自然の猛威
彼らにとって、3人は縄張りを荒らす天敵であった。それと同時に、貴重な食料でもあったのだ。
だが、わざわざリスクを冒してまで人間を襲おうとは彼らも思わない。
ただ、状況が状況でない限り...。
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「流れが速くなってきたね」
水流を眺めながら歩くエマはボソッと呟いた。
「魚がいそうだけど、あそこには行けないわね」
小さな滝を遠回りして登り、3人は一息ついた。
水筒の水を滴る程度に口に含み、喉の渇きを癒す。不思議とお腹は空いていなかった。
木を避けながら吹いてきた湿っぽい風が肌を撫でる。その時、先程まで回復したと思われたエマの脚が再び悲鳴をあげた。
「痛い...」
エマの声に気づいて、少し前を歩いていたライアンは彼女に駆け寄った。
靴を脱がせると、白のソックスから血が滲み出ている。それも少量ではない。
「靴擦れか。どうして早く言わなかったんだ...!」
ライアンは彼女の踵に包帯を巻きながら少し強めに言った。エマは口を尖らせて「ごめんなさい」という。
「これでよし。おいで」
赤毛の頭を撫でた後、彼はエマをおぶる。
サーニャにも異常がないか聞いたが、彼女は首を横に振った。どうやら体力には自信があるらしい
汗の臭いを気にしつつも、エマは父の背中に身を委ねる。次第に、エマの中に申し訳ない気持ちが膨らんでいった。
数十分歩くと、
「あの石の上を伝って行ったら反対岸に行けないかな?」
とサーニャが言う。
サーニャの指差した先には連なっているのもやっとと言ったような岩が、川を跨いでいた。
子供のお尻の幅と同じくらい。それが小さく途切れながら連なり、川の流れに争っている。
(あまり時間はかけられない...近道して早く街に着く方がいいな...)
ライアンは頷いて岩場の近くまで歩く。川の流れは速く、数時間前に遊んでいた所の水流とは比べ物にならなかった。
落ちたら最悪命が危ない。しかし、ある程度のリスクを背負わなければ、このままだと身体的にも辛くなってくる。
先ずはサーニャが岩の上に乗って歩いて行った。
比較的体力のある彼女は軽々と川の中腹まで歩いていく。
「ゆっくりでいいぞ」
「うん。先に行ってるねー」
躊躇いながら表面が凸凹な岩に乗ろうとすると、エマが気を遣って下ろすよう促した。
「パパ。行けるから大丈夫だよ、苔が覆ってるから滑るかもしれないし、手が使えないと危ないよ」
「そ、そうだな」
ゆっくりと彼女をおろすと、ライアンは先に岩に乗ってエマに手を差し出す。
「さ、行こう」
「パパが落ちないでね」
「泳ぎには自信があるんだ」
落ちても大丈夫。決してそんなことはないが、エマを安心させるために冗談を言う。
だがその時、耳を劈くような金切り声が聞こえた。絶望がにじり寄ってきたかのように...
向こう岸を向いていたエマは「パパ!!」と切羽詰まった声で叫ぶ。
振り返ると、サーニャに自然の魔の手が忍びよっていた。
サーニャの周りに三匹の黒い子熊が囲っていたのだ。
彼らは餌を見つけたのか興味本位なのか、サーニャの身体を押さえつけていた。子熊と言っても体長1m以上はある。
「サーニャ!!」
ライアンはバッグから拳銃を取り出し、空に向かって発砲した。
近辺にマギノ前線がいたら居場所がばれてしまう。しかしそんな悠長なことは言ってられない状況であった。
突然轟く発砲音に子熊は驚いて森に逃げる。
「サーニャ!大丈夫か!すぐこっちに戻ってこい!」
顔の青ざめたサーニャが頷いて岩に乗ろうとした瞬間、ライアンは絶望を見た。
鉄塊のような巨体を揺らして現れる親熊。獲物を標準した親熊はサーニャに突進した。
「糞っ!!」
ライアンは再び銃を発砲するが今度は効果がない。親熊の後ろから子熊が取り巻きのように群がる。
「ここで待ってろ」
エマを岩の上に座らせた後ライアンはサーニャのもとへ向かう。
親熊は彼女の小さな肩に噛みつき首を振る。
まるで人形が弄ばれているように彼女の身体は宙に浮かんだ。
恐怖で声も出ない。ただされるがままであった。
ライアンが近づくと、親熊は彼女を咥えたまま森に逃げていく。見失ったら終わりだ。ライアンは苔で覆われる岩の上をかける。
「た...たすけ...」
川を渡り終えたライアンは銃を全弾熊に向けて撃った。しかし、銃弾は明後日の方向にとぶ。
例え彼が銃に自信があっても、護身用の拳銃で巨体の熊を倒すことは不可能だろう。
深い森に消えたサーニャと熊を追いかけてライアンは無我夢中で走った。
「サーニャ!!!」




