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残渣男  作者: ヘイ
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特殊な少女

__白い固定電話が静かな家に響く。


受話器の向こうからはライアンの優しい声が聞こえた。


「サラか?今デイビッドと居るんだが、どうやらアニーが風邪ひいちまってるらしいんだ。果物でも持って様子見に行ってくれないか?」


「わかったわ。デイビッドによろしく言っといてね」


「いいパンを買って帰るよ」


機械音の混ざった声は少し笑っていた。サラはテーブルの上の籠にある林檎を取って皮を剥く。


(兎さんにしてあげよ...あとは...)


...

......

.........



風邪をひいた時の独特のむず痒い臭いがする。アニーは眠気はないのに布団の中で羊を数えていた。窓から射し込む木漏れ日がイヤに気持ちいい。


羊を数えるのも飽きて天井の木目を辿って暇を潰そうとしたが、やはり何かしたい。


(ちょっと辛いけど...夕飯作ろうかな)


そう思い、掛け布団を折り畳んで立ち上がろうとすると、玄関から呼び鈴が鳴った。


「あ、はーい!」


額に乗っかった濡れタオルをボールの中に入れ、手櫛で赤毛のショートヘアをといて扉を開けると、バケットを持ったサラが立っていた。


「あらサラ!私今風邪ひいてて...うつしちゃ悪いわ...」


「大丈夫よ、これ。果物持ってきたから。デイビッドに看病を頼まれたの」


「ごめんねサラ」


「もう、もっと早く言ってよ。ほらほら、ベッドに座って」


彼女はアニーの背中を押すと、半ば強引にベッドの上に座らせた。


「ほら」


サラは得意気にバケットから動物に(かたど)られた果物を取り出した。


「こ、これは...」


キリンやサイ、兎や熊に似せてつくられた林檎や梨、パイナップルを見てアニーは言葉を失った。思わず息を呑んでしまう。


「ハハ...つい熱くなっちゃって」


「凝りすぎね。でもありがと」


アニーが林檎を食べて微笑むと、サラも顔に皺を作って微笑んだ。昼下がりの陽気な空気の中、小さな女子会が開かれているようだ。




_____


一方、学校ではエマが眠気と闘いながら授業を聞いていた。うつらうつらと頭を揺らしながらペンだけはしっかり握っている。


(うわぁ眠い。...一層の事眠ったほうがバレないかもしれない)


「エマ。スニア派とシンア派の問題について理解できましたか?」


突然、嗄れた声で問われた彼女はくりくりの目を開けてハッとした。周囲の生徒がくすくすと笑う。


「んぁ。はい。大丈夫です」


「そ。来週はテストですからね、期待してますよエマ」


「げっ」


口を横一杯に引きつらせて驚いた彼女を見て、隣の席にいる親友のサーニャは吹き出してしまった。


授業後、サーニャはエマの席の前に座って後ろを向く。


「私、漫画以外で「げっ」なんて言う子初めて見たわ」


気品があるがどこか棘のある声でサーニャが言う。


「何?頭に付けたそれ引っこぬくよ」


エマは家族には見せないやんちゃな一面をサーニャに向けた。「それ」とはツーサイドアップにしたサーニャの髪の毛だろう。


家が裕福で、よく漫画を読む彼女はその影響もあってこの髪型にしている。家の中では髪はおろされるから、せめて学校の時だけ括っているそうだ。小さな顔とブロンドの髪のおかげで、特殊な髪型も中々様になっている。


「それより、眠たそうね。夜更かしでもしたのかしら?」


「ま、そんなとこ。私もそろそろ大人だし」


10歳にも満たない少女が大人を語るのは滑稽だが、彼女らは真剣に話し合った。


「わ、私なんてお父さんのお酒ちょっとだけ貰ったけど??」


「なっ...!」


次第に二人の醜い争いはヒートアップしていき、それは教室に来た先生にも聞こえるほど大声になっていた。


「サーニャ、エマ!はしたない話はやめなさい!」


チョビ髭と丸眼鏡が特徴的な先生が声をあげる。周囲が笑ってその場が収まったが、歯切れの悪そうな顔をした二人は乱暴に席に座り直した。


端で見ていたのほほんとした雰囲気の少女がサーニャに


「どうしてサーニャはお嬢様なのに学校では暴れるの?」


と問うた。純粋無垢な瞳で黒髪を揺らす。


「あぁ、家だとドレスを沢山着せられるからね。外でくらい粗相をしたいものよ」


乱暴な口調にもどこか気高さがまぐわっている。


「へぇ〜、でも、エマとサーニャはいっつも喧嘩してるのに仲良いよね?」


包み込むような彼女の口調に、毒舌のサーニャも戸惑った表情を見せた。


「腐れ縁ってやつだよ」


10歳にも満たない少女が腐れ縁などと表現するのは些か滑稽だが、当の本人達は真剣なようだ。


学校に入学したての頃、資産家の娘のサーニャは独特の雰囲気で周囲に壁を築いていた。どうにも話しにくいクラスメイトというのは、どの学校にもいるはずだ。


だが、孤立したサーニャの壁を壊したのがエマである。偶々(たまたま)サーニャが持っていた小説が、エマの知っているものだったのだ。


「それ、『グレムリンの冒険』じゃない?」


「え、知っているの?」


趣味が小説を読むことというのも、孤立していた原因だ。この時期の子どもは遊び盛り。大人しい子でも図鑑や簡単なお話を見るだけであった。


「リスなのにグレムリンって名前なの面白いよね。リス好きなの?」


「えぇ...」


これが慣れ初めである。この日以来、2人は小説の感想を言い合ったり、サーニャの家に行って漫画を読む仲になっていった。


それがいつしか、漫画や小説に出てきた表現で相手を罵倒するのが流行りになったのだ。


昔の事を思い出し、エマは小さく笑った。


「何よエマ」


「いいや、リスが好きそうな頭の悪い顔してたわよ?」


「ちょっとそれグレムリンの冒険の3巻12ページ5行目のウェイクがマリーに言った言葉じゃない!」


(うわぁ)


風が窓から吹き込み、空ではゆっくりと雲が動く。


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