイトが呼び出されることは稀だ。“いったい何の用なのか”と思いつつ、謁見室を訪れたカイトは国王の姿を目で捉えた瞬間、自分の中で殺意が湧き起こるのを感じた。


「おお、よく来たな」


 カイトの口上に鷹揚に頷き、やや親しげに声を掛ける国王に対して生まれた感情は臣下として有り得ない、憎しみに満ちた凶暴なものだ。


(殺してやりたい……っ!!)


 だが、まだ早い。

 カイトと目の前の男の距離は、実際に目に見えているものより幾分か遠いはずだ。殺せるかもしれないが、それと同じくらいの確率で国王付きの護衛騎士たちに阻まれ仕損じるだろう。

 失敗の先に待つのは死だ。男を殺した後で死ぬのは良い。復讐を遂げてなお生きようとするほどカイトは欲深くない。ただ、憎悪する相手を殺せないまま死んでいくようなことは御免だった。


「お前を呼んだのは他でもない、我が娘のことで話があってな」


 思いがけない国王の言葉に、カイトは少し面食らう。思わず確認するように問い掛けた。


「……王女殿下の?」

「ああ、そうだ」


 国王の一人娘であるアイビス・ファロン・ファレルは13歳の少女だ。彼女のことで騎士である自分が呼び出される理由など見当もつかない。

 戸惑うカイトの心中を知ってか知らずか、国王は言葉を続ける。


「突然の話で悪いが、お前にアイビスの護衛騎士を頼みたい」


 それこそ青天の霹靂とでもいうような話が飛び出し、カイトは驚きに目を見開いた。

 普通、王族の護衛騎士といえば貴族の仕事だ。それも選り抜きの。それなりに腕は要求されるが、見目の方が重要で、若く整った容姿の見栄えのする貴族出身の騎士が選ばれることが通例のはず。

 カイトが所属する第3騎士団は平民を集めた騎士団で、そこから王族の護衛騎士が選ばれるなど聞いたこともなかった。


「護衛騎士、ですか? 身分の低い私には荷が重いのでは……」


 王族の護衛。国王に近づく格好の機会だが、敢えて固辞する。国王が何を考えて言っているか分からない以上、話を受けることは得策ではないだろう。

 喜び勇んで引き受けて怪しまれでもすれば、今までのカイトの努力は水泡に帰すことになる。


「いやいや、これはアイビスの希望でな。私としてもお前を戦から外すのは惜しいのだが……私はあの子のお願いには弱いのだよ」


 また、思いがけない言葉を聞かされる。

 そう言われても、カイトには王女に選ばれる理由が思い当たらない。自分が騎士団副団長を務める国の王女だ、姿を見かけたことくらいはある。しかし、声を掛けられたことも声を掛けたこともなく、もちろん個人的に話をしたこともない。


「王女殿下のご指名とは、この身に余る光栄ですが……なぜ、私を?」

「この前の、御前試合での戦いぶりが気に入ったらしい。確かに、実に素晴らしい剣の腕だった」


 御前試合で優勝したことはそれなりに役に立ったようだ。他の騎士から……特に貴族出身の騎士たちから睨まれ、失敗だったかと思ったのだが、悪くない結果が得られた。

 確か先だっての昇進も御前試合の後だったはずだ。平民ばかり集めた騎士団とはいえ副団長ともなると、カイトが年若いこともあって他の騎士たちからの嫌がらせには事欠かなかった。それでも今の地位を手放す気にはなれないのは、国王の首が近いからだろう。


「勿体無いお言葉です」


 考えていることはおくびにも出さず、カイトは頭を下げる。


「まあ、そういう訳でな……周りの反発もあるだろうからあまり強くは言えんが、引き受けてはくれないか?」


 今の段階では、引き受ける方がカイトにとっては都合が良い。ただ、一つだけ気がかりがあった。


「一つだけ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「良いだろう」

「ありがとうございます。式典の際も、私が護衛騎士を務めることになるのでしょうか?」


 礼を言い、そう尋ねる。

 護衛騎士が花形だと呼ばれる所以は式典での王族の警護にあるといっても過言ではない。王族を守る華々しい騎士の姿は多くの者の憧れだ。だが、カイトはこれ以上目立ちたくはなかった。目立てば、それだけ注目を浴びる。……あくまで、カイトの目的は神聖王国国王への復讐を果たすこと。昇進は手段に過ぎない。


「悪いが、それは今まで通りに。……お前には、王族(わたしたち)を飾る装飾品ではなく、真に護衛として仕えてもらいたいのだ」


 つまり、対外的な護衛騎士は貴族出身の騎士にさせるため、ただ目立たず王女を守れ、といったところか。

 国王の話は、カイトの思惑と一致する。……心は、決まった。


「その役目、お受けいたします」

「おお! 受けてくれるか!!」


 大げさなほど喜ぶ国王に頭を下げつつ、心の中では冷笑する。己の死期を早めたことがそんなに嬉しいのか、と。

 ホッとしたような様子のまま国王は後ろを振り返り、猫撫で声ともいえる優しい声音で呼び掛ける。


「おいで、アイビス」


 国王の後ろから現れた少女に、カイトは一瞬、動揺した。

 あろうことか、王女がいたことに今の今まで気付かなかったらしい。それだけ国王に意識を取られていたということだ。復讐心を気取られるような真似はするな、と自戒する。


「初めまして」


 そう言って顔を覗きこんでくる王女に挨拶を済ませる間、カイトは気づかれないように注意を払いながら彼女を観察した。

 王女のカイトを見る目に悪意は窺えない。どちらかというと、きらきらとした視線を感じる。御前試合を見て選んだという言葉に嘘や裏はなさそうだ。


「アルって呼んでも良い?」


 気さくに問い掛けてきた王女に、屈みこんで目線を合わせ、カイトは人の好さそうな笑みを浮かべた。


「王女殿下のお好きなようにお呼びください」

「……呼んでも良い?」


 なぜか、もう一度問い掛けられて面食らう。自分の答えが気に食わなかったのだろうが、カイトには王女の気に障る言葉を返した覚えはない。思い返してみても、至らぬ点は思い浮かばなかった。


(どう答えてほしいんだ……?)


 考えに考える。


「…………。どうぞ」


 結局、先程より素っ気ない返事になった。“もっと他にあっただろう”と思うが、言ってしまった言葉は取り消せない。


「よろしくね、アル」


 しかし、その返事で良かったのか、王女はパッと花が咲くように笑った。


(……子どもは分からないな)


 子どもといっても、カイトと王女の歳は一回りも違わないのだが。幅広い年代の平民騎士が集まる第3騎士団においては、カイトもまだまだ尻の青い若造に過ぎない。

 初めて王女と言葉を交わし、具体的にどこがとは言えないが、先行きに不安を感じた。謙遜ではなく、カイトに王女の相手が務まるのだろうか。

 引き受けたことを早々に後悔しつつ、カイトは内心溜め息を吐いた。

 そんなカイトの心中も知らず、王女は無邪気に話し掛けてくる。


「私のことも、アイビスって呼んでね」

「…………は?」


 思いがけないことを言われ、またもや面食らう。王女はカイトの想像を斜め上にいくのが好きらしい。


「いえ、王女殿下の御名を呼び捨てにすることはできません」

「アイビスって呼んでね」

「…………無理だと申し上げたはずですが」

「無理でも呼んで」

「無理です」


 しばらくの間、お互い一歩も譲れないというように、睨み合うようにして王女と“呼ぶ・呼ばない”と言い合った。

 ふと、我に返る。


(俺は、何をやってるんだ……)


 年下の少女、しかも、これから仕えることになる相手と言い合っている現状に何ともいえず脱力してしまった。言い合っている内容もそこまでこだわることでもなく、正直どうでもいいことだ。


『パンッ』


 そんな二人の攻防に終わりを告げるように、乾いた音が響いた。

 手を叩いた国王は二人の注目が自分に向いたのを感じたのか、ひとつ頷く。先程までの娘可愛さに緩んだ顔とは打って変わり、君主然とした厳めしい表情だ。


「気が合うようで何よりだが、そこまでにしなさい」


 切り替わった空気を肌で感じ、カイトは再び国王に跪いた。

 憎い相手に跪くのを良しとするほどカイトのプライドは低くない。だが、目の前の男の首を刎ねるためならどんな屈辱でも耐えられた。


「アルバトロス・ベイン、お前を我が娘・アイビスの護衛騎士に任命する」

「謹んで、お受けいたします」

「お前の腕を疑うわけではないが、アイビスに傷一つ付かぬようにな」

「はい」


 “斬れ”と命じられれば、神だって斬り捨てよう。

 “守れ”と命じられれば、悪魔だって守ってみせる。

 どれほど屈辱的なことでも……“靴を舐めろ”という命にすらカイトは従う。


「微力ながら、王女殿下のため、身を尽くしてお仕えする所存です」


 全ては、目の前の男を殺すために。

 男の喉笛を噛み千切ってやるためならば、男にも、その娘にすら腹を見せてやる。いっそ、カイトに全幅の信頼を置けばいい。彼らがカイトの中に眠っているものに気づくときがあるとしたら、それは男の首が胴から離れたときだけだ。


「アル」


 ふいに、王女に名を呼ばれた。


(彼女に恨みはないが……)


 しかし、憎くないといえば嘘になる。

 どれほど憎んでも憎み足りない相手の娘であり、カイトたちの誇りを踏みにじった国でのうのうと暮らしてきた王女だ。彼女が無邪気に笑うほど、楽しげに声を上げるほど、腹の底の暗い感情が揺り動かされる。


「王女殿下、どうかなさいましたか?」


 多少情が移ったとしても、王女を斬ることになったときにカイトは躊躇しないだろう。今と同じ微笑みを浮かべたまま、唯一の優しさとして何の痛みも感じないように殺してやる。


「私に尽くしてくれるの?」

「はい、もちろんです」


 空々しい返事。

 カイトが王女に返す言葉は何の意味も持たない。


「じゃあ、アイビスって呼んでくれる?」


 跪いたままのカイトの顔を覗き込んで聞いてきた王女に、今度は声に出して溜め息を吐く。今さら不敬だと言われることもないだろう。さっきは散々言い合っていたのだから。

 真っ直ぐにカイトの目を見る王女としばらく見つめ合った後、カイトは笑顔で答える。


「無理です」

「……アルは頑固ね」


 そう言ってむくれる王女の姿は、実際の年齢より幾分か幼く見えた。

 この年頃でも貴族の子女というものはもっと取り澄ましているものだ。そう考えると、彼女は王女という身分のわりに素直で……はっきり言って、変わっている。


「ええ、あなたの護衛騎士は頑固なんです。どうぞお見知りおきください――アイビス様」


 こうして、カイトは王女の護衛騎士になった。





 キャラの名前は鳥の名前から取りました。ちなみに英語です。

 カイトはトンビ。

 アイビスはトキ。

 アルバトロスは……アホウドリ。


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