第一話 「エイダ~呪われた家からの希求」
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「おい、……おいカリー!……」
急に身体が持ち上がり、重力を失ったカリーは空中に浮かぶ。
「う、うわぁ――っちょ、なにするんだよファフニール!」
「いつまでも寝ているからだろ、さっきからお前の携帯がヘルプって叫んでるぞ! 俺様が出てやってもいんだが、人間にはプライバシーの権利があるからな。まあ、お前は人間にしては出来そこないの部類に入るがな。あ、いや、……人間ってのはそもそも全部出来損ないか」
ファフニールの一笑する声が頭上から届き、下からはビートルズのヘルプが流れ聞こえてくる。
「朝っぱらからうるさい奴だな、俺はもう起きてたよ! 早いとこ降ろしてくれ」
っふん、とファフニールが鼻で笑うと、パチン、と指を鳴らしたような音が聞こえてきた。途端、重力の舞い戻ったカリーの身体がベットに叩き付けられる。
「――ふぐぅ、……くっそこの悪魔め」
心底愉快そうな声でファフニールが笑い声を上げているが、姿はどこにも見当たらない。
「もう少しやさしく落とせただろうが」
「悪い、手が滑った――」
歯の浮いた台詞に、ファフニールのニヤケ顔が頭に浮かぶ。
「嘘つけ――」
カリーは枕元の携帯を掴むとベットから起き上がり、一度大きな欠伸をしてから電話に出た。
「はい、もしもし。カリーです」
「…………」
相手からの応答はなく、携帯からは砂嵐のような雑音が聞こえてくる。
「あのー、もしもし?」
「た……けて……くだ……い」
雑音が邪魔でよく聞こえない。
「すいません、ちょっと電波が悪いようなんですが……」
「たすけ……ください……」
今度は聞こえた。声が小さくてよくは聞こえなかったが、少女のようなか細い声をしている。
――たすけください?
「どうしました? 悪魔か悪霊の仕業でお困りなら、この霊能力者カリー・フェントンがお力になりますよ!」
「お家……何かが……の」
「お家? 何かってあの、――くっそだめだ、やっぱり電波が悪いのかな……」
「どうした?」
気づけばベットの脇にエリザベス女王が立っている。
――は!?
「な、お前何してるんだよ!?」
「偉大なグレートブリテンの女王に向かってその口の利き方は何だ。――いいからその携帯を貸してみろ!」
老齢なエリザベス女王がカリーから携帯を取り上げて、ジロジロと見探りながら弄り回している。
きっと昨日のニュースにエリザベス女王が映っていたから、それを陰で見ていたのだろう。――いやしかし、現在の女王よりもいくらか若い気もするが……。
「何してるんだファフニール……」
「ほれ、使って見ろ――」
ファフニールが突然携帯を放り投げる。カリーは慌てて受け取ると、ファフニールに悪態を飛ばそうと視線を向ける。
しかし、エリザベス女王に扮したファフニールは薄暗い表情で顔をしかめていて、何かに怯えているようだった。
「どうしたんだ、ファフニール?」
「ん? いや、別に……それより電話に出なくてもいいのか?」
「あ、うん。――あの、もしもし? すいません、ちょっと電波が悪いみたいでして、私の声聞こえてますか?」
携帯からは、プープー、という通話切れを知らせるビジートーンが聞こえてくる。
「だめだ、切れちゃってるよ……」
仕事の依頼かと期待していたので、電話が切れてしまったことにがっくしと項垂れる。
しかし、カリーが携帯を畳もうとしたところで、再びビートルズのヘルプが鳴り響く。
「ラッキー! ――はい、もしもし!」
「おねがいたすけて、お家に何かいるの」
砂嵐のような雑音は無く、先程より断然聞こえやすい声が耳に届く。やはり女の子の声で、それもかなり幼いようだった。
「うん、分かったよ。お兄ちゃんに任せて! お家には何がいるの?」
「わかんない、……でもとっても怖いの。夜になるとたくさん悪さして、エイダを虐めるの」
「エイダって名前なんだね。大丈夫だよ、お兄ちゃんがすぐに助けてあげるからね」
「早く来て……」
「うん、その前に、パパかママに代われるかな?」
「いないの」
「ん? パパもママもお家にいないのかな?」
「うん」
「そうか、エイダは今いくつなのかな?」
「右手の数と同じ」
「じゃあ五歳だね。エイダ、パパとママが家から戻ったら折り返し電話してもらえるよう頼めるかな?」
「なんで? すぐに来てくれないの?」
エイダの声は震えている。
「行きたいんだけど、住所が分からないからさ――」
「バーフォードだよ……ウィンドラッシュ川沿いにあるお家」
「コッツウォルズ地方のバーフォード? それだったら、ここからかなり近いね。お兄ちゃんは今チェルトナムなんだけど、分かるかな? そこよりもうちょっと西に行った町だよ」
「ううん、わかんない。あたし引っ越してきたばっかりなの」
カリーは苦笑する。
「そっか、ごめんごめん、変な質問しちゃって。でも、川沿いにあるってだけじゃちょっと難しいかな……、何か他に情報はある?」
「ゴチェンズっていうコーヒー屋さんの隣で、赤い屋根のお家だよ」
――ゴチェンズ? ……聞いたことのない店だな。
小さい町だし、おそらくは自営のカフェだろうと、カリーは頷く。それならば、エイダの家を特定できるかもしれない。
「そっか……うん~、じゃあちょっと検討してから折り返し電話するよ」
カリーは携帯の液晶に表示された番号を確認する。
「ケントーって? 来てくれるの?」
携帯から漏れるその声に、どう返事をしたらいいかとカリーは悩む。仕事の依頼とはいえ、少女からの頼みではお金になるか怪しいところだ。
「何をしている……、早いとこ行くと返事をしろ!」
低い怒鳴り声に振り向くと、エリザベス女王の顔が物凄い剣幕になって近づいていた。
カリーは携帯を両手で塞いでファフニールに向き直る。
「だって、お金にならないだろう。少なくとも、両親からの許可がないと、行っても無駄になるのが目に見えてるよ……」
「そんなのは、行ってみなきゃ分からないだろうが。 それに、可愛い少女からの頼みだろう、見捨てるとお前も神に見放されるぞ?」
意外な返答に、カリーの眉が吊り上がる。
「え!? お前この子のことを心配してるのか?」
「そういうわけじゃない。ただ、今の俺たちの生活に少しでも危機を感じているのなら、仕事を選んでる余裕はないんじゃないのか?」
「それは、……」
カリーは小さい部屋を見渡す。安宿のさらに一番安い部屋で、壁は変な染みだらけ、ベットはかび臭いし、床も埃や土で汚れている。
「だいたい、お前があのばあちゃんからしっかりと金を巻き上げてれば、こんなことにはなってなかったんだぞ。変な情に流されて、五百ポンドは取れるところを、三百ポンドにまけたのがいけないんだ」
「それは違うだろ! お前が宝石を全部食べた所為でマシュリーさんが困っちゃって、お金がないっていうから、……それで三百にまけたんだよ」
「お前のリサーチ不足だな。生命保険を宝石に替えていたと知っていれば、俺だってちょっとは残してやってたさ」
痛いところを突かれ、カリーは頭を下げる。
「確かにそれはそうだけど……」
「――おい、女の子が呼んでいるぞ」
ファフニールがどうやって聞いているのかは知らないが、カリーは携帯を耳に近づける。
「あ、ごめんね、ちょっと別の人と話してたんだ。大丈夫?」
「……お前は誰だ?」
――え!?
男の低い掠れ声に驚いて携帯を落してしまい、カリーは慌てて拾い上げた。
「エイダ? あの――」
プープー、というビジートーンが耳に響く。
「どうした?」
「また切れちゃったんだけど、切れる前に男の声が聞こえたんだ」
「……どんな声だった」
エリザベス女王とは思えないファフニールの低い声に、カリーは身震いする。
「そんな感じの声だったよ、……でも、もっと棘のある雰囲気だった。エイダの父親かな?」
ファフニールは黙ったまま、ドアに歩いて行く。
「何だよ、どっか行くの?」
「決まってるだろ、……バーフォードに行くぞ!」
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序章と第一話に関し、いくつかの文章を修正して改稿致しました。物語の流れには変わりありませんので、読み返さなくても大丈夫です。今後も改稿することがあった場合は、その都度お知らせ致します。また、できるだけ物語の流れを変えるような改編はしたくないのですが、もしそのような編集があった場合、その文を添えて、こちらの後書きにてお知らせ致します。拙い文章ではありますが、今後ともみなさんよろしくお願い致しますm(_ _)m