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4.「今ここで、あんたがすべきことはひとつだけ」

一刻も早く少女を警察に、という理由でいつもの見送りを辞退したラミントンとビートゥルートは、出口へと続く長い廊下を歩いていた。

両手を頭の後ろに当てて、大きく伸びをしたラミントンが天井を見ながら笑う。

「やー、無事でよかった、あの子も俺も。ねぇ、ビー」

返事はない。

「……ん? どうした?」

しばらく神妙な顔で黙り込んでいたビートゥルートは、堪えきれないといわんばかりの様子で口を開いた。

「どうしてあのガキが、あんなところに飛び出してきたと思ってるんですか」

「え? うーん、何かに追われてた、とかかな。このへん治安悪いしって聞いてるしなぁ。来る途中でも何人か見ただろう、ストリートチルドレン」

「それなら、ガレージに入ってくるだけで済むでしょう。安全柵をくぐって、暖機中の機体の前輪にまで近づく必要が、どこに?」

ちょっと考える様子を見せたラミントンが、数秒後、ざっと青ざめる。

「ま、まさか、自殺志願……とか」

「それだけだったらどんなにか良かったでしょうね」

ビートゥルートがそっぽをむいて答えるのに、ラミントンは顔をしかめて前髪を掻き上げた。

「あぁもうなんだよ、教えておくれよ、ビー。お前の頭の回転に、俺が追いつけるわけないだろー」

「放棄しましたね。面倒なだけでしょうあんた」

「いやだな、効率的と言ってくれよ」

へら、と笑うラミントンに、ビートゥルートはこれ見よがしなため息をひとつついて。

「……あのガキ、たぶん《整備士(アルティサン)》です」

「は?」

「オヤジの指示通りに軽量(イージー)を入れた奴の、仲間だ」

ビートゥルートは前を向いたまま、忌々しげに断言した。

ラミントンは混乱しきった顔をして、ビートゥルートの肩を掴んだ。

「ちょっと待った! ここは《整備屋(ステイション)》だろう?」

「ええ。だから、あの子は動力(ロボ)だと偽って、ずっと隠れて働いていた。だから、あの子は、墜ちると分かってるあの機体が飛ぶのを止めようとした。だから、俺らがなにか言う前に、すぐにバラムンディがあの子を引き取った。あのチビを見て、あのオヤジが相当慌ててたの、あんたも見てたでしょう?」

ラミントンは、口を開いては閉じる、という動作を数回繰り返してから、搾り出すような声で、ようやくこう言った。

「――い、一体なんでそんなこと、ぺらぺらと出てくるんだ……」

ビートゥルートはつまらなそうに答えた。

「人間の手作業か動力(ロボ)のアームか、なんて――《整備士(アルティサン)》にはすぐに分かる」

ビートゥルートはこともなげに言ってから、少し上にあるラミントンの顔を見上げた。

「仮に、もしそうでないなら、あんたは、どうしてバラムンディがあの子を引き取ったと思ってるんです? 打算しかなくて、面倒ごとが大嫌いなことで有名な、あいつが」

ラミントンはきょとんとして、首をひねる。

「そうか? バラムンディはいい奴だろう」

「そりゃあ|《飛行士》《あんたら》相手には上手くやりますよ。要は儲かればいいんです。話を戻しますけど――だから、オイルの代わりに格安の軽量(イージー)を入れた。そうでなきゃ、残ってたはずのオイルがなくなっていたことに説明がつかないでしょう?」

「え、えーと……」

目を回しそうな様子のラミントンに、ビートゥルートは呆れ顔を浮かべて。

「ま、別にいいです。今の説明は忘れても問題ないです。証拠もないし、おおごとにすると他の隠れ《整備士(アルティサン)》たちが路頭に迷う。――今ここで、あんたがすべきことはひとつだけ」

「ん? 俺が?」

「一介の《整備士(アルティサン)》でしかない俺にはできないことです。よく思い出してください。――あの子の指は、見ました?」

「指? 見たが……」

無事かどうか確認したとき、足先から指先まで、しっかり見た。

小さい手だった。

そうだ、確か……左手の小指に銀の指輪が光って――

「!!」

途端、ラミントンが踵を返して、元来た方向へと勢いよく駆け出す。

ビートゥルートは腕組みをしたまま、片方の口角を上げて、その背を見送った。


***


いつも通っている廊下は、照明が落とされて、とても薄暗くなっていた。同じような扉がずらりと並ぶ細い道を、ラミントンが全速力で駆け抜ける。真っ先に向かった突き当たりの居室には、バラムンディの姿も、あの子の姿もなかった。

「くそ! どこだ!」

あの子を呼ぼうにも名前を知らない。バラムンディの名は、さっきから呼んでいるが、一向に答えはない。

闇雲に扉を開いては明かりを付けて中をのぞきこむが、どこにも人はいない。

「返事をしてくれ!!」

ラミントンは天井を見上げて、のどが枯れそうなほど叫んだ。

直後――どこかの扉の向こうから、小さなささやきが届いた。

「奥から3つ目の、西側にある、青い扉」

聞いたことのない声だ。

はっと驚きに息を詰めて、ラミントンは周囲を見回す。薄暗い廊下には扉が並ぶきりで、人影はない。肩で息をしながら、ラミントンはある扉に近寄って耳を寄せた。扉越しに小さな呼吸音がいくつも聞こえる。

動力(ロボ)は呼吸をしない。そんな当たり前の常識を、ラミントンの脳内はなぜか執拗に繰り返す。

「……3つ目の、青い扉だな?」

ラミントンの確認に、また別の、小さな声が答えた。

「うん」

そして、切羽詰った様子の、また別の声。

「早く行って。教えたことがバレたら、全員殺される。それに、あの子は――ココは、たぶん今、殺される」

その響きの深刻さに、ラミントンは顔を強張らせ。

「ありがとう!」

叫ぶなり、駆け出す。


***


良質で重厚な青い扉を、ラミントンの右足が蹴り開けた。見知らぬ誰かが教えてくれた通り、探していた二人はその部屋にいた。

荒い息を吐くバラムンディと、その足元に座り込んでいる女の子が同時に振り返る。

先ほど会った少女の頬には、先ほどはなかった殴打痕。額からは鮮やかな血が一筋流れている。

カフスの光るバラムンディのジャケットの袖からは、固く握ったこぶしが見えている。

ラミントンは二人に一歩近づき、背筋を伸ばしてバラムンディに向き直った。

「絶対に口外しないと約束する。だから、どうか教えてくれないか、バラムンディ。――その子は、俺の機体(ME8044A)の、《整備士(アルティサン)》か?」

瞬間、バラムンディの目がかすかに泳ぐ。足元の少女も、わずかに反応した。

ラミントンは目を閉じて、長い息を吐いた。

「――そうか……」

「何を、いやまさかそんな!」

うわずった声でバラムンディが言って、はは、と乾いた笑い声をあげる。額に浮かぶ玉のような汗を、何度も袖で拭う。

その顔と、ラミントンは真剣な表情で対峙する。

「その子、君のところではもう、解雇か?」

ラミントンの小麦色の瞳が、ついと少女を見下ろす。

生を請う目が、ゆっくりと青年を見上げた。

口ごもるバラムンディ。

ラミントンは重ねて言った。

「異論がないのなら、私のところで雇いたいのだが構わないか?」

ラミントンは優しい声で、少女を立ち上がらせる。バラムンディはものすごい形相でそれを見ているが、動けない。

かたわらの古びた速報機(ニュースキャスター)から流れていた天気予報はいつの間にか終わり、不正献金が露呈して失墜した役人の話を報じている。バラムンディは、ノイズの合間に聞こえてくる不穏な報道を耳にして、はっとなってラミントンに手をのばす。

「待……お待ちください!」

叫んで割り込んできたバラムンディを、少女とラミントンが見るが。


「いや、問題ないですよね。だって、ここに紛れ込んだ(・・・・・)だけの子どもだ。先ほど、貴方がそう言った」


開けっ放しだった戸口から姿を現したビートゥルートが、扉に寄りかかったまま鋭く告げた。

二の句が継げないでいるバラムンディを冷ややかな目で見てから、ビートゥルートは、今度はラミントンに向き直り、やけにはきはきと言った。

「何を勘違いしているか知らないですが、ここは《整備屋(ステイション)》なので、《整備士(アルティサン)》はいません」

「え? でも、さっきお前が言ったじゃないか」

「言ってませんよ」

ビートゥルートはしれっと答える。まばたきを繰り返すココを顎で示して。

「その子はただの紛れ込んだ(・・・・・)ストリートチルドレンで、戸籍も住民票も何もないだろうと思われるので、本人の同意さえあれば貴方の《整備士(アルティサン)》として働くことができます。間違っても、この《整備屋(ステイション)》で動力(ロボ)の代わりとして不法労働時間と不法賃金で働かされていた隠れ《整備士(アルティサン)》などではありません。だからその傷は、一連の口止めのために雇い主である貴方が脅したとか、そういう物騒な理由ではなく、単にそこらへんで転んだか何かだ――てことで、間違いないですよね、バラムンディさん?」

「何を言ってるんだビー、さっきと言ってることが」

「――ああもう分かった! 正解だ! 早く、その子どもを連れて行ってくれ!!」

バラムンディが頭を抱えて叫んだ。

ビートゥルートは、ラミントンと目を合わせてニヤリと笑う。その顔に事態を理解したラミントンは、つかつかと部屋を進み、女性にもてはやされることの多い甘ったるい笑みを浮かべて、少女を抱えあげた。きょとんとしたままの少女は、軽々と持ち上げられて、ラミントンの腕の中に収まった。

うなだれるバラムンディに、ビートゥルートが呟く。

「心配しなくても、他の隠れ《整備士(アルティサン)》を路頭に迷わすような真似はしませんよ。俺も、ラミントンも、このガキも」

視線を向けられたココは、懸命な顔で何度も頷く。

ラミントンがふっと笑ってその頬に顔を寄せた。

「帰ろうか。……うん、まさに妖精だな」

ビートゥルートが窓のほうを向いて、ものすごい顔をしてぶつくさと呟いていた。

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